簡易テキスト版

簡易テキストページは図や表を省略しています。
全文をご覧になりたい方は、PDF版をダウンロードしてください。

全文(PDFファイル:331KB、4ページ)


釉設計技術の研究と応用

■九谷焼技術センター 高橋宏 若林数夫

 釉は素地と上絵具の中間に位置することや,用途によって材料や窯の条件が異なり製品の品質に非常に大きな影響を及ぼす。釉は長い年月の中から経験的に発展,開発されてきた。このため,釉に関する不具合の原因を調査し,その対策を講じるには多くの経験と時間が必要である。本研究は,経験によらない釉の開発手法を検討し,不具合対策の迅速化,新規釉の開発期間の短縮化を目的に実施した。
キーワード:九谷焼,釉薬,ゼーゲル式

Research of the Technology and Application about a Design of Glaze

Hiroshi TAKAHASHI, Kazuo WAKABAYASHI

Since glaze is located in the middle of body and over glaze colors, it has very big influence on the quality of a product. Moreover, from years of experience, glaze developed and has been developed. For this reason, it is required in order that much experience and time may investigate and solve the cause of the fault of glaze. This research was started in order to enable development of glaze regardless of experience. Speeding up of solution of fault and shortening of the development period of new glaze are attained by this research.
Keywords:Kutani ware, Glaze, Seger component


1.緒言
 釉は天然原料である陶石や長石を主に調合されるため,化学組成をはじめとする物性値の変動が発生しやすい。例えば,釉調合において調合割合は全く同じであるのにも関わらず融け具合が異なったり,貫入が発生したり上絵が剥落しやすくなったと言う相談をよく受ける。これは釉に使用している原料の振れ(バラツキ)が影響している場合が多い。原料のバラツキには,組成(鉱物組成,化学組成)の変化,粒度分布の変化,含有有機物の変化,水分量の変化など多くの要因が存在する。また釉は単一の原料のみで調合されるわけではなく,少なくとも2〜3種類の原料を用いており上記バラツキ要因が利用される原料それぞれに存在している。これらのバラツキが良い方に振れれば良いが,悪い方に振れた場合その対策は非常に複雑化,長期化してしまうことは容易に理解できることである。また一方で本焼成時の炉の温度,雰囲気,湿度も釉の性状に影響を及ぼすと言われている。更に釉は陶磁器において,素地と上絵の中間
にあり問題発生の主原因にされてしまいがちである。これは釉に対する理解不足と釉そのものに不安定要因が存在しているためである。これらを解決するには,はじめに上絵剥落,素地の変形,貫入などの種々の問題を釉の物性面から解析し,データや知見の蓄積が重要であると考えられる。これらの取り組みは既に文献などで詳細に解説され終了したことと思われがちであるが,原料の変化,作り手の変化など釉を取り巻く環境が日々変化してきていることから,文献のデータや知見がそのまま現在の生産現場において適用可能とは言いがたい。釉を材料としてとらえ原料の振れ等を考慮に入れた科学的な設計手法が可能となれば,釉の品質安定のみならず新規釉の開発において大きな効果が期待できる。本研究は,ゼーゲル式を基礎に可能な限り釉調合を単純化し釉物性をコントロールできるようにすることを目的に開始した。特に基礎釉(磁器用透明釉)の開発を中心に釉の物性評価を行ったので報告する。

2.実験内容
2.1 釉の調合
  釉は長石,珪石,石灰石およびカオリンを用いて調合した。全体が1kgになるように,それぞれ計算で調合比を求め,磁性ポットミルで混合粉砕を行った。混合粉砕は,20μmより粗い粒子のwt%が目的の値になるように粉砕時間を調整した。
  釉の調合計算は,ゼーゲル式を基にしてアルミナ:シリカの比率が,1:7〜1:11の範囲で調整を行った。このシリカとアルミナの割合は,文献「釉調合の基本」で示された伝統的釉のアルミナとシリカ比の範囲を参考にしたものである。シリカとアルミナの比の他に,カルシアを調整して調合を行った。今回調合を検討した釉は上絵装飾を施す九谷焼で最も一般的に利用される石灰釉と呼ばれる種類の釉である。

2.2 釉の分析測定
  釉原料の混合粉砕後,目的の調合であるか確認するため分析を行った。化学組成は蛍光X線分析装置(リガク製システム3270E,50kV,50mA)でFP法および検量線法で定性及び定量分析を行った。また,焼成前後の釉の変化を,X線回折(リガク製RINT2100,40kV,20mA,CuKα)により評価した。
  釉の粒度は,釉泥ショウを635メッシュ(目開き20μm)のフルイで通しフルイ上に残った粒子のwt%を測定し求めた。これとは他に,粒度分布を粒度分布測定装置(堀場製LA-700)で測定し,上記粒度の確認を行った。釉の熱膨張は熱膨張測定機(リガク製TAS300)でアルミナを標準試料として測定した。

2.3 釉の評価
  釉は貫入(ヒビ)試験と上絵剥離試験を行い評価した。貫入試験は,電気炉で210℃に試験体を熱した後,30℃に調整した水中に速やかに投入した。これは温度差180℃で強制的に貫入を発生させる熱衝撃試験である。貫入試験により貫入の発生状態を観察した。
  上絵剥離試験は,本焼成した施釉試験体表面に市販の耐酸上絵具4色をそれぞれ塗布し上絵焼成(790℃)後,布製ガムテープを絵具表面に貼付け,勢い良く引き剥がし絵具の状態を評価する試験である。同一試験体で上絵焼成を3回繰り返し,剥離状況を観察した。
  貫入試験と上絵剥離試験共に素地は鋳込み成形およびローラーマシン成形した二種類それぞれの試験体で実施した。

