漆器製品の本物趣向が求められるようになったが、多くの人は、これまで合成樹脂塗料を塗布した什器に慣れ、器の中に沸騰直後の汁を入れたり、食器洗浄器による温熱水中に長時間さらしたりしている。このように漆塗り製品の取り扱い方を忘れてしまったことが、漆塗膜の変色をより早める結果となっている。この変色の原因は、漆塗膜中の水可溶成分であるゴム質が温熱水に溶け込み溶出2)することに起因していることが分かっている。しかし、その対策は、未だ見つかっていない。そこで、変色の少ない精製漆を作る製漆技術やカーボンブラック、ウルシオールの添加による漆液の改良について検討するとともに、椀による実用試験を行うことによって、業界へのスムーズな技術移転を図る。
下記の項目について検討を行った。
(1)漆塗膜の鉄含有量と熱水による変色の関係
(2)製漆時のなやし時間と熱水による変色の関係
(3)つや剤の添加量と熱水による変色の関係
(4)カーボンブラックの添加量と熱水による変色の関係
(5)改質漆(ウルシオール添加、分散乳化処理)の熱水による変色の関係
(6)椀の繰り返し熱水試験及び実用試験と変色の関係
2.1 実験手順
手順は、図1に示す方法で行った。
2.2 供試材
(1)使用漆
生漆:中華人民共和国1990年安康産A、1990年安康産B、1994年城口産を使用した。
化学組成及び物性は、表1に示す。
採取年度 産地 |
試験項目 | |||||
加熱減量 (wt%) |
ウシオール (wt%) |
ゴム質 (wt%) |
含窒素物 (wt%) |
粘度 (mPa・s) |
乾燥時間 (min) |
|
1990年 安康産A | 24.52 | 67.12 | 7.06 | 1.54 | 1180 | 96 |
1990年 安康産B | 26.07 | 63.43 | 6.90 | 1.65 | 1290 | 182 |
1994年 城口産 | 27.13 | 63.45 | 6.45 | 1.98 | 1935 | 83 |
透つや漆:市販品
ウルシオール:市販品(中華人民共和国から輸入)
(2)つや剤
つや剤:荏の油、チャンを1:1に混合した油脂
(チャン:松脂と荏の油を加熱溶融した粘性物質)
(3)着色剤(黒色)
鉄黒: 硫酸第一鉄水溶液にアンモニア水(25 sol %)を添加し、水酸化第一鉄の沈殿物を作り、濾紙により濾過した沈殿物(鉄換算による添加量:0.14、0.21、0.32、0.68、0.98wt%、0.4部)を使用した。
カーボンブラック:市販品11種類の中から変色防止に効果のある1種類を選定(1〜8wt%、3部)添加した。
2.3 製漆
(1)使用製漆機
桶の寸法:径20×高さ10cm、羽根角度:90度、羽根枚数:2枚、羽根の回転数:60rpm、 加熱熱源:赤外線ランプ(0.22W/平方cm)
(2)製漆条件
表2に各処理条件の製漆方法を示す。
1)常法製漆
製漆機に200gの生漆と鉄黒、つや剤を加え、なやし (攪拌)、くろめ(攪拌、水分除去)工程を行い精 製漆を作った。
2)分散乳化処理製漆
なやし工程の代わりに高速分散乳化機(イストラル社製:フローユニットZ48型)で、生漆を1〜2回通過(分散乳化処理)させた後、製漆機で精製した。
3)カーボンブラック添加による製漆
カーボンブラックに4〜5倍のメチルアルコールを加えペースト状にした後、生漆100部に3部加え製漆した。また、ウルシオールにカーボンブラック(25wt%)を加え、3本ロールミルで混練した着色剤を透つや漆(市販品)に1〜8wt%添加し、黒漆を作った。
2.4 漆液の組成及び物性の測定方法
(1)組成分析
JISK59503)に準じる方法で加熱減量、ウルシオール、ゴム質、含窒素物の定量分析を行った。
1)精製漆の水分量については、カールフィッシャー 水分計(京都電子工業製:MKA-3p型)で測定した。
