平成11年度研究報告 VOL.49
イオンビームによる摺動特性に優れた超硬質膜の創製
製品科学部 安井治之 粟津薫
機械電子部 舟田義則

 機械装置の摺動部品や回転部品の摩擦・摩耗を低減させることは,エネルギー節減の観点からも重要な課題の1つである。これまでのダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜研究に加え,鉄系材料に対して優れた摺動特性が期待される窒化ホウ素(BN)の成膜技術を検討した。ホウ素蒸着と窒素イオン注入を同時に行う方法で行うと,密着性の良いBN膜の創製が可能となった。創製したBN膜は,超微小硬度計による硬さ試験から,DLC膜と同程度であり,摩擦係数はDLC膜の半分以下であった。また,フーリエ変換赤外分光法(FT-IR)により膜構造を評価したところ,hBN(六方晶窒化ホウ素)が形成されていることが明らかになった。これらの結果から,創製したBN膜は,無潤滑で鉄系材料に対して優れた摺動特性を示し,摩擦・摩耗を低減させることが期待できる。
キーワード:イオン注入,BN,スクラッチ試験,硬さ試験,FT-IR

Formation of Superhard Thin Films with Excellent Tribological Characteristic by Ion Beam Technology

Haruyuki YASUI, Kaoru AWAZU and Yoshinori FUNADA

 It is one of the problems which are important from the energy saving point of view that tribological part and rotary part of any machine are reduced. In this connection, we have studied diamond-like carbon(DLC) film. We examined film formation technology of boron nitride(BN) which was expected to be excellent for the ferrous material. The formation of BN films was carried out by using an ion asisted deposition apparatus with both ion implantation and EB-deposition functions, in the case of IBAD. EB-deposition and irradiation of ion beams were carried out simultaneously. The changes is the chemical bonding state of BN films was evaluated by measurement of Fourier transformation infrared spectroscopy(FT-IR). The hardness of BN films was measured by an ultra micro hardness tester. From the results, it was observed that the BN films have the excellent tribological characteristics, which was oil-free and was excellent for the ferrous material.
Key Words:ion implantation, boron nitride, scratch test, hardness test, FT-IR


1.緒  言
 摺動部品や回転部品の摩擦・摩耗の低減は重要な課題であり,より低摩擦で摺動する部材の開発が望まれている。その中でも超硬質膜を材料表面に極薄くコーティングする技術が注目され,これまでダイヤモンドに次ぐ硬度をもつDLC膜について研究してきた1)。しかし,DLC膜は,非鉄系材料に対して優れた特性を示すが,機械装置の大部分を占める鉄系材料に対しては十分とはいえず,さらに優れた摺動特性を示す材料の開発が望まれてきた。
 そこで,窒化ホウ素(BN)膜に着目し,その成膜方法を検討してきた。BN膜は,作製条件により結晶構造が異なることや,基板材料との密着性が悪いなどの問題点があり,未だ実用化されていない。この原因の一つとして,DLC膜がカーボン単物質で構成されているのに対し,BNはホウ素(B)と窒素(N)の2原子物質であり,それぞれの原子を交互に積み重ねる成膜技術が確立していないためと考えられる。これまでCVD(化学蒸着)2),PVD(物理蒸着)3),イオンビーム蒸着法4)などの方法によってBN膜成膜技術の研究が行われている。本報では,これまで使用してきたコーティング・イオン注入複合装置をBN膜成膜用に改造し,IBAD(イオンビームアシスト蒸着)法によるBN膜の創製技術を検討した。


2.試験装置
図1 コーティング・イオン注入複合装置の概要
表1 イオンビーム照射条件及び電子ビーム蒸着条件
イオンビーム照射条件
イオン種 :窒素
  加速電圧 :20kV
  イオン電流 :21μA/cm2
電子ビーム蒸着条件
  真空度 :6.7×10-3Pa
  エミッション電流 :120〜200mA
2.1 コーティング・イオン注入複合装置
 使用したコーティング・イオン注入複合装置(潟Iペレックス製)は,マイクロ波イオン源5)を備えたイオン注入部と電子ビームによるコーティング部からなる(図1)。電子ビームによりBを蒸発させてSi基板上に蒸着した場合,蒸着膜は,試料を真空容器外に出したとき,徐々に剥離が始まる程度の密着力しかない。そこで,試料ホルダーを45゚に固定し,下方から電子ビームによりBを蒸着すると同時に,マイクロ波によりイオン化させたNイオンを加速させ試料表面に照射して成膜する方法をとった。そのため現有装置の次のような改造を行った。

2.2 加速電源の低電圧化
 現有装置は,イオンを加速させるための加速電源(三立通信研究所製)の電圧可変範囲が20〜60kVである。20kV以下でのコーティングが可能となるように,加速電源の低電圧化の改造を行った。改造後は,これまでの20〜60kVに加えて1〜20kVの低電圧での加速が可能となった。

