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 プラスチックフィルムへの非透湿コーティング法の開発
 電子情報部 ○部家 彰 高野昌宏 米澤保人 南川俊治
 石川製作所 仁木敏一 室井 進 南 茂平
 北陸先端科学技術大学院大学 大薗哲郎 増田 淳 梅本宏信 松村英樹

1.目 的
 高分子材料(プラスチックフィルム)は安価,軽量,壊れにくい,フレキシブルという利点があり,ペットボトル等,多くの製品に利用されている。しかし,ガスまたは水蒸気の非透湿性(バリア性)が低く,その用途は制限されている。そのため,薄膜でコートしてバリア性を付加する研究が行われている。窒化シリコン(SiNx)膜は,耐薬品性,バリア性が高く,透明なため,高分子材料の被膜として期待されているが,高分子材料の耐熱温度以下でバリア性の高い膜を形成する技術は確立されていない。この技術が確立されれば,フレキシブル有機ELディスプレイや機能性プラスチックフィルム(食品・医薬品・化粧品の包装紙など)の形成が可能となる(図1)。
 工業試験場では,平成13年10月から3年間,研究成果活用プラザ石川において(株)石川製作所と北陸先端科学技術大学院大学と共同で,SiNx膜の形成法の1つである触媒CVD(Cat-CVD)法を用いて,80℃以下の低温でバリア性の高いSiNx膜を形成する装置の研究開発を行った。

(図1 低温SiNx膜の応用例 )

2.内 容
2.1 低温用基板ホルダの開発
 Cat-CVD法とは,真空装置中に設置された加熱触媒体線(タングステン(W)線)上で原料ガスを接触分解し,目的とする基材上に薄膜を形成する手法である。原料ガスにシラン(SiH4),アンモニア(NH3),水素(H2)を用いることでSiNx膜を形成できる。
 本手法は,基板から離れた場所で原料ガスを分解するが,基板を強制的に冷却しなければ,触媒体からの熱輻射ならびにガスによる熱輸送により,基板温度は上昇する。そこで,基板温度の低温化および制御性改善を目的に,Siなどの導電性基板用の静電チャック基板ホルダ(図2A)とプラスチックフィルムなどの非導電性基板用ホルダ(図2B)を作製し,触媒体加熱時の基板温度を評価した。これらのホルダを用いることで,ホルダと基板の間の熱接触を良好にでき,基板表面を80℃以下の低温に抑制できた。

(図2 開発した基板冷却ホルダ )

2.2 良質SiNx膜の形成
2.2.1 H2ガス添加の効果
 一般に形成温度が低いと低原子密度のバリア性の低い膜が形成されやすい。低温でバリア性の高いSiNx膜を形成するために,原料ガスにH2を加えることを試みた。これは膜中の余分なHを引き抜くとともに,そのとき発生するエネルギや原子状水素の再結合エネルギにより成長表面を局所加熱することで,膜が緻密になることが期待されるためである。
 まず,Si基板上にSiH4流量8sccm,NH3流量200sccm,触媒体温度1750℃,ガス圧10Pa,基板温度80℃と固定し,H2流量を0,200sccmと変化させて,厚み100nmのSiNx膜を形成した。SiNx膜のバリア性を評価するため,加湿試験(PCT:121℃,2気圧,1時間)前後のフーリエ変換赤外吸収(FT-IR)スペクトルの変化を測定した。
 図3にPCT前後のSiNx膜のFT-IRスペクトルを示す。SiNx膜に耐湿性がない場合,SiNx膜自体の酸化,もしくはSiNx膜を透過したH20によるSi基板表面の酸化が起こり(図3の挿入図),Si-Oのピーク(1050cm-1)が増加する。H2なしの成膜条件では,PCTによりSi-Oのピークが増加し,Si-Nのピーク(830cm-1)は減少したことから,SiNx膜が酸化したと考えられる。一方,H2ありの成膜条件ではPCT後でもSi-Oのピークは見られず,バリア性が高いことが示された。このように原料ガスにH2を加えることにより,80℃という低温でもバリア性の高いSiNx膜を形成できた。また,形成条件をさらに調整することにより,水蒸気透過率が0.1g/m2day(モコン法の検出限界)以下のSiNx膜も形成できた。

(図3 SiNx膜のFT-IRスペクトル ) (H2添加の効果)

2.2.2 内部応力
 有機ELデバイスの保護膜として応用する場合,保護膜の内部応力により,下地の有機EL材料にクラックが生じたり,場合によっては剥離することもある。そこで,SiNx膜の内部応力の評価を行った。図4に,SiNx膜の内部応力とN/Si比(X線光電子分光法による評価)のSiH4流量依存性を示す。ここではNH3流量20sccm,H2流量400sccm,触媒体温度1800℃,ガス圧10Pa,基板温度80℃と固定し,SiH4流量を6〜18sccmまで変化させてSiNx膜をSi基板上に形成した。
 SiH4流量が増加するにつれ,SiNx膜のN/Si組成比は減少した。内部応力はSiH4流量が増加し,SiNx膜がSiリッチになるに従い,引張から圧縮に変化した。このようにSiH4流量を変化させることにより,SiNx膜の内部応力を制御することができ,内部応力が概ね0MPaのSiNx膜を形成できた。

