平成11年度研究報告 VOL.49
1/fゆらぎを用いた特殊意匠糸の開発
繊維部 森大介 浜出三郎 新谷隆二

 石川県における繊維産業が企画提案型企業へ脱却するためには,多様なニーズに対応できる商品企画力と開発力を身につける必要がある。そこで,特に糸加工工程での商品開発を支援するため,人が快適性を感じると言われる1/fゆらぎを撚糸工程に応用した糸の製造技術の検討を行った。従来,撚糸工程では繊度,撚数,伸度等の物性値に斑のない均一な糸を製造することが要求され,不均一な糸は欠点とされていた。そこで糸の巻き取り速度を1/fゆらぎで制御し撚斑を付与した糸とそれを用いた織物の試作を行った。
キーワード:ゆらぎ,撚糸機,意匠撚糸

Development of Fancy Yarn by Using 1/f Fluctuation

Daisuke MORI Saburo HAMADE and Ryuji SHINTANI

 Textile industry in Ishikawa prefecture should have a plan and strategy for the development of new textile for various needs in order to shift production to original design. In order to support product development on the twisting process, manufacturing method by using 1/f fluctuation in twisting process was studied. Manufacture of twisting yarn require manufacturing them with equal properties of twist number, fineness, elongation etc., they with unequal properties had been considered twist defect. Fancy yarn with twist variation were manufactured for trial by controlling yarn speed of 1/f fluctuation. And fabrics by using them were manufactured for trial.
Key Words:1/f fluctuation, twisting machinery, fancy yarn


1.緒  言
 石川県における繊維産業は,素材的には合成繊維,特にポリエステル長繊維が多く,また,用途的には衣料用が大半を占めており,広幅織物産地を形成している。しかし,近年東南アジア諸国産品の品質向上により,従来の賃加工形態による定番品の製造では競争力を失っているのが現状である。この状況の中で石川県繊維産業が生き残るためには,賃加工の受注生産形態から企画提案型企業へ脱却し,多様なニーズに対応できる商品企画力と開発力を身につける必要がある。そこで,特に糸加工工程での商品開発を支援するため,人が快適性を感じると言われる1/fゆらぎを撚糸工程に応用した糸の製造技術の検討を行った。従来,撚糸工程では繊度,撚数,伸度等の物性値に斑のない均一な糸を製造することが要求され,不均一な糸は欠点とされていた。しかし,本研究では,片岡機械工業社製PF型カバーリング装置を改良し,芯糸の巻き取り速度を1/fゆらぎで制御しカバーリング斑を付与することができる装置の開発を行った。また,このカバーリング装置を用いて,糸種,ゆらぎ条件等をかえて糸の試作実験を行い,これらを用いた織物の試作を行った。試作した織物表面には,撚数の1/fゆらぎの効果による染斑効果が現れたので,その結果を報告する。


2.撚糸製造手法
2.1 1/fゆらぎについて
 1/fゆらぎは,70年ほど前に導体に電流を流すとその抵抗値が一定ではなく,不安定にゆらいでいることが発見されたことによる。その後,木目の間隔,ろうそくの炎,そよ風,小川のせせらぎなどの様々な自然現象の中に1/fゆらぎが発見された。また,人の心拍の間隔,クラシック音楽,手作りのものなども1/fゆらぎになっていることがわかってきた。1/fゆらぎは音楽でいうとラジオのノイズの「ザー」という音と,メトロノームの規則正しい音とのちょうど中間にあたり,不規則さと規則正しさがちょうどいい具合に調和している状態である。人の心拍数のゆらぎにみられるように,人の体のリズムが1/fゆらぎになっていて,体のリズムと同じリズムである1/fゆらぎの刺激を五感に与えることにより,人は快適性を感じると考えられている。


2.2 1/fゆらぎ糸の製造方法
 撚糸工程で1/fゆらぎの斑のある糸を製造するため,片岡機械叶サカバーリングマシンの改良を行った。図1にカバーリング装置を改良した1/fゆらぎ糸製造装置の構成,図2にその外観を示す。ベースとなったカバーリングマシンは片岡機械鰍oF型で,従来,スピンドル回転数と糸速度の設定を行っていた歯車機構を取り外し,糸の送出しと巻上軸にサーボモータを取り付け,糸の製造時に自由に撚数を変更できるように改良を行った。サーボモータは,ダイアディック社のDEE-0664型で,制御プログラムはC言語で開発を行った。この改良によって,撚数やドラフト率等の製造条件を変える場合に,従来,オペレータが行っていた歯車機構の調整を行う必要がなく,コンピュータの端末からのキー操作だけで簡単に変更が可能となった。また,あらかじめ,撚数,ドラフト率,糸長等の条件データを作成しておくことで,撚糸工程中に繊度,撚数,伸度に規則的または不規則な変化を与えることが可能である。

