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回路基板設計における解析による電磁ノイズの低減化

■電子情報部 橘泰至 吉村慶之
■株式会社北計工業 柄崎英一

 近年の電子機器は高周波化が進み,設計どおりに動作しないことが課題となっている。また,他の電子機器への悪影響を防止する観点から電磁ノイズの低減が課題になっている。これらの対策として,回路や基板の設計段階で,電圧波形解析や電界強度解析を用いる手法が注目されているが,これらの解析は高周波における有用性が十分に検証されていない。そこで本研究では,マイクロストリップライン(以下MSL)を伝送する電圧波形と,MSLから放射される電界強度について,それぞれ解析値と実測値を比較し,変化の傾向が一致することを確認した。解析により得られる変化の傾向を考慮することで,試作前に設計条件を検討・改善できるため,設計・試作・評価の繰り返し回数を削減できる。この手法を用いて本研究で作製した製品は,従来製品よりも放射される電界強度が弱くなったことから,解析を活用した設計検討・改善が有用であることが分かった。
キーワード: 電圧波形解析,電界強度解析

Reduction of electromagnetic wave noise by using analysis in the design of printed-circuit board

Yasushi TACHIBANA, Yoshiyuki YOSHIMURA and Eichi TSUKAZAKI

Recently, a performance of electronic devices has been advanced in a high frequency bandwidth, and it is necessary that electronic equipment works with high reliability according to the design. Therefore, it becomes more important to reduce the electromagnetic wave noise emitted from an electronic product for purposes of preventing adverse effects on the peripheral electronic products. To reduce the noise, we focus on using the analysis of the signal voltage and the electric field intensity in the designing stage of printed-circuit boards. However the utility of the analysis has not been verified enough in the high frequency bandwidth. Then we compared the analytical results with the measured ones in the signal voltage and the electric field intensity in MSL(microstrip line), and we confirmed that both of the results have some similarities. As a result, it is expected to reduce the number of repetition of the design, the making for trial, and the evaluation by the analysis for examining and improving the condition of the design before the product is made. Additionally, we confirmed the availability of using the above analysis according to the result that the electric field intensity of the product made by using the analysis in this research was less than the conventional product.
Keywords : analysis of signal voltage, analysis of electric field intensity

1.緒  言
 近年の電子機器は高周波化が進んでいるが,高周波では信号の電圧波形が歪むことにより,設計どおりに動作しないことがある。また,他の電子機器への悪影響を防止する観点から,国際的にはCISPR(国際無線障害特別委員会),FCC(米国連邦通信委員会),日本国内では一般財団法人VCCI協会(元情報処理装置等電波障害自主規制協議会)などの規格により, 電子機器から放射する電磁ノイズを規格値以内に収めることが定められている。
 規格値内に電磁ノイズを低減させるために,電子機器の開発現場では,設計・試作・評価を繰り返すことで経験的に改善を図っていることから,費用と時間を要している。そこで,設計・試作・評価の繰り返しを削減する目的で,回路・基板の設計初期において,電圧波形解析や電界強度解析を用いた回路の電磁ノイズの低減対策を検討する手法が注目されている。この手法を実用化するために,信号の伝送特性を評価する研究2)や単一モデルを用いた電磁ノイズの低減化に関する研究3)が行われている。しかし,高周波の電磁ノイズを低減化するために,設計条件の異なる複数のモデルを用いて解析値と実測値を比較・検討した事例はない。そこで本研究では,設計条件の異なるMSLについてメンターグラフィックス社LineSimによる解析と3m法による実測を行い,これらの結果を比較・検討した。
 まず,MSLにおける電圧波形の解析結果と実測結果を比較することで,電圧波形解析の妥当性について検証した。さらに,電圧波形に含まれる高調波が強い電磁ノイズになり得ることから,電圧波形をフーリエ変換して高調波の電圧を求め,MSLの設計条件の違いによる解析値と実測値の差異を確認した。そして,放射電界強度の解析値と実測値の比較を行い,電界強度解析の有用性を検証した。最後に,これら解析を用いて設計条件を検討,改善する手法を実製品に適用して,電界強度を低減できることを確認し,解析を活用した設計検討の有用性を示した。

