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コーティング膜の密着力評価技術 −ニッケルめっきへの応用−

■機械金属部 ○鷹合滋樹,安井治之
■化学食品部   上村彰宏,井上智実

1.目 的
 無電解ニッケル(以下Ni-P)めっきは,音楽CDの金型や電子部品など耐摩耗性と耐食性が要求される様々な用途に使用され,特に硬質のめっきに対しては,強い密着性が求められている。
 JISにおけるめっきの密着性評価手法は,曲げ試験や熱衝撃試験により剥離の有無を調べる定性的な評価であり,数値的に評価する方法ではない。一方,切削工具等で使用される窒化チタンなどのコーティング膜では,スクラッチ試験による密着性の定量評価が行われている。
 そこで本研究では,スクラッチ試験をNi-Pめっきの密着性評価に適用した場合の測定値の有効性について,JIS法と比較しながら検討した。

(図1 Ni-Pめっきの断面金属組織)

2.内 容
2.1 実験方法
 冷間圧延鋼板(非熱処理鋼:112HV)にNi-Pめっき(膜厚30μmめっき中のP(リン)の量は約8%)を行い,試験片とした。図1に試験片断面の金属組織を示す。試験片の硬さ特性を変化させるため,200〜600℃の真空雰囲気中で1時間保持後に炉冷する熱処理を行った。この時の表面ビッカース硬さの変化を図2に示す。硬さは300〜500℃において一定値を示すが,600℃では減少した。これはNi-Pの金属間化合物の析出現象によるもので,一般に400℃がピーク値といわれている。600℃における硬さの低下は,Ni-P析出物が成長し,粗大化したためと考えられる。

(図2 Ni-Pめっき表面のビッカース硬さ(加重50gf)と熱処理温度の関係)

 膜の密着性測定にはスクラッチ試験機(CSM製Revetest)を使用した。試験は図3の概略のように,圧子移動速度10mm/min,スクラッチ距離5mmの条件で,試験荷重を1〜100Nまで漸次増加(進行方向:左から右)させながら引っかきを行った。なお,圧子先端における負荷状態を変化させるため,先端半径0.2,0.4および0.8mmに加工した圧子を用いて評価を行った。

(図3 スクラッチ試験の概略)

2.2 スクラッチ試験
 図4にスクラッチ試験後のめっき表面の観察結果を示す。矢印で示したような圧子進行方向に垂直のき裂が発生した点での荷重を臨界剥離荷重とした。

(図4 スクラッチ試験後の表面に生じたき裂)

 図5に各圧子半径における臨界剥離荷重と熱処理温度との関係を示す。臨界剥離荷重は温度の増加とともに一旦大きく減少し,やがて増加に転じる傾向を示した。Ni-Pは300℃以上の熱処理で硬さが増加することから,それに伴ってめっきの割れや剥離に対する抵抗力が変化したためと考えられる。さらに高温の領域では,硬さが低下するため,臨界剥離荷重が微増加する傾向となった。
 圧子先端半径(R)の影響では,めっきの硬化が起こらない200℃以下の場合に,Rが大きくなるにつれて臨界剥離荷重が大きくなる傾向が見られた。なお,最も高い値が得られたのはR=0.8の場合の熱処理温度200℃の試験片であった。

(図5 臨界剥離荷重値と熱処理温度の関係)

2.3 JIS規格の密着性試験との比較
 表1にNi-Pめっきに対してJIS H8504の熱衝撃試験および曲げ試験した結果を示す。熱衝撃試験では300℃で1時間保持後,水冷処理を行った。曲げ試験では,90°に折り曲げてから反対方向にも90°曲げた後,真っ直ぐに戻して剥離の有無を評価した。

(表1 JIS規格による密着性試験の結果)

 その結果,今回の試験片については,全て熱衝撃試験において剥離せずに合格となった。しかし,曲げ試験では200℃の熱処理を行った試験片のみが合格となった。曲げ試験では母材が大きく塑性変形することから,めっきが硬いと図6に見られるようなき裂や剥離を生じ易くなる。母材に大きな塑性変形を生じさせないスクラッチ試験では,めっきのみに負荷を加えており,密着性の評価に有利である。また,圧子半径を大きくして先端の応力集中を下げると臨界剥離荷重が高く(高感度に)なり,Ni-Pめっきの密着性評価にはR=0.8の圧子を使用したスクラッチ試験が有効であると考えられる。

(図6 曲げ試験後の表面に生じたき裂および剥離の状態)

3.結 果
 (1)Ni-Pめっきに対して,スクラッチ試験を行うとめっき表面にき裂が発生する。その形態は進行方向に対して直角であり,き裂発生時の荷重を臨界剥離荷重とすることで,めっきの密着性を数値化できる。
 (2)Ni-Pめっきでは,熱処理温度が大きくなると硬さは増加するものの,スクラッチ試験により求めた臨界剥離荷重が大きく減少する傾向を示した。このことはめっきの割れや剥離に対する抵抗力が熱処理によって変化することを意味しており,スクラッチ試験により密着力が定量的に評価できることが確認できた。
 (3)JIS規格における密着性評価方法では,今回の試験片は全て熱衝撃試験条件で合格したが,曲げ試験に合格したのは200℃の熱処理を行った場合のみであり,これらの優劣は先端半径0.8mmの圧子によるスクラッチ試験を行うことで,定量的に評価できる。したがって,圧子半径の選択がコーティング膜の評価にとって重要であることわかった。