平成11年度研究報告 VOL.49
キトサン系生分解性樹脂の開発
化学食品部 吉村治
根上工業株式会社 吉本克彦
元金沢大学 隅田弘
金沢大学 上田一正

 自然界中に豊富に存在する天然高分子のキトサンは生分解性,抗菌性,無害性等の長所がある反面,固い,伸びがない,溶解性が悪い等の欠点があるため,汎用材料としての応用が難かしかった。本研究では,キトサンの長所を活かした新規機能性高分子材料を開発する目的で,相溶性,物性の良好なポリビニルアルコール(PVA)との複合化を検討した。その結果,機械的強度,耐水性,生分解性等に優れた材料の調製が可能であり,容易に物性・機能性をコントロールできることを認めた。
 なお,これらの成果等に基づき科学技術振興事業団「平成11年度独創的研究成果育成事業」に応募し採択され,現在材料の実用化について検討を続けている。
キーワード:キトサン,ポリビニルアルコール(PVA),樹脂,生分解性,抗菌能

Development of Biodegradable Resins Derived from Chitosan

Osamu YOSHIMURA, Katsuhiko YOSHIMOTO, Hiroshi SUDA and Kazumasa UEDA

 Chitosan is one of the few natural cationic polysaccarides, and have several potentional functions such as biodegradability, antibacterial activity and low toxicity. We have investigated to develop novel functional resins derived from chitosan and polyvinyl alcohol(PVA). The general characteristics of the composite films obtained by cast drying of the develped resins was also studied. It was found that the obtained films show larger tensile strength than the values caluculated from Chitosan and PVA individually, and that desired physical properties on them can be controlled by changing the kinds and the amounts of additives. Furthermore, their films are degradable in soil and seawater, their deradation rates can be easily controlled by adjusting the additive amounts of cross-linking agents.
Key Words:chitosan, polyvinyl alcohol(PVA), resin, biodegradability, antibacterial activity


1.緒  言
 プラスチックは多くの優れた性能や機能を有しているため,衣食住のみならず総ての分野で使用されている。プラスチックの生産量は1996年に約1400万トンに達し現在も増え続けており,これに伴って廃プラスチックは900万トンを越えて排出されている1)2)。プラスチックの多くは自然界中で分解されないため,不要となったプラスチックは,その処理問題をはじめとして大きな社会問題や環境問題を引き起こしている3)。
 このような状況下で,使用後の自然への影響,環境への配慮などを念頭においた環境負荷低減素材として生分解性プラスチックが期待されるようになってきた。しかし,コストが高く,成形性が悪い,生産するために多大なエネルギーを必要とするなどの欠点も認められ,本格的な普及には至っていない。
 一方,キチン,キトサンは自然界に存在する唯一の塩基性多糖であり,天然に広く存在し,生物による年間生産量は十億〜一千億トンと推定されている。キトサンはカビの細胞壁に含まれるが,一般的にはキチンをアルカリで加水分解処理することにより得られる。化学的構造は植物の細胞壁の主成分であるセルロースに類似しており,形状は結晶性が高いため,硬く伸びが少ない。また溶解性,反応性が乏しいなどが欠点としてあげられる4)。
 本研究では,キトサンが自然界中で完全に分解される天然高分子であり,土壌中に堆積しないことに着目し,キトサンとポリビニルアルコール(以下PVAと略す)を複合化することにより(以下キトサン複合化フィルムと略す),生分解性などの機能を有する環境適合材料を開発することを目的とした。
 本報告では,これらの研究の中でも材料の実用化並びに分解時期の制御,分解時期と物性とをコントロールできる材料設計法などを記載する。
 なお,本研究については,技術アドバイザー指導事業により隅田弘技術アドバイザーが,「天然物由来高分子の合成」に関して平成3年度根上工業株式会社を指導したことが発端となった。平成5年度より上田一正教授も加わり,本研究を開始し特許出願に至った5)。またこの特許等を基に,科学技術振興事業団の「平成11年度独創的研究成果育成事業」に応募,採択され,「生分解性光透過型インク受容層の開発」を実施し,平成12年6月新たに特許出願を行った6)。


