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低温触媒CVD装置の開発 -有機ELディスプレイ用水蒸気バリア膜の形成-

■電子情報部 部家彰 高野昌宏 米澤保人 南川俊治
■(株)石川製作所 仁木敏一 室井進 南茂平
■北陸先端科学技術大学院大学 大薗哲郎 増田淳 梅本宏信 松村英樹

 触媒CVD(Cat-CVD)法を用いて,有機エレクトロルミネッセンス(EL)素子用水蒸気バリア膜として窒化シリコン(SiNx)膜を低温形成した。原料ガス(SiH4およびNH3)にH2を添加することにより,基板温度80℃以下で水蒸気バリア性の高いSiNx膜を形成できた。また,形成条件を調整することにより,膜の内部応力を制御できるとともに,内部応力が100MPa以下のSiNx膜を形成できた。膜質を低下させることなく,室温形成や高速形成(100nm/min以上)も可能であることも明らかにした。プラスチックフィルム上にSiNx膜を形成した場合,水蒸気透過率はモコン法の検出限界以下であった。有機EL素子に実装試験を行い,実使用時間で少なくとも7000時間は劣化しないことを確認した。プラスチックフィルムにSiNx膜を連続形成できる世界初のロールツーロール型Cat-CVD装置を開発した。
キーワード:有機ELディスプレイ,触媒CVD法,低温バリア膜,窒化シリコン膜

Development of Catalytic Chemical Vapor Deposition Systems for Flexible Organic Light-Emitting Diode Displays

Akira HEYA, Masahiro TAKANO, Yasuto YONEZAWA, Toshiharu MINAMIKAWA, Toshikazu NIKI, Susumu MUROI,Shigehira MINAMI, Tetsuo OSONO, Atsushi MASUDA, Hironobu UMEMOTO, Hideki MATSUMURA

The properties of silicon nitride (SiNx) film prepared by catalytic chemical vapor deposition (Cat-CVD) at temperatures below 80°C were investigated for the development of flexible organic light-emitting diode (OLED) displays. H atoms produced from H2 were found to have a marked effect on the barrier properties of SiNx films deposited at low temperatures. Furthermore, high-quality film with properties such as high moisture resistance, low film stress and low optical absorption can be obtained by adjusting the deposition conditions. The water vapor transmission rate for SiNx films prepared on plastic substrate was lower than the detection limit for the MOCON method. It was concluded that Cat-CVD is one of the most promising methods for the preparation of passivation films for OLED displays. A roll-to-roll type Cat-CVD system was developed for the first time.
Keywords:organic light-emitting diode display, Cat-CVD method, low temperature passivation film, SiNx film


1.緒言
 有機エレクトロルミネッセンス(EL)ディスプレイは,高輝度,高速応答,自発光,低消費電力等の特長を持ち,特に軽量で丸めることができるフレキシブル型は次世代のディスプレイとして注目されている。しかし,有機EL材料は酸素や水蒸気と反応して劣化するため,封止技術が実用化の一つのキーテクノロジーとなっている。現在,一部の携帯電話やカーオーディオとして市販されているものは,図1(A)に示したようにガラス基板と金属キャップやガラスキャップで封止している。この封止構造では,封止する際の接着部分から水蒸気の浸入があるため,キャップに乾燥剤を充填しなければならず,高コストになるといった問題がある。さらに,将来主力となるトップエミッション型やフレキシブル型の有機EL素子の封止には,不透明で丸めることができないキャップ方式では対応できないため,図1(B)のように薄膜でコートしてバリア性を付加する研究が盛んに行われている。
 有機ELディスプレイ用水蒸気バリア膜の必要性能は,[1]水蒸気透過率(WVTR)が10-6g/m2day以下であること,[2]光透過率が可視光域で80%以上(膜自体は無吸収)であること,[3]内部応力が100MPa以下と小さいこと,[4]形成温度が80℃以下であること,[5]形成プロセスが素子に対してダメージレスであること,[6]膜形成速度100nm/min以上(タクトタイムが数分以下)であること等である。
 窒化シリコン(SiNx)膜は,耐薬品性,バリア性が高く,透明なため,有機ELディスプレイ用水蒸気バリア膜として期待されているが,有機EL材料の耐熱温度(一般に80℃)以下でバリア性の高い膜を形成する技術は確立されていない。
 工業試験場では,平成13年10月から3年間,研究成果活用プラザ石川において(株)石川製作所と北陸先端科学技術大学院大学と共同で,SiNx膜の形成法の1つである触媒CVD(Cat-CVD)法1)を用いて,水蒸気バリア性の高いSiNx膜を80℃以下の低温で形成する装置を開発した。

(図1 有機EL素子の構造)