図1 1/fゆらぎ糸製造装置の構成


図2 ダブルカバーリング装置

2.3 制御実験
 カバーリング工程中に糸速度を変えた場合,その糸速度の変化が撚数に与える影響を調べるため,糸速度をパルス波形的に変化させてカバーリング糸を試作した。数p間隔で撚数や繊度を測定することは物理的に不可能であるため,撚角度を測定した。撚角度とは,糸に撚りをかけたときにできる螺旋状の巻線と糸の中心軸との角度を撚角度という。撚りが強いほど撚角度が大きくなるため,この角度の大小で撚りの程度(撚度)を評価することができる。
 実験は芯糸に167dtex{150D}のポリエステル糸(黒色),花糸に167dtex{150D}のポリエステル糸,押糸に56dtex{50D}を用いた。撚数は,はじめに300T/mで加撚し,パルス的に1500T/mとなるように糸速度を変えた。比較のため1000T/mとする場合も実験を行った。図3に300T/mから1500T/mの場合の糸の外観を示す。撚数が少ない図3(a)では,黒色の芯糸が見えるが,撚数が多い図3(b)では白色のカバーリング糸に隠れて芯糸が被覆されていることがわかる。また,図4には試作した糸について2cm間隔で撚角度を測定した結果を示す。図4より,撚角度が糸速度のパルス的な変化に対応していることがわかる。したがって,本装置を用いて糸速度に1/fゆらぎを与えれば,1/fゆらぎの撚数分布を持つ糸を得ることができる。


(a)撚数:300T/m


(b)撚数:1500T/m
図3 糸の形状

図4 撚角度の変化

3.糸と織物の試作
 開発した1/fゆらぎ糸製造装置を用いて意匠糸と織物の試作を行った。
 図5に,基本撚数を1000T/m,最大撚数差を500T/mとし,木目間隔の1/fゆらぎで糸速を変化させた場合の撚数データ例を示す。このように,糸速を変えることによって撚数を1/fに変化できるが,同時に糸速を維持する時間を1/fゆらぎで変化させれば,その撚りを与える糸の長さも変えることができ,いっそうの効果が得られることが期待される。
 図6は,糸速と維持時間の両方に1/fゆらぎを与えてカバリング糸を作製し,これをよこ糸に用いて製織した織物の表面写真である。カバリングには,芯糸に167dtex{150D}のポリエステル糸,花糸に167dtex{150D}のポリエステル糸(黒色),押糸に56dtex{50D}を用い,撚数を維持する糸長には,基本糸長30cm,最大糸長差15cmとして1/fゆらぎを与えた。撚数の制御は図5に示した条件で行った。製織にあたっては,よこ糸が織物表面に現れる率を多くするため朱子組織とした。拡大率の大きい図6(a)で局所的に観察すると撚斑の効果は確認しづらいが,図6(b),(c)では撚斑の効果が織物表面に現れていることが確認できる。  
 石川県工業試験場では,機能性繊維素材やそれを用いた織編物の素材の開発を行っており,毎年見本市や展示会への出品を行っている。1/fゆらぎの糸を用いた織物についても,「2000年ファイト!石川の織物」と題して,金沢ステーションギャラリーに女性用コートを試作して出展した(図7)。


図5 撚数変化例

(a)

(b)

(c)
図6 試作織物の表面拡大図例


図7 出品例(金沢ステーションギャラリーにて)

4.結  言
 1/fゆらぎを用いた意匠撚糸技術の検討を行った結果,糸速度を制御することによって撚数や糸形状に斑を与えることができる1/fゆらぎ糸製造技術を開発した。また,この装置を用いて試作した糸の織物への効果を検討した結果,表面に1/fゆらぎによる染斑効果をもつ織物を作製することができた。今後,これら試作織物について,1/fゆらぎが人にもたらす効果を調べるため,脳波測定による快適性の評価を行っていく予定である。さらにこの成果を基に,1/fゆらぎ制御の仮撚工程への応用を県内企業と研究を進めていく。




謝  辞
 本研究を遂行するに当たり,終始適切なご助言を頂いた石川県技術アドバイザー下村省三氏に謝意を表します。また,貴重な機械をご提供頂いた片岡機械鰍ノ感謝します。



参考文献

1) 武者利光:ゆらぎの世界,東京,講談社,1980
2) 武者利光:1/fゆらぎと快適性,日本音響学会誌, Vol.50,No.6,p.485-488(1994)
3) 武者利光:「こころ」を測る,日系サイエンス,26[4],p20-29(1996)



* トップページ
* 研究報告もくじ
 
* 次のページ