平成11年度研究報告 VOL.49
透漆塗膜の変色防止技術
製品科学部 市川太刀雄 江頭俊郎

 透漆の漆器は温熱水に触れ,ある程度の期間使用すると,塗膜表面に濁りが発生し灰褐色に変色する。そこで,変色を少なくする方法を検討した結果,以下のことが明らかになった。(1)生漆の産地(品種)によって変色の程度に大きな差が生じた。(2)製漆時のなやし(撹拌)時間やつや剤の添加量が変色に影響した。(3)中国産漆にタイ産漆,ベトナム産漆,漆の主成分であるウルシオールを混合することによって変色が少なくなった。(4)遠心分離機を用いて漆液中のゴム質を減らすと漆塗膜の変色が少なくなった。(5)漆塗膜の変色は乾燥経過日数と密接な関係があった。
 以上の結果を組み合わせることにより,変色の少ない透漆塗膜を得ることが可能となった。
キーワード:漆,透明塗料,変色,熱水,つや剤

Preventive Technology of Translucent Urushi Film Discoloration

Tachio ICHIKAWA and Toshiro EGASHIRA

 When translucent urushi wares were kept in touch with hot water for a certain period, turbidness occurred in the film and its color changed to grayish brown. Several methods were investigated to decrease the amount of discoloration. Following results were obtained.(1) The amount of a discoloration of translucent urushi film varied remarkably with the producing place of crude urushi. (2) Nayashi (stir)time and an additional quantity of oils in refining lacquer had an influence on a discoloration of translucent urushi. (3) Mixing urushi pro-duced in Thailand, Vietnam, or urushiol that is main ingredient of urushi to that produced in China , an amount of discoloration of trans- lucent urushi were bound to be decreased . (4)When gummy substances were reduced from urushi sap using centrifuge, an amount of discoloration of the translucent urushi were bound to be decreased. (5) Discoloration of urushi film were closely related with the numberof drying days .
 By combining the above-mentioned results, it is now possible to obtain a translucent urushi whose discoloration is small.
Key Words:Urushi, Clear paint, Discoloration, Hot water, Oils


1.緒  言
 生活様式の変化に伴って,今日では漆器製品が食器洗浄機などによる過酷な条件下で使われたり,製品の短納期化に伴う漆塗膜の硬化不十分等の原因で,変色のクレームが発生し,産地ではその対策に苦慮している。
 一般に,漆器製品に使われる漆は,大きく分けて黒塗りと,透漆を使った溜塗りや木地見せ,あるいは顔料等の着色剤を加えたものがある。漆の最大の欠点として,光(紫外線)や温熱水等による塗膜の劣化や変色が挙げられる。光による漆塗膜の劣化防止はウルシオール添加1)や漆の高速分散処理2)によってある程度達成できた。温熱水による変色の防止は,黒漆に関してはカーボンブラックを加えることで改善できたが3)4) ,透漆に関しては未だに解決されていない。透漆塗膜の変色の原因は水溶性のゴム質が水に溶け出すことであり,本研究ではゴム質の量,漆液の分散,塗膜の硬化の程度と変色の関係を調べた。また,生漆の品種選定,製漆技術(なやし時間,つや剤の量),成分組成の改質(品種の異なる他産地の漆との混合)を,塗膜の乾燥硬化経過日数と変色の関係について検討した。漆のスプレー塗装で使用される硬化剤の使用量と塗膜の熱水変色との関係についても試験した。

2.内  容
2.1 供試材
(1)生漆
生漆:1991〜1998年中国各産地生漆(毛ポ産 5点,竹渓産 5点,畢節産 5点,城口産 5点,巫渓産 5点,安康産 5点,インヨウ産 5点,湖北産 4点,ランコウ産 5点)
:1995年タイ産生漆 
:1996年ベトナム産生漆
 表1に主な使用漆の物性および化学組成を示す。
(2)ウルシオール
 市販品:中華人民共和国からの輸入品
(3)つや剤
つや剤:荏の油とチャン(松脂と荏の油の加熱混合物)の等量混合物
(4)漆硬化剤
市販品:商品名 LH-80(寿加工叶サ)
表1 生漆の化学組成及び物性

