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電子部品モールド樹脂中の空隙検知の研究

■電子情報部 奥谷潤 米澤保人 筒口善央

 電子部品の中でも樹脂によってモールドされるパワーデバイスは,樹脂中にできた空隙が原因となって,使用中に故障し,事故につながる恐れがある。そのため,この空隙を検知することは,電子部品の信頼性を保証する上で重要である。本研究では,空隙を安全かつ簡便に検知する方法として光音響顕微鏡を検討した。疑似空隙を測定した実験結果から,検知できたのは,測定面から空隙までの距離が0.5mmであり,分解能は0.2mm以下であった。また,レーザ光照射径を拡大することによって,異なる材料が混在する試料における測定を改善できることが分かった。
キーワード: 電子部品,モールド樹脂,空隙,非破壊検査,光音響顕微鏡

Research on the Method of Detecting Void in Resin for Molding Electronic Parts

Jun OKUTANI, Yasuto YONEZAWA and Yoshiteru DOHGUCHI

The voids generated in power devices molded with resin may cause failure of the devices. It is, therefore, important to detect voids in resin to improve the dependability of electronic parts. In this study, a scanning photoacoustic microscope was investigated as a method for detecting the voids safely and easily. The measurement performance for the void location and the measurement speed were examined. The microscope could detect artificial void when the depth from the surface to the void was 0.5mm at maximum, and the resolution was 0.2mm or lower. In addition, it was confirmed that measurement performance for specimens made of different materials could be improved by enlarging the diameter of laser irradiation.
Keywords : electronic parts, power devices, molding resin, void, non-destructive testing, scanning photoacoustic microscope

1.緒  言
  電子部品のうち,電力変換用,電力制御用の半導体デバイスは,信号用の半導体デバイスと比較して,高耐圧・大電流などに対応しており,パワーデバイスと呼ばれる。このデバイスは,エアコンや列車,自動車などに使用され,大量に生産される一方,一つ一つに高い信頼性が求められる。図1にパワーデバイスである電力用ダイオードと信号用ダイオードを示す。比較的大きな半導体部分を保護するため,パワーデバイスは,信号用のものよりも多量の樹脂によって封止(モールド)されている。特に半導体部分近傍のモールド樹脂に空隙が存在すると,温度上昇などによって接合部のはんだが染みだし,短絡などによってパワーデバイスが故障し,搭載された製品の発火事故などにつながる恐れがある。一般にモールド樹脂は黒色であるため,内部に存在する空隙を外観検査によって発見することは不可能である。図2にパワーデバイスに存在する空隙の例を示す。同図左は電力用ダイオードのモールド樹脂部分のエックス線透過像であり,色が濃いほどエックス線の吸収が強い。外周の色が薄い八角形に見える部分がエックス線吸収の弱いモールド樹脂であり,その中の黒い部分は電極などの金属部分である。右図は左図のモールド樹脂の一部を拡大したものであり,中央付近にある吸収の弱い色の薄い部分がモールド樹脂中の空隙である。現状では,エックス線透過試験などによって,ある程度の大きさの空隙であれば検知可能であるが,エックス線透過のような装置は大掛かりで危険性が高く,検査時間が長いといった問題もあるため,生産現場において使用されにくい。そのため,エックス線に代わる検査方法が求められている。
  本研究では,生産現場においてモールド樹脂の空隙を安全かつ簡便に探知できる省スペースな検査方法として光音響顕微鏡(Scanning Photoacoustic Microscope; SPAM)1)を検討した。

(図1 ダイオードの例)
(図2 エックス線透過による空隙検知の例)