2.実験装置と方法
2.1 Cat-CVD法と成膜装置
 Cat-CVD法とは,基板近傍に設置された加熱触媒体で原料ガスを接触分解し,基板上に薄膜を低温で形成する方法である。これまでに,SiNx膜の原料であるSiH4,NH3が存在する場合,触媒体表面での材料ガスの分解過程と気相反応過程を経て,SiH3およびNH2が生成され,これらが主な前駆体となり基板上にSiNx膜が形成されることが明らかとなっている2)。
  本手法は,基板から離れた場所で原料ガスを分解するが,基板を強制的に冷却しなければ,触媒体からの熱輻射ならびにガスによる熱輸送により,基板温度が上昇する。そこで,基板温度の低温化および制御性の改善を目的に,Siなどの導電性基板用の静電チャック基板ホルダ(図2(A))を作製した。本ホルダを用いた場合の触媒体加熱時の基板温度の時間変化を図2(B)に示す。このホルダを用いることで,ホルダと基板の間の熱接触が改善でき,基板初期温度を調整することで,成膜時の基板温度を低温で制御できた。また,ガラス基板に対してはバックガス付きメカチャック,フィルムに対しては張力をかけて密着させることで,80℃以下の低温形成が可能となった。

(図2 Si基板用静電チャック基板ホルダ)

2.2 SiNx膜の形成
 真空槽内に試料をセットし,背圧10-5Pa台まで真空排気した後に原料ガスを導入し,触媒体を加熱することで成膜を行った。有機EL用水蒸気バリア膜として応用可能なSiNx膜を形成するために,以下の[1]〜[6]の項目について検討した。
[1]H2添加効果
 一般に形成温度が低いと低原子密度でバリア性の低い膜が形成されやすい。低温でバリア性の高いSiNx膜を形成するために,原料ガスにH2を加えることを試みた。これは膜中の余分なHを引き抜くとともに,そのときに発生するエネルギや原子状水素の再結合エネルギにより成長表面を局所加熱することで,膜が緻密になることが期待されるためである。
 ここでは,H2流量を0,200sccmと変化させて,Si基板上にSiNx膜を形成した。その他の条件は,SiH4流量8sccm,NH3流量200sccm,触媒体温度1750℃,ガス圧10Pa,基板温度80℃に固定した。
[2]内部応力
 有機EL素子のバリア膜として応用する場合,バリア膜の内部応力により,下地の有機EL材料にクラックが生じる。場合によっては剥離することもある。そこで,SiNx膜の内部応力を評価した。
 ここでは,SiH4流量を6〜18sccmと変化させてSi基板上にSiNx膜を形成した。その他の条件は,NH3流量20sccm,H2流量400sccm,触媒体温度1800℃,ガス圧20Pa,基板温度80℃に固定した。
[3]室温形成
 プラスチックの熱膨張係数は,SiNx膜に比べて1桁ほど高いため,形成温度が80℃と低い場合でも,室温に戻した際に,熱応力によるクラックの発生が懸念される。室温形成できれば,そのようなクラックを低減できるため,形成温度の低温化による膜質の劣化を検討した。
ここでは,形成温度を室温〜100℃まで変化させてSi基板上にSiNx膜を形成した。その他の条件はSiH4流量10sccm,NH3流量20sccm,H2流量400sccm,触媒体温度1800℃,ガス圧20Paに固定した。
[4]高速形成
 産業界に応用するためには,膜形成速度を100nm/min以上(タクトタイムで数分以下)にすることで,コストを低減する必要がある。SiH4流量,ガス圧を大きく増加させることで,高速形成を試みた。
 ここでは,SiH4流量30sccm,NH3流量20sccm,H2流量400sccm,触媒体温度1750℃で,ガス圧を10〜50Paと変化させてSiNx膜を形成した。また,SiH4流量を大幅に増加させた場合,膜がSiリッチとなり,光透過率が減少することが懸念される。そこで,N/Si比を調整するために,最適ガス圧においてNH3流量を変化させてSiNx膜を形成した。
[5]プラスチックフィルムへのSiNx膜の形成
 有機ELディスプレイに応用するためには,バリア膜のWVTRが10-6g/m2day以下であることが要求される。しかし,現在,このように微少なWVTRを測定する手法は存在せず,WVTRをカップ法(検出限界0.3g/m2day)およびモコン法(検出限界0.1g/m2day)を用いて評価するため,プラスチックフィルムにSiNx膜を形成した。
[6]有機EL素子への実装試験
 ガラス基板上に形成した有機EL素子への実装試験を行った。SiNx膜の形成は,SiH4流量16sccm,NH3流量20sccm,H2流量400sccm,触媒体温度1800℃,ガス圧20Pa,基板温度80℃で行った。

