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インクジェット捺染用発色技術の開発

■繊維生活部 沢野井康成 森大介 神谷淳
■金沢大学 黒堀利夫

 近年,小ロット・短納期生産に優れ,且つデジタルデータが利用できる繊維インクジェットプリントは, 繊維製造業において不可欠な染色技術となっているが,プリント後に必要となる布の染色(以下,発色と呼ぶ)工程は,従来のプリント技術と同様に染色加工場で行っているため,環境負荷の少ない発色技術の開発が望まれている。本研究では,クリーンな光エネルギーであるレーザー光を用い,ポリエステル繊維への発色方法について検討した。その結果,最適なレーザー光すなわち連続発振かパルス発振,使用波長,エネルギー密度等を選択することで,発色は十分可能であることが明らかになった。
キーワード:インクジェットプリント,染色(発色),レーザー光,ポリエステル,分散染料

Development of a new dyeing method for ink-jet print in textiles

Yasunari SAWANOI, Daisuke MORI, Jun KAMITANI and Toshio KUROBORI

Digital textile ink-jet printing is an indispensable dyeing technology in terms of design flexibility, small-lot manufacturing and quick-response production. Moreover, ink-jet printing inevitably requires coloring of the cloth after dyeing. Up until now the conventional coloring process has required great quantities of water and electricity, and produced liquid waste. For this reason there are high expectations for the development of a novel coloring technique with little environmental impact. Here we report on a novel technique that uses a laser as a coloring tool. It can be used for polyester (PET) cloth printed by means of ink-jet printers. The optimum laser performance for coloring techniques such as CW (continuous wave) or pulsed operation, oscillating wavelength, and energy densities are investigated and discussed. The proposed eco-friendly technique may well be a useful and fast method of coloring ink-jet prints.

Keywords:ink-jet print, dyeing, laser beam, polyester (PET), disperse dye

1.緒  言
国際競争力が低下している我が国の繊維産業では,消費動向を反映した高付加価値製品を,迅速に開発および生産することが極めて重要となってきている。このため,小ロット・短納期生産に優れ,且つデジタルデータが利用できるインクジェットプリンターを用いるインクジェットプリントは,染料・顔料タイプともに国内外で需要が増えている。
しかしながら,インクジェットプリントにはいくつかの課題があり,その一つに染料インクを使用する場合,プリント後,発色・水洗・熱セットというような後処理を行う必要がある。後処理工程は一般的に染色仕上げ加工場で行われており,特にポリエステルを発色させる場合,通常170〜180℃の蒸気中で約10〜15分間処理している。このため,水や熱エネルギーを大量に消費するとともに,染色廃液の環境対策も必要となる。
そこで本研究では,繊維分野でこれまで主に繊維の毛焼き・漂白1)や表面改質1,2)に利用されてきたレーザー光による加工技術を,繊維自体の染色に応用出来ないか注目し,そのためのレーザー光の照射条件等について検討した。

2.内  容
2.1 レーザー光による発色法
従来,染料インクをポリエステル布上にインクジェットプリントする場合の発色技術には,布を湿熱処理することで水が媒体となって染料を繊維中に拡散させる方法か,あるいは乾熱処理して染料を昇華させて直接繊維中に拡散させる方法がある。
本研究で行うレーザー光による発色法は,図1に示すように,従来の湿熱あるいは乾熱による熱エネルギーに代わり,レーザー光による光エネルギーを利用して染料を繊維の内部に拡散させる方法である。このように発色工程に光エネルギーを用いることで,環境負荷の低減と省エネルギー化が期待できる。
(図1 レーザー光による発色法)

2.2 実験
2.2.1 試験布および染料インク
試験布には,前処理済みのポリエステル加工布(コニカミノルタ(株)製)を用いた。レーザー光の照射試験では,同社製テキスタイルインクジェットプリンターNassenger KS-1600U(図2)を使用し,附属の分散染料インク(シアン(C),マゼンダ(M),イエロー(Y),ブラック(K),レッド(R),バイオレット(V),オレンジ(O))の7色をストライプ状にプリントしたものを用いた。
(図2 テキスタイルインクジェットプリンター)

2.2.2 レーザー光の照射
実験は,図3に示すような光学系の装置を用いてパワーとスポット径を測定し,試験布への照射実験を行った。
(図3 実験の概略図)
連続発振(CW)のレーザー光としてAr+レーザ(ILT社製,5500ASL-H)の458nm,488nm,514nmを,パルス発振のレーザー光にはNd:YAGレーザー(Continuum社製,SureliteT-10)の第2高調波532nmを用いた。照射する際のパワー密度調整は,光路上に1〜90%の光を透過させる刻みの細かなニュートラルデンシティフィルター(NDフィルター)を使用して行った。なお,本実験では一定面積に照射するために,X-Y微動装置(シグマ光機(株)製)を使用して,たて・よこ方向に,それぞれ0.25o/s,0.56〜10o/sずつ移動させながら実験を行った。レーザー光を照射した試験布を水洗および湯洗して前処理剤を除去したものを,染色試料とした。

2.2.3 評価
レーザー光を照射した試験試料の発色性は,染色試料を分光測色計(マクベス社製,MS-2020PL)によってD65光源・10度視野で測色し,得られた分光反射率から式(1)より表面染色濃度(K/S値)を算出し評価した。