2.実験方法
2.1 装置
  光音響顕微鏡は,密閉した試料に断続光を照射すると音波が発生するという光音響効果2)を応用した装置である。図3に原理図を示す。光源(レーザ)からの光を変調・集光し,光音響セル内に密閉された試料に照射する。セル内の試料が光を断続的に吸収すると光音響信号(音波)が発生するため,これをマイクロホンによって検出する。発生した熱は試料内部に拡散するため,光が当たる表面だけでなく,試料内部の情報も得ることができる。加えて,レーザ光照射位置を2次元的に走査しながら複数点を測定することで,内部構造のイメージングが可能になる。固体試料に発生する光音響信号は,RG理論3) により,空隙のある箇所は,空隙のない箇所と比較して,位相はより遅れ,振幅は強くなる4)とされている。

(図3 光音響顕微鏡の原理)

 図4に本研究で使用した光音響顕微鏡の構成を示す。実験には,金沢工業大学工学部得永研究室が構築した装置を使用した。光音響セルはアルミニウム製で,上面から試料投入用穴(約 縦18mm×横20mm×深さ12mm),側面からマイクロホン挿入用穴(約 φ13mm×奥行20mm)を開け,2つの穴をφ1mmの孔によってつないだ。試料投入用穴の内側は,光の乱反射などを軽減するため,黒色に着色した。試料投入後,上面の穴は,スライドガラスと真空グリスを使用して密閉し,発生する光音響信号の漏洩を防止した。He-Neレーザ(波長632.8nm,Spectra-Physics社製 model127)からの光は,信号発生器(NF社製 1946)をもちいて制御したAOM(Acoustic Optical Modulator; 音響光学素子,HOYA社製 A100)によって2.5〜20Hzの正弦波に変調した。また,レーザ光は,最終的にレンズを通して試料表面に集光した。光音響信号は,マイクロホン(RION社製 UC-52)によって取得し,ロックインアンプ(NF社製 LI-574A)に入力した。ロックインアンプには,信号発生器からの変調周波数の参照信号を入力し,光音響信号の位相ずれ,並びに振幅強度に比例して出力される出力電圧をデジタルマルチメータ(ADVANTEST社製 R6452A)2台によって,それぞれ測定した。1箇所を測定するごとにセルを乗せたXYステージを移動させ,試料表面を2次元走査した。表計算ソフトをもちいて位相と振幅の測定データからそれぞれのSPAM像を表示した。

(図4 光音響顕微鏡(SPAM)の構成)

2.2 測定試料
  パワーデバイスに存在する実際の空隙は,測定面から空隙までの距離や形状が明確でない。そのため,空隙測定用の試料として,形状が明らかな疑似空隙試料を作製した。実験に使用した測定試料の外観を図5に示す。(a)は測定面,(b)は金属ヒートシンクのある裏面である。(c)の上図は試料を横にしたときの断面模式図であり,下図は疑似空隙箇所を拡大した図である。NCフライス盤を使用して,市販のパワーデバイスのモールド樹脂部分の裏面から図5(c)のように加工した。

(図5 疑似空隙試料の外観)

 疑似空隙の寸法は,直径0.2〜1mm,測定面から空隙までの距離を0.2〜0.5mmにした。また,光を照射する面は,メーカー名・型番などの印字からの影響をなくすため,粒径1mmの砥粒で研磨した。なお,直径0.2μmは,加工可能な最小の直径であった。