2.3 基板ヒーターによる加熱機構の設置
 これまでの装置では,常温での成膜を行ってきたが,成膜温度を変化させて実験が可能となるように加熱装置を導入した。
 導入した加熱装置は,PBN/PGセラミックヒーター(信越化学工業叶サ)で,直径30mm×厚さ1mmの大きさをもち,最高温度3000℃まで使用可能である。これを基板ホルダーに設置した。


2.4 その他の改造
 膜組成の安定化を図るために,新たに蒸着源上方にシャッター機構を付加した。また,成膜レートをモニターするために膜厚計(日本真空技術叶サ)も付加した。なお,成膜中の試料温度は,熱電対により測定し,コントローラによりモニターできる構造としている。



3.試験方法
3.1 BN膜の創製
 電子ビームによりカーボン製ハースライナー(φ18mm)中に入れた固形のBを気化させ,Si基板上に蒸着する。その時のエミッション電流を120,150,170,200mAと変化させBの蒸着速度を変化させた。また,マイクロ波イオン源によりイオン化したNイオンを加速電圧20kV一定で基板表面に照射した。なお,前処理としてSi基板表面には,Nイオンによるボンバードを180秒施した。イオン照射条件および電子ビーム蒸着条件を表1に示す。本研究では,Nイオンの電流密度を一定とし,Bの蒸着レートを変化させることにより,B/N供給比6)7)を制御した。

3.2 FT-IR法による膜構造の測定
 BNには,cBN(立方晶)とhBN(六方晶)の結晶構造が存在し,さらに製造方法によっては多数の存在が知られている。本研究で得られるBN膜は,現在のところ1μm以下で非常に薄いためX線回折法ではピークが1〜2本しか得られず結晶構造の判別は困難である4)。そこで,FT-IR(パーキンエルマ製 1650型)によりBN膜の解析を行った。試料は,赤外領域で透明であるSiウェハを基板として成膜したBN膜を透過法で測定した。測定条件は,スペクトル分解能4cm-1,スキャニング回数64回である。

3.3 超微小硬度計による硬さの測定
 本研究で得られるBN膜は膜厚が薄いため,通常のマイクロビッカース硬度計等では,膜を貫通して基板まで到達してしまい,膜自身の硬さが得られない。そこで,超微小硬度計(島津製作所叶サ)を用い,試験荷重を0.1mNとし,ビッカース圧子を5.2×10−3mN/secの負荷速度で押し込み,荷重保持15秒後の圧子の最大押し込み深さから硬さを求め,BN膜本来の硬さを測定した8)。

3.4 スクラッチ試験による摩擦摩耗特性
 BN膜の摩擦摩耗特性は、スクラッチ試験機(CSEM製 MST)を用いて,曲率が0.2mmのダイヤモンド圧子及び直径6mmのボールとBN膜を接触させ,その荷重値と摩擦力から摩擦係数を求めた。摩擦速度は5mm/minで一定とし,圧子に与える試験荷重を0〜10Nまで変化させ,室温,無潤滑条件で試験を行った。ボールの材質は,ベアリング鋼(SUJ2),ステンレス鋼(SUS440C),アルミ合金(A5052)の3種類とした。



4.結果および考察
4.1 機械的性質
4.1.1 B/N供給比
 図2は、IBAD法により創製したBN膜の膜厚を測定し、蒸着レートとB/N供給比の関係を示したものである。B/N供給比が0.4以下では,蒸着レートは2Å/sであり、膜厚は0.1μmであるが,B/N=0.7以上になると,徐々に蒸着レートが大きくなり,B/N=1.3になると蒸着レートは8Å/s程度になり、膜厚も0.3μmとなる。また,B/N=0.7以下の供給比では真空容器から取り出すとすぐに変色し,剥離が進行するが,B/N=1.3では,変色等の変化及び剥離もなく,膜が安定していた。
図2 B/N供給比と蒸着レートの関係
4.1.2 硬さ
 図3は、各供給比で創製したBN膜の硬さを超微小硬度計で測定した結果である。図中には、Si基板の硬さを◇で示す。B/N=0.4と0.7では,硬さが硬い部分(●と○)と柔らかい部分(■と□)の2種類にわかれ,柔らかい部分は,Si基板の硬さよりも柔らかくなっている。これに対して,B/N=1.3になると,硬さは,高い側へシフトし,平均でも1500DHを示している。この結果より,B/N供給比が1.3以上にすると,より硬い膜が得られることがわかった。
図3 BN供給比と硬さの関係
4.1.3 摩擦係数
 各供給比で創製したBN膜と各種材料との摩擦係数の測定結果を図4に示す。各供給比ともアルミ合金については,0.15以上の高い値を示しているが,鉄系材料(SUJ2)とステンレス鋼(SUS440C)に対しては,供給比に関係なく0.05程度と非常に低い値を示す。同じ条件で測定したDLC膜の摩擦係数(0.2〜0.3程度)に比べて、BN膜の摩擦係数は、非常に低い値を示している。この結果は、BN膜が鉄系材料との摺動特性に優れていることを示しており、摺動部品へのコーティング膜への利用が期待できる。
図4 B/N供給比と摩擦係数の関係

