平成11年度研究報告 VOL.49
電動車いす用薄型駆動ユニットの開発
製品科学部 前川満良 高橋哲郎
機械電子部 中藪俊博
叶田エンジニアリング 浅田純郎

 高齢者・障害者のための在宅支援機器の中でも移動支援機器のニーズは極めて高い。しかし,現在の電動車いすは重い,大きい等の問題から,日本家屋には不向きである。また自動車で運搬したいという要望が高いことからも電動車いすの軽量化やコンパクト化が求められている。
 本研究では,軽量でコンパクトな駆動ユニットの開発を行い,市販の手動車いすを電動車いすに改造した。モータには薄型のプリントモータを,減速機構には小型で高い減速比を持つハーモニックドライブを採用した。この二つの特徴的な要素を組み合わせることで,ハブを厚くすることなくモータと減速機構を収めることができた。その結果,搬送性の向上とともに,車いすフレームとの干渉問題が解決したため,対象車種が限定されないという大きな特徴を持った駆動ユニットとなった。
キーワード:電動車いす,駆動ユニット,プリントモータ,ハーモニックドライブ

Development of a Thin Type Drive Unit for Electric Wheelchairs

Mitsuyoshi MAEKAWA, Toshihiro NAKAYABU, Tetsuro TAKAHASHI and Sumio ASADA

 The electric wheelchair is generally unsuitable for narrow Japanese house and also being difficult to maneuver into the automobile physically because of its size and weight. Therefore it needs to be compact and light. In this study, light and thin drive unit for the electric wheelchair was developed. This unit was composed of a print motor and a harmonic drive gearing with which high reduction ratio with the same weight and mechanical dimensions were obtained. The drive unit was able to be stored in the hub, moreover there was no interference between frames of the wheelchair and drive unit. As a result, it was easy to remodel the various wheelchairs into the electric wheelchair, and it was possible to put the improvised electric wheelchair with fixed drive unit into the automobile.
Key Words:Electric Wheelchairs, Drive Unit, Print Motor, Harmonic Drive Gearing


1.緒  言
 電動車いすは,下肢に障害をもつ高齢者・障害者のQOL(Quality of Life:生活の質)を向上させるための有効な道具である。しかし,一般の電動車いすは,車体の寸法および回転半径が大きく,重いといった理由から,日本家屋での利用,自家用車への積載などが困難である。最近では,手動車いすに補助駆動ユニットを取り付けられる簡易電動車いすも開発されはじめたが,取り付けられる車いすが限定されるほか,介助者一人で車に積載するにはまだ重く,利用者のニーズを満たしているとは言い難い。
 このため本研究では,電動車いすの適合技術で豊富な経験をもつ石川県リハビリテーションセンター(以下、リハセンター)の協力を得ながら,利用者のニーズを最大限に反映した車いす用薄型軽量駆動ユニットを試作したので,その内容を報告する。


2.電動車いすと利用者の現状
2.1 電動車いすの生産台数と利用対象者
 日本車いす工業会の調査では,1998年度に生産された車いすの台数は約19.3万台で,電動車いすはわずか1.1万台であった(表1)。
 一方,電動車いすを補装具として給付を受けられる人は肢体不自由者の中でも、下肢だけでなく上肢にも何らかの障害をもっている人である。必ずしも障害の疾患分類から電動車いす対象者を割り出せるわけではないが,厚生省の調査結果から四肢に障害を伴うと想定される主な疾患名と人数を表2にまとめた。
 実際,リハセンターにおける車いす利用者を疾患別に見ると,脳血管障害(脳卒中の後遺症)が最も多く,次いで交通事故,労働災害,スポーツ傷害などによる脊髄損傷,脳性マヒ,進行性筋萎縮症,骨関節疾患などの順となる。
 また,リハセンターでの電動車いす適合実績から,本人の残存能力で電動車いすを走行させることが見いだせず介助用車いすを利用している症例が非常に多い。
 以上,車いす生産状況と医療現場の状況を併せて考えると,電動車いすの潜在的需要は極めて多いと推測される。
表1 車いす生産台数の推移
  1996年度 1997年度 1998年度
車いす全体(台) 199,542 204,919 192,758
手動車いす(台) 186,667 192,529 181,103
電動車いす(台) 12,875 12,390 11,655
表2 障害の疾患別にみた身体障害者数
(単位:千人)
  1996年 1991年
脳血管障害 359 325
脊髄損傷 76 63
骨関節疾患 254 214
脳性マヒ 74 67
リウマチ性疾患 99 96
進行性筋萎縮症 13 12
脊髄性小児マヒ 47 43
その他脳神経疾患 64 調査項目なし
986 820