(図4 内部応力とN/Si比のSiH4流量依存性 )

2.2.3 室温形成
 プラスチック材料の熱膨張係数は,SiNx膜に比べて1桁ほど高い。そのため,形成温度が80℃と低い場合でも,室温に戻した際に,熱応力によるクラックが発生することが懸念される。さらに低温(室温)で形成できれば,そのようなクラックを低減できると考えられる。
 次に,形成温度を低温化しても,良質なSiNx膜が得られるか否かを検討した。ここでは,SiH4流量10sccm,NH3流量20sccm,H2流量400sccm,触媒体温度1800℃,ガス圧20Paと固定し,形成温度を室温〜100℃まで変化させてSiNx膜を形成した。
  図5に屈折率とN/Si比の形成温度依存性を示す。形成温度が減少すると,N/Si組成比が変化しないにもかかわらず屈折率が減少したことから,SiNx膜の原子密度は減少したと考えられる。また,室温形成したSiNx膜はHを25%も含み,耐湿性を有しないことが懸念されるため,PCTによる耐湿性の評価を行った。その結果を図6に示す。室温形成においてもPCTによるSiNx膜の酸化は起こらず,耐湿性を有するSiNx膜が形成できた。また,内部応力は室温形成の場合,概ね0MPaであり,基板温度が増加するにつれてリニアに増加したことから,SiNx膜の内部応力発生の主な原因は熱応力によることが示された。

(図5 屈折率とN/Si比の基板温度依存性 )
(図6 SiNx膜のFT-IRスペクトル )(形成温度依存性)

2.2.4 高速形成
 以上のようにCat-CVD法では低温で良質なSiNx膜を形成できることが明らかとなったが,産業界に応用するためには,有機ELディスプレイなど付加価値の高いものでも,形成速度100nm/minが要求される。先に示した条件における形成速度は10nm/min程度であり,10倍程度の高速化が必要である。そこで高速形成に関する検討を行った。
 形成条件は,SiH4流量30sccm,NH3流量20sccm,H2流量400sccm,触媒体温度1750℃,である。形成速度,屈折率,16BHFエッチレートのガス圧依存性を図7に示す。SiH4流量を大幅に増加させたことにより,100nm/minという高速でSiNx膜を形成できた。しかし,SiNx膜がSiリッチになりやすく,着色するといった問題があった。そこで,NH3流量を100sccmと調整することで,透明なSiNx膜を100nm/min以上で形成することに成功した。さらに内部応力も20MPaと低い値を示した。

(図7 形成速度,屈折率,16BHFエッチレートのガス圧依存性 )

2.3 有機ELディスプレイへの実装試験
 以上の結果から,SiNx膜の最適形成条件を用いて有機ELディスプレイへの実装試験を行った。SiNx膜の形成条件は,SiH4流量16sccm,NH3流量20sccm,H2流量400sccm,触媒体温度1800℃,ガス圧20Pa,基板温度80℃である。実装試験の結果を図8に示す。加速試験(85℃,85%RH)の結果から,実用環境で少なくとも7000時間は劣化しないことを確認した。

(図8 有機ELディスプレイへの実装試験 )

2.4 ロールツーロール型Cat-CVD装置の作製
 上記の結果をもとに,ロールツーロール型Cat-CVD装置を作製した。装置の概念図と外観写真を図9に示す。本装置の仕様を表1に示した。本装置により透明かつ耐湿性を有するSiNx膜が形成できることを確認した。

(図9 開発したロールツーロール型Cat-CVD装置の概念図と外観写真 )

(表1 ロールツーロール型 Cat-CVD装置の仕様 )
フィルム幅 250〜350mm(成膜幅300mm)
フィルム巻き径 最大250mm(コア外径160mm)
走行速度 0.1〜20m/min
成膜ロール温度 -20〜80℃

3.結 果
 SiNx膜の低温形成に関して以下の成果が得られた。
(1) 原料ガス(SiH4+NH3)にH2を加えることにより,80℃以下で耐湿性SiNx膜が形成できる。
(2) SiH4流量が増加するにつれ,内部応力は引張から圧縮に変化し,形成条件により内部応力を制御できる。
(3) 室温で低応力(概ね0MPa)かつ耐湿性を有するSiNx膜が形成できる。
(4) SiH4流量,NH3流量,ガス圧を調整することにより,膜質を低下させることなく,100nm/minでSiNx膜を形成できる。
 本研究では,水蒸気透過率0.1g/m2day以下のSiNx膜の形成に成功し,食品,医薬品,化粧品の包装紙における必要性能を満たすことができた。今後,形成条件の最適化,有機膜との多層化などを行うことにより,要求性能が高い有機ELディスプレイへの応用が期待される。
謝辞:本研究の一部は,科学技術振興機構の重点地域研究開発促進事業に基づき行われた。




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