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DNA2次元電気泳動自動化システムの開発

■電子情報部 中野幸一 米沢裕司
■化学食品部 井上智実

 2次元電気泳動法(RLGS:Restriction Landmark Genomic Scanning)は,ヒトのようにゲノムサイズの大きいものにも有用で,がんや変異マウスの遺伝子解析などに応用されている。しかしながら,煩雑でハードな作業であり,実験者は高度なスキルが要求される。また,RIを使用するため,身体が危険にさらされる。そこで,このような問題を解決するために,2次元電気泳動自動化装置と電気泳動パターン読み取り装置の開発を行った。前者は,電気泳動の全工程を自動的に行う装置である。後者の装置は,電気泳動パターン読み取り装置であり,蛍光標識されたDNA断片の2次元電気泳動パターンを検出するものである。RI標識を蛍光標識に代替することにより,安全性と再現性が大幅に向上した。
キーワード:RLGS,遺伝子,2次元電気泳動,自動化,放射性物質

Development of the Automated DNA Two-dimensional Electrophoresis System and of the Electrophoresis Image Scanner

Kouichi NAKANO, Tomomi INOUE and Yuji YONEZAWA

The RLGS (restriction landmark genomic scanning) method is useful for large genomes such as those of humans, and is used in the analysis of cancer genes, mutant mouse DNA, and so on. However, it involves complicated, difficult operations, and requires high-level skills on the part of technicians. In addition, scientists are exposed to dangerous radiation because the original RLGS method makes use of radioisotopes (RI). In order to solve these problems, we have developed an automated two-dimensional electrophoresis system and an electrophoresis image scanner that does not require the use of radioisotopes. The system conducts all of the procedures for electrophoresis automatically. The scanner detects two-dimensional electrophoresis images of fluorescent-labeled fragments of DNA. Fluorescent labeling has improved the safety and reproducibility of RLGS imaging.
Keywords:RLGS , genes, two-dimensional electrophoresis , automation , radioisotope


1.緒言
 バイオインフォマティクス(生物情報科学)分野で,特にゲノムDNA解析の強力な実験手法であるRLGS(Restriction Landmark Genomic Scanning)法1)〜3)を用いた遺伝子診断自動化システムの開発を行った。
  RLGS法は,遺伝子の重複,欠失,メチル化などを調べるために使用されている。これらの分子レベルの変化は2次元電気泳動されたDNAスポットの強度や位置で現れる(図1)。そしてRLGS法はヒトのようにゲノムサイズの大きいものにも有用でがんや変異マウスの遺伝子解析などに応用されている。しかしながら,RLGS法における電気泳動作業は従来手作業で行われており,以下のような解決すべき問題点があった。
1)勘や経験を要し,正確な作業には熟練が必要である。
2)作業が長時間にわたる。
3)作業の正確さが実験結果に影響を及ぼす。
4)RI(放射性同位元素)の使用に伴う危険な作業があり,実験が特定施設に限られる。
  これらの問題点はRLGS法を用いる上で大きな制約になっていた。さらに,RLGS法では従来はDNA断片を標識したRIからの放射線をX線フィルムに感光させることによって泳動パターンを得ていたため,泳動パターンを得るまでに非常に長い時間を要するという大きな問題があった。
  そこで,筆者らは電気泳動作業を自動化する装置4)の開発を行い,泳動作業の大幅な改善を図った。さらに,DNA断片をRIの代わりに蛍光色素で標識し,その蛍光スポットを高感度に検出する電気泳動パターン自動読み取り装置の開発も併せて行った。これらの装置による主な改善点は以下の通りである。
1)手作業を基本的に排除しデータの再現性が向上する。
2)コンピュータ制御により作業が簡単になる。
3)作業に必要な時間が大幅に短縮される。
4)RIの代わりに蛍光色素を用いるため作業が安全になり,一般の実験施設でも実験が可能になる。また,泳動パターンを得るまでの時間が大幅に短縮される。

(図1 RI末端標識によるヒトDNAのRLGS泳動パターン)

2.DNA2次元電気泳動自動化装置
2.1 DNA2次元電気泳動自動化装置の概要
 DNA2次元電気泳動自動化装置はゲル固定カラム,1次元目電気泳動槽,制限酵素処理槽,2次元目電気泳動槽や注入・排出・搬送装置等から構成されている。写真1に開発した装置の外観を示す。従来の手作業での工程や器具は自動化に不向きであったため,新たに自動化に適した工程や器具の開発を行った。これにより,注入,排出,搬送の自動化が可能になった。さらに操作はパソコンによって制御されており,ソフトウェアによる各種設定や遠隔制御等が可能である。以下に本自動化装置を構成している主な器具・機構について述べる。

