平成11年度研究報告 VOL.49
環境調和型産業資材の実証化
−生分解性繊維の実用化−
繊維部 山本孝 木水貢 森大介 新保善正
水産総合センター 永田房雄

 生分解性プラスチックを用いた石川ブランド環境調和型製品を開発するため,成形加工条件に関する研究成果を技術移転した。さらに,試作した環境調和型製品についてフィールドテストを行い,その物性を評価した。
 その結果,
(1)生分解性プラスチックの加工技術に関する情報を企業に提供した結果,各種タイプの樹脂についてフラットヤーンやモノフィラメント,マルチフィラメントの製造が可能となった。
(2)これを用いた土のうやフィルタ,ロープ等の製品を作製し,その一部は河川の護岸補修用途に採用されるなど,実用化がなされた。
(3)実際に使用された場合の生分解性能を把握するため,生分解性漁網の海中でのフィールドテストを実施し,繊維の材質や試験した水深による生分解性への影響を確認した。
キーワード:生分解性,繊維,フィールドテスト,製品化,土のう,フィルタ

Experimental Study of Environment-conscious Products
-Practical Application of Biodegradable Fiber-

Takashi YAMAMOTO, Mitsugu KIMIZU, Daisuke MORI, Yoshimasa SHIMBO and Fusao NAGATA

 In order to develop the Ishikawa brand environment-friendly products of biodegradable polymer,the research results about their processing condition were transfered to private companies.Additionally,prototype of environment-friendly products were examined in natural surroundings and their properties were evaluated.The results are as follows;
(1)Based on the technology information imparted to the private companies, they were able to manufacture the flat yarn,monofilament and multifilament with various type of biodegradable polymers.
(2) The sand bag,filter and rope were produced using biodegradable fiber. One of these were adopted as shore protection of river and put into practical applications.
(3) In order to recognize the biodegradability under natural surroundings, field test of fiber and fishing net were examined.Then the influence of material or water depth to biodegradability was confirmed.
Key Words:biogedradability,fiber,field test,practical application, sand bag


1.緒  言
 合成繊維は,その優れた性能と耐久性によって急速に我々の生活に浸透してきたが,流失漁網に代表されるように,繊維廃棄物も他のプラスチック製品と同じく環境問題のひとつとして取り上げられるようになってきた1)。これを解消する手段として,廃棄後は速やかに分解されるという性質を持つ生分解性プラスチック2)3)を繊維化する方法が考えられる。生分解性プラスチックは,発表されて十数年程度の新しい材料であり,当場では企業と共同でこれを原料とする繊維の開発に早くから取り組んだ結果,力学的特性の優れた繊維を作製することができた。しかし,新しい素材である生分解性繊維がさらに材料として認められるためには,その性質を活かした用途を明確に提案するための実証テストの積み重ねが不可欠である。この観点から,県内の企業や各公設試験研究機関と連携し,製品の試作を行うとともに,各公設試の施設・敷地を利用したフィールドテストを行ってきた。
 本報告では,これまで当場が行ってきた生分解性繊維実用化のための用途開発とフィールドテストの結果を報告する。


2.繊維製造技術の企業指導
 各種生分解性プラスチックのうち,性能(疎水性,湿潤強度など)や加工性の面(溶融紡糸)から,熱可塑性のタイプを繊維化の対象とし,まず始めに生分解性プラスチックとして最も早く注目された微生物産生ポリエステルPHB/HV(ポリ3-ヒドロキシブチレート/3-ヒドロキシバリレート)の繊維化の研究に着手した。このプラスチック4)は,ある種の微生物が自身の体内に蓄積するポリエステルである。結晶化速度が遅いことなどから従来の熱可塑性高分子よりも繊維化が難しく,得られた繊維もその強度が低いことが課題であったが,検討の結果,より高強度な繊維を試作可能であることを見出した5,6,7)。その後,化学合成タイプのポリブチレンサクシネートや,発酵と化学合成の組み合わせでつくられるポリ乳酸など,各種生分解性プラスチックについて製造条件の検討を行った。この他,参考のためポリエチレンと澱粉を組み合わせた生物崩壊性のプラスチックについても検討している。
 このようにして蓄積した知見をもとに民間企業を指導し,モノフィラメントやフラットヤーン,マルチフィラメントなどの各種生分解性繊維を企業設備で大量生産可能とした。現在は各々のプラスチック単独だけではなく複数のプラスチックからなる繊維も製造し,各種用途に対応できるようにしている。


