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 視覚障害者向け携帯型色識別装置の開発
  前川満良* 高橋哲郎* 梶井紀孝* 古本達明** 一二三吉勝***
   橋爪慎哉*** 有谷秀明***
   *製品科学部 **機械電子部 ***竃k計工業

 新規成長産業として期待の高い福祉機器産業の育成が望まれている。しかし,福祉機器産業分野は従来製品と異なり,対象ユーザに対する十分な知識を持つことが難しく,さらに流通経路や市場の特殊性から,事業化に失敗する事例が多い。そこで,福祉機器産業に新規参入する企業は,開発・製造技術の支援だけにとどまらず,ユーザやマーケットを踏まえた事業化に至るまでの支援を要望している。
本報告では,工業試験場が支援して事業化に至った代表的な事例として,視覚障害者向けに色を音声で知らせる携帯型色識別装置の開発をとりあげ,その支援のプロセスを紹介する。
キーワード:福祉機器産業,視覚障害者,携帯型色識別装置

Development of Portable Color Discrimination System for the Visually Handicapped Persons
−Support to Growing up the Welfare Industry−

Mitsuyoshi MAEKAWA, Tetsuro TAKAHASHI, Noritaka KAJII, Tatsuro FURUMOTO,
Yoshikatsu HIFUMI, Shinya HASHIZUME and Hideaki ARIYA
   
The welfare industry is currently in the process of development of new products. It is expected that the new product will help to generate more employment as well as bigger market. But one of the major constraints for a vibrant welfare products business is the user's adaptability and an efficient distribution network system. In order to support the growth of welfare industry it need help both in technical and social terms. In this paper, we explain the different stages of development process taking portable color discrimination system as a typical case.
Keywords: welfare industry, visually handicapped persons, portable color discrimination system


1.緒  言
 新しい事業や雇用機会の創出が期待できる産業分野の一つに「医療・福祉関連分野」があげられている。しかし,福祉機器産業では従来製品と異なり,対象ユーザについての十分な知識を持つことが難しく,さらに流通経路や市場の特殊性などから,開発はできても事業化に失敗する事例が多い。そこで,福祉機器産業に新規参入する企業は,開発・製造技術の支援にとどまらず,障害者を理解することから市場への投入手法までの一連の支援を望む場合が多い。
工業試験場では,石川県リハビリテーションセンターとの連携事業を通して蓄積した障害者に対する知識と福祉機器産業の特殊性に関する知見を活かし,事業化プロセス全般に渡って支援を行ってきた。
本報告では,その典型的な事例として視覚障害者向けに色を音声で知らせる携帯型色識別装置の開発をとりあげ,事業化へのプロセスを紹介する。ここでは,プロセス全体を図1のように「ニーズ発掘」,「事業化調査」,「技術開発」,「評価」,「製造」,「事業化」の6つの段階に区分して説明する。

2.ニーズ発掘
 石川県では,平成9年2月に石川県バリアフリー機器等開発研究調査会を発足させ,福祉機器産業の創出を支援している。その中の情報伝達機器部会では,視覚障害・聴覚障害をテーマに設定し,施設見学に加え,その職員や障害者との意見交換に重点を置いた研究会活動を進めてきた。会員企業は,この活動の中で「道路工事中で困ることが多い」,「地図情報が少なく,始めてのところへなかなか行けない」,「色が分からなくて困る」など非常に多くの障害者の意見が入手できた。それぞれの要望に対して会員企業各社が事業化調査および開発を開始した。
このような中で,株式会社北計工業では,「色が分からなくて困る」というニーズに着目し,事業化の可能性調査を開始した。