2.2.4 染色試料の観察
レーザー光照射が繊維に与える影響については,染色試料の表面状態を走査型電子顕微鏡(日立製作所(株),S-3000N形)で観察して調べた。

3.結果および考察
3.1 連続発振のレーザー光による発色試験
連続発振のレーザー光(波長:458nm,488nm,514 nm)を試験布に照射した結果,7色とも発色することが確認された。488nmのレーザー光を照射した場合の基本染色試料(C,M,Y,K)の一例(図4)より,照射部分のポリエステルが発色している様子が分かる。
(図4 発色したポリエステル布(488nm))
(図5 レーザー光の波長と発色性)
(図6 基本4色の分散染料インクの分光反射率曲線)
(表1 レーザー光のパワー密度と発色性(マゼンダの例))
レーザー光のパワー密度と表面染色濃度(K/S値)の関係について調べた結果,パワー密度が高くなるにつれK/S値は大きくなり,実際の染色試料も濃く染まっていることが確認された(表1)。
次にレーザー光の波長による発色性の違いを調べるため,比較的近いパワー密度の458nm,488nmおよび514nmによるレーザー光を基本4色に照射した。 その結果,458nmの光に対しては,4色とも発色は不十分であったが,488nmでは4色いずれも良好に発色した。また,514nmではYを除く3色の発色性は良かった(図5)。この理由を探るため,今回使用した分散染料インクの分光反射率曲線(図6)を比較したところ,514nmの場合,488nmに比べYの反射率が高いことが発色性に差が出た理由と考えられる。
一方,458nmでは他の二者に比べYの発色性はそれほどでもないが,全体的には発色が少なめであり,同様に分光反射率曲線を比較すると,C,Mの反射率が458nmの場合,488nmおよび514nmよりも高いことが発色性に差が出た理由と考えられる。これらのことより,照射するレーザー光の波長による発色性の差は,反射率つまり染料インクの最大吸収波長の違いからくるものと推測された。

3.2 パルス発振のレーザー光による発色試験
  波長が532nmのパルス発振(パルス幅 7 ns,繰り返し周波数 10 Hz)のレーザー光をC,M,Y,Kの試験布に照射した。その結果の一例を図7に示す。各色とも発色は起こるが,先の連続発振のものに比べ発色の程度は極めて低い結果となった。加えて,照射部分に白色化現象が見られた。これには,パルス発振では50mWの平均出力に比べ200kWという遙かに大きいピークパワーが発生していることが関係していると考えられる(図8)。瞬間的なピークパワーにより,染料インクが空気中へ気化3)(昇華)し,その部分が白色化したことが推測される。したがって,今回の結果により,レーザー光を用いる発色法には,連続発振のレーザー光の方がより適していると思われる。
(図7 パルス発振のレーザー光を照射したポリエステル布(532nm))
(図8 連続発振とパルス発振のエネルギー強度の違い)

3.3 レーザー光による繊維への影響
連続発振のレーザー光(波長:488nm)を照射した発色試料の繊維表面についてSEM観察した結果,パワー密度が非常に高い場合,前処理剤の残留物と思われる高分子状の堆積物質が見られた。この現象については,発色性が良好であったC,M,Kに多く見られ,Yはそれほど観察されなかった。
そこで,レーザー光を照射する際に,プリントの反対面より布を加熱板で予め暖める予備加熱(図9)の発色性効果について調べた。その結果,加熱板の表面温度が40℃という比較的低い場合でもその有効性が認められ,レーザー光のパワー密度をそれほど高くすることなく,堆積物が少なく良好に発色できることを確認できた(図10)。
(図9 予備加熱のしくみ)
(図10 予備加熱を併用して発色した試験試料のSEM 観察の一例 (シアン:120倍))

4.結  言
  レーザー光をインクジェットプリントしたポリエステル布に照射する場合の照射条件等について検討し,以下の結果を得た。
(1) 最適なレーザー光(連続発振かパルス発振,使用波長,パワー密度)を選択することで,インクジェットプリントしたポリエステル布の発色が十分可能であることが分かった。
(2) 布をプリントの反対面より予備加熱しながらレーザー光を照射することにより,繊維表面の残留物を少なくして発色させることが可能であることを確認した。

謝  辞
  本研究を遂行するに当たり,終始適切なご助言を頂いた福井大学大学院工学研究科教授 堀照夫氏に感謝します。また,レーザー光による照射実験にご協力いただいた,金沢大学 黒堀研究室の澤田朋子氏, 瀧川明生氏, 上蓑由佳氏に感謝します。

参考文献
1)大内秋比古. レーザーの特徴と繊維工業への応用. 加工技術. Vol. 37, No.4, 2002, p.219-226.
2)大内秋比古.レーザー反応とポリマー表面加工. 繊維学会誌. Vol. 50, No. 11, 1994, p.602-606.
3)清水融, 前川正雄, 京盛美之. サーモゾル染方の基礎的研究-T. 乾熱処理による染色マイラーから未染色マイラーへの分散染料の拡散-. 繊維学会誌, Vol. 23, No.3, 1967, p.125-132.