平成11年度研究報告 VOL.49
超強靭鋳鉄の開発
-高強度球状黒鉛鋳鉄の疲労強度特性-
機械電子部 舟木克之 西村芳典 舟田義則

 球状黒鉛鋳鉄(SGI;Spheroidal Graphite cast Iron)は,適度な引張強さと伸びを持つため,鋳鋼品に代わって構造用部材に広く利用されている。しかし,高強度化の目的で熱処理したSGIでは,耐久比が一定でなく疲労強度設計が難しいため,軽量及び高強度が要求される機械部品への利用は敬遠される傾向にある。そこで本研究では,高強度鋳鉄部品の製造技術を確立するため,熱処理条件がSGIの疲労強度に及ぼす影響を検討した。その結果,(1)焼ならしやオーステンパによる基地組織の強化は疲労強度の向上に有効である。しかし,焼入・焼戻処理は疲労強度改善につながらない,(2)385℃でのオーステンパ処理では,疲労強度に対して時間依存性が見られ,10.8ksオーステンパした試料では1.8ksの短時間処理試料より20%以上高い疲労限を示す,(3)熱処理による基地硬さの上昇とともに引張強さは増加するが,疲労限はHV350をピークとして,それ以上の硬さでは急激に低下することなどが明らかになった。
キーワード:球状黒鉛鋳鉄,熱処理,疲労強度,金属組織,硬さ,残留オーステナイト

Development of High Strength Ductile Cast Iron for the Machine Parts
−Study on the Fatigue Strength Behavior of Heat-treated Spheroidal Graphite Cast Iron −

Katsuyuki FUNAKI, Yoshinori NISHIMURA and Yoshinori FUNADA

 The spheroidal graphite cast iron (SGI) has been widely used for many large structures instead of steel casting by its excellent tensile property. The heat-treated high strength SGI, however, tends to be kept at a respectful distance from application to light-weight and high-strength machine parts due to the difficulty of fatigue strength design. In this study,the effect of heat-treatment conditions on fatigue strength of SGI was investigated for application in higher performance machine parts. The main results are as follows; (1) Among the heat treatment of SGI, normalizing and austempering had a marked effect upon increasing fatigue limit but quenching had no effect on it. (2) Austempering time at the 385℃affected to the fatigue strength, so that the 10.8ks austempered specimen had 20% higher fatigue limit than that of 1.8ks. (3) Tensile strength of heat-treated SGI increased with the increase of matrix hardness. On the other hand, the fatigue limit had a peak around the hardness of HV350, over that it rapidly decreased owing to higher stress concentration at the including graphite.
Key Words:spheroidal graphite cast iron, heat treatment, fatigue strength, microstructure, hardness, retained austenite


1.緒  言
 球状黒鉛鋳鉄(SGI)は,優れた機械的性質を有するため,工業材料として広く使用されている1)が,材質の高強度化(引張強さ500N/mm2以上)に伴って,構造部材に要求される疲労強度特性にバラツキを生じ易い。それゆえ,軽量および高強度が要求される機械構造材への利用では敬遠される傾向にある2)。これは,機械構造用鋼の場合,引張強さと疲労限の間に比例関係が成立し,耐久比(疲労限と引張強さの比)が常に一定値となるのに対して,基地組織の調整により高強度化を図ったSGIでは,耐久比が一定値をとらないので疲労強度設計が難しいためと考えられる。それゆえ,SGIを機械構造用材料として使用するためには,疲労強度特性に及ぼす黒鉛や基地組織の影響を把握しておくことが重要である。本研究では,熱処理により強度レベルの異なるSGIを準備し,その疲労強度特性について検討したので報告する。



2.内  容
2.1 実験方法
 実験に使用したSGIは,県内銑鉄鋳物工場において,JISにおけるFCD400〜FCD700相当の材質の溶湯を板厚20mmのYブロック形状に鋳込んで準備した。また,基地組織の調整のため,FCD700相当の材質(以下SG700と呼ぶ)はYブロック下部を切断し,直径22mmの丸棒に荒加工後,表1に示すような熱処理を施した。各熱処理ともオーステナイト化の加熱は,脱炭防止のため塩浴中で行った。また,機械試験においては,熱処理ひずみを避けるため,熱処理後に図1に示すような引張試験片(a)と回転曲げ疲労試験片(b)に加工し,それぞれの実験に供した。なお,回転曲げ試験には,回転数 3600rpmの小野式試験機を用い,室温下で行った。また,残留オーステナイト量の測定は,X線回折法により行った。