3.事業化調査
色識別装置の開発を進める前に,色識別装置が市場に受け入れられる製品か,製品として受け入れられるにはどうすればよいか,といった視点で調査を行った。

3.1 ニーズ再調査

図1 事業化プロセス
石川県視覚障害者情報文化センターや石川県立盲学校を中心に,ニーズ調査を行った。視覚障害者や家族から出された意見は以下のようなものであった。             
 ・服地の色を識別したい。
  (洋服のコーディネート,靴下のペアの見分け   など日常での使用頻度が高い)
 ・携帯したい。
  (何処ででも,自分自身で色を知りたい)
・音声で教えて欲しい。
(点字がわからない)
・識別結果の再現性が高くないと困る。
  (自分自身で色が分からないので,装置を全面   的に信頼できるだけの精度が欲しい)
 ・小さいランプを識別したい。
(スイッチのオン・オフランプを知りたい)
・ 洋服やテーブルの模様・柄を知りたい。
・ 空き瓶やトレーの色を識別したい。
(ゴミの分別に必要)
・ 価格は10万円以下にして欲しい。
(実際購入する場合の上限額調査より決定)
などの要望があった。

3.2 類似品調査
工業用・研究用の分野で,色を識別する装置は多い。しかし,価格が高い,携帯できない,定期メンテナンスが必要であるなどの点で,開発要求を満たす装置はなかった。また,いずれも色を数値でしか表現しておらず,そのままでは色をイメージすることが難しいことが分かった。
 一方,福祉機器の分野では,国内に2つ,海外で1つ製品化されていた。表1に示すとおり,いずれも測定精度や,識別する色数が少ないなどの課題を残していた。
表1 類似品比較

3.3 技術的可能性調査
 低価格で携帯可能な色識別装置には,安価なセンサと高精度を維持する技術が不可欠となる。そこで,三原色の受光素子や3色カラーセンサなど安価な電子部品と校正ソフトウエアにより精度を向上させる基礎実験を行った。基礎実験は,図2に示すモデルで行い,良好な結果が得られた。
 3.4 製品企画立案
 以上の調査により,製品の仕様,市場性,技術的可能性が明確化すると同時に,企業の事業化資源(資金力,技術力など)の確認もとれた。その結果,要望の高い布地の識別,海外市場を意識した単3電池と録音方式の採用,測定結果の安定性を向上させることなど開発仕様を決定した。また,できるだけ多くのユーザ意見を製品に反映させるための評価プロセスを経ることを開発指針にあげ,製品企画の立案を行った(表2)。

図2 技術調査検証モデル

表2 開発指針

4.基礎技術の開発
4.1 色識別原理
 色の識別手順は図3に示すように,視覚障害者が色を知りたい対象物に装置を押し当て,操作レバーを押すだけで色を測定し,測定値に相当する色名を選び出し,音声化するという流れである。

図3 色識別原理
 一般に色を測定する方法は,分光測光器によって波長毎の反射率を測定して三刺激値を計算して求める方法(分光測色方法)と,人の目が持つRGB(Red:赤,Green:緑,Blue:青)に対する感度に近いカラーフィルターを備えた色彩計で三刺激値を光電的に直読する方法(刺激値直読方法)がある1)。産業界では,高精度で短時間の測定が可能なため,刺激値直読方法の光電色彩計が広く使われているが,高価で可搬性に乏しいため,今回の目的には合致しない。
このため本装置では,光源を測定対象物に照射し,その反射光からRGBカラーセンサで色を識別する刺激値直読方法を採用した。



図4 色表現方法
4.2 色表現方法
 散乱反射光に対して,RGBカラーセンサから得られる出力値はRGBの刺激値データである。これは,色の情報を数値だけで示しており,視覚障害者でなくとも色を想像しにくいものとなる。そこで,色を想像しやすい色名(言葉)で表現させる必要があり,本装置では,色名の規格としてJIS Z 8102「物体色の色名」の系統色名2)を採用した。これは図4に示すように,基本色名に対して明度・彩度・色相に関する修飾語を組み合わせることで数多くの色を表現しており,音声による出力が可能となった。

