平成11年度研究報告 VOL.49
ニーズ分析のための感性評価支援システムの開発
情報指導部 加藤直孝 上田芳弘
北陸先端科学技術大学院大学 國藤進


 消費者の価値観の多様化に伴い,消費者のニーズを的確にとらえた製品デザインの開発が企業にとって重要な課題となっている。しかし,消費者ニーズは個人の感性に依存し,表現もあいまいなため,定量的な分析が必要となる。本論文では,製品開発プロセスにおける消費者ニーズの分析を目的に,消費者ニーズに基づく製品デザイン案の評価およびデザインプレゼンテーションを支援する感性評価支援システムの開発について述べる。本システムの特徴は,人間の感性に基づく評価を数値情報に変換して画面上に視覚化し,システムとの対話操作により,デザイン評価シミュレーションに基づくニーズ分析が行えることである。実際の応用例として,建具デザインのニーズ分析を対象とした利用実験を行い,本システムの有効性を確認した。
キーワード:ニーズ分析,感性評価,階層分析法,AHP

Development of KANSEI Evaluation Support System for Requirement Analysis

Naotaka KATO, Yoshihiro UEDA and Susumu KUNIFUJI

 According to the various sense of value of consumers, it becomes important to develop suitable products for the consumer's requirements. But the requirements depend on individual KANSEI※ which means feeling or sense and have ambiguous factors. From this perspective, it is desired to analyze the requirements for product design quantitatively. In this paper, we propose a system which supports alternative evaluation of product design and presentation for choice of the design by the visualization of the customer's requirements. It is characterized by the following points: (1)It converts individual evaluation of human sense to the dimension of quantitative values and visualizes it on a display terminal of computer. (2)It supports requirement analysis based on the evaluation simulated by interactive communication with the system.
 The usefulness of the system are evaluated by experiments of the requirement analysis for fittings design. The experimental results show some usefulness of the system on supporting KANSEI evaluation for requirement analysis.
Key Words:Requirement Analysis, KANSEI Evaluation, Analytic Hierarchy Process
※感性の英訳としてKANSEIが国際用語として用いられている1)。



1.緒  言
 近年の生産技術の進歩に伴って,我々が日常手にすることができる様々な製品は十分な品質と高い技術水準を持つレベルに達してきた。このようないわゆる成熟市場においては,製品開発力をさらに強化し,今後の企業間競争を勝ち抜く企業戦略が求められている。
 その具体策として,新製品の開発において,消費者の潜在的な新たなニーズを掘り起こし,その分析結果を製品コンセプトに反映させながら,他社製品に負けない魅力ある製品を企画することが望まれている2)。
 しかしながら,消費者のニーズは,各個人が持つ価値観,嗜好,あるいは感性によって百人百様であり,かつあいまいさを含むため,数値では表しにくい性質をもつ。さらには消費者本人ですら自分のニーズを具体的に把握できていない場合もある。
 一方,近年の情報技術の進展は,企業の製品開発プロセスの合理化を促進するだけにとどまらず,製品開発プロセス自体にも変革を与えようとしている3)。
 しかし,上流工程の製品企画段階では,コンカレントエンジニアリングに代表されるような下流工程の詳細設計・試作段階における技術革新ほど情報技術の導入は確立していないのが現状である。
 そこで本研究では,製品開発の上流工程に情報技術を活用することに焦点を当て,製品デザイン案の評価およびデザインプレゼンテーションを支援する感性評価支援システムを開発した。特徴として,人間の感性に基づく評価を数値情報に変換して画面上に視覚化し,システムとの対話操作により,評価シミュレーションに基づく消費者ニーズの分析が行える。
 本報告では,ニーズ分析の手法および試作システムの概要,さらに本システムの建具デザイン評価への応用事例について報告する。


2.内  容
2.1 ニーズ分析方法
 従来のユーザニーズの調査手法では,インタビュー調査,アンケート調査などにおける言葉や文章形式による方法のほかに,5点法などの重み付けによる配点法や順位付けによる評点づけなどの定量的な方法が一般的に用いられる。後者の定量的なデータに基づくユーザニーズの分析には,統計的手法による推定が用いられるが,得られる結果は,ユーザから収集したデータを平均化した情報に基づくことになる4)。
 しかし,最近では消費者ニーズの多様化と個人差の拡大が進んだ結果,「ユーザが見えなくなった」という声が聞かれるようになり,従来通りの方法ではニーズの把握が難しくなってきている5)。
 そこで,的確なユーザニーズの分析を行うためには,(1)ユーザの視点,(2)ニーズの個人差,(3)ニーズの階層性,(4)ニーズの可視化6)の4点に着目することが重要と考えられる。
 本研究では,これらの要件を満たすための一つの試みとして,主観的評価とシステムズ・アプローチを組み合わせた手法であるAHP(Analytic Hierarchy Process)7)8)を利用した。AHPは,定量的な分析では扱いきれない類の意思決定問題においてユーザの主観や直感に基づいて評価項目あるいは代替案の重要度を数量化する感性評価の一手法である。具体的には,まず代替案選択のための評価項目を階層化した評価構造を作り,次にユーザが2個ずつの評価項目の組み合わせについて一対比較により重要性を判断していくことで,最終的にはそのユーザ個人のニーズを評価項目と代替案の重要度として推定する。
 このAHPの利用により上述のユーザニーズの分析の要件を満たすことが可能と考える。またニーズの可視化ついては,AHPによる感性評価をコンピュータ画面上に階層的にグラフ表示させ,画面上に視覚化された評価結果を客観的に見ながら,ニーズを把握できるようにした。いわゆる人間とコンピュータ間の双方向性を持つ感性評価の概念9)を取り入れたことになる。