3.実験結果と考察
3.1 レーザ光照射径
  光音響顕微鏡によって疑似空隙が観察できることを確認するため,空隙までの距離が最も小さく,直径が最も大きな疑似空隙試料(空隙までの距離0.2mm,空隙直径1mm)の測定を試みた。変調周波数10Hz,測定間隔0.2mmで測定したときのSPAM像を図6に示す。位相像の位相ずれは,ロックインアンプの位相出力電圧を位相に換算して表示した。振幅像は,出力電圧をそのまま表示した。疑似空隙のある箇所は点線で示した。位相像の疑似空隙のある箇所に位相の遅れが見えたことから疑似空隙を検知できたと考えられる。しかし,はっきりと円形に疑似空隙を確認することはできなかった。
  原因を調べるため,光学顕微鏡により疑似空隙試料の測定面を観察した。図7に測定面の光学顕微鏡像を示す。一般的なモールド樹脂はフィラー(シリカ粉末)をエポキシ樹脂で固めており,疑似空隙試料でも試料表面にフィラーの粒が点在するのが観察できた。レーザ光照射径を測定したところ,表1の照射光径[1]の大きさであった。図7の右上にレーザ光照射径[1]の半値幅境界線を楕円で示す。フィラーと樹脂では光吸収や熱伝導率などの特性が異なり,レーザ光照射径が小さな場合,測定箇所によっては光音響信号出力が異なることが考えられる。測定面には照射光径[1]と同程度の大きさのフィラーもあり,SPAM像のむらの原因と考えられる。そこで,試料をレンズから遠ざけることにより,照射光径[1]を表1の照射光径[2]に拡大させて光の吸収を均一にし,SPAM像のむらを軽減するよう試みた。図7の右上,照射光径[1]の右隣にレーザ光照射径[2]の半値幅境界線を示す。図8に照射光径を拡大して(照射光径[2]),図6と同じ試料を同じ条件にて測定したSPAM像を示す。図8から,変更前(照射径[1])よりも空隙をはっきりと円形に観察できるようになった。このことから,樹脂と特性が異なり,大きさが照射光径程度のフィラーが混在するモールド樹脂のような材質の空隙のSPAM像は,レーザ光照射径をフィラーより拡大することで,より明瞭にできることが分かった。

(図6 疑似空隙試料のSPAM像)
(図7 測定面の光学顕微鏡像)
(図8 照射光径拡大の効果)
(表1 照射光径の条件)

3.2 最大検知距離
  ここでは,検知可能な最大の疑似空隙までの距離を調べるため,空隙までの距離を変化させてSPAM像を観察することによって実験的に調べるとともに,熱拡散長をシミュレーションすることによって検知可能な空隙までの距離を理論的に調べる。

3.2.1 SPAM像による推定
  検知可能な最大の疑似空隙までの距離を調べるため,空隙直径を1mmに固定し,空隙までの距離を0.2,0.3,0.5mmに変化させ,変調周波数5Hz,測定間隔0.2mmで測定したときのSPAM像を図9に示す。空隙までの距離が0.5mmまでの疑似空隙が位相像において検知できたと考えられる。

(図9 空隙までの距離を変化させたときのSPAM像)

3.2.2 検知可能距離シミュレーション
  光音響顕微鏡において,検知可能な疑似空隙までの距離は,光を吸収して発生した熱が試料内を伝搬する距離に関係すると考えられる5)。光音響顕微鏡で検知可能な空隙までの距離を次式の熱拡散長(μ)から計算した。

(式(1))

 ここで,μ:熱拡散長(m),k:熱伝導率(W/(m・K)),ρ:密度(kg/m3),c:比熱(J/(kg・K)),f:変調周波数(Hz)である。式(1)から変調周波数が小さいほど,熱拡散長が大きくなることが分かる。計算にもちいた物性値を表2に示す。密度ρ ,並びに比熱cは,表3に示す各材料の物性値をもちいてモールド樹脂の一般的な組成である,フィラー 7:樹脂 3の体積比6)で計算した。
熱拡散長の周波数依存性をシミュレーションした結果を図10に示す。縦軸は熱拡散長(mm),横軸は変調周波数(Hz)である。熱伝導率kの値には幅があるので,k=2とk=4の場合を計算した。

(表2 モールド樹脂の物性値(推定))
(表3 フィラーと樹脂の物性値)
(図10 熱拡散長の推算と実験結果)

 図10には,実験による検知結果を表示した。○は検知可能だった条件,●は検知できなかった条件である。シミュレーション曲線より,短い距離であれば検知しやすいということになる。測定結果との比較から図10では,k=4をもちいたシミュレーション曲線付近を検知可能限界とするのが妥当と考えられる。図11に変調周波数2.5Hzで空隙までの距離0.5mmの疑似空隙試料を測定間隔0.2mmで測定したときのSPAM像を示す。位相像において,図9の空隙までの距離0.5mmのときの位相像よりも疑似空隙がはっきりと検知できている。このことから,さらに変調周波数を下げることができれば,検知距離は長くなると考えられる。

