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塑性加工における形状予測技術の研究

■機械金属部 新谷隆二 高野昌宏

 大きな変形を伴う塑性加工では成形後の形状予測が難しく,所望の形状を得るために実物での試作を繰返し,コスト及び時間を多く費やしている。また,CAE(コンピュータ援用エンジニアリング)においても塑性領域を含む解析は,材料モデルや境界条件の設定が明確でなく,解析を繰返し行い実験結果と合わせこみを行っている。本研究では,複雑な塑性加工の形状予測を迅速に行うことを目的に,カーリング加工及び円筒深絞り加工を例として,塑性加工解析における有限要素法の材料モデル及び要素モデルの適正について検討した。
 その結果,カーリング加工の解析では,多直線近似の材料モデルを用いた場合が一番実験結果に近い形状を示した。また,解析には可能な限り2次元モデルを利用することで計算時間を短くできる。
キーワード: 塑性加工,形状予測,有限要素法,CAE

Study on Shape Prediction in Plastic Forming

Ryuji SHINTANI and Masahiro TAKANO

It is difficult to predict the shape to be formed in plastic forming that involves a large transformation. To obtain the desired shape for commercial product, many trials are repeated; the process is both expensive and time-consuming. Computer-aided engineering is also difficult to use for processing materials with elasticity and plasticity because the material model and boundary condition are not clearly defined. Therefore, analyses are repeated under different conditions until the computed result conforms to the experimental result. In this study, for the purpose of performing shape prediction in complicated plastic forming, different material and element models were examined in the analysis of the finite element method in the case of a curling process and a cylindrical deep drawing.
As a result, it was confirmed that the multi-linear elastic-plastic material model, which was considered to be the strain-rate dependent, showed the shape most similar to the experimental result in the analysis of the curling process. The calculation time for the two-dimensional model is shorter than that for the three-dimensional solid and shell models in the analysis of the deep drawing.
Keywords : plastic forming, shape prediction, finite element method, computer-aided engineering

1.緒  言
  大きな変形を伴う塑性加工においては形状の予測が難しく,実物により試行錯誤の実験を繰返し行っている。そのため,所望の形状を得るためには,コスト及び時間を多く費やしている。また,近年では単純なプレス加工だけでなく,絞り加工や曲げ加工を複合した複雑な加工が必要となり,コンピュータシミュレーションによる金型設計や形状解析も取り入れられるようになってきている。しかし,塑性領域を含むCAE(コンピュータ援用エンジニアリング)では,材料特性が非線形であるや部品同士の接触条件など理論的に不確定な部分もあることから,材料モデルや境界条件の設定が明確でなく,材料条件や境界条件を変更し,解析を繰返し行い実験結果と合わせこみを行っているのが現状である。そこで,複雑な塑性加工の形状予測を迅速に実施することを目的として,非線形解析に多く用いられている陽解法の有限要素法を用いた塑性加工解析における材料モデルおよび要素モデルについて検討した。

2.解析ソフトウエアとハードウエア
2.1 解析ソフトとハード
  塑性加工解析用として,板成形の専用ソフトが各社から市販されているが,本研究では,サイバネットシステム(株)の汎用有限要素法構造解析ソフトであるANSYS/Mechanicalと落下衝撃や衝突解析に多く使用されているLS-DYNAを使用した。また,解析可能な要素数が制限されるもののモデルデザインから構造解析,非線形構造過渡解析までが可能な教育バージョンのANSYS EDも用いた。いずれのソフトでも非線形構造過渡解析を行うために,LS-DYNAの陽解法を用いて解析した。以下の材料モデルや要素モデルの名称には,LS-DYNAで使用されている用語を使用する。
  解析に用いたハードウエアは,ANSYS/MechanicalがPentiumIII 1GHz,主メモリ1GByteのデスクトップ型で,OSがWindows 2000である。ANSYS EDがPentium(M) 1.6GHz,主メモリ512MByteのノートブック型で,OSがWindows XPである。

2.2 ハードウエアの能力
  解析を進める上で,解析に要する時間は重要である。正しい解が得られても,例えば解析に8時間要したのでは,境界条件等の異なる解析を迅速に行うことは困難である。また,解析時間はハードウエアの影響を大きく受ける。そこで,2次元軸対称モデルの円筒絞り解析について,異なるハードウエアで解析したときの計算時間を図1に示す。また,図2は1秒間当りに計算する要素数を示している。
  図から主メモリを多く搭載していても,PentiumIIIの方が,Pentium(M)より多くの計算時間を要し,Pentium(M)の方が約3倍計算能力の高いことが分かる。