2.解析の妥当性評価と実測
2.1 マイクロストリップライン(MSL)
 本研究で使用したMSLの設計条件は,図1に示すように配線長200mm,配線幅0.5mm,配線厚み0.035mm,基板材料の比誘電率4.7で裏面全面はグラウンドとした。この設計条件で,基板厚みの異なる2種類(0.3mmおよび3.2mm)のMSLを作製した。MSLの特性インピーダンスZ0は式(1)で表され4),基板厚み0.3mmのときに約49.9[Ω],基板厚みが3.2mmのときは約133.1[Ω]になる。

(式(1))

本研究では,この2種類のMSLに74LS04をゲートおよびレシーバとして接続し,周波数33.33MHzの方形波の信号電圧を伝送して,以下の比較・検討を行った。

(図1 マイクロストリップラインの構造)

2.2 電圧波形の解析と実測
 MSLのレシーバ端子における電圧波形の解析結果を図2に,実測結果を図3に示す。基板厚みを変化させたとき,解析と実測の結果は一致しなかったが,次に示す傾向が一致した。
・基板厚み0.3mmの方は,波形の立上りが鈍い。
・基板厚み3.2mmの方は,オーバーシュートが大きく,振幅も大きい。
・基板厚み0.3mmと3.2mmの双方において,立下り直後にリンギングが発生する。

(図2 電圧波形の解析結果)
(図3 電圧波形の実測結果)
(表1 解析結果と実測結果の相関係数)

 さらに,解析結果と実測結果の相関係数を表1に示す。この表より電圧波形1周期分(0〜30ns)における相関係数は,基板厚みが0.3mmのときに0.774,3.2mmのときに0.780となり,いずれも強い相関があることが分かった。
 一方,リンギングが生じている半周期分(16〜30ns)における相関係数は,基板厚みが0.3mmのときに0.362,3.2mmのときに0.492となり,いずれも相関が弱い。これは,解析と実測の間で電圧波形の変化が同期していないためと考えられる。
 これらから,解析と実測の値は一致せず,正確な電圧波形解析は難しいものの,電圧波形が変化する傾向は一致することが分かる。

(表1 解析結果と実測結果の相関係数)

2.3 高調波成分の検討
 高調波は,基本波の整数倍の周波数であることから波長が短く,短い配線でもアンテナになり易いため,電磁ノイズを放射する要因になる。一般的に,MSLに流れる電流(ノーマル・モード電流iD)から発生する電界強度EDは,式(2)で求めることができる4)。

(式(2))

 この式より,電界強度EDは周波数fの二乗に比例して大きくなることが分かる。そのため,信号波形を適正に伝送し,かつ電磁ノイズの放射を低減させるためには,高調波を抑制することが重要である。
そこで,2.2項の解析および実測で得た電圧波形をフーリエ変換し,それぞれの電圧波形に含まれる高調波の電圧を求めた結果を図4,5に示す。
 いずれの図も基板厚み3.2mmのMSLの方が,基板厚み0.3mmよりも高調波の電圧が大きくなっており,強い電磁ノイズを放射すると予測できる。
 また,実測より解析の方が高次の高調波成分まで確認できる。これは,解析では理想的な計算によって,高周波の電圧波形でも再現し易いのに対して,実測では高周波の波形が鈍り易いことが要因として考えられる。したがって解析と実測の相関を高めるためには,この波形の鈍化を解析で再現する必要がある。

(図4 解析波形(図2)の高調波)
(図5 実測波形(図3)の高調波)