(写真1 DNA2次元電気泳動自動化装置の外観)

[1]ゲル固定カラム(写真2)
  ゲル固定カラムは1次元目ゲルを固定(保持)するためのものであり,細長い板状の2枚のアクリル板をスペーサーで平行に配した構造をしている。2枚のアクリル板の間にゲル溶液を流し込むことによりゲルの作成と固定ができる。なお,その際,ゲル固定カラムの両端にゲルダムをストッパーとして置き,ゲル溶液の流出を防ぐ。このゲル固定カラムを用いることにより,従来は煩雑だったゲルの取り扱いを容易にすることができる。

(写真2 ゲル固定カラム)

[2]1次元目電気泳動槽(写真3)
  1次元目電気泳動槽にはその中央にゲル固定カラムを設置するスペースが設けてあり,ゲル固定カラムを設置した状態で1次元目電気泳動を行う。また,電気泳動用や制限酵素処理用のバッファー交換もこの泳動槽において行う。
  なお,泳動槽は大小2つのサイズを用意しており,泳動を行うDNAの種類などによって使い分けを行う。泳動槽の外寸は次の通りである。
 大 620mm(W)×35mm(D)×50mm(H)
 小 400mm(W)×35mm(D)×50mm(H)

(写真3 1次元目電気泳動槽)

[3]制限酵素処理槽(写真4)
  制限酵素処理槽には,1次元目電気泳動槽と同様に,その中央にゲル固定カラムを設置するスペースが設けてあり,ゲル固定カラムを設置した状態で制限酵素処理を行う。また,槽は中空構造になっており,低温恒温水槽の水を循環させることにより温度制御を行う。

(写真4 制限酵素処理槽)

[4]2次元目電気泳動槽(写真5)
  2次元目電気泳動槽にはゲル固定カラムと2次元目電気泳動用ゲル板を設置するスペースを設けている。また,バッファー中に遮電板を設置することにより,効率よく電気泳動を行うことができる。さらに,2次元目電気泳動用ゲル板はゲル固定カラムと接する部位に角度を付けてあり,1次元目(固定カラム)から2次元目にDNAサンプルが泳動しやすいように工夫している。
  なお,2次元目電気泳動槽も,1次元目と同様に大小2つのサイズを用意しており,泳動を行うDNAの種類などによって使い分けを行う。泳動槽の外寸は次の通りである。
 大 515mm(W)×515mm(D)×50mm(H)
 小 295mm(W)×310mm(D)×50mm(H)

(写真5 2次元目電気泳動槽)

[5]注入・排出・搬送装置(写真6,写真7)
  注入,排出,搬送を自動的に行うためのアームを備えており,アームには微量分注ニードル,洗浄ニードル,ゲル溶液分注シリンジ,搬送用チャックが取り付けられている。これらはパソコンからの制御により3軸方向の任意の位置に移動させることができ,サンプル,制限酵素反応液,バッファー,ゲル溶液の分注と排出を自動的に行うことができる。また,ゲルカラムやコウムの搬送を自動的に行うことができ,試料等の取り扱いや移動,搬送から手作業を排除している。

(写真6 注入排出装置)
(写真7 搬送装置)

[6]ゲル溶液保温機構
  ゲル溶液の凝固を防止するためのもので,ホットスターラーを用いてゲル溶液を保温,撹拌する機構である。
[7]泳動用電源
  電圧が2V〜500V,電流が1mA〜200mAの範囲で使用可能なものである。なお,電源のオン/オフはパソコンから制御可能である。
[8]制御用ソフトウェア
  電気泳動の工程はすべてパソコン上のソフトウェアによって制御可能である。ソフトウェア上でゲルサイズや泳動時間を入力し,泳動開始ボタンを押すことで,自動的に次節に述べる一連の工程を開始し,泳動時間経過後には泳動用の電源がオフになる。また,泳動の開始や停止はネットワークを用いて遠隔地から行うことも可能である。

