平成11年度研究報告 VOL.49
排便検知センサシステムの開発
機械電子部 筒口善央 米澤保人 山田有河

 排便は寝たきりの高齢者・障害者にとって不快感を与え続け,また,排便が下痢便の場合は皮膚かぶれ等の病気原因ともなる。そのため,排便後はすぐにおむつを交換し皮膚を清潔に保つことが望ましい。しかし,排便を検知する有効な手法が開発されていないため,早急なおむつ交換ができなかった。そこで,本研究では,においセンサと温度センサを用いた排便検知センサシステムを試作開発した。においセンサは排泄臭成分(放屁,尿,便)を考慮し,硫化水素,アミン系,VOC(有機揮発性物質)の3種類の半導体においセンサを用いた。また,放屁と排便をにおいだけで判別することが困難であるため,熱容量の違いに着目して温度センサを用いた。試作したシステムを医療現場で評価試験した結果,排便検知が可能であることが示された。
キーワード:介護支援機器,排便,検知システム,においセンサ

Development of the Sensor System for Defecation

Yoshiteru DOGUCHI, Yasuto YONEZAWA and Yuka YAMADA

 It is necessary for the bedridden aged people and a disable person to keep skin cleanly by exchanging the diaper as soon as possible after defecation,because the skin trouble is especially caused by the feces of diarrhea in addition to an unpleasant feeling. However,there has not been any devices to detect defecation in the diaper. Therefore,we developed the sensor system for defecation with odor sensors and a thermosensor. Three kinds of semiconductor odor sensor of hydrogen sulfide,amine and VOC(Volatile Organic Compound) were used in consideration of excretion odor components as odor sensor. Also,because it was difficult to distinguish flatus and feces with odor,thermosensor was used to distinguish with the difference of thermal capacity. As the result of physical experiments at the hospital using this system,it was found to be able to detect defecation.
Key Words:defecation, sensor system, odor sensor,thermosensor


1.緒  言
 寝たきりの高齢者・障害者を抱える家庭では,看護者の高齢化や時間的な束縛感による精神的なストレスや疲労が問題となっており,負担軽減を図るための介護支援機器開発は切実な要望である。我々が日常何気なく行なっている排泄処理も,寝たきりの高齢者・障害者は看護者の助けなくしては排泄処理ができず,看護される側,看護する側にとっても肉体的,精神的ストレスをもたらす。排泄のうち,尿に関しては吸収機能,消臭機能の優れたおむつの開発により,不快感が軽減されてきている。しかし,排便はおむつ交換を行なわない限り,不快感から解放される事はない。特に,下痢便の場合には不快感を与えるだけでなく,皮膚かぶれ等の病気を引き起こす原因ともなる。そのため,排泄後はすぐにおむつを交換し,皮膚の清潔を保つことが望ましい。それ故に,排便を検知する手法1)が最近提案されてきている。しかし,未だ有効な手段が無く,常に介護し続けることができないため,医療現場でも2〜3時間ごとの定期的なおむつ交換で対処されているのが現状である。そこで,本研究では,におい測定技術に着目し,看護が必要な寝たきりの高齢者・障害者を対象とした排便を検知するセンサシステムを試作開発し,医療現場での評価試験を行なった。


2.排便検知センサシステム
図1に本研究で試作開発した排便検知センサシステムの概念図を示す。本システムはおむつ部,センサ部,データ処理部の3つで構成されている。
 図2に排便検知センサシステムのフロー図を示す。
おむつ内の臭気を吸引用チューブで吸引し,においセンサに導入する。その応答信号をAD変換してパソコンに取り込み,データ処理を行う。


