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多様な人々に使いやすい筆記具の開発

■繊維生活部 ○餘久保優子,杉浦由季恵

1.目 的
 高齢社会にむけて,これまで多くの企業がユニバーサルデザインに取り組み,一部は社会に定着したものの,各社取り組み方を模索しているのが実態である。また,公設試験研究機関においても,人間特性データが整備されてきているが, ユニバーサルデザインの実現には多様なユーザーニーズを合理的なカタチに落とし込むための新たなデザインプロセスが重要であり,あてずっぽうに聞き取りやアンケート調査を行っても,偏った意見を集めたにすぎず,多数を統計的に調査する方法も,莫大な時間と労力を要するといった問題が生じる。
 そこで,障がい者の生活動作指導や機能回復を専門とする作業療法士との連携を図り,上肢機能に障がいのある方をモニターとして,日常生活で必要性の高い書字用具のデザインプロセスの研究と試作開発を行った。

2.内 容
2.1 市場調査
 一般的な事務用品から福祉用具まで,約1000点余りの用具の中から,多様な人々への使いやすさが明記されている40種の製品を収集した。各々の対象者を考察したところ,主に一般製品(グループ@),ユニバーサルデザイン製品(グループA),福祉用具(グループB)の3グループに分類できた。市場はほぼグループ@で占有され,グループAからBになるほど種類が少なく,平均価格も高くなり,特殊な形状となる傾向がみられた。またグループAに,2000年以降に大手メーカーで開発され,現在は廃盤になった製品が集中しており,開発段階で障がい者の評価がされていない製品が殆どで,継続した需要が得られなかったことが考えられた。

(図1 書字用具の市場分類)

2.2 モニター調査
 軽度から重度までの上肢機能障がいのある10名のモニターから,普段使用している用具と選択
 基準の聞き取り調査を行った。それらと市場調査で収集した製品とを比較評価し,各々に適した用具の形状を導き出した。
 次に作業療法で行われている評価手法を用い,書字動作を分析して軽度から重度までA〜D群の4つの能力像に分類した。その結果,ユニバーサルデザインに該当する既製品は好まれなかったものが多く,重篤な障がいがある方々でも,日常の簡易な書字には福祉用品より一般的な用品を好むことがわかった。
 また,軽度の障がいのある方々と健常者の用具の持ち方に共通点が多くみられた。

(図2 モニター分類)

2.3 デザイン条件の考察
 各調査結果から市場ニーズとユーザーニーズを整理して,要求仕様として多様な方々に使いやすい書字用具のデザイン条件を考察し,図3にまとめた。
 さらに,デザイン条件に基づいて設計を行い,導き出された形状が多様な方々への使いやすさを実現しているか評価を行うため,上部グリップと下部グリップの形状が異なるモデル(下部グリップ5種・上部グリップ7種)を製作して,モニター評価を行った。
 その結果,本研究により導き出した形状は,比較的障がいが軽度なA,B群のモニターが使いやすいと評価した上位に該当した。また,そのモデルに若干の改良を加えることで,D群にも使いやすい製品になることが示された。

(図3 デザイン条件の考察)
(図4 評価用モデル)

3.結 果
 市場調査とモニター調査の結果から,今回の研究で得られたユニバーサルデザインの筆記用具は市場に存在しなかったことが示され,本研究において製品化に取り組む価値が見出された。
 本研究では,作業療法士とデザイナーが連携してデザイン開発に取り組んだことで,様々な手指機能を体系的に把握でき,ユニバーサルデザインの条件が導かれた。これらは高齢社会における多様な人々に向けたモノづくりのプロセスの一助になることが期待される。現在,本研究の成果普及を目的に,県内の伝統工芸,電気機械,ゴム成型部品メーカー等各分野の企業と共同で製品化に取り組むことで,技術移転を図っている。