2.2 2次元電気泳動の工程
 本装置では以下の工程により電気泳動を行う。工程は自動化されており,人手を排して電気泳動を行うことができる。
[1]1次元目ゲルの作成
  ゲル固定カラムを1次元目電気泳動槽に載せ,ゲルダムを両端にセットした後,ゲル溶液を流し込む。その後,コウムをゲル溶液中に差し込む。
[2]1次元目電気泳動
  ダムとコウムを取り外した後,バッファーを注入する。その後,試料をアプライし電気泳動を開始する。
[3]バッファー交換
  1次元目電気泳動終了後,泳動槽のバッファーを制限酵素処理用のバッファーに交換し,1時間ほどゲルを浸漬させる。
[4]制限酵素処理
  制限酵素処理槽の溝に制限酵素を注入し,ゲル固定カラムを制限酵素処理槽に移動させる。その後,ゲル固定カラムの上部にたまっているバッファーをペーパータオルに吸水させ制限酵素を注入し,フタを載せて制限酵素処理を行う。
[5]バッファー交換
  1次元目泳動槽中のバッファーを2次元電気泳動用のバッファーに交換した後,ゲル固定カラムを2次元目泳動槽に移動させ,30分ほどゲルを浸漬させる。
[6]2次元目電気泳動
  ゲル固定カラムを2次元目電気泳動槽に移動させたゲル固定カラムと2次元目ゲル板とを密着した状態でバインドゲル溶液を流し込む。バインドゲルが凝固した後,2次元目電気泳動用バッファーを注入し,電気泳動を開始する。

2.3 2次元電気泳動結果の例
 2次元電気泳動の結果の例を図2に示す。本実験ではMulTで制限酵素処理した大腸菌DNAを1μg使用した。MulT処理した大腸菌DNAは,蛍光色素Cy5で末端標識した後,ゲル固定カラムに作成したアガロースゲルへ注入し,80V,19時間,1次元目の電気泳動を行った。
  次にアガロースゲルを制限酵素処理用バッファーにバッファー交換した後,NotTを用いてゲル固定カラム上で37℃,3時間,制限酵素処理した。
  次いでゲルを2次元目電気泳動用バッファーにバッファー交換した後,2次元目電気泳動槽にゲル固定カラムとアクリルアミドゲル板をセットし,両者の隙間をバインドゲルで連結して30V,18時間,2次元目の電気泳動を行った。
  その結果,DNAスポットが2次元展開され,電気泳動が良好に行われたことが認められた。

(図2 大腸菌の電気泳動結果)

3.電気泳動パターン自動読取り装置の開発
3.1 装置の概要
  電気泳動パターン自動読み取り装置(写真8)は蛍光色素Cy5を高感度に検出する蛍光検出器の一種である。すなわち,DNA断片に末端標識されたCy5を検出することによって電気泳動パターンを得ることができる。装置は光電子増倍管等からなる検出部,フィルタやレンズなどからなるヘッド部,励起光源(レーザーユニット),駆動部等から構成されている。励起光源で発生したレーザー光は光ファイバーによりヘッド部に供給され,ヘッド部(写真9)からゲルに照射される。ゲル上のDNA断片を標識している蛍光色素Cy5は照射されたレーザー光によって励起され蛍光(中心波長670nm)を発光する。ヘッド部ではこの蛍光をとらえて,蛍光を光ファイバーにより検出部に供給し,検出部では光電子増倍管により蛍光を電気信号に変換する。電気信号はAD変換ボードを経由して,パソコンに読み込まれる。読み込まれた信号は濃淡画像に変換され,パソコンモニターに表示される。

(写真8 読み取り装置の外観)
(写真9 ヘッド部の外観)

3.2 装置の特徴
[1]大型のゲル板の対応
  ヒトのDNAの泳動パターンも読み込めるよう,大きなサイズのゲル板にも対応している。最大で405mm×405mmのゲル板が読み込み可能である。このサイズのゲル板はかなりの重さになるが,本装置はゲル板の重さに耐えられる十分な強度を備えている。
[2]高感度
  高感度を実現するには,微弱な蛍光でも検出でき,かつ,Cy5による蛍光以外の光を検出しないことが必要である。本装置では,本装置用に特別に設計したダイクロイックミラーと干渉フィルタを用いることにより,蛍光の検出感度を向上させている。ヘッド部と検出部の模式図を図3に示す。ヘッド部はダイクロイックミラーを備えており,レーザーユニットから供給されるレーザー光を透過させてゲル板に照射させる一方,ゲル板からの蛍光を反射させて検出部に蛍光を供給している。ダイクロイックミラーでは,レーザーの波長である640nm付近の光は約98%透過し,その一方Cy5の蛍光波長である波長670nmの光はほとんど透過せずに反射する。つまり,このダイクロイックミラーを用いることで,検出部に効率よく蛍光を供給することができる。
  しかしながら,ダイクロイックミラーのレーザー光の透過率は100%ではないので,わずかながらレーザー光も検出部に入射する。そこで,光電子増倍管の手前に設置した干渉フィルタにより,レーザー光を遮断している。干渉フィルタはCy5の蛍光は9割程度透過し,レーザー光は100%近く遮断する特性を備えたものである。
  このように,ダイクロイックミラーと干渉フィルタを併せて使用することにより,微弱な蛍光でも検出し,またレーザー光等のCy5による蛍光以外の光を検出してしまうことを防ぐことができる。
  さらに,レーザーのゲルへの照射角度の最適化やパソコン上での信号処理等を行っており,高感度を実現している。
[3]遠隔制御
  本装置は遠隔地からネットワークを通じて制御やデータの転送を行うことができる。これにより,読み取った電気泳動パターンを遠隔地のパソコンに転送することや,読み取り状態の確認,読み取りの中断等を遠隔地からも容易に行うことができる。