(図1 ハードウエアの違いによる計算時間)
(図2 1秒間当りの計算要素)数

3.材料モデルの検討
3.1 非線形モデルの種類
  陽解法による非線形構造解析に用いられる代表的な材料モデル(関数近似式)の種類は,表1に示すとおりである。LS-DYNAでは,他にも異方性を考慮した材料モデル1)を扱うことが可能である。各材料モデルの詳細(基礎式等)については,弾塑性力学の教科書等を参照されたい。

(表1 非線形材料モデル)

 これらの材料モデルを使用する場合,密度,ヤング率,ポアソン比のほか,古典的硬化則である2直線等方硬化則や2直線移動硬化則では,降伏応力値及び接線係数と呼ばれる真応力−塑性ひずみ曲線の傾きが必要となる。また,ひずみ速度を考慮したモデルである移動硬化則塑性,速度センシティブ及び多直線近似では,Cowper-Symondsのひずみ速度パラメータを必要とする。さらに,指数側では真応力−塑性ひずみ曲線を指数近似したときの強度係数と硬化係数を必要とする。

3.2 材料モデルの係数
  上述のように,非線形材料モデルを解析に用いる場合には,弾性解析で用いるヤング率だけではなく,塑性領域を近似するための様々な係数が必要となる。ここでは,冷間圧延鋼板SPHCを例として,引張試験結果から接線係数と指数近似の係数を算出した。
  引張試験で得られる結果は,公称応力−公称ひずみ曲線となるため,式(1)〜(3)を用いて,それぞれ真応力,真ひずみ又は塑性ひずみに修正した。

(式(1)〜(3))

 ここで,σ,σtrueは公称応力と真応力,ε,εtrueは公称ひずみと真ひずみ,εe,εpは永久ひずみと塑性ひずみである。
図3に材料の応力−真ひずみ曲線を示す。実線は引張試験から得られた公称応力であり,太い破線は式(1)で計算した真応力を示している。塑性域における真応力を直線近似した時の傾きが接線係数である。図中の細い点線は,得られた真応力と真ひずみの近似直線で,直線の傾きは623.3MPaであった。指数近似した場合は,図中の一点鎖線のようになり,n値は0.213であった。

3.3 カーリング加工への適用
  板材を大きく湾曲させるカーリング加工に異なる材料モデルを適用し,変形の違いを検討した。
3.3.1 解析モデル
  カーリング加工の解析には,図4の形状モデルを使用した。板厚1.6mmのワークを左右からの金型で押込み,ワーク端を湾曲させている。解析形状は左右対称であること,水平軸を中心に回転対称であることを考慮して,2次元軸対称平面モデルとした。
  図5は,形状モデルを有限要素分割した図である。LS-DYNAでは,回転対称軸がY軸に固定されているため,軸を変換して解析した。表2は解析に設定した要素モデル名と分割要素数,節点数である。表3に解析で用いた材料定数を示す。

(図3 材料の応力−ひずみ曲線)
(表2 要素タイプと要素数)
(表3 材料定数)
(図4 解析形状モデル)
(図5 有限要素モデル)

3.3.2 境界条件と荷重条件
  解析に用いた境界条件は,2分の1解析モデルとしていることからワークの中心の節点でY方向の変位を0,X軸周りの回転をなしとした。また,金型に対しては,X方向の変位を0とする必要があるが,これについては,材料モデル中で定義している。荷重条件については,金型の強制変位だけを定義した。主な境界条件及び荷重条件は表4のとおりである。

(表4 境界条件と荷重条件)

3.3.3 解析結果
  同じ境界条件と荷重条件を用い,異なる材料モデルをワークに定義した時の解析結果を図6に示す。図中の実線は実験結果を現している。
  図から分かるとおり,緩い曲線部ではどの材料モデルを用いても実験値と良い一致を示しているが,先端の曲がり具合に,材料モデルによる差異が現れている。
  カーリング加工の解析では,材料モデルに,二直線移動硬化則,速度センシティブ及び指数則がほぼ同じ計算結果となった。多直線近似を用いた場合が,実験結果と全体的形状が良く一致している。

(図6 材料モデルの異なる解析結果)

4.要素モデルの検討
4.1 要素モデルの種類
  有限要素法における解析のための要素モデルとしては,大きく分けて表5に示した3種類があり,解析の条件等により使い分ける必要がある。薄板の成形においては,3次元シェルモデルが多く使用されており,この場合板厚変化まで予測することができる。2次元ソリッドや3次元ソリッドモデルでは板厚変化は節点の座標値を用いて算出する必要がある。
  ここでは,円筒深絞りの解析に上記3種類の要素モデルを用い,その形状の違いについて検討した。

(表5 要素モデルの種類)

