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環境配慮型軸受銅合金の開発

■機械金属部 舟木克之
■(株)明石合銅 明石巌

 近年,RoHS指令やELV指令等の各種環境規制により,各種製品において鉛・カドミウムなど特定有害物質の含有を禁止・減少させようとする環境保全の考え方が広まっている。特に,鉛青銅は軸受材料として欠くことができないことから,その代替合金開発が切望されている。本研究では,工業的に多用されている鉛青銅の代替材料開発を目標として,共析変態を利用した金属組織形態の制御手法による鉛フリーおよび低鉛軸受用銅合金の開発を行った。具体的には,スズ青銅に凝固偏析の促進元素を複数組み合わせた合金設計を適用することで,α銅と銅スズ系金属間化合物がパーライト状に積層した共析相を鋳放しで多量に出現させた。本開発合金は金属組織の形態的特徴により,鉛青銅LBC3を上回る耐焼付性と耐摩耗性を示すとともに快削性を持ち,鉛青銅代替の鋳造用銅合金としての実用化が期待できる。
キーワード: 銅合金, 青銅鋳物, 鉛フリー,相変態,摺動部材,軸受,表面テクスチャ

Development of Environmental Friendly Copper Alloy for Metal Bearings

Katsuyuki FUNAKI and Iwao AKASHI

In recent years, several environmental regulations such as RoHS and ELV have resulted in a trend to prohibit or decrease the use of certain harmful substances such as lead and cadmium in products as an environmental safeguard. In particular, industrial machinery manufacturers are very keen for a substitute alloy for lead bronze to be developed, because it is an indispensable material for the production of metal bearings. In this study, for the purpose to develop a substitute alloy for lead bronze, the metal structure control technique using eutectioid transformation was leveraged to develop a lead-free / low lead copper alloy for bearings. A large quantity of eutectic phase, in which α copper and copper-tin based intermetallics formed the laminates, was produced in a metal structure of tin bronze under as-cast conditions by means of the alloy design technique. This alloy consisting of pearlite-structured eutectoids showed higher seizing resistance and abrasion resistance than did lead bronze LBC3, and had excellent machinability.
Keywords : copper alloy, bronze casting, lead free, phase transformation, slide member, metal bearing, surface texture

1.緒  言
 鉛青銅鋳物は,工作機械やディーゼル機関の軸受ブッシュ,ライナーや高圧油圧ポンプ部品など中高速・高荷重用途の摺動部材として広く使用されている。また建設機械では,油圧機器の小型化に伴うポンプの高圧化や高速化の指向から,小型ポンプにこれまでと同等の吐出量を求めようと圧力45MPa,回転数3000rpmを越える高圧・高速下での運転が強いられる。そのため,油圧ポンプシリンダブロック等のような高面圧が加わる摺動部材には,過酷な条件下でも安定した摺動特性を発揮する鉛青銅が使われている。
 近年,電子・電気機器に対するRoHS指令,自動車に対するELV規制等により,各種製品において鉛・カドミウムをはじめとする特定有害物質の含有を禁止・減少させる動きが広まってきたことから,軸受材料として不可欠な鉛青銅についても,環境配慮型銅合金の開発が産業機械メーカ等から切望されている1)。
 そこで本研究では,工業的に最も多用されている鉛青銅CAC603(LBC3:10%Pb)の環境配慮型代替材料開発を目的に,青銅の共析変態を利用して金属組織の形態的特徴(テクスチャ)を制御することで,耐焼付性など摩擦摩耗特性を向上させる材料設計を考案した。そして,円筒摩耗試験やトライボット試験による耐焼付性や耐摩耗性評価を行い,金属組織テクスチャを利用した摩擦摩耗特性の改善手法が低鉛・鉛フリー軸受銅合金製造に対して有効であることを検証した。