2.2 製漆および試料調整
(1)製漆機
 桶の寸法:径20×高さ10p,羽根角度:90度,羽根枚数: 2枚,羽根の回転数:60 rpm,加熱熱源:赤外
線ランプ(0.22W/p
(2)製漆条件
(1)中国産地別透漆の製漆
 中国の生漆約200gを製漆機に入れ,なやし工程(攪拌工程:以下,なやし)を30分間行った後,くろめ工程(撹拌と水分除去工程:以下,くろめ)を行った。
(2)製漆条件の違い(なやし時間,つや剤添加量)および乾燥硬化経過試験の製漆
 1996年産中国安康産生漆約200gを製漆機に入れ,なやし時間をそれぞれ0,15,30,60,120分間行った後,くろめを行った。また,つや剤0,5,10,15,20wt%を加え,なやしを30分間行った後,くろめを行った。
乾燥硬化経過試験に使用した漆は,上記の,つや剤10wt%を添加した漆を使用した。
(3)混合漆の製漆
 1996年産中国安康産生漆を表2の方法で配合し,なやしを30分間行った後,くろめを行った。
 1994年産中国城口産生漆200gを製漆機に入れ,くろめを行った。
 精製漆からゴム質を分離除去するため,高速遠心機(型式,メーカ:H-300型,潟Rクサン製)を使い,回転数12000〜15000 rpmで30分間行った。
(5)硬化剤添加漆
 1998年産中国城口産生漆を製漆機に180gとつや剤20g を入れ,なやしを30分間行った後,くろめを行った。
 上記の精製漆に漆硬化剤(LH-80)を 0,3,5,8,10,15wt%添加した。
表2 混合漆の配合割合と製漆後の物性

2.3 漆液の組成および物性の測定方法
(1)組成分析
 JIS K 59505)に準じる方法で加熱減量,ウルシオール,ゴム質,含窒素物の定量分析を行った。
(2)物性の測定
(1)粘度測定:E型粘度計(東京計器製:EMD型円錐平 板型回転式)を用い,温度20±0.1℃で測定した。
(2)塗膜乾燥時間測定:フラット・ブレード型フィルム・アプリケータ(塗布幅:20o,間隙:38μm) を用い,ガラス板(L350×W25×t2o)に塗布し,直 ちに温度20℃,湿度80%RHに保持した恒温恒湿器(田葉井製:PL-2GM型)に入れ,塗膜乾燥時間測定機(理研光学製:RC型)で測定した。


2.4 漆塗膜作製方法
(1)塗布方法
 フェノール樹脂積層板(L100×W100×t8o)に黒のポリウレタン樹脂塗料をスプレー塗布,乾燥,研磨した後,試験漆を漆刷毛で1回塗布し,乾燥した後試験に用いた。
(2)塗膜の乾燥方法
(1)自動漆乾燥風呂を使い,20℃,60%RH,4時間→20℃,70%RH,18時間→20℃,80%RH(乾燥の遅い漆は25℃,85%RH),24〜48時間乾燥した。なお,漆塗膜の物性が安定すると考えられる3カ月後(室内 放置)に各試験に用いた。
(2)塗膜の乾燥硬化経過日数試験の乾燥は,2.4(1)で乾燥した塗膜を3,7,12,33,112日間室内放置した後,試験に用いた。

2.5 漆塗膜の試験
表3 色差の感覚的な表現
NBS単位(△E) 感覚的な表現
0〜0.5
0.5〜 1.5
1.5〜3.0
3.0〜6.0
6.0〜12.0
12.0以上
かすかに
わずかに
感知できる
目立つ
大いに目立つ
非常に目立つ
(National Bureau of Standards,USA:米国標準局)
(1)熱水試験
 促進熱水試験機(田中科学機器製特注)を使い,熱水面(φ60o)に漆塗りしたフェノール樹脂積層板を当て,温度86〜90℃で20,40,80,150及び190時間熱水試験を行った。
(2)光沢度の測定
光沢計(スガ試験機製:KD-60D型)を用い,60°鏡面反射率6)を測定し,光沢度,光沢残存率で表した。
(3)塗膜変色の試験
スペクトロ・カラーメータを使い,L*a*b*表示系7)で反射光の測定を行い,変色の程度を色差8)で表した。
(1)使用試験機:スペクトロ・カラーメータ (日本電色工業製:SZ-80型)
(2)色差値の評価法
 色差の感覚的な表現は表3にしたがって評価した。