4.3 自動校正方法
 色の測定は,温度変化による光電素子特性の変化や光源などの経年変化などによる微妙な変化が測定結果に影響するものと考えられる。そのため,使用環境を均一にすることや,定期メンテナンスが必要となる。また,携帯型にすることで,測定結果に影響を及ぼす環境下での測定機会が増え,さらに落下などによる構造的ズレが生じ,測定結果に悪影響を及ぼす因子が増えるものと考えられる。
 一方,視覚障害者は,色を確認できないため,装置に依存する度合いが高く,きわめて安定した測定結果が要求される。さらに,定期メンテナンスは運用上の課題となるため,極力避ける必要がある。
 そこで,対象物の色を測定する前に,毎回,基準色の測定を行い,その測定データを対象物の測定データの補正に還元する自己校正機能を開発した。使用者が無意識のうちに短時間で基準色および対象物を測定する必要があるため,図5に示すように基準色および測定窓を測定円盤に同心円上で配置し,レバーの動きに連動して測定円盤が回転し,順次測定するようにした。なお,基準色には,明暗の基準としての白と黒,光の三原色である赤,緑,青を採用した。

図5 自己校正用基準色円盤


図6 評価モデルの三次元CAD画面
5.評  価
 5.1 評価モデル製作
 量産化する前に,ユーザの意見を広く収集する目的で,短期間貸し出す数十台の評価モデルを製作した。
評価モデルの製作は,三次元CAD(Structural Dynamics Research Corp.製 I-DEAS)で設計を行い(図6),この設計データをもとに光造形機(NTTデータシーメット叶サ SOUP U 600GS)で原型モデル(図7)を製作した。この原型モデルをマスターに,シリコンゴム型を作り,真空注型で図8に示す評価モデルを50個製作した。


図7 光造形機による原型モデル

図8 評価モデル外観図
5.2 ユーザ評価
 いくつかの視覚障害関連機関に試用評価のアンケートを依頼した。さらに,展示会の来場者にも試用によるアンケートを依頼し,併せて68人分のアンケート用紙を回収した。
 集計結果では,軽量・小型化が望まれたが,主な携帯方法がバッグの中であり,携帯する上では現状でも十分実用的であることが伺えた。スイッチ操作に関しては,押しにくいという評価が13%あり,改善検討が必要とされた。また,ユーザが入手しやすくなる給付項目への追加に関しては,68%が希望しており,改めてニーズの高い装置であることを認識した。
 また,海外での評価を得るために,デンマーク,スウェーデン,ドイツ,イギリス各国を訪問した。これまでの最大の課題であった精度の悪さを克服した点で各国から高い評価を得た。また,サイズについてはこれ以上小さくしたいという意見はなかった。
 国内外の評価をまとめると以下のようになる。
[長所]
 ・精度(再現性)が高く,信頼できる
 ・微妙な差も識別できる
・イヤホンにより,人に聞かれず識別できる
 ・デザインが良い
[短所]
 ・表現が詳細すぎてイメージできない
 ・ピンクや茶などの色名が欲しい
 ・使用場面によって大まかな色表現で十分
 ・ガラスなどは色が識別しにくい
 ・センサの押し当て方が難しい
・スイッチが押し込みにくい

5.3 自己校正機能評価
 色の測定結果の安定化に対して,自己校正機能の有効性について実験的に検証を行った。

図9 温度変化による相対光量の影響(白の測定)
タバイエスペック社製ビルトインチャンバ(TBL-10W4G'X)で湿度55%RHのもと,温度を5〜45℃まで10℃毎に測定を行った。色識別装置は同一のものを使い,RGBの電圧値から校正データに基づいた演算処理を行った場合と行わなかった場合の値を記録した。図9に白色の測定結果を示す。相対光量は,光電変換された電圧値を増幅し,最大電圧で割った値とする。
自己校正機能がない場合,温度の上昇によりRGB各色で光量が増加した。LEDの照射光量自身が増加するためと考えられる。一方,自己校正機能がある場合には,ない場合に比べてRGB各色とも温度上昇による変化は約1/3となった。これより,自己校正機能によって,安定性が向上したことが示された。