2.2 車いす利用者の身体能力と要望事項
 この分野に精通する医療福祉職の間では,車いすに重要な機能として「座位保持性」,「移乗動作性」,「走行操作性」の3つの要素を挙げている。また,疾患の種類は多岐に渡るが,それぞれの身体能力特性と電動車いすに対する要望事項には共通する部分も多いと考えられている。このため,電動車いすの設計条件を導く上で,実際の利用者や医療福祉職を対象に、身体能力特性と要望事項などを調査した。
1)座位保持性
<能力> 体幹は不安定だが,適正な座位保持によって電動車いすの操作が可能になる場合が多い。
<要望> 個々に適した座位保持調整が必要なため,車種を限定されては困る。
  手動または介助用車いすを所有している場合は,本人の車いす形態に類する電動車いすもしくは簡易に装着できる駆動装置を望む。
2)移乗能力性
<能力> 疾患および障害の進行度合いによって差異はあるが,一旦立ち上がる或いは座位の状態での車いす移乗が可能な場合が多い。
<要望> 電動車いすの座面高は,椅子やベッドの高さ(移乗しやすい高さ)を基準にしてほしい。
  手動または介助用車いすを所有している場合は,移乗しやすい座面高やアームレスト型式を採用し,住環境も併せて調整しているため,本人の車いす形態に類する電動車いすもしくは簡易に装着できる駆動装置を望む。
3)走行操作性
<能力> 上肢や手指の麻痺で到達能力や把持能力に制限はあるが,インターフェースの工夫によって電動車いす操作が可能になる場合が多い。
<要望> 屋内移動では,幅を取らず,小回りや低速安定走行性能が必要である。
  外出或いは目的地に着いて使用する場合は,最低 5q程度の走行距離を必要とし,自家用車への積載が容易な小型軽量化,登坂路面に対応するトルクと制動性が必要である。
  さまざまな上肢や手指能力に対応する制御装置が必要である。


3.薄型駆動ユニットの開発
3.1 開発の目標
 電動車いすの開発課題は多く,全てを満たすことはとても不可能である。そこで,必要最小限の条件を絞り込み,以下の開発目標を設定した。
 1)駆動装置の重量を軽くする。
  (電動車いす全体重量25kg以下)
 2)ハブ内に駆動ユニットを収納すること。
 3)車いす本体は折り畳むことができる。
  (幅350mm以下)
 4)日本家屋走行を主とする。
  (走行速度4.5km/h)
 5)バッテリーを軽量化する。
  (1充電での電動走行距離5km以上)

3.2 薄型駆動ユニットの提案
 前節の開発目標をもとに市販の手動車いすを大改造することなく電動化する方法を検討した。操舵装置,電装品,バッテリーは取り付け場所の制約が少なく,折り畳み時の干渉が最大の留意点である。しかし,駆動装置は車輪を駆動させるため場所が限定され,車体フレームとの干渉が問題となる場合が多い。そこで,できるだけ多くの手動車いすに対応できるよう,車輪のハブ内に駆動装置を収めてしまう薄型の駆動ユニットを提案する。車輪のハブ内に駆動装置を収める薄いモータが要求されるため,市販のモータの中から薄く軽量なものとしてプリントモータを採用した。このモータの定格回転速度は一般に3000〜5000rpmであり,減速装置には省スペースで高い減速比が要求される。そこで減速装置にハーモニックドライブを採用した。


3.3 プリントモータ
 一般にロータ(電機子)を扁平状にしたものをフラットモータといい,モータ形状がフラットなため取り付けスペースをとらないといった長所がある。さらにこのロータを絶縁版に印刷することで薄くしたものがプリントモータである。
 しかし,プリントモータにはブラシがあるため寿命を考慮する必要がある。そこでブラシの寿命を長くするために出力に余裕を持たせ,本開発ではプリントモータに活タ川電機製 UGPMEM-09A12(オプチカルエンコーダ付き)を採用した。ブラシ推定寿命を4000hと仮定し,毎日10km走行した場合でも5年の寿命が確保されることになり,補装具としての耐用年数を満たすことになる。採用したプリントモータの定格および主な仕様は表3の通りである。
表3 モータの定格及び主な仕様
項目  
定格出力 80W
定格トルク 0.19N・m
定格回転速度 4000r/min
定格電機子電圧 28V
瞬時最大トルク 0.76N・m
最高回転速度 5000r/min