3.実用化を目指した応用製品の試作
 各公設試との討議や共同研究企業のニーズ調査をもとに,県内企業の協力で生分解性繊維を応用した製品を試作した。代表的な事例を以下に示す。

3.1 漁網
 水産庁が流出漁網等の問題から生分解性繊維の応用についていち早く調査を開始するなど,水産関係は生分解性繊維の大きなニーズである。漁網はモノフィラメント単独かその合撚によって作製される場合がある。そこで,実験設備でモノフィラメントの連続生産が可能となった時点で各方面へサンプル提供した。例えば,北海道大学水産学部では,エビかごへの応用を検討するため,生分解性繊維に対するエビの挙動を調べた。エビ・カニ等の甲殻類は材質感が漁獲要因と考えられており,実験の結果,エビの好適度は,微生物産生タイプ生分解性繊維も通常の網素材に劣らないことがわかった8)。また,刺し網への応用を検討するため,コマイ(タラ科)を用いて視認性を調べた結果,視覚的に大きな違いがないことを確認している。
 さらに,企業設備での大量生産が可能になると同時に,かにかごや刺し網等の具体的な用途向けの試作品を作製し,後述のように操業試験を行った。

3.2 植生ネット
 水産関係以外の代表的な用途例として,盛り土や法面の崩れを防止するために用いられる植生ネットを試作した。従来の植生ネットは,草が生えれば不要であるにもかかわらずいつまでも残るため,草刈り機の刃が引っかかったり,子供がつまずくといった問題が起きている。生分解性繊維を用い,雑草の繁茂によって法面が安定する頃に分解消失するネットができればこのような問題は解消される。具体的には,444dtexのモノフィラメントと 1111dtexのフラットヤーンを用い,ラッセル編機でたてとよこが15mmの目合いのものを作製した。
 前項の漁網タイプも含めてこれらの網素材は,防鳥ネット,つるもの用ネットなど各種用途に使用可能であり,一部,緑化用の資材としても採用された。

3.3 土のう袋

図1 応用製品の試作例(植生ネット)
 埋め立て処理廃棄物の運搬用や河川緑化用の植生基盤など,回収できない用途向けとして生分解性の土のう袋を試作した。試作に当たっては,1111dtexのフラットヤーンでたてとよこの織密度が8本/inchの織物を製織し,これを用いて幅480mm,長さ620mmの大きさのものを作製した。口を締めるロープも生分解性のものを用いている。
 従来の土のう袋を埋め立て処理廃棄物の運搬用に用いた場合,内容物以外に袋自身も埋め立てることになり,処分場の寿命を縮めてしまうが,生分解性の土のう袋ならばこの問題はなくなる。この他,幼木の生育時に雑草の繁茂を防ぐため,幼木周辺に堆肥等を詰めた土のう袋を設置するといった用途が考えられている。フラットヤーン製の袋は,繊維の隙間から水分を排出できることから,水分を多量に含む生ゴミ処理用途にも最適と思われる。

3.4 濾過材・人工産卵藻
 水質浄化用機器の付帯設備として作られている濾過材は,汚れたあとは回収して埋め立てあるいは焼却処理する必要がある。微生物産生タイプ,化学合成タイプそれぞれの繊維を用い,容易に廃棄できる濾過材を試作した。また,養殖用に使用されている人工藻(従来はポリエステル製)も試作した。廃棄も容易であるうえ,場合によっては回収の省力化が図れる。また,大波等による流出があっても自然に分解するため,環境に影響を与えない。これらについては人工漁礁への応用も提案している。

3.5 その他

図2 応用製品の試作例(ロープ)
 モノフィラメントやフラットヤーンを用いてロープを作製した。これらのロープは,前述の土のう袋をはじめ,畜産,林業,一般産業用等に使用できる。また,生分解性繊維を用いた各種織物を試作した。モノフィラメント製はフィルター,フラットヤーンやマルチフィラメント製はジオテキスタイル用途に適すると考えられる。この他,横編み企業の協力で小型の水切りネットも試作している。






4.フィールドテストによる実証化試験
4.1 生分解性の評価
 生分解性繊維の実用化にあたっては,使用環境に応じた生分解速度が要求される。このため,試験室レベルではなく,実際の自然環境での土壌埋設や海水浸漬テストを実施し,その生分解性を評価した。
4.1.1 繊維