3.結  果
3.1 中国産地別漆塗膜の熱水変色について
 表4に中国産産地別漆の熱水変色試験の色差を示す。中国から輸入される生漆は,主な産地だけでも十数種類の品種があり,それぞれ物性,品質に特徴がある。変色試験の結果,産地によって変色状態に大きな違いがあることが分かった。
 変色の小さい産地は,城口,ランコウ,モウポ,湖北小木の順で,40時間後の塗膜の色差は5.31〜6.00で,特に城口,モウポ産は偏差値も小さく,熱水変色に対して安定した漆であることがわかった。
 変色の大きい産地は,畢節,安康,イン陽,竹渓で
40時間後の塗膜の色差は11.99〜9.36 であり,透漆によく使う漆も含まれていた。熱水変色150時間後の塗膜の変色状態を比較すると,初期の段階で変色が小さい漆は,長時間熱水に触れても,変色は小さいことが分かった。このことから,熱水に対して安定した品質を得るためには,変色の少ない産地の漆を基本とし,品種の選定,ロットの違う生漆の混合を行った方が良いことが分かった。
表4 中国産地別透漆の熱水変色の結果

3.2 製漆方法の違い(なやし時間,つや剤量) と熱水変色について
 製漆でのなやし工程では,生漆の組成の均一化と光沢付与で,生漆の水可溶性成分中に含まれるゴム質が,なやし時間と共に微細化され,漆液中に多数の球状ゴム質が分散される。熱水変色の原因は,球状のゴム質が熱水に溶解し空洞を生じ,その部分に光が当たると乱反射が起こり変色することによる。従って,球状ゴム質の大きさや量が変色に対して大きな影響を与えると推測される。
 図1,2になやし時間の違いと熱水試験による変色と光沢の変化について示す。なやし時間 0,15,30分間の短時間では,熱水試験による変色に差は見られないが,なやし時間60,120分間の長時間では,明らかに変色が大きくなった。特に,なやし時間60分間では,熱水試験20時間後の色差が9.43,80時間後の色差が23.74と約2倍の変色量で,熱水試験初期の段階から変色した。しかし,逆になやし時間を長くすることで,光沢の残存率が良くなった。このことから熱水による光沢減少,(すなわち塗膜表面の荒れ)と変色との間には,因果関係が少ないことが分かった。また,なやし時間と変色量との間には,密接な関係があることも分かった。
 図3,4につや剤の添加量と漆塗膜の熱水試験による変色と光沢の変化について示す。つや剤を 5,10wt%添加すると無添加より熱水による変色が大きく,熱水試験20時間後の色差が9.17及び7.48で,初期の段階で急速に変色が進行した。
 つや剤を15,20wt%と多く添加すると,熱水試験80時間後の色差が6.75及び6.25となり,無添加の漆と比較すると変色は半分になり,変色防止に効果があることがわかった。
図1 なやし時間の違いと熱水変色 図2 なやし時間の違いと熱水による
光沢の変化
図3 つや剤の添加量と熱水変色 図4 つや剤の添加量と熱水による
光沢の変化

3.3 塗膜の乾燥硬化経過日数と熱水変色
 図5に塗膜の乾燥経過日数に対する熱水試験と変色の関係(色差)について示す。塗膜乾燥経過日数が 7日の塗膜は, 4時間後の色差は4.32,20時間後には8.34と変色が大きく,熱水試験初期から変色が急速に進行した。また,12,33日以降経過した塗膜は,熱水試験40時間後の色差が4.53及び3.84と小さい値となったが,80時間後の色差が15.97及び14.94となり,40時間後から変色が進行した。しかし, 112日( 4カ月)経過した塗膜では,80時間後の色差が5.1 と安定しているが,その後は変色が急速に進行した。
 このことから,漆器製品は十分に乾燥してから出荷することによって,変色によるクレームの発生を少なくすることが可能であることがわかった。

図5 乾燥経過日数と熱水試験による変色

3.4 混合漆塗膜の熱水変色について
3.4.1 べトナム産混合漆の熱水変色
 図6に中国産漆にベトナム産漆を混合した漆塗膜の熱水変色を示す。ベトナム産漆を混合すると,初期の変色は中国産より大きいが,40時間後では,中国産より変色が少なかった。このことから,ベトナム産漆の使い方次第では,変色防止に有効である。
図6 ベトナム産混合漆の熱水変色
 
3.4.2 タイ産混合漆と熱水変色
 図7に中国産漆にタイ産漆を混合した塗膜の熱水変色について示す。
タイ産漆を加えると150時間後の色差値は1.72〜3.93で,変色の防止効果が非常に大きいことが分かった。しかし,タイ産漆は乾燥が悪いことや色が黒褐色であるため,多量に加えると塗膜の硬さ不足や,塗膜の色味が濃くなるので注意が必要である。また,塗布作業においても刷毛直りが悪いことも分かった。