2.3 SiNx膜の特性評価法
 膜厚および屈折率は,エリプソメトリ(He-Neレーザ波長632.8nm),Si,N,O原子濃度はX線光電子分光(XPS),H結合密度はフーリエ変換赤外吸収(FT-IR)により評価した。膜の緻密性は,16BHF(20.8% NH4F2水溶液)によるエッチレートから評価した。Si基板上のSiNx膜の水蒸気バリア性は,高温加湿試験(PCT:121℃,100%RH,2気圧)前後のFT-IRスペクトルの変化から評価した。プラスチックフィルム上のSiNx膜の水蒸気バリア性は,カップ法およびモコン法を用いて評価した。内部応力は成膜前後のSi基板の曲率変化から算出するたわみ法を用いて評価した。

3.結果
3.1 H2添加効果3, 4)
PCT前後のSiNx膜のFT-IRスペクトルを図3に示す。SiNx膜にバリア性がない場合,SiNx膜自体の酸化,もしくはSiNx膜を透過したH2OによるSi基板表面の酸化が起こり(図3の挿入図),Si-Oのピーク(1050cm-1)が増加する。H2なしの成膜条件では,PCTによりSi-Oのピークが増加し,Si-Nのピーク(830cm-1)が減少したことから,SiNx膜が酸化したと考えられる。一方,H2ありの成膜条件では,PCT後でもSi-Oのピークは見られず,バリア性が高いことが示された。表1にSiNx膜の特性をまとめる。H2を添加することにより,屈折率は化学量論組成のSi3N4での値である2に近づき,また,形成速度がやや減少した。これは,H2を添加せずに形成したSiNx膜が弱く結合したSiを含む疎な膜になっているのに対し,H2を添加することにより,局所アニールや弱く結合したSiのエッチッグ等が生じ緻密で安定した膜になったことを示している。

(図3 SiNx膜のFT-IRスペクトル)
(表1 SiNx膜の特性(H2添加効果))

3.2 内部応力5)
H結合密度,N/Si比,内部応力のSiH4流量依存性を図4に示す。SiH4流量が増加するにつれ,H結合密度は増加し,N/Si比は減少した。内部応力はSiH4流量が増加すると,引張から圧縮に変化した。これは成膜中のガス脱離により説明できる5)。このようにSiH4流量を変化させることにより,SiNx膜の内部応力を制御することができ,内部応力が100MPa以下のSiNx膜を形成できた。

(図4 H結合密度,N/Si比,内部応力のSiH4流量依存性)

3.3 室温形成6)
 H結合密度,N/Si比,内部応力の基板温度依存性を図5に示す。形成温度が減少すると,H結合密度は増加し,室温形成したSiNx膜では25at.%ものHを含んでいた。また,室温形成の場合,ストレスフリーであり,基板温度が増加するにつれて増加した。これは基板温度が増加すると,膜中からのHの脱離が多くなるためであると考えられる。
 このように,多量のHを含んだSiNx膜は疎であり,水蒸気バリア性を有しないことが懸念されるため,PCTによる水蒸気バリア性の評価を行った。その結果,室温形成においてもPCTによるSiNx膜の酸化は起こらず,水蒸気バリア性を有することが示された。

(図5 H結合密度,N/Si比,内部応力の基板温度依存性)

3.4 高速形成7)
 形成速度,屈折率,16BHFエッチレートのガス圧依存性を図6に示す。SiH4流量を大幅に増加させたことにより,100nm/minという高速でSiNx膜を形成できた。ガス圧が増加するにつれ,形成速度はわずかに増加するが,あるガス圧以上では減少した。一方,膜の緻密性を表すエッチレートは,ガス圧が30Pa以下では測定不能なほど大きくなるが,ガス圧が増加するにつれて減少したことから,緻密になっていることが示された。この形成速度とエッチレートとの関係から,最適ガス圧が35Paであると導かれた。しかし,この条件ではSiNx膜がSiリッチのため,着色していた。
 次に,最適ガス圧でNH3流量を変化させたときの形成速度,屈折率,16BHFエッチレート,波長400nmにおける膜自体の光吸収率のNH3流量依存性を図7に示す。NH3流量が増加すると,屈折率は減少し,膜自体の光吸収率も減少した。NH3流量100sccmで形成したSiNx膜は,透明かつ低内部応力(20MPa)で,水蒸気バリア性を有するという良好な特性を示した。

(図6 形成速度,屈折率,エッチレートのガス圧依存性)
(図7 形成速度,屈折率,エッチレート,膜の光吸収率のNH3流量依存性)