図3  フィールドテストによる重量変化(海水浸漬)


図4  フィールドテストによる重量変化(土壌埋設)
 試作した各種タイプの生分解性繊維について,これまでに計4回のテストを,石川県内(石川県水産総合センター海面筏,石川県農業総合研究センター実験圃場)の他,共同研究企業の協力によって,長崎県8),千葉県,茨城県,神奈川県など日本各地で実施した。
 図3に海水浸漬テストによる各繊維の重量変化を示す。試料には前述の化学合成タイプ(S1,S3,B)と微生物産生タイプ(D4)を用いた。このうち,S3はS1の共重合体グレードで,BはS1とS3を混合紡糸した糸である。海水浸漬でもっとも重量変化が大きいのは微生物産生タイプであり,半年で50%以下にまで減少している。化学合成タイプのS3もほぼ同様の速度で減少し,半年で約60%となる。これに対してS1はほとんど減少がみられない。S1とS3を混合紡糸したBは重量減少の値も両者のほぼ中間となっている。強度変化についてはS1以外は半年で約20%にまで低下した。さらに残存重量と強度との関係を検討し,どの試料も残存重量約60%以下で強度を保持できなくなることがわかった。一方,図4に示すように土壌埋設の場合は,S1が半年で約10%とかなり緩やかな減少であるのに対し,他の3種類は重量減少がはやく,約半年で測定不可能な状態にまで分解した。このように,相対的に海水中より土壌中の分解のほうが進行が速いことがわかった。
 図5に海水浸漬126日後のそれぞれの繊維の走査電子顕微鏡写真を示す。D4とS3の表面には微生物分解による凹凸が均一に形成されているのに対し,Bの場合は,表面が平滑なところと凹凸の激しいところが混在した状態になっている。
 図6に土壌埋設14日後のS3の走査電子顕微鏡写真を示す。繊維の表面にはありの巣状の凹凸がみられる。これに対し,D4は海水浸漬の場合と同様に均一に凹凸が分布していたことから,それぞれ異なる微生物の酵素で分解されると考えられる。S1については形状変化は明確ではないが,強度低下が他の繊維同様にみられることから,分解が進んでいることが推測された。


(a)S1


(b)S3


(c)B


(d)D4
図5 フィールドテスト試料のSEM写真(海水浸漬 126日後)
   


図6 フィールドテスト試料のSEM写真(S3)
(土壌埋設  14日後)
4.1.2 網


図7 生分解性網の破網状態
(水深1m,4ヵ月後)


図8 交撚糸の分解状態
(水深5m,14ヵ月後)


図9 生分解性袋(S3)の経時変化
(約3ヵ月後)
 化学合成タイプの繊維(S3とS1)で試作した網を,水深約1m,5m,海底(17m)の3段階に設置して,その経時変化を観察した。実験場所は繊維の実験と同じく石川県水産総合センター海面筏である。網の仕様は,444dtexを24本(8本×3本)合わせ,下撚り71回/30cm,上撚り47回/30cm,目合い5節とした。実験の結果,S3製の網については,水深1mで設置後約4ヶ月,水深5mで約11ヶ月後,海底で約17ヶ月後に破網しはじめ,破網部分が徐々に拡大していくことを確認した。図7に水深1mの場合の状態を示す。単純に比較することはできないが,水深が深いほど分解が遅いことが推定される。一方,S1製及びS1とS3の交撚糸製の網には外観上は変化が現れなかったが,交撚糸の表面を走査電子顕微鏡で観察すると,図8のように明らかにS3だけが分解しており,混合紡糸の糸と同様,分解速度の異なる糸を組み合わせることで新たな用途展開の可能性が考えられる。