3.4 ハーモニックドライブ
 ハーモニックドライブは波動歯車装置ともいい,金属の弾性変形を利用した減速装置である。一般にウェーブジェネレータ,フレクスプライン,サーキュラ・スプラインの3個の基本要素で構成され,図1のように組み合わされている。
 このハーモニックドライブの特徴として,
 ・一段で1/50〜1/320の高減速比が得られる
 ・一般の歯車装置に比べ1/3以下の容量と1/2以下の重量で同じトルク容量と速比が得られる
 ・バックラッシが小さい
 ・摩擦による動力損失が少ない
などがあげられ,本開発に最適な減速機である。
 モータ回転と速度の間には次式の様な関係があり2),
    1/R=1.67×104v/NπD
   N:モータ回転数[rpm]
   v:速度[km/h]
   D:駆動車輪径[mm]
   1/R:減速比
本開発で求められる減速比は,所要速度4.5[km/h]、駆動車輪径610[mm],回転数3000[rpm]より
  1/R≒1/76.6
となり,減速比1/80の潟nーモニック・ドライブ・システムズ社製フラット型ハーモニックドライブFB-25-80-2-Gを採用した。
図1 ハーモニックドライブの構成

3.5 薄型電動駆動ユニットの設計・試作
 ハブ内にプリントモータとハーモニックドライブ組み込んだ薄型駆動ユニットを設計し(図2),試作を行った。駆動ユニットはプリントモータの側で車体と固定し,車輪にはハニカム型ディスクホイールを採用した。ユニット単体では評価できないことから,県内車いすメーカの潟Vグ・ワークショップ製車いす「カーナ」に装着した。なお,操舵及びコントローラは英国Penny+Giles Drives Technology Ltd製Pilot25iを,バッテリは米国サイクロン社製 シール鉛蓄電池Dセル(12V2.5Ah×2ヶ)を採用した。モータの制御方法として,省電力に有効なPWM(Pulse Width Modulation)制御法を採用した。

図2 駆動ユニット組立図
図3 駆動ユニット

図4 電動カーナ全景 図5 折り畳んだ状態


4.試作電動車いすの性能評価
 試作した電動車いす「電動カーナ」の性能特性を表4に示す。総重量と走行距離で,条件を満たさなかった。重量面では,ハブ本体の機械加工にまだ軽量化の余地があることから,今後さらに軽量化が可能である。
また,走行距離はモータにまだ余力があるため,出力の小さいモータに変更するか,バッテリの見直しが今後必要である。なお,走行性能は体重75kgの大人が乗車して測定したものであり,最高速度,登坂角度はJIS T 9203の試験方法に準じて行った。
 また,数種類の車いすにも取り付けを行い,フレーム等の干渉問題が少なくなったことが実証された。
 電磁ブレーキがないため坂道停止時にずり下がり現象を起こす危険性があるが,減速比が高いことから傾斜角6.0゚までは停止状態のままであった。



5.結  言
 プリントモータとハーモニックドライブという特徴的な部品を使うことで,ホイール内のハブに収まる軽量で薄型の駆動ユニットを開発した。さらに,手動車いすに装着して性能評価を行った。その結果,以下のような結論を得た。
1)プリントモータとハーモニックドライブの利用により,ハブ内に収まる薄型駆動ユニットを提案した。
2)薄型駆動ユニットにより,幅広い機種の手動車いすの電動化を容易にできることが確認できた。
3)軽量かつ折り畳みが可能なことから,自家用車での運搬が容易になることが確認できた。
 今後は,上肢や手指に重い障害がある人にとっても操作しやすい操舵部,体幹保持能力の低い人に対する座位保持機能などの研究開発を継続的に進める予定である。



参考文献
1) 総理府編:平成11年版障害者白書,大蔵省印刷局,1999
2) 戸田孝,中村修照,寺嶋正之:制御用小型モータの活用,東京電機大学出版局,1989



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