3.5 プラスチック上へのSiNx膜の形成
 ポリエチレンテレフタレート(PET),ポリエチレンナフタレート(PEN),ポリカーボネート(PC),ポリエーテルスルフォン(PES)フィルムに形成した場合のWVTRを表2に示す。どのフィルムにおいても検出限界以下であり,基材の水蒸気バリア性を100〜1000倍以上向上できることが明らかとなった。しかし,SiNx膜の膜厚が50nm程度と薄いため,フィルム表面の凹凸が大きい場合,バリア性が低下することがあり,フィルム表面の平坦化も重要であることも明らかとなった。

(表2 SiNx膜/各プラスチックのWVTR)

3.6 有機EL素子への実装試験
SiNx膜/有機EL素子の写真を図8に示す。成膜による発光強度の低下も見られず,有機EL素子に対してダメージレスであることが示された。さらに,高温加湿試験(60℃,90%RH)では,500時間(実使用時間に換算すると7000時間)は劣化しないことを確認した。しかし,パーティクルによるピンホールがあると,そこが起点となって劣化が生じる場合があった。CVDプロセスにおいて,パーティクルレスにすることは不可能に近く,パーティクルや素子の段差による劣化を防ぎ,寿命および歩留まりを向上させるためにはカバレージのよい膜との積層化が必要である。

(図8 SiNx膜/有機EL素子の写真)

3.7 ロールツーロール型Cat-CVD装置
 以上の結果をもとに作製したロールツーロール型Cat-CVD装置の概念図と外観写真を図9に示す。本装置は,幅250〜350mm(成膜幅300mm)のロール状フィルムを0.1〜20m/min速度で巻き取りながらSiNx膜を連続形成できる。本装置により透明かつ水蒸気バリア性を有するSiNx膜が形成できることを確認した。

(図9 ロールツーロール型Cat-CVD装置)

4.結言
Cat-CVD法では,原料ガス(SiH4+NH3)にH2を加えることにより,80℃以下で水蒸気バリア性SiNx膜が形成できた。また,形成条件を調整することにより,低応力(100MPa以下)かつ透明なSiNx膜を室温形成または高速形成(100nm/min以上)することが可能であることが明らかとなった。また,有機EL素子にダメージレスで形成でき,実使用時間で少なくとも7000時間は劣化しないことを確認した。しかし,SiNx膜単層では,パーティクルや素子の段差構造による劣化を完全に防ぐことは困難であり,今後,有機膜との積層化などを検討する必要があると考えられる。

謝辞
 バリア膜封止有機EL素子を共同で作製した北陸先端科学技術大学院大学三谷忠興教授,小松精練(株)魚住幸之助氏,飢-Lights枡田剛氏に深く感謝します。本研究は独立行政法人科学技術振興機構の重点地域研究開発推進事業に基づき,研究成果活用プラザ石川の事業化育成研究の一部として実施いたしました。

参考文献
1)H. Matsumura, H. Tachibana: Appl. Phys. Lett., Vol.47, No.8, 1985, p.833-835.
2)H. Umemoto, T. Morimoto, M. Yamawaki, Y Masuda, A. Masuda, H. Matsumura: Thin Solid Films, Vol. 430, No. 1, 2, 2003, p.24-27.
3)A. Heya, T. Niki, M. Takano, Y. Yonezawa, T. Minamikawa, S. Muroi, A. Izumi, A. Masuda, H. Umemoto, H. Matsumura: Jpn J. Appl. Phys., Vol.43, No.12A, 2004, p.L1546-L1548.
4)A. Heya, T. Niki, M. Takano, Y. Yonezawa, T. Minamikawa, S. Muroi, S. Minami, T. Ikari, A. Izumi, A. Masuda, H. Umemoto, H. Matsumura: Jpn. J. Appl. Phys., Vol.44, No.4A, 2005, p.1923-1927.
5)M. Takano, T. Niki, A. Heya, T. Osono, Y. Yonezawa, T. Minamikawa, S. Muroi, S. Minami, A. Masuda, H. Umemoto, H. Matsumura: Jpn. J. Appl. Phys., Vol. 44, No. 6A, 2005, p.4098-4102.
6)T. Minamikawa, A. Heya, T. Niki, M. Takano, Y. Yonezawa, S. Muroi, S. Minami, A. Masuda, H. Umemoto, H. Matsumura: Thin Solid Films, in press.
7)T. Osono, A. Heya, T. Niki, T. Minamikawa, S. Muroi, A. Masuda, H. Umemoto, H. Matsumura: Thin Solid Films, in press.
8)A. Heya, T. Niki, M. Takano, Y. Yonezawa, T. Minamikawa, S Muroi, S. Minami, H. Maruyama, H. Ito, A. Masuda, H. Umemoto, H. Matsumura: Digest of Technical Papers of AM-LCD, 2004, p.131-134.