図1 排便検知センサシステムの概念図


図2 排便検知センサシステムのフロー図

2.1 おむつ部
 においセンサは小型で低価格にはなってきているが,おむつと一緒に廃棄できる程ではない。また,おむつの外側は尿漏れ防止のために防水加工がなされているため,においが外部に漏れにくい。そのため,繰り返し使用でき,においを確実にとらえるため,おむつ内に吸引用チューブを挿入し,においを吸引する方法を用いた。においセンサは水が吸着すると,感度が低下または応答しなくなる事が知られているため2),図3のように外側防水生地に直径3mmの穴を開け,その穴から尿吸収パッドと外側防水生地の間に吸引用チューブを挿入した。尿吸収パッドで取りきれない水が吸引用チューブに入らないように,撥水性,気化透過性に優れたゴアテックス叶サゴアテックスチューブ(フィルタとして)を吸引用チューブの先端に用いた。今回使用したゴアテックスチューブの特性を表1に示す。


図3 おむつへの取り付けイメージ
 
表1 ゴアテックスチューブの特性
材質 多孔質PTFE
(ポリテトラフルオロエチレン)
空孔率 50%
寸法 外径1.8mm(内径1mm)×有効長255mm



図4 半導体においセンサ
 
表2 排泄臭の主な構成成分
便


硫黄系臭気 硫化水素、メチルメルカプタン、硫化メチル、二硫化メチル
窒素系臭気 トリメチルアミン、アンモニア
アルデヒド系 アセドアルデヒド、プロピアルデヒド、ホルムアルデヒド
脂肪酸系 酢酸、吉草酸、イソ吉草酸、プロピオン酸、酪酸
その他 ピリジン
尿素 アンモニア、二酸化炭素
 
図5  アミン系においセンサの各種におい成分に対する応答特性例
 
表3 今回使用した半導体においセンサ
主要感度ガス
(測定対象成分)
型式 材料
硫化水素
(硫化水素、メチルメルカプトン)
AET-S ZnO系
アミン系ガス
(トリメチルアミン、アンモニア)
CH-N SnO系
VOCガス
(メチルメルカプトン)
CH-A SnO系
 


図6 排便検知システムの系統図


図7 試作したにおいセンサユニット外観
2.2 センサ部
 センサ部は,においセンサ,温度センサで構成している。

2.2.1 においセンサ
 においセンサには,半導体,水晶振動子膜,生体高分子膜等色々な測定方式のセンサが存在する2)3)。本研究では,小型,軽量,低消費電力,長寿命信頼性に優れている半導体においセンサを用いた。図4に半導体においセンサの外観を示す。半導体においセンサはセンサ表面でのにおい分子の吸着による酸化還元反応によって,においセンサの抵抗値が変化し,センサ電圧が変化することを利用しており,硫化物系,アミン系,一酸化炭素,炭化水素等の各種におい成分に応答するセンサが開発されている。便臭に感度のあるセンサを選択するためには,便臭,尿臭の構成成分を知る必要がある。調査した排泄臭の主な成分を表2に示す4)5)6)。一方,図5にアミン系においセンサの各種におい成分に対する応答例を示したが,アミン系のDMA(ジメチルアミン),TMA(トリメチルアミン)に最も高い感度を示すものの,他のにおい成分でも少なからず感度を示す。これは,アミン系センサに限らず全ての半導体においセンサに見られる特性である。そのため,単一種類のにおいセンサで排泄臭のような複雑な混合臭を区別するのは困難である4)5)。
 そこで,本研究では排便の検知確度を高めるため,便臭の基本臭気成分である硫化水素(H2S),メチルメルカプタン(CH3SH),トリメチルアミン((CH3)3N)に応答するにおいセンサとして,表3に示した新コスモス電機叶サAET-S,CH-N,CH-Aの3種類の半導体においセンサを選択した。各センサは主要な感度ガスからAET-Sは硫化水素センサ,CH-Nはアミン系センサ,CH-AはVOC(有機揮発性物質)センサである。
においセンサは人間の鼻が連続でにおいを嗅ぎ続けるとにおいに対して鈍感になるのと同じように,におい分子の吸着が許容量を越えてしまうと応答しなくなる。そのため,図6の排便検知センサシステムのフロー系統図に示すように,においセンサ表面の浄化を行うための空気を,活性炭フィルタに通したゼロガス(清浄空気)を排泄臭と交互に導入する間欠サンプリングユニットを設けた。排泄臭とゼロガスの導入切り替えはタイマー制御により電磁弁で行なった。
 本研究で試作したにおいセンサユニット外観を図7に示す。


