イシル(魚醤)に関する研究(第2報)
−イワシイシルの生成過程におけるアミノ酸などの消長−

[食品加工技術研究室]   道畠俊英
食品加工技術研究室   佐渡康夫
石川県農業短期大学]   榎本俊樹

 石川県奥能登地方に,イカとイワシを原料とした2種類の魚醤(イシル)が生産されている。本研究では,マイワシを原料としてイワシイシルの試醸を行い,イワシイシル中の成分(全窒素,遊離アミノ酸,ペプチド構成アミノ酸,有機酸,核酸関連物質)の消長について検討した。その結果,イワシイシルの全窒素,遊離アミノ酸量は経時的に増加し,仕込み後7カ月前後で定常状態となった。Glu,Gly,Asp,Proなどを主要構成アミノ酸とする分子量5000以下のペプチドは,自己消化酵素の影響をほとんど受けずにイワシイシル中に残存していた。乳酸などの有機酸は大きな経時的変動は見られなかった。核酸関連物質は,仕込み後6カ月以降Hx,Xan,Guaの3成分であった。以上の結果から,仕込み後7〜8カ月で各成分ともほぼ定常状態となりイワシイシルが形成された。
キーワード:魚醤,イシル,イワシ,遊離アミノ酸,ペプチド,有機酸,核酸関連物質

Study on Fish Sauce "ISHIRU" (2nd Report)
Changes in the Composition of Amino Acids, Organic Acids and Nucleotides during Processing of "IWASHI-ISHIRU"

Toshihide MICHIHATA, Yasuo SADO and Toshiki ENOMOTO

 The changes in the composition of some chemical components of "IWASHI-ISHIRU" , fish sauce made from sardine with salt, during processing were investigated. The contents of total nitrogen and free amino acids in "IWASHI-ISHIRU" increased during processing and reached the steady states over 7 or 8 months. The oligopeptides that mainly consisted of glutamic acid, glycine, aspartic acid and proline existed in "IWASHI-ISHIRU" at the final step of processing. The contents of organic acids except pyroglutamic acid did not show any significant change during processing. Only three kinds of nucleotide (Hx,Xan,Gua) existed in "IWASHI-ISHIRU" over 6 months. The almost components of "IWASHI-ISHIRU" reached the steady states over 7 or 8 months.
Key Words:fish sauce, ISHIRU, sardine, amino acid, oligopeptide, organic acid, nucleotide

1.緒  言
 石川県能登半島の奥能登地方には,「イシル,イシリ,ヨシル,ヨシリ」などと呼ばれているイワシを原料とした魚醤(以下,イワシイシル)がある1)−4)。イワシイシルは伝統的手法により,毎年11月から翌年の5月頃までに仕込まれ,桶の中で原料のイワシ丸ごとに約20%の食塩を加え,時々攪拌を行い約1年間かけて製造される。桶の上層部には脂質,骨などの未分解物,下層部には生成されたイワシイシルが溜まり,そのイワシイシルを桶の下部に取り付けられている栓から取り出し煮沸して,除タンパクを行って製品としている。
 能登のイシルは,秋田のショッツル5)6),香川のイカナゴ醤油7)と並んで日本の三大魚醤の一つとして知られている。ショッツルについては,これまでに製品及び生成過程の成分や微生物などに関する研究が数多く報告されている8)−27)。しかし能登のイシルに関してはほとんど研究されていなかった。前報1)で著者らは,奥能登地方で製造販売されていたイシルの成分について分析を行い,遊離アミノ酸,ペプチド,有機酸などの含有量と組成比がイシルの呈味性に大きく関与していることを明らかにした。そこで今回は,イワシイシルの生成過程におけるアミノ酸,有機酸などの主要な成分の消長について検討を行い,いくつかの知見が得られたので報告する。

2.実験方法
 2.1 試料
 原料のイワシは,体長約20cm,体重約60gの大きさの新鮮なマイワシ18kgを用い,3.6kgの食塩を加えてポリエチレン製タンク(容量20リットル)で1995年4月上旬に仕込み,室温で1年間試醸した。試醸期間中毎月その一部を取り出し,遠心分離(10000rpm,15min)後,下層の液体部分をメンブランフィルター(孔径0.45μm)更に限外ろ過ユニット(日本ミリポア工業製,分画分子量5000)でろ過し,分析用試料とした。

 2.2 分析方法
 試料の分析方法は,前報に従った1)。つまり,全窒素はケルダール法,アミノ酸はアミノ酸分析計(日立製作所製,L-8500),有機酸は有機酸分析システム(昭和電工製,ShodexOA),核酸関連物質はTSK-GEL ODS-80Tsカラムによる高速液体クロマトグラフィー(島津製作所製,LC-4A)により定量した。


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