4.1.3 フィルム・袋

 前述のように,S1の糸は海水中ではほとんど分解がみられないが,土壌埋設ではある程度重量減少した。S1の土壌埋設による分解性をさらに確認するため,フィルム(厚さ50μm,大きさ20cm×15cm)を試作し,農地や住宅地で実験を行った。その結果,フィルムでも重量減少が進み,その速度は繊維よりも速い傾向にあった。特に,農地のテストでは90日以後で回収不可能な状態にまで分解した。
 ところで,生分解性フィルムの用途として,堆肥袋が考えられる。この場合,保存中に堆肥中の微生物によって破れることが懸念されるため,堆肥を封入した場合に何ヶ月で破れるかを試験した。S1とS3のフィルム(厚さ50μm)で20cm×20cmの袋を作製し,堆肥約500gを入れてヒートシールしたものを用い,当場のベランダや敷地内の土上,農地(砂地),住宅地のコンクリート上や裏庭に放置した。その結果,封入した堆肥からの影響はみられず,コンクリート上に置かれたものは約2年経過後も分解しなかった。一方,土に接している場合には接地面である裏側から分解が始まり,接していない表側も土に接した頃から分解し始めた。土の上では両者ともに分解し,繊維の場合と同様にS3の方が速く分解した。図9に住宅地に放置したS3製の袋の約3ヶ月の状況を示す。


4.2 実用性能の確認
4.2.1 生分解性漁網の操業試験


図10 生分解性かにかごの操業試験


図11 生分解性土のう袋の施工例
 深海にかごを設置してかにを捕獲するかにかご漁では,操業中にかごが海底にひっかかってやむなく放棄する場合があり,放置されたかごが半永久的にかにを捕獲して漁場の荒廃を招くことが危惧されている。水産庁水産工学研究所が,当場試作の微生物産生タイプの生分解性繊維を用いてかごを試作し,壱岐諸島西部海域でベニズワイガニの試験操業を行った。その結果,従来のポリエチレン繊維製のかごと比較しても漁獲量には大差なく,また,深海に放置した場合も分解が進むことを確認した8)。この実験に続き,化学合成タイプについてもかにかごを試作し,石川県水産総合センターでズワイガニを対象に試験操業した。石川県沖大和堆での2回の実験で,化学合成タイプの生分解性繊維もポリエチレン繊維製のかごと漁獲性能に差はないことを確認している。
 この他,前述の北海道大学水産学部では,当場作製の化学合成タイプ繊維を用いて生分解性繊維の刺し網への適合性を検討した。刺し網を試作して山梨県(東京水産大学大泉実習場)でニジマスを対象とした試験操業の結果,十分有効な漁網材料として利用できることを確認している9)。

4.2.2 生分解性土のう袋の設置試験

  先に試作した土のう袋について,草地に放置した場合の防草効果と生分解の状況を確認するため,当場敷地内の草地に放置して観察を行っている。最終的には内容物も分解して何も残らないことを目指し,中には木材の廃材を詰めた。前述の幼木育成用途では最適な分解期間は約5年と言われており,約半年過ぎた現在では大きな変化もなく,防草の役目を果たしている。
 土のう袋がこれまでに採用された代表的な例として,K県の河川法面の緑化用途(種を入れた袋を縫い合わせた植生土のう)と,M県の水辺公園の岸辺浸食防止用途があり,今後の拡大が期待される。


5.結  言
 生分解性繊維の製造技術を企業に指導するとともに,各種製品を試作し,実用化試験を行った。その結果,企業の生産設備でフラットヤーンやモノフィラメント,マルチフィラメントなどの生分解性繊維が製造可能となり,これを用いた各種応用製品のフィールドテストでその実用性能を確認した。また,開発した繊維やその応用製品は,共同研究企業を通じて商品名「アミティ」として販売されるようになった10)。


謝  辞
 本報告は,県内公設試験研究機関共同研究事業および中興化成工業鰍ニの共同研究の成果であり,関係の方々に感謝します。


参考文献

1) 諸貫秀樹:工業材料,38,26(1990)
2) 工業調査会編:生分解性高分子材料(1990)
3) 増田隆志,山本孝,日本非破壊検査協会コンポジット研究会要旨集,1(1998)
4) 山下信,繊維学会誌,47,P-532(1991)
5) 山本孝,木水貢:生分解性高分子材料の加工技術に関する研究,石川県工業試験場研究報告No.46,p.13-17(1997)
6) T.Yamamoto,et al:Int.Polym.Process.,29 (1997)
7) 山本孝:高分子学会エコマテリアル研究会要旨集,2,9(1997)
8) 山本孝,三浦汀介,渡部俊広ら,バイオプラスチックの開発と漁具への応用,日本水産学会漁業懇話会報No.35 (1995)
9) 伊藤太裕:「生分解性プラスチックの刺網材料としての適合性」北海道大学修士論文 (1997)
10) 中興化成工業潟zームページhttp://www.chukoh.co.jp/



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