 2.4 放射電界強度の解析と実測
 MSLから放射される電磁ノイズに対する解析の有用性を評価するために,式(2)による演算,電界強度解析,3m法による実測の3つの方法で,3m離れた位置での電界強度(30〜500MHz)を求めた。
 MSL裏面のグラウンドを電流が最短経路で流れるとすれば,MSLの基板厚みを0.3mmから3.2mmに厚くすると,電流iDが流れるループ面積Sは約10.7倍になる。よって電界強度EDは式(2)より,どの周波数fでも約20.6dB強くなる。
 次に,MSLモデルで電界強度の解析を行うと図6のようになり,500MHz以下の高調波は基板厚み3.2mmの方が平均で17.2dB強いことが分かった。
  電界強度の実測結果を図7に示す。図7では,500MHz以下の高調波における電界強度は基板厚み3.2mmの方が平均で5.7dB強いことが分かる。図6の解析結果と比較すると,平均で11.5dB,最大で約20dBの違いがあり,解析結果と値は一致しなかったが,同一の傾向であった。また,233MHzにおいては,解析では基板厚み3.2mmの方が,実測では0.3mmの方が強い電界強度を示し,異なる結果が得られた。これは,MSLのアンテナ特性やリンギングなど複数の要因が考えられ,今後,これらの要因を解析に反映させ,解析の精度を向上させることが課題となる。

(図6 放射電界強度(解析))
(図7 放射電界強度(実測))

2.5 その他設計条件
 MSL設計条件の中の配線長,ゲートおよびレシーバ端子を変更したところ,基板厚みを変化させたときと同様に,解析と実測で値は一致しなかったが,変化の傾向は一致し,表2のようになった。このような結果になった理由として,次のことが考えられる。
・配線長が長くなると,電流のループ面積Sが大きくなり,電界強度が強くなる。
・電子部品が高速になると,高調波の電流iDが大きくなり,電界強度が強くなる。
 これらの結果を考慮して回路や基板の設計に活用することで,電磁ノイズを低減させたプリント基板の作製が可能になると考えられる。

(表2 設計条件と放射電界強度の関係)

3.実製品への適用
 電圧波形および電界強度の解析により設計条件を検討する手法を実製品のFPGA-DRAM間の回路・配線に適用した。解析により検討した項目は,配線幅,配線長,回路上の抵抗値,配線の分岐数および分岐位置である。適正な電圧波形でFPGA-DRAM間が動作するように,また,電圧波形における高調波が小さくなるように,各設計値を定めてプリント基板を作製した。作製したプリント基板を図8に示す。このプリント基板は,回路が適正に動作しており,また,従来製品のプリント基板と比較すると,図9より電界強度の最大値が10.7dB弱くなったことが分かる。

(図8 解析により設計検討し,作製したプリント基板)
(図9 電界強度の測定結果)

4.結  言
 設計条件の異なるMSLにおいて,電圧波形,電圧波形の高調波,放射される電界強度を,それぞれ解析および実測した。そして,得られた結果を比較することで,解析と実測で変化の傾向が一致していることを確認した。また,解析により設計条件を検討する手法を実製品に適用したところ,適正に動作し,従来製品よりも電磁ノイズを低減させたプリント基板が作製できた。これらから,解析を活用した設計検討が有用であることが分かり,傾向を捉えてから回路や基板の設計に活用できると考えられる。一方で,解析と実測の値は一致しておらず,各解析の精度向上が今後の課題である。

参考文献
1) 橘泰至,吉村慶之,柄崎英一. 伝送線路解析を用いたプリント基板の設計.平成20年電気学会基礎・材料・共通部門大会. 電気学会, 2008, p. 213.
2) 高須慶之,菊地克弥,仲川博,越地耕二,青柳昌宏. プリント回路基板技術を用いた同軸型ビア接続構造に関する検討.MES2009. エレクトロニクス実装学会, 2009, p.277-280.
3) 菊地克弥,星敦司,仲川博,越地耕二,青柳昌宏. 電磁界解析を用いた放射ノイズ評価システムの精度向上へ向けた基礎検討. MES2009. エレクトロニクス実装学会, 2009, p. 293-296.
4) 久保寺忠. 高速ディジタル回路実装ノウハウ.第3版. CQ出版社, 2005.