3.結果と考察
3.1 釉調合の検討結果
  以下に本研究で作成した釉の範囲を示した。

(図1 検討した釉のAl2O3とSiO2/ Al2O3の関係)

 横軸にアルミナ,縦軸にはシリカ/アルミナ比を示した。尚,値はゼーゲル数で示してある。シリカのゼーゲル数は6.5に固定し,アルミナとカルシアの量を変えて上絵剥離の発生しにくい調合を探った。
 釉の調合は旧九谷焼試験場で開発した釉(シリカ/アルミナ=7.72,カルシア=0.58)をベースとして行った。当時開発した釉は上絵焼成を5回実施しても剥離が発生しない釉であるが,上絵を起点に貫入が発生しやすいことと,本焼成において釉の融け残りが発生しやすいという問題があった。そこでアルミナとカルシアの割合を変化させこれらの問題が発生せず且つ上絵剥離が発生しにくい調合を検討した。結果シリカ/アルミナ=8.76,カルシア=0.65の調合が上絵焼成3回でも上絵の剥離が発生せず,また上絵を起点とした貫入が発生しない良好な釉となった。

3.2 釉の物性について
 今回検討した釉で最も良好であったシリカ/アルミナ=8.76,カルシア=0.65調合釉のX線回折図を図2に示す。
釉の粒度はミル粉砕の時間を変えて調整した。図3は焼成前の粒度が下から,3wt%,12wt%および44wt%の釉を焼成した後のプロファイルである。珪石由来のピークが焼成前の粒度によって異なることが示された。これは粉砕が進むことによって粗い粒子が減少し,この粗い粒子の変化が焼成後の珪石の残留の変化に関係していると推測することができる。以上より釉中の珪石は焼成前の釉の粒度によって変化し、粒度が粗いと残留が多くなることが明らかになった。
 図4は粒度3wt%,12wt%および44wt%それぞれの焼成後の熱膨張測定の結果である。調合(組成)が同一であっても粒度によって熱膨張曲線が異なることが判明した。これは釉中に残留した珪石とガラス化した釉の成分の差に関係していると考えられる。今回この熱膨張曲線の差異の理由についての詳細や珪石の残留量の検討は今後の課題としたい。

(図2 焼成前後のX線回折図)
(図3 粒度の異なる釉のX線回折図)
(図4 熱膨張測定結果)

3.3 貫入試験と上絵剥離試験
  粒度の差が実際の製品に与える影響を,貫入試験および上絵剥離試験により評価した。図5と図6は貫入試験後の写真である。貫入が見やすいようにヒビに着色した。44wt%においては,本焼成後の焼成炉から取り出した時点で既に細かな貫入が発生していた。3wt%では鋳込み成形品鋳込み口周辺に貫入が発生した以外は発生しなかった。ローラーマシン成形品の3wt%では貫入は発生しなかった。
  図7と図8は上絵焼成3回実施後の上絵剥離試験結果の写真である。図から明らかなように粒度3wt%ではほぼすべての上絵が剥落した。12wt%は当初の調合目標通り,剥落は発生しなかった。44wt%では上絵の剥落は確認できなかった。
  以上より,粒度が大きいと貫入は発生しやすく,粒度が小さいと貫入は発生しにくい。また,粒度が大きいと上絵剥落は発生しにくいが,粒度が小さいと上絵剥落が発生しやすいことが今回判明した。これより釉の調整において各原料の調合割合だけではなく,粒度調整が非常に重要であり特性に影響を及ぼす可能性が高いことが判明した。

(図5 貫入試験結果)
(図6 貫入試験結果)
(図7 剥離試験結果)
(図8 剥離試験結果)

4.結言
 本研究では,釉を設計開発する際に重要となる項目について検討を行った。その結果について以下にまとめる。
1)シリカ/アルミナ=8.76,カルシア=0.65で調合した釉が上絵剥離に対し良好な結果となった。
2)釉の開発において釉泥ショウの粒度が  釉の特性において重要であることが判明した。
3)釉の粒度が粗いと貫入(ヒビ)が発生しやすく,反対に釉の粒度が細かいと上絵が剥離しやすいという結果が得られた。これより,釉の設計において粒度という条件を考慮に入れて開発する必要がある。今回の検討において,最適な粒度を示すことはできなかったが,釉の組成や用途によって粒度調整が必要であるといえる。
4)釉の粒度によって,熱膨張が変化することが明らかになった。これは,焼成後に残留するシリカの影響によるものと思われる。釉中のガラス質の組成が粒度によって変化し熱膨張が変化するものと推測しているが,残留シリカの影響については,今後の検討課題としたい。

参考文献
1)中道俊久.九谷焼における上絵剥落と釉の熱特性の関係.粘土科学第37巻第1号1997.
2)加藤悦三.釉調合の基本.窯技社1974.
3)高嶋宏夫.陶磁器釉の科学.内田老鶴圃1994.
4)山根正之.はじめてガラスを作る人のために.p77−97.内田老鶴圃1993.