(図11 変調周波数2.5HzのときのSPAM像)

3.3 分解能
  空隙までの距離と分解能の関係を調べるため,加工可能な最小の直径0.2mm,空隙までの距離0.2,0.3,0.5mmの疑似空隙試料において,変調周波数4Hz,測定間隔0.1mmで測定したときのSPAM像を図12に示す。最小直径疑似空隙を位相像において空隙までの距離が0.3mmまで検知できた。加工能力の制限から直径0.2mm未満の疑似空隙の測定は実施していないが,この結果から本装置の分解能は0.2mm以下であると考えられる。

(図12 空隙までの距離を変化させたときのSPAM像)

3.4 測定時間短縮シミュレーション
  実際の利用では,これまで示したような空隙の形状を知る必要はなく,空隙の有無が判断できれば良い。レーザ光照射径を拡大しても空隙が検知可能だったことから,さらにレーザ光照射径を拡大することで,測定点を減らして短時間に空隙を検知できる可能性について,これまでの測定データの値(空隙までの距離0.2mm,空隙直径1mm,変調周波数10Hz,測定間隔0.2mmの疑似空隙測定結果)を基にシミュレーションをおこなった。測定点のうち,近接する4個,9個,16個のデータのベクトル和から平均値をもとめ,照射光拡大時の各測定点における光音響信号の位相ずれ,振幅強度を算出し,SPAM像を表示した。シミュレーションした結果を図13に示す。同図の最上段は実験における測定結果である。近接するデータを4個,9個,16個もちいてシミュレーションすることで,測定間隔は,0.2mmから,それぞれ0.4mm,0.6mm,0.8mmに広げたことになると考えられる。実際の実験における測定時間を1として,レーザ光照射径を拡大したときの測定時間短縮比,並びに測定点を減らした場合のシミュレーションによるそれぞれのSPAM像を同図に示す。レーザ光照射径をさらに拡大しても,空隙が検知可能であることから,測定時間が短縮できる可能性が示されたと考えられる。また,レーザ光は円形だけでなく,ラインレーザに変更することでも短縮化が可能であると考える。

(図13 測定時間短縮シミュレーション)

4.結  言
  モールド樹脂の空隙を探知する方法として光音響顕微鏡の利用について検討し,以下の結論を得た。
(1) 樹脂と異なる特性のフィラーが存在するモールド樹脂のような材質の空隙のSPAM像は,レーザ光照射径をフィラーより拡大することで,より明瞭にできることが分かった。
(2)本装置による検知可能な疑似空隙は,測定面からの最大距離が0.5mmであり,分解能は0.2mm以下であった。また,熱拡散長による検知可能距離シミュレーションと実験結果に矛盾はなかった。周波数をさらに下げることでさらに深い位置の空隙を検知できると考えられる。
(3)レーザ光照射径拡大による測定時間の短縮化をシミュレーションした結果,その有効性が確認できた。

謝  辞
  本研究に御協力いただいた金沢工業大学工学部教授得永嘉昭氏,並びに得永研究室の諸氏に感謝します。

参考文献
1)沢田嗣郎. 日本分光学会測定シリーズ1 光音響分光法とその応用−PAS. (株)学会出版センター. 1982, p182.
2)A.G.Bell. Am.J.Sci., 20. 305. 1880.
3)A.Rosencwaig and A.Gersho. J.Appl.Phys. 47. 1976. p64
4)南出章幸. 簡易型光音響顕微鏡システムの開発とその物質工学への応用. 博士学位論文. 2001, p132-138.
5)南出章幸. 簡易型光音響顕微鏡システムの開発とその物質工学への応用. 博士学位論文. 2001, p27-33.
6)エレクトロニクス実装技術2008.5 no.276. 技術調査会, 2008.
7)京セラケミカル(株). パワーデバイス用モールド樹脂. 2005.