図10 製品外観図

図11 簡易モードと詳細モードによる色表現方法
6.製  造
 評価モデルによる試用評価結果をもとに,製造方法や品質管理などの検討を加え,図10に示す製品の開発を行った。
 最大の改良点は,図11に示すとおり大まかに色を識別する簡易モードを追加したことである。簡易モードは,赤,青,緑,黄,その間となる紫,青緑,黄緑,橙(詳細モードでは黄赤と表現),要望の多かった茶,ピンクの有彩色と白,灰,黒の無彩色を基本色とし,濃い,薄いの2種類の修飾語を組み合わせた31色で識別している。モードの切り替えはスイッチによって行われる。
 スイッチが押し難いという評価に対しては,上蓋ケースのひさし部分を取り除く改善案も出されたが,携帯するバッグの中で他の物にあたってスイッチが入りっぱなしにならないようにひさし部分が必要となる。そこで,スイッチとひさし部の間隔を広げ,指との干渉を少なくする改善を行った。
 さらに,製品化のためには,取扱説明書などが必要となる。しかし,使用者が視覚障害者であることから,取扱説明書は,点字によるものと録音カセットテープによるものを追加した。

7.事業化
 7.1 販促ツール整備
 販売促進ツールとしては,カタログの他にホームページを閲覧する視覚障害者も考慮に入れ,ホームページの作成も行った。カタログは取扱説明書と同様に点字版も作成した。一般的には,視覚障害者ホームページを読みとることは困難であり,特別なソフトウエアでホームページの内容を読み上げさせている。そこで,視覚障害者の間で普及しているホームページ読み上げソフトウエアに対応した,ホームページ作りが必要となった。今回は,作成したホームページをホームページリーダ(日本IBM製,Netscape対応)とボイスサーフィン(アメディア製,Explorer対応)で検証した。
 
 7.2 販促ルート整備
一般の福祉ショップでの販売も考えられるが,視覚障害者の情報入手経路はかなり限定されていることから,視覚障害者に特化したルートが効率的であると考えた。また,他の福祉機器と同様,手に取って試用することを重要視することから,視覚障害者が集まる視覚障害者施設(具体的には,石川県視覚障害者情報文化センター)を総代理店とし,各県の協会,点字図書館などのネットワークを最大限に活かすこととした。

7.3 販促支援施策活用
現在,障害者が福祉機器を入手しやすくするための施策がいくつかある。
平成3年厚生省告示130号(消費税法施行令第14条の3第1項及び第2項の規定に基づく厚生大臣が指定する身体障害者用物品及びその修理)で定められた福祉機器は非課税扱となり,障害者の負担が軽減される。そこで,非課税扱となるよう申請手続きを行った。
また,障害者のために失われた部位や欠陥を補うための補装具(義足,盲人安全杖など)や日常生活を容易にするための日常生活用具(盲人用時計,移動用リフトなど)を給付する制度がある。これらの給付対象品となれば個人負担がかなり軽減されるため,障害者は非常に入手しやすくなる。そこで各種団体へ積極的に試用評価したいただき,給付対象品となるべく活動を行っている。

8.結  言
福祉機器産業へ新規に参入する企業に対して,ニーズの発掘から市場投入までの全プロセスに渡って支援を行うことができた。その結果,ユーザ,企業双方が納得いく形で市場に製品を投入することができ,現在,順調に販売実績をあげている。
 今後,さらに給付対象品への手続きや外国での販売を支援していく予定である。また,今回の実績から得た顧客の信頼を基盤に,視覚障害者用機器のラインナップ化を図り,福祉機器メーカとして安定した企業となるようフォローアップするつもりである。

謝  辞
本研究の開発に当たり,ご助言いただいた福井大学教授上田正紘氏,石坂商事兜ト光孝氏に感謝します。また,視覚障害者の立場から終始ご助言いただいた,潟Aクセス・テクノロジー斎藤正夫氏に感謝します。
最後に,調査にご協力頂いた石川県ならびに全国の視覚障害者協会及び視覚障害者の方々に深謝します。

参考文献
1) 色彩科学協会編:色彩科学ハンドブック,南江堂 (1962)
2) 日本工業規格:物体色の色名,日本規格協会,JIS Z 8102 (1985)



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