図1 引張(a)と疲労(b)の試験片
表1 熱処理条件
試料 熱処理 基地組織
SG700 Non.(鋳放し) パーライト+フェライト
焼ならし 900℃×3.6ks→ファン空冷 パーライト
焼入・焼戻 900℃×3.6ks→水焼入
→550℃×5.4ks→水冷
焼戻マルテンサイト
オーステンパ 900℃×3.6ks→385℃×
10.8ks(塩浴)→空冷
ベイティクフェライト

2.2 疲労強度に及ぼす基地組織種の影響
 熱処理により基地組織を調整したSGIの機械的性質を表2に示す。SG700の引張強さが,焼きならしてパーライト基地にすることにより,843N/mm2まで向上している。また,焼入・焼戻では,供試材中で最も高い引張強さ986N/mm2を示す反面,伸びはSG700の半分に低下した。一方,オーステンパでは,引張強さ964N/mm2,伸び8%を示し,SG700の引張強さ,伸びともに大きく改善されていた。
 図2に基地組織を調整したSGIの疲労試験結果を示す。疲労限付近で基地組織の違いを比較すると,パーライト組織となった焼ならし材ではSG700より引張強さのアップした分に見合った疲労限の向上が見られる。一方,焼入・焼戻材では引張強さが最も高かったにも関わらず,疲労限は素材のSG700と同レベルであり,SGIの疲労強度は単純に引張強さに比例するものではないことが示唆される。また,オーステンパ材は最も高い疲労限を示したが,焼入材と同様に焼ならし材と比べてバラツキが大きくなった。
表2 試料の機械的性質
試料 引張強さ
N/mm2
伸び
硬さ
HRC
基地硬さ
HV
疲労限
N/mm2
SG700 708 5.0 20 282 282
焼ならし 843 4.5 27 310 305
焼入・焼戻 986 2.5 36 490 279
オーステンパ 964 8.0 33 390 354


図2 高強度SGIの疲労強度

2.3 疲労強度に及ぼすオーステンパ時間の影響
 高い疲労限度を示したオーステンパ材の基地組織は,ベイナイトと残留オーステナイトが層状に重なり合って混在した組織である。オーステナイトは応力が加わえられるとマルテンサイトに変態しやすい不安定な組織であるが,オーステンパ(恒温変態)中に炭素の拡散・濃化が起こることで安定化する3)。図3に385℃でオーステンパした試料の残留オーステナイト量の変化を示した。36ksまでは,オーステンパ時間の増加に伴って,オーステナイト量は僅かに減少しているが,その後,ベイナイト変態が起こるため急速に減少し,90ks経過後にはゼロとなっていた。オーステンパしたSGIの高い引張強さと伸びは,基地組織中に多量に含まれるオーステナイトの効果によることから,実用的にはオーステナイトが多く残留する1.8〜 10.8ksの間でオーステンパして使用されることが多い。なお,この範囲における引張強さや伸び等の静的な強度試験では,顕著な差は現れなかった。
 図4は疲労強度に及ぼすオーステンパ時間の影響を調べたものである。両者の引張強さはほぼ等しかったにもかかわらず,オーステンパ時間10.8ksの試料では1.8ksの試料よりも2割ほど高い疲労限を示した。このことはオーステンパ中にオーステナイト組織が安定化し,その度合いが疲労強度に大きく影響したためと考えられ,繰り返し応力の作用する金属疲労に対する信頼性が重要な機械部品では,長時間オーステンパした材料を使用しなければならないことがわかる。