2.2.2 温度センサ
 放屁は便臭のみが体外に出たもので,放屁と便をにおいだけで区別する事は困難と考えられる。放屁は気体のため熱容量が小さく,温度は上昇してもすぐに下がる。それに対し,便は熱容量が十分大きく,温度が急激に下降する事はないと考えられる。この放屁と便の熱容量の差に着目し,放屁と便を区別する手段として表4に示す温度センサを使用した。温度センサは装着時の違和感を配慮し,直径0.1mmのK型熱電対を用いた。

表4 今回使用した温度センサ
温度センサ K型熱電対
寸法 直径0.1mm × 長さ2m



図8  1サイクルあたりのセンサ感度の応答特性例


図9 長時間測定したセンサ感度の応答特性例


図10  1サイクルごとの波形ピーク値を結んだセンサ感度の応答特性例
2.3 データ処理部
 においセンサのセンサ電圧と温度センサの電気信号を潟Lーエンス製NR-250 PCカード型データ収集システムでAD変換を行ってパソコンに取り込み,データ処理した。

2.3.1 信号処理
 図8に1サイクルあたりのセンサ感度の応答特性例を示す。縦軸はセンサ電圧(V),横軸は時間(sec)である。2.2.1章で述べたように間欠サンプリングユニットを設けたため,排泄臭導入によるセンサ電圧の上昇とゼロガス導入によるセンサ電圧の下降を繰り返す応答特性を示す。排泄臭導入では,おむつ内のにおい分子がセンサ表面に吸着するため,センサ電圧が上昇する。ゼロガス導入では排泄臭が導入されず,センサ表面の吸着におい分子が脱離するため,センサ電圧は下降する。ゼロガス導入の不自然な落ち込み(図8※印)は,ゼロガス導入では排泄臭に対する情報がないため,排泄臭導入開始の5秒前と導入後の10秒後のみのデータを記録したためである。

2.3.2 信号解析
 図9に長時間測定した場合のセンサ感度の応答特性を示す。縦軸がセンサ電圧(V)と温度(℃),横軸が時間(sec)である。においセンサのセンサ電圧はゼロガス導入時をベースとし,時間に対する信号変化量で示した。図9を図8で示した排泄臭導入とゼロガス導入の各サイクルごとに臭気導入時のセンサ電圧のピーク値を結んで図10で示す応答波形で評価することにした。




図11  放屁を検知した時のセンサ感度の応答特性例


図12  尿を検知した時のセンサ感度の応答特性例


図13  便を検知した時のセンサ感度の応答特性例
3.評価試験
 試作したシステムを評価するため,千木病院において80〜90歳の寝たきりの高齢者を対象とした評価試験を女性5人,男性2人の計7人に対して行なった。試験は図1のように機器を設置し,試験器具の取り付けなど医療行為に関する内容は全て,看護婦が行なった。試験に対しては家族の方の同意に基づいて行なった。

3.1 取り付け方法
 図2で示した吸引チューブの取り付けは,体動によって圧迫し皮膚を損傷させないために,腹部側に誘導することとした。温度センサは,尿とりパットの装着時に肛門付近となる部位にテープ固定した。