図7 タイ産混合漆の熱水変色
3.4.3 ウルシオール混合漆と熱水変色
 図8に中国産漆にウルシオールを混合した漆塗膜の熱水変色について示す。ウルシオールを加えると熱水試験初期(40時間)の色差は2.07〜3.17で,多く混合するほど変色防止の効果が大きい。しかし,80時間以降は急速に変色が進行し, 150時間では,無添加より変色が大きかった。このことから,ウルシオールを混合すると初期の変色を防止する効果があることが分かった。
図8 ウルシオール混合漆の熱水変色
3.4.4 タイ産,ウルシオール混合漆と熱水変色
 図9に中国産漆にタイ産とウルシオールを混合した。
漆塗膜の熱水変色について示す。タイ産を多く加えると変色防止の効果が顕著で,80時間後の色差が0.84(色差の感覚的な表現:わずかに)と変色が少なく,その後の変化も小さい。しかし,ウルシオールを多くすると,80時間後は急速に変色が進行した。

図9 タイ産,ウルシオール混合漆の
熱水変色

3.5 ゴム質の低減化塗膜と熱水変色について
 図10にゴム質の量と漆塗膜の熱水変色について示す。漆液中のゴム質を減らすことで,初期(40時間)の変色を半分近く少なくすることができた。しかし,過剰なゴム質の減量(3.30wt%以下)はかえって塗膜乾燥を遅らして,変色を増大させるので,乾燥条件を調節するなどの注意が必要である。また,図11に中国(城口と安康)産漆のゴム質減量化と熱水変色について示す。ここでもゴム質の減少が明らかに変色を防止する効果があった。他の中国産の品種についても同様の結果が得られた。
図10 ゴム質の量と熱水変色 図11 中国産のゴム質減量化と熱水変色

3.6 漆硬化剤の添加量と熱水変色について

 図12に漆硬化剤の添加量と熱水変色について示す。
漆硬化剤を3wt%添加した塗膜は,無添加と比較すると大きい差はないが,5wt%以上添加すると熱水試験40時間後に急激に変色が増加し,無添加(ΔE4.56)の2倍以上で,添加量が多いほど変色が大きくなった。従って,メーカが指定する添加量は3〜10wt%となっているが,変色防止の観点から見れば極力少なくした方がよい。従って,漆硬化剤の効果(乾燥促進,垂れ防止)を期待して多く加えることは,避けた方がよいことが分かった。

図12 漆硬化剤添加量と熱水変色


4.結  言
  熱水変色の少ない透漆を作るには,下記の (1)〜(6)に示す方策を駆使し,使用目的に応じた漆の選定,製漆技術,組成の改良等を加味して漆を作る必要がある。
(1)生漆の産地の違いで変色に差が生じた。変色の少ない産地はモウポ,城口,ランコウであった。
(2)なやし時間は60分以内の方が変色が少なかった。
(3)つや剤の添加量は15%程度が変色が少なかった。
(4)漆塗膜は,乾燥経過日数が長い方が変色が少なかった。
(5)品種の違う漆を混合すると下記の変色防止効果があった。
・タイ産生漆を加えると変色が少なくなった。
・ベトナム産生漆を加えると初期の変色防止効果は少ないが,長時間では効果が現れた。
・ウルシオールを加えると初期の変色を防止することができたが,その後は変色が大きくなった。
(6)漆中のゴム質を減らすと熱水試験初期の変色が少なくなった。
(7)漆硬化剤(LH80)の添加量は3wt%以下で使用した方がよい。



参考文献
1) 鍬田一男,坂本誠,市川太刀雄,高野千之:漆器の高品質化に関する研究,昭和60年度技術開発費補助事業成果普及講習会テキスト,p.1-30
2) 坂本誠,市川太刀雄,江頭俊郎:製漆工程の改善研究,石川県工業試験場研究報告,39,p.9-15(1991)
3) 坂本誠,市川太刀雄,江頭俊郎:黒漆の変色防止に関する研究,石川県工業試験場研究報告,41,p.23-31 (1993)
4) 市川太刀雄,坂本誠,江頭俊郎:黒漆の変色防止技術の実用化,石川県工業試験場研究報告,46,p.19-28 (1997)
5) 日本工業規格 JIS K 5950:精製漆
6) 日本工業規格 JIS K 5400.7.6:鏡面光沢度
7) 日本工業規格 JIS Z 8729:色の表示方法
8) 日本工業規格 JIS Z 8730.6.1:色差の計算方法


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