2.2 システムの概要
 本システムは,UNIX環境上で開発したグループ意思決定支援システム6)を個人利用向けにWindows環境上に移植10)したシステム(Choice Navigator)を,建具デザインの評価支援へ応用するために改良を加えたもので,以下の特長を持つ。
 (1) 評価構造データの作成,一対比較,代替案評価までマウス操作を基本に行える。
 (2) マルチウインドウ画面表示により,任意の階層レベルの任意の評価項目から見た評価結果をグラフ表示し,多面的に代替案評価の分析が行える。
 (3) 評価結果が自分の直感と違う場合,重要度の修正支援機能により,速やかに納得のいく重要度に修正できる。また意図的に重要度を操作し,問題を様々な視点から分析できる。
 (4) 情報不足で一対比較の判断が難しい場合や,評価項目の数が多い場合にユーザに代わって整合の取れた一対比較値を算出できる11)。
 (5) 代替案の評価には,統計値などの客観的な数値データを使用できるほか,代替案の画像を登録,表示させて一対比較を行える。


3.応用事例
 本システムの応用事例として,建具デザインのニーズ分析について報告する。近年の和洋折衷に代表される住宅様式の多様化に加え,顧客の価値観や志向も変化に富み,建具業界では顧客ニーズを的確に反映した提案型の建具デザインが望まれている。また既製品ではなく受注による顧客参加型の建具デザインの需要も徐々ではあるが拡大している。そのため,建具デザインに対する顧客のニーズ分析が課題となっている。
 そこで,リビングドアに分類されるそれぞれ特徴のある建具サンプルを10点を選定した。まず予備調査として,男性13名,女性8名の計21名の被験者に対し,これらのサンプルから受ける印象語をヒアリングし,30の印象語を抽出した。さらにこれらの類似関係を参考にして,リビングドアの選択基準として6個の印象語に絞り込んだ。具体的には,「おおらかさ」,「粋さ」,「落ち着き感」,「モダンさ」,「ソフトさ」,「手作り感」である。次にこれらの印象語それぞれから見た各サンプルの評価を男女47名に対して順位法を用いて行った。たとえば「粋な」印象を強く受ける順番に各サンプルの建具を順位付けし,その順位に従った配点を施したうえで加重平均を求め,これを評価得点とするのが順位法の概略である12)。各サンプルの総合得点は,各印象語に与える重みと,上記の各印象語ごとの各サンプルの評価得点の掛け合わせの総和として求められる。
図1 建具デザインにおけるニーズ分析画面例
 図1は,これらのデータを本システムに入力した状態の画面例である。AHPの階層図は,視覚的に分かりやすいように木構造の形で表示される(ウインドウA)。リビングドアの選択基準(たとえばおおらかさ,粋さ,落ち着き感など)は木構造の節点(ノード)部分に配置され,AHPにより算出された評価項目の重要度がノードの下部に表示される。また重要度の大きさに応じて評価項目を結ぶリンク線の太さが変わる。したがって,階層図全体において,現在どの部分の評価項目を重視しているかが一見してわかるようになっている。すなわち,ユーザの視点および個人差は,この画面を通して可視化されるわけである。
 また任意のノードをマウスでクリックすると,別のウインドウが開き,そのノードから見た代替案である各ドアの評価点がグラフ表示される仕組みである。
画面左下のウインドウは,AHP階層図のトップにある「リビングドアの選択」から見た場合の6つの選択基準に与えた重要度をユーザの視点としてグラフ表示しており,その時の各ドアの総合評価得点もグラフ表示している(ウインドウB)。図の例では,「落ち着き感」,「粋さ」,「モダンさ」の順に重視した場合の結果が表示されている。このように自己の価値判断を画面上に可視化させることで客観的な分析が可能なほか,マルチウインドウ表示により,全体評価と任意のノードにおける部分評価を併行させた分析が行える。
 また画面右下には,各ドアの画像が総合評価得点の高い順に左から並び替えられて表示されている(ウインドウD)。これはドアの選択基準とした印象語とドアのデザイン要素との対応を把握しやすくするための工夫である。
 この画面から「落ち着き感」,「粋さ」,「モダンさ」を望むユーザには,ドアサンプルの中ではNo.4,No.6,No.9などが適合することがわかる。またドアの上半分にガラス窓があり,窓の形状は天上部に丸みがあること,そしてドア下部には彫りがあることが,上述した印象をユーザに与えていることが推測できる。
 なお「一対比較」ボタン(ウインドウB内)をクリックすることで一対比較ウインドウが表示される(ウインドウC)。ここではマウスでスクロールボタンを左右に動かして一対比較値を決定する。一対比較値には,両者が同等に重要であれば1,一方が他方に比べてやや重要ならば3,極めて重要ならば9を与える。図1では,「リビングドアの選択において,モダンさよりも落ち着き感がやや重要です」と判断している。この判断に迷う場合は,「不明」ボタンをクリックしておけば矛盾の少ない重要度が自動的に算出される12)。このほか,「感度分析」ボタン(ウインドウB内)を選択することで重要度を繰り返し見直す修正が簡便に行える13)。この機能により,評価結果の妥当性を検討したり,問題自体に対する理解を深めることに役立つ。
 本システムのプレゼンテーションツールとしての利用効果は,顧客の潜在的なニーズをその場で収集,視覚化し,ニーズに適合した建具デザイン案の提示が行えることである。また様々な顧客ニーズの視点に切り替えた建具デザインの提案も容易となる。とくにユーザのニーズを個別に取り扱えるため,デザイン分野などニーズの個人差が大きい場合に効果が期待できる。
 さらに画面上で各建具サンプルの総合評価得点に寄与する印象語が絞りこめることから,ユーザの感性により解釈が異なる印象語のイメージを具体的なドアのデザイン要素として推測できる。したがって個々のユーザの印象語のイメージに対応したデザイン要素を実際にサンプル画像を通して把握でき,的確なデザイン方針の決定に役立てることができる。
 しかしながら,デザイン評価への適用における本システムの改善点も明らかになった。本事例では,AHP階層構造の評価項目とした印象語は統一したが,ユーザによって印象語の組合せを選べるような自由度が求められる。また代替案として10点の建具サンプルを用いたが,さらに代替案の数が多い場合の評価得点の計算方法に対する工夫などの課題も残されている。