4.2 BN膜の結合状態および表面観察
4.2.1 赤外吸収スペクトル
 IBAD法により創製したBN膜の赤外吸収スペクトルの結果を図5に示す。(a)はSi基板にNをイオン注入した試料,(b)B/N=0.4,(c)B/N=0.7,(d)B/N=1.3の結果を示しており,各条件とも試験時間は450秒とした。得られたスペクトルは,供給比が増大するにつれて,1200cm-1と1450〜1490cm-1付近の2つのピークが1250cm-1と1050cm-1のピークへシフトしている。cBNの吸収ピークは1000〜1100cm-1,hBNは1400付近と800cm-1付近の2つにピークが現れる9)10)ので、IBAD法で作製したBN膜は,B/N=0.7以下ではhBNに近く、それ以上ではhBNとcBNの混在した膜ができているものと考えられる。
 硬さ測定の結果から,BN供給比が増加するとともに硬さが増加したが,これは,hBN及びcBNの微結晶がBN膜中に生成したため、硬さの上昇とともにエラーバーも大きくなったものと推定される。

図5 BN膜の赤外吸収スペクトル
4.2.2 表面状態の観察
 それぞれの供給比による表面状態を走査型レーザ顕微鏡で観察した結果を図6に示す。(a)B/N=0.4およびB/N=0.7では,表面に粒状の付着物が多数存在しており,(b)B/N=1.3では,表面は平坦である。また,表面粗さ状態を図7に示す。(a)B/N=0.4および0.7の場合は微小な凹凸が存在し,(b)B/N=1.3に供給比を増加するとともに平坦になっている。さらにダイヤモンド圧子を用いた場合のスクラッチ痕を図8に示す。(a)B/N=0.4と0.7の場合,試験荷重値が2Nを越えると剥離が発生し,下地が現れているが,(b)B/N=1.3の場合,剥離は発生せず,密着性のよい膜であることがわかった。
(a)B/N供給比=0.4
(b)B/N供給比=0.7
(c)B/N供給比=1.3
図6 各B/N供給比の表面状態観察
(a)B/N供給比=0.7
(b)B/N=供給比1.3
図7 各BN供給比の表面粗さ観察
(a)B/N供給比=0.7
(b)B/N供給比=1.3
図8 ダイヤモンド圧子によるスクラッチ痕


5.結  言
イオンビームによりBN膜の創製を行い,その特性評価を行った。以下にその結果をまとめる。
(1) 硬さ試験結果より,供給比B/N=0.7以下の低側では硬い部分と柔らかい部分が明確に分離した膜であり,B/N=1.3以上の高側では両者が一体となった硬い膜が得られる。
(2) 摩擦試験結果から,BN膜はDLC膜よりも鉄系材料に対して低い摩擦係数を示す。
(3) FT-IRの結果より,創製したBN膜中に微小なhBNやcBNの微結晶が含まれることが予想される。
(4) 表面状態の観察結果より,供給比B/N=0.7以下の低側では粗く,B/N=1.3以上の高側では滑らかな膜が得られ、膜の密着性もよい。



参考文献
1) 舟田義則,粟津薫,嶋村喜三郎:先端加工,Vol.13,p.83-89(1994)
2) 石黒孝,斉藤秀俊,一ノ瀬幸雄:精密工学会誌,Vol.53,No.10,p.1527-1531(1987)
3) 峰田進栄,安永暢男:精密工学会誌,Vol.53,No.10,p.1532-1535(1987)
4) 上月秀徳,山田和俊,山岸憲史,奥野泰生:粉体および粉末冶金 ,Vol.38,No.3,p.435-439(1991)
5) 佐藤進,大村努,宮崎英機:第6回イオン注入表層処理シンポジウム,p.145-146(1990)
6) 田辺信夫,日江井香弥子,岩木正哉:第4回イオン注入表層処理シンポジウム,p.107-110(1988)
7) 難波義捷:精密工学会誌,Vol.53,No.10,p.1523-1526(1987)
8) 舟田義則,粟津薫,杉田忠彰,西誠,加藤昌:精密工学会誌,Vol.61,No.9,p.1290-1294(1995)
9) 田辺信夫,飯島康裕,高山輝之,岩木正哉:表面技術,Vol.43,No.12,p.1223-1229(1992)
10) 稲川幸之助,渡辺一弘,斉藤一也,湯池祥之,伊藤昭夫:精密工学会誌,Vol.53,No.10,p.1536_1539(1987)


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