4.2 材料モデルと解析モデル
4.2.1 材料モデル
  カーリング加工解析の結果では,材料モデルに多直線近似の塑性モデルを用いた場合,全体的な形状が実験結果と良く一致したが,材料係数の決定には塑性域までの応力−ひずみ線図が必要であり,様々な材料に対して引張試験を実施することは,実用上困難である。そこで,カタログ等で入手可能な降伏応力,引張強度及び伸び率から接線係数を算出して,2直線近似移動硬化則モデルの材料係数に適用した。表6に解析に用いた材料特性を示す。LS-DYNAでは,材料特性の単位と要素の大きさで時間進行刻みが変化するため,時間進行刻みを大きくするために,表中に示した解析での入力値を使用した。

(表6 材料特性)

4.2.2 解析モデル
  円筒深絞り解析に用いた形状を図7に示す。2次元ソリッドの場合には,図7のY軸を対称軸としたモデルとなり,3次元ソリッドでは,Y軸を回転軸として,90°回転させた四分の一モデルとなる。3次元シェルモデルでは,板厚を考慮した外形線をY軸の周りに90°回転させた四分の一モデルとした。
  解析は,絞り率(D3/D1)を0.8〜0.4まで変化させて行った。また,ダイのRを変化させたときの解析も行った。絞り率0.6の時の代表的な形状寸法は表7に示すとおりである。
  境界条件及び荷重条件は,ダイは固定,板押さえ及びクッションには一定荷重を付加,パンチには強制変位を与えた。いずれも材料モデルの定義で変位及び回転の拘束も定義している。
  3次元シェル解析では,板厚をリアルコンスタントとして定義する必要がある。

(表7 解析モデルの形状寸法(絞り率0.6))
(図7 解析モデル)

4.2.3 絞り高さ
  解析結果評価の指標として,絞り高さを用いた。円筒絞りの絞り高さは,Romanowskiによって様々な形状に絞るときの実験式2)が提案されており,広く絞り金型の設計に使用されている。底丸み円筒深絞りに対しては次式となる。

(式(4))

  ここで,Hは絞り高さ,Zは絞り率である。

4.3 円筒深絞り解析結果
4.3.1 円筒深絞りの形状
  異なる要素モデルを用いて,絞り率0.6の円筒深絞り解析を行った結果を図8に示す。図8は解析で得られた外形形状の輪郭を,時間経過毎の形状を破線で示し,最終形状を実線で示している。
  3種類の要素モデルを用いたが,外形形状には大きな差異がないことが分かる。絞り高さについては2次元ソリッドモデルと3次元ソリッドモデルは同程度であるが,3次元シェルモデルとは若干異なっている。

(図8 解析形状(絞り率0.6))

4.3.2 絞り高さの解析
  図9は,絞り率及びダイのRを変化させて解析した時の絞り高さを示している。図中の実線は,式(4)による実験式から求められる絞り高さである。
  絞り率が0.6未満では要素が非現実的な変形となり,解析途中のエラーにより解析が中断されたため,要素モデルによらず,フランジ付円筒絞りの解析となっている。
  1段絞りでは,絞り率0.5程度までは実用上行われている。解析での摩擦係数や荷重条件を変更することにより対応できると考えられるが,現状では解析できないことが分かった。円筒深絞り解析では,板厚等の実験値との比較を行っていないため,どの要素モデルが実験値と一致するかは,今後の検討課題である。
  また,3次元要素モデルは,2次元要素モデルと比較して,約10倍以上の要素数となり,計算時間も10倍以上となる。そのため,形状予測にはある程度まで2次元モデルで形状の傾向を把握し,確認のために3次元モデルで計算する方法が良いと考えられる。

(図9 絞り高さ)

5.結  言
  複雑な塑性加工の形状予測を迅速に行うことを目的に,LS-DYNAの陽解法をカーリング加工及び円筒深絞り加工へ適用して,材料モデル及び要素モデルの適性を検討した。得られた結果は,以下のとおりである。
(1) カーリング加工に対しては,材料モデルとしてひずみ速度依存性を考慮した多直線近似モデルが実験結果と良い一致を示す。
(2) 円筒深絞り解析では,絞り率0.6未満の解析はどの要素モデルを用いても不可能であった。
(3) 2次元ソリッドモデルは,要素数が少なく,計算も速いため,実用上,2次元ソリッドが加工条件設定には有利である
  得られた知見を活かすことにより,塑性加工業界への支援が迅速になると考えられる。

謝  辞
  本研究を遂行するに当たり,ご協力頂いた大同工業(株)小林正芳氏,かがつう(株)中村孝一氏に感謝します。

参考文献
1) ANSYS/LS-DYNAセミナーノート, ANSYS, B3-1-B3-38.
2) 日本塑性加工学会編. 塑性加工便覧. コロナ社, 2006, p.481.