2.実験と方法
2.1 キトサン複合化フィルムの調製
 キトサン酢酸(有機酸)水溶液,PVA水溶液を調製し,この両液の所定量に可塑剤,架橋剤を所要量添加して,均一になるまで撹拌後,減圧脱泡する。
 引張・伸び率等の測定に使用した厚さ30μmのフィルム試料は,ガラス板上に流延後,乾燥器の中で,90℃で60分,そして130℃で30分乾燥させ,調製した。また吸水率,生分解性等の測定用厚さ120μmのフィルムでは,同様に流延後,50℃の乾燥器中に72時間放置し,更に減圧乾燥させて得た。

2.2 物性試験
2.2.1 引張試験
 試験方法はJIS Z1702に準じ,温度23℃,相対湿度55%の恒温恒湿室内で行った。試験片は試験前に測定室内に24時間以上放置させ,状態調節したものを用いた。伸び率は試験前の標線間距離を30mmとして測定した。

2.2.2 耐水性試験(海水浸漬試験)
 50mm×50mmのフィルム(厚さ120μm)について,JIS K7114に準じて試験した。試験片は予め50℃で24時間乾燥させた後,デシケーター中に放冷し質量を測定する(M)。この試験片を20℃で一定期間(1〜12週間),蒸留水(海水)中に浸漬後,同様に乾燥させ,秤量する(M)。残存率は,次式により求めた。

残存率(%)= M/M×100 (1)

2.3 生分解性試験
2.3.1 土中埋込試験
 50mm×50mmのフィルム(厚さ120μm)を,50℃,24時間乾燥させ,デシケーター中で放冷,秤量した試験片(M)を,工業試験場駐車場横の空地に埋設した。埋設深さは15cmとして,1週間毎に堀出し,試験片の質量を同様に測定した(M)。残存率は,式(1)により求めた。

2.3.2 キトサナーゼによる酵素分解促進試験
2.3.2.1 酵素(キトサナーゼ)溶液の調製
 和光純薬工業叶サキトサナーゼ(Bacillus punils)に滅菌済リン酸緩衝溶液を加え,35units/mlの酵素溶液とした。

2.3.2.2 酵素分解促進試験
 試験方法を図1に示す。10mm×10mmのフィルム(厚さ120μm)を50℃,24時間乾燥させ,質量を測定した(M)。試験管に,このフィルム3枚,酵素溶液及び直径約2mmのガラスビーズ5個を入れ,シリコ栓をする。これを40℃の恒温振とう器内で振とうさせ,一定期間後に取り出し,試験後フィルムの質量を測定した(M)。残存率は式(1)で計算したが,酵素による分解を確認するため,酵素が入っていないブランク溶液についても同様に実施した。
 また,分解性を評価するため,全試験溶液の全有機炭素(TOC)も測定した。

図1 酵素分解促進試験方法

2.4 赤外分光分析による分解機構の探索
 生分解性試験を実施した全ての試験片に関して,赤外分光分析(FT-IR)を実施し,フィルム中のキトサン比率を求めた。試料はKBr錠剤法により調製したが,測定に際しては吸光度が1になるように錠剤を調製した。キトサン比率の算出は,次のように行った。すなわち,得られたIRスペクトルより,キトサンに特有のピーク(1650cm−1,付近)とPVAに特有のピーク(850cm−1付近)の強度を得,次式によってキトサンのピーク強度比を求め,キトサン比率との検量線を作成することによった7)。

ピーク強度比(%)=A/(A+B)×100 (2)

ここで,Aはキトサンのピーク強度,BはPVAのピーク強度を表す。

2.5 一般生菌を用いる抗菌性試験
 一般的に抗菌性の評価には,黄色ブドウ球菌,大腸菌等を用いて試験するが,これらの菌は病原性が強く,保菌し使用するには特殊な設備が必要である8)。
 そこで,シェークフラスコ法により一般生菌を用いて抗菌性試験を実施した。三角フラスコにリン酸緩衝食塩水30mlを入れ,オートクレーブで滅菌する。これに菌溶液1ml及び試験片を1g加え,25℃,150rpmで24時間振とう後,生残菌数を測定した。同様に菌液のみも試験して,菌の活性度を調べた。