4.結  言
 製品開発プロセスにおける消費者ニーズの分析を目的に,消費者ニーズの視覚化による製品デザイン案の評価およびデザインプレゼンテーションを支援する感性評価支援システムの開発について述べた。
  さらに実際の応用例として,建具デザインを対象としたニーズ分析とデザイン案の評価について報告した。
 今後の展開としては,インターネット対応モバイルパソコンを用いた客先での感性評価データの収集支援ツールとしての応用,あるいはデザイン部門のスタッフ間におけるコンセンサスを得るための協調デザイン意思決定支援ツールへの応用,さらには顧客参加型のコラボレーションデザイン支援ツールとしての展開が期待される。


謝  辞
 応用事例において被験者としてご協力頂いた方々,および建具サンプルの提供とアドバイスを頂いた金沢建具協同組合の皆様に感謝いたします。


参考文献
1) 例えば,長沢伸也:特集「感性工学とは何か?感性工学とビジネス」,日本感性工学会誌,Vol.1,No.1,p.37-47(1999).
2) 神田範明:ヒットを生む商品企画七つ道具,日科技連出版社 (2000).
3) 中小企業庁:中小企業白書(平成12年度版)(2000).
4) 大澤光編:印象の工学とはなにか,丸善プラネット(2000).
5) 讃井純一郎:ユーザニーズの可視化技術,企業診断,p.31-38(1995).
6) 加藤直孝,中條雅庸,國藤進:合意形成プロセスを重視したグループ意思決定支援システムの開発,情報処理学会論文誌,Vol.38,No.12,p.2629-2639(1997).
7) T.L.Saaty:Analytic Hierarchy Process,McGrawHill(1980).
8) 刀根薫ほか:AHP事例集,日科技連出版社 (1990).
9) 松田紀之:感性情報デザイン,オーム社(1997年).
10) 加藤直孝,中條雅庸,國藤進:AHP支援ソフトウェアAHP-aid for Windows,日本OR学会春季研究発表会アブストラクト集,p.96-97(1997).
11) 竹田英二: 不完全一対比較行列におけるAHPウエイトの計算法,オペレーションズ・リサーチ,Vol.34,No.4, p.169-172(1989).
12) 木下栄蔵:わかりやすい意思決定論入門(1992).
13) 加藤直孝,平石邦彦,國藤進:グループ意思決定における重要度の感度係数を用いたトレードオフ分析支援について,日本OR学会春季研究発表会アブストラクト集,p.94-95(1997).



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