図3 残留オーステナイト量の変化


図4 疲労強度のオーステンパ時間依存性

2.4 疲労強度に及ぼす基地硬さの影響
 JISにおいてオーステンパ球状黒鉛鋳鉄品は,引張強さ900〜1400N/mm2の間で規格化されており,構造部材用途向けとしては,900,1000,1200N/mm2の3種類が指定されている。図5は 588〜658℃の温度範囲で7.2ksオーステンパしたSGIの引張強さと基地硬さ,および疲労限の関係を示したものである。ここで示した基地硬さは,マイクロビッカース硬度計で黒鉛の影響を受けない鉄基地部分を測定した平均値である。図からわかるように,引張強さは硬さの上昇とともに直線的に増加している。一方,疲労限は基地硬さHV350までは増加するものの,それ以上の硬さでは急激に低下した。このことは,黒鉛を基地中に多量に含むSGIが負荷応力を受ける場合,黒鉛の周囲に応力集中を生じるためと考えられる。図6に基地硬さと疲労強度の関係を模式的に示す。金属材料では硬さの上昇に比例して疲労強度が増加する4)。一方で,黒鉛周囲の応力集中の影響により,ある硬さレベルを超えると急激に疲労強度の低下が起こり,トータルで見た材料の疲労強度はピーク値を持つと考えられる。

図5 基地硬さと引張り強さ、疲労限の関係


図6 疲労強度と基地硬さの関係

2.5 疲労強度に及ぼすオーステナイトの影響
 図7は曲げ応力292N/mm2で10回疲労試験した後に,平行部断面で外周面から中心方向への硬さ分布を測定した結果である。パーライト地の焼きならし材では硬さの変化は見られず,ほぼ一定の値を示している。これに対して,385℃で10.8ksオーステンパしたSGIでは,0.2mmまでの範囲で硬さの上昇が見られた。また,オーステナイトが34%残留しており,外周面から残留オーステナイトを含まない385℃で90ksオーステンパしたSGIでは硬さ上昇が僅かであることから,硬さ値が外周面近傍で上昇した原因は,オーステナイトの加工硬化や応力誘起マルテンサイトの生成によるものと推測される。試料表面の強化は,き裂発生の抑制や微小き裂停留の効果があり,残留オーステナイトの存在が高強度SGIの疲労強度向上に大きく関与しているものと考えられる。

図7 試験片外周面からの硬さ分布

2.6 SGIの疲労限
 図8はJISに規定されている引張強さ400〜1200N/mm2までのSGIについて疲労限と引張強さ,基地組織の関係をまとめたものである。フェライト組織(FCD400〜450)の材質では,鋼とほぼ等しい耐久比を示すが,高強度なパーライト組織のSGI(FCD500〜800)では,引張強さの増加に伴って耐久比(線図の傾き)が小さくなる。また,熱処理により強度改善を行う場合,焼戻マルテンサイト組織では焼きならし材よりも疲労限が低下するが,オーステンパによって上部ベイニティクフェライト組織(FCAD900〜1000)に調整すれば,疲労限は飛躍的に増加した。ただし,下部ベイニティクフェライト組織(FCAD1200)への調整では,疲労限はあまり増加しなかった。

図8 疲労限度と引張強さ、基地組織の関係


3.結  言
 熱処理により高強度化したSGIについて,疲労強度に及ぼす基地組織の影響について検討したところ,以下の結果が得られた。
(1)SG700に対する熱処理のうち,焼ならしやオーステンパによる基地組織の強化は疲労強度の向上に有効であったが,焼入・焼戻処理は疲労強度改善につながらなかった。
(2)385℃でオーステンパ処理したSGIでは,疲労強度に対して時間依存性が見られ,10.8ksオーステンパした試料では1.8ksの短時間処理試料より20%以上高い疲労限を示した。
(3)熱処理したSGIは基地硬さの上昇とともに引張強さは増加するが,疲労限はHV350をピークとして,それ以上の硬さでは急激に低下した。



参考文献
1) 例えば,祖父江昌久:鋳物, Vol.48,No.4,p.441-447(1976).
2) 鈴木秀人:鋳造性品の疲労信頼性設計,鋳鍛造と熱処理,No.6,p.10-16(1996).
3) 舟木克之,西村芳典,安井治之:石川県工業試験場研究報告,No.46,p.1-6(1997).
4) 井川克也,田中雄一:日本金属学会会報,Vol.13,No.7,p.665-670(1974).



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