3.結果と考察
3.1 引張強度及び伸び率
 引張強度及び伸び率に及ぼすキトサン:PVA比率の影響について検討した。代表的な結果を図2に示すが,ここでは可塑剤としてグリセリン,架橋剤としてメラミン系樹脂を使用した。
 可塑剤や架橋剤の種類や添加量を変化させた他の系についても同様に測定したが,いずれの場合も引張強度及び伸び率ともに比率が2:8或いは3:7のとき極大値が得られた。この極大値は,キトサン及びPVA単独の引張強度から算出した加成値より大きく,複合化の効果が認められた。このことは,キトサンとPVAの複合化によって化学構造中のアミノ基,水酸基間に生じる水素結合がフィルムのミクロ構造に重要な影響を及ぼすことを示唆している。
 表1に本研究で調製したキトサン複合化フィルムの強伸度のデータ及び他の汎用プラスチックフィルムの値を示す。表1より引張強度はポリエチレン,ポリプロピレンより大きいが,伸び率は低く,ほぼポリ塩化ビニリデン(代表的な商品名;サランラップ)と同等の値を示し,力学的にも優れたフィルムであることが判った。また架橋剤,可塑剤の添加量,種類を調節することにより,簡単に強伸度を調整することが可能であることを認めた。
図2 キトサン比率が及ぼす
引張試験への影響
 
表1 フィルム引張強度及び伸び率

3.2 生分解性
3.2.1 土中埋込試験
 図3にキトサン複合化フィルムと市販のポリエチレン,ビニロンフィルム(PVA)を比較したものを示す。市販の両フィルムともに埋込み12週間後でも殆ど残存率の低下は見られなかったが,キトサン複合化フィルムでは明確な残存率の低下が確認できた。フィルム2の土中埋込試験前と3週間後を図4に示すが,フィルムの種類によっては,埋込後の形状が膨潤するものもあった。
 土中におけるフィルム残存率の低下原因として,土壌水によるフィルム可溶成分の溶出と微生物による生分解が考えられる。そこで,耐水性試験を行って土壌水の影響を調べた(図5)。埋込試験1週間後の試料で約20%の残存率低下が見られるが,これは耐水性試験の重量変化に匹敵しており,埋込初期は土壌水分によりフィルム可溶分の溶出が起こり,その後微生物による代謝に由来し徐々に分解されていくものと推定される。

3.3.2 酵素分解促進試験
 生分解性の評価方法として,土中埋込試験は実際の環境下で試験を行うため必要不可欠であるが,試験に長期間を要し気候等に影響されやすく再現性が低い。そこで,キトサナーゼを用いた酵素による分解試験を考案した。温度,緩衝液pH,酵素溶液の濃度等基礎条件を検討した後,再現性の良好な条件下で行った結果を図5に示す。試験開始後20日でフィルム残存率が約45%に減少した。このフィルムは土中では同じ値まで減少するのに約20週間の期間を要した。他の殆どのフィルムにおいても酵素分解促進試験における分解期間は,土中埋込試験の約1/7〜1/10程度となることを認めた。

3.3.3 生分解性の制御
 分解時期はキトサン,PVA,可塑剤,架橋剤の種類や添加量,フィルム調製方法によって変化する。特に,架橋剤の役割は大きいと推測される。図6に架橋剤添加量が及ぼす分解時期の影響を検討した結果を示す。
この要因については,フィルム中の架橋構造の増加にあると考えられ,架橋剤により容易に分解時期を調節することが可能であった。

3.3.4 分解機構の探索
 赤外分光分析によりフィルムの分解挙動を解析した結果を図7に示す。両試験ともに初期に土中の水分或いは海水により可溶成分の溶出が起こり,相対的にキトサン比率が高くなったためと考えられる。それ以後は,残存率の低下とともにキトサン比率も減少していくことから,微生物がキトサン成分を分解していくことが確認された。また土中の方がキトサン分解菌が多いと考えられ,海水よりも早い分解が見られる。耐水性試験では,キトサン複合化フィルム中のキトサン比率に変化がなかったことより,キトサン成分の分解がフィルム分解を誘発すると考えられる。
図3 土中埋込試験
 