3.2 測定方法
 排便を確実に計測するため,坐薬によって排便処置がなされる患者を対象として測定を行なった。座薬にはビサコジルと呼ばれる大腸刺激性下剤を使用した。これは大腸粘膜を刺激し,腸蠕動を起こさせ排便にいたらせるため,排泄臭に化学的変化を与える恐れはない。坐薬挿入後,従来通りテープ付き紙おむつを装着した時を0秒として測定を開始した。排泄臭の吸引とゼロガスの導入条件は20秒と30秒で行った。においセンサと温度センサのデータをモニタリングし閾(しきい)値から変化したときにおむつ内を観察し,排泄現象とセンサ検出結果との関係を調べた。閾値はおむつ内で排泄がない時をベースとし,それから約20%以上の応答変化が生じた場合におむつを開けて,排便の有無や排泄の種類を調べた。


3.3 試験結果
3.3.1 放屁の検知
 放屁を検知した時の応答特性例を図11に示す。放屁を検知した時,各においセンサとも反応している。
中でもアミン系センサ,VOCセンサの応答変化が顕著であった。しかし,においセンサが応答するのに対し,温度変化は無かった。

3.3.2 尿の検知
 尿を検知した時の応答特性例を図12に示す。VOCセンサに比べアミン系センサのセンサ感度変化が顕著となっている。尿が検知された時,温度が約2℃上昇した。

3.3.3 排便の検知
 排便を検知した時の応答特性例を図13に示す。図11の放屁を検知した時と同じように,アミン系センサ,VOCセンサの応答変化が顕著であった。しかし,放屁の時と違い,90サイクルから100サイクルにかけて約1.5℃の温度変化が確認された。



4.結  言
 複数のにおいセンサと温度センサを使った排便検知センサシステムを試作開発した。評価試験を行なった結果,以下のことが分かった。
1)放屁の場合は,においセンサに応答はするが,温度センサが応答しなかった。
2)尿の場合は,VOCセンサよりアミン系センサの応答変化が大きく,温度が約2℃上昇した。
3)排便の場合は,アミン系センサよりVOCセンサの応答変化が大きく,温度が約1.5℃上昇した。
 以上より,アミン系,VOCにおいセンサと温度センサを組み合わせる事が,放屁や尿と区別して排便のみを検知するために有効であることが分かった。
本システムの実用化のためには,さらに評価試験回数を増やし,排便検知の信頼性を高める必要がある。

謝  辞
 本研究を遂行するに当たり,終始適切なご助言を頂いた東京大学大学院新領域創成科学研究科教授辻隆之氏,金沢工業大学教授南戸秀仁氏(高度材料科学研究開発センター研究員),金沢経済大学教授大藪多可志氏に感謝します。本システムの試作にご協力いただきましたジャパンゴアテックス梶C新コスモス電機鰍ノ感謝致します。試作システムの評価にご協力を賜りました金沢大学医学部保健学科教授真田弘美氏,同助手紺家千津子氏並びに千木病院看護部長新谷喜美子氏,同婦長福島弓子氏に深く感謝致します。


参考文献

1) 辻,嶋岡,篠原,下沖,大賀,吉栄,笠原,藤里,
宮脇:撥水性多孔質盲端チューブと酸化亜鉛(ZnO)半導体センサによる排便検知センサシステム;医用電子と生体工学(第37回日本エム・イー学会大会 Japan Soc.ME&BE)第36巻特別号,p.555(1998)
2) 森泉,中本共著:鰹コ栄堂 センサ工学(1997)
3) 栗岡,外池編:匂いの応用工学 朝倉書店(1994)
4) 辻,藤元,緒方,森反:重度高齢者障害者の排泄介護と排便センサ,日本ME学会,BME Vol.10,No.5別冊(1996)
5) Y.Ghoos,D.Claus,B.Geypens M.Hiele,B.Maes,P.
Rutgeersts;Screening methods for determination volatiles in biomedical samples by means on an off-line closed-loop trapping system and high-resolution gas chromatography -ion trap detection,Journal of Chromatography A,665,
p.333−345(1994)
6) 大藪,南戸,辻:日常生活におけるニオイセンサ応答,第37回日本ME学会,No.RT02-5,p.205
(1998)



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