(図3 ヘッド部と検出部の模式図)

3.3 システムの性能評価
 図4に読み取り結果の例を示す。図は蛍光色素Cy5で末端標識したmarker6λDNAを電気泳動したものを本装置で読み取った結果であり,泳動量は図の右側から順に,7.5fmol,3fmol,1.5fmol,750amol,300amol,150amol,75amol,30amol,15amolである。図からは30amolまでのバンドの位置がはっきりとわかり,15amolバンドの位置も読み取ることができる。この読み取り感度は,大腸菌の2次元電気泳動像の読み取りに必要な感度のおよそ200倍であり,大腸菌DNAの解析には十分な感度を確保している。
  一方,ヒトDNAにおいてはゲノムサイズが大腸菌に比較して700倍程度の大きさを有するため,検出感度を少なくとも現在の数倍上昇させる必要があると思われ,更なる高感度化が今後の課題である。
  また,読み取りに要する時間は,320mm×405mmのゲルを0.4mmの分解能でスキャンした場合は約40分,180m×205mmのゲルをスキャンした場合で約10分である。なお,読み取りに要する時間は分解能によって変化する。

(図4 読み取り結果の例)

4.結言
 従来のRLGS法による2次元電気泳動は煩雑で安定した結果を得るためには熟練を要する方法であった。それに対し,今回開発した2次元電気泳動自動化装置ではこれまで高い熟練を要したゲルをチューブより抜き取る作業等が簡略化された。これは,作業効率の大幅な向上につながるほか,作業者の熟練度等に左右されない泳動結果が得られるためデータ再現性の向上も見込まれる。しかし,2次元電気泳動の再現性に関しては作業者の熟練度などハンドリングに関する問題だけではなく,使用する試薬やゲルの出来具合,温度などの試験環境,さらに試料の前処理法など多くの要因が考えられる。そのため,本システムを実用化する際には,使用するゲル,酵素およびバッファー等における試薬の条件を確立する必要があると考えている。また,使用するサンプルの良否および電気泳動条件(電圧の調整等)により得られる結果が大きく左右されることがわかっており,これを考慮すると,実験条件における詳細なプロトコールの作成も今後の重要な課題だと考えている。
  一方,電気泳動パターン自動読み取り装置に関しては,蛍光色素で末端標識したDNAの電気泳動像を読み取ることが可能になったことにより,従来利用されていたRI標識と比較し,検出時間の大幅な短縮が実現した。例えばヒトなどゲノムサイズの大きいDNAに関して,従来のRI標識においては2週間程度の感光時間が必要であったが,蛍光を読み取る本装置では数十分〜数時間で検出が完了する。また,作業時の安全性が確保されたことにより,RLGS法が汎用性の高い技術となった。今後のさらなる検出能力の向上には,さまざまなアプローチ(検出系の改良,ノイズの抑制,蛍光色素の検討およびDNA標識法検討など)を追求することが必要であると考えている。
  なお,本稿で述べた2次元電気泳動自動化装置と電気泳動パターン自動読み取り装置は株式会社モリテックスから発売されている。

参考文献
1) Hatada, I. et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 88, 1991, p.9523-9527.
2)浅川順一. 蛋白質・核酸・酵素. 41,1996,p.170-177.
3)奥泉久人,林崎良英. 実験医学別冊 新訂 新遺伝子工学ハンドブック. 改訂第3版,1999,p.197-303.
4)2次元電気泳動方法装置及びそのゲル保持器具. 特開2004-69387.