図4 土中埋込試験
 
図5 耐水性試験と各生分解性試験の比較
 
図6 生分解性制御の検討
 
図7 赤外分光分析による生分解挙動の解析


3.4 抗菌性試験
 図8に一般生菌の抗菌性試験結果を示す。抗菌効果の判定は,一般に対照(サンプルを入れない菌液のみの試験)に対して,2桁以上低下した場合に抗菌効果があり,さらに4桁以上低下すると抗菌効果が強いと判定される。
 市販のポリエチレンやビニロンは,全く抗菌性を示さないのに対して,キトサン複合化フィルムでは菌の増殖抑制効果が高く,フィルム内容物等を変えることによりその強さを制御することが可能であった。また抗菌能はキトサンアミノ基に強く左右されることも確認できた。
図8 一般生菌による抗菌性試験


4.実用化の検討
図9 開発した受容層と印刷物
 本研究で開発した新規材料は,フィルム形状で多用途に用いることも可能であるが,溶液状態でコーティング材として使用することもできる。また各種顔料,染料,酸化防止剤等添加剤も容易に配合することにより,多方面での利用が期待される。これらの研究結果に基づき,平成9年2月には特許「生分解性キトサン含有組成物およびその製法」を出願した。材料のフィルムとしての応用に関しては,現状では材料コストが課題となっている。
 また最近のパーソナルコンピューターの普及に相まって,インクジェットプリンター及びインクジェットト記録用紙並びにシートの需要(500億円以上)が急速に伸びている。通常インクジェットプリンターで印刷したものは,特に水に弱く,屋外に置くと雨などの影響で直ぐにインクが滲んでしまう。
 そこで,本材料を開発した知見等を基に,「生分解性光透過型インク受容層の開発」を目的に,科学技術振興事業団の委託研究事業により研究を進めたところ,インクの吸収性が良好で,しかも耐候性,光透過性などの優れた樹脂を新規に共同開発することができた。図9に開発した樹脂と,これを塗布したプラスチックシート上に,インクジェットプリンターで印刷したものを示す。この樹脂によって,手軽に鮮明な屋外用印刷物が提供できることが可能となり,平成12年6月に特許「インクジェット記録用シート」を出願し,現在実用化に向けた検討を続けている。


5.結  言
以上,開発したキトサン系生分解性樹脂の特性について,下記にまとめる。
(1)透明性が良好で,フィルム形状では表面平滑性に優れている。
(2)機械的強度,耐水性等樹脂物性に優れており,更に材料比,添加剤等を変化させることにより,物性をコントロールすることも容易である。
(3)土中埋込試験等により生分解性を確認し,添加剤を調節することで分解時期を制御できる。
(4)一般生菌に対する明確な抗菌効果を認めた。
(5)添加剤等を変えることにより,目的に応じ他品種材料を調製することが容易に可能である。


参考文献
1) 奥脇昭嗣:廃プラスチックリサイクルの方向性,化学技術戦略機構,Vol.14,No.2,p.8-9(2000)
2) 西山昌史:機能紙から生まれた生分解性プラスチック,機能紙研究会紙,Vol.30,p.18−24(0991)
3) 福田和彦:生分解性プラスチックの研究・開発動向,工業材料,Vol.39,No.8,p.18-23(1991)
4) キチン及びキトサンの成形技術に関する展望とN−アセチル化によるN−アセチルキトサンゲルの調製条件の検討,製品科学研究所研究報告,No112(1988)
5) 石川県,根上工業株式会社,特願平09-036725
6) 吉村治,根上工業株式会社,科学技術振興事業団,特願2000-185357
7) 見矢勝,大阪工業技術試験所報告,第369号(1986)
8) 佐伯義光:酸化チタン光触媒を用いた抗菌タイル,工業材料,Vol.43,No.1,p.94-100(1995)



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