2)ウルシオールの定量は、自動的滴定装置(京都電 子工業製AT-118型)を用い、N/4 Ba(OH)2溶液で測定した。
(2)物性の測定
1)粘度測定:E型粘度計(東京計器製:EMD型円錐 平板型回転式)を用い、温度20±0.1℃で測定した。
2)塗膜乾燥時間測定:フラット・ブレイド型フィル ム・アプリケータ(塗布幅:20mm、間隙:38μm) を用い、ガラス板(L350×W25×t2mm)に塗布し、 直ちに温度20℃、湿度80%RHに保持した恒温恒湿器(田葉井製:PL-2GM型)に入れ、塗膜乾燥時間測定機(理研光学製:RC型)で測定した。
2.5 塗膜作製方法
(1)塗布基板の材質、形状
1)ガラス板(L405×W77×t2mm)は、塗膜の鉄含有量測定2)と熱水浸漬試験用とした。
2)フェノール樹脂積層板(100×100×t8mm)は、促進熱水試験用とした。
3)木材(ミズメザクラ)椀(φ125×H70mm)は、繰り返し熱水試験と実用試験用とした。
(2)塗布方法
1)フェノール樹脂積層板には、黒ろいろ漆を1回塗布し研磨後、各試験用漆を刷毛で1回塗布した。
2) 椀には、常法の輪島塗りを行い、各試験用漆を刷毛で1回塗布した。
3)ガラス板には、フラット・ブレイド型アプリケータで塗布した。(塗布幅:60mm、間隙:100μm実際 の塗膜厚み約50μm)
(3)塗膜の乾燥方法
自動漆乾燥風呂を使い、20℃、60%RH、4時間>>20℃、70%RH、18時間>>20℃、80%RH(乾燥の遅い漆は25℃、85%RH)、24〜48時間乾燥した後、約1〜3カ月間自然乾燥した試験片を実験に用いた。なお、椀の一部は、漆器製造業者に塗装を依頼したので、乾燥条件は不明である。
2.6 変色促進試験方法
黒漆塗膜の変色原因である熱水試験を下記の条件で行い、光沢度や変色の状態を測定し、電子顕微鏡で表面や断面の観察を行った。
(1)促進熱水試験
促進熱水試験機(田中科学機械製特注)に漆塗りフェノール樹脂積層板を熱水面(φ60mm)に当て、温度86〜90℃で長時間(460〜500h)の熱水試験を行い、光沢度と変色を測定した。
(2)熱水浸漬試験
精製水300mmの入ったプラスチック製ビーカーに漆塗りガラス板を入れ、恒温水槽でビーカー内の温度が92±1℃になるように恒温水槽の温度を調節し、20、40、80、160時間浸漬し、電子顕微鏡による観察を行った。
(3)繰り返し熱水試験
椀の中に沸騰水を200〜250cc入れ、直ちに時計皿で蓋をし、50、140、300回後の変色の状態を測色した。
1サイクルの試験条件:沸騰水>>5分間放置(75℃)>>25分間放置(温水)>>排水>>ガーゼで水を拭き取る>>90分放置
(4)椀実用化試験
椀を一般家庭で実際に什器として使用し、変色の状態を測色した。
2.7 塗膜の物性測定方法及び表面観察
(1)光沢度測定
光沢計(スガ試験機製KD60D型)を使い、60度鏡面反射率4)を測定し、光沢度、光沢残存率5)で表した。
(2)色味、色差測定
色の変化は、スペクトロ・カラーメータ(日本電色工業製:SZ-Σ80型、SZ-Σ90型)を用い、L*a*b*表示系6)で反射光の測色を行い、色の変化をマンセル表示系の等ヒュー、等クロマ曲線1)6)と色差7)で表した。
なお、色差(ΔE:NBS単位)の値評価は、下記の方法を用いた。
NBS 単位(ΔE) | 感覚的な表現 | ||
0 | 〜 | 0.5 | かすかに |
0.5 | 〜 | 1.5 | わずかに |
1.5 | 〜 | 3.0 | 感知できる |
3.0 | 〜 | 6.0 | 目立つ |
6.0 | 〜 | 12.0 | 大いに目立つ |
12.0 | 〜 | 非常に目立つ |
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