2.実験内容
2.1 共析変態を利用した耐焼付性の向上
  金属組織テクスチャを利用した摩擦摩耗特性の改善について,球状黒鉛鋳鉄を例に説明する。フェライトが主体の組織は延性に富み,衝撃力が加わる構造体に利用される。一方,フェライトとセメンタイトが積層した共析相(パーライト)が主体の組織は適度な耐摩耗性や耐焼付性を持ち,軸受や摺動材に使用される。基地組織によって用途や特性が大きく異なるが,固体潤滑性に優れた黒鉛が両者の金属組織で晶出する量にはほとんど差がない。硬さの違う相が積層したパーライトでは,焼付特性が微視的に異なるので表面テクスチャ効果と同様,初期焼付段階で焼付領域の拡大伝播が阻害される。これに加え,柔軟なフェライトが回転軸とのなじみ性を高め,硬いセメンタイトが耐摩耗性を高めるという積層構造の持つ形態的特徴により,優れた摩擦摺動特性を発揮しているものと考えられる。
 高スズ青銅は,鉄鋼と同様に共析変態を生じてα銅とδ銅(Cu31Sn8),又はε銅(Cu3Sn)の銅スズ系金属間化合物との共析組織となるが,その形態はパーライト状の積層構造ではなく,図1に示すようなα-Cu基地に粒状δ銅と鉛が析出した形態である。このような不均一な組織を呈した材料では引張強度や伸びが極端に低下するため,工業的に使用されることは少ない。そこで,合金化によって共析変態を制御し,共析組織の形態を層状に変化させる方法について検討した。

2.2 銅合金試料の作製と摩耗試験
 実験は#40黒鉛ルツボをセットした高周波溶解炉を用いて,リン青銅(CAC502)の元湯へ種々の合金元素を必要に応じて添加し,リン銅脱酸・沈静後に200℃に予熱した金型(φ60×200H)へ鋳込み,円筒摩耗試験片(外径50×内径40×長さ30mm)とリング状のトライボット試験片に機械加工した。
 円筒摩耗試験は,上述の円筒試験片を圧入した鋼製ハウジングに直径40mmの軸(S45C)を通し,#32タービン油で潤滑しながら図2に示す要領でラジアル加重またはすべり速度(回転数)をステップ的に増加させる摩耗試験を行い,開発材の軸受性能を評価した。
 また,面摺動性能の評価はトライボット試験で行った。φ42×φ30mmの円筒端面に120度で3箇所配置した接触爪の面積を端面の2/3としたリング状試験片を用い,60℃に保ったSAE10W級エンジンオイルを循環させた油槽中において押付圧力10MPaで行い,回転摩擦板にはS45C生材を使用した。試験における負荷方法では,図3に示すように最高周速の10%を与えて5分間なじみ運転を行い,その後,0.015/minの勾配で直線的に周速を増加させ,焼付限界PV値を求めた。焼付きの判定は固着状態の他,摩擦係数が0.2以上,又は試験片温度が200℃を越えた点を焼付限界とした。

(図1 鉛青銅の金属組織)
(図2 円筒摩耗試験方法)
(図3 トライボット試験方法)

3.結果および考察
3.1 層状共析組織を出現させた青銅
 工業的に使用される青銅(CAC406,603等)では,凝固温度範囲が広いことから凝固開始時にSnの固溶量の少ないα銅を生成し,余剰となった低融点のSnが未凝固の融液中に排出・濃化される。その後,包晶反応によりα銅をSn固溶量の多いβ銅が取り囲むようにα+β組織が出現する。さらにβ銅は586℃でα+γに共析変態し,γ銅は520℃でα+δへ再び共析変態する2)。このように青銅の共析変態は2段階で進行しているが,常温での青銅組織として観察されるのは,最終変態を終えたα+δである。なお,δ銅はCu31Sn8 なる組成を有する硬く脆い金属間化合物である。
 そこで,凝固偏析を促進させる元素を複合添加する合金設計3)により,銅中でのSn拡散の阻害やα銅中におけるSn固溶限と共析変態温度を低下させ,金属組織に多量の共析相を出現させた(図4a)。この共析相をSEMで拡大するとα銅とδ銅がパーライト状に積層した形態で(図4b),as castでも安定的に得られた。
 なお,共析相の出現割合は凝固偏析によって生成するγ銅の量に支配されるため,Sn含有量の加減により金属組織中で占める割合をコントロールできる。

(図4 開発合金の金属組織(as cast))

3.2 開発合金の円筒摩耗試験
 表1に鉛青銅(LBC)と開発合金(Pearlite Bronze)を2時間連続運転で円筒摩耗試験を行った際の軸受の状態を示した。鉛青銅は摩擦速度1.5m/sではラジアル荷重5kNまで焼き付かないが,3m/s以上の速度では3kNの低負荷でも焼き付いた。これに対して,鉛フリー系開発合金では3m/sで5kNの負荷に耐え,これにRoHS規制の範囲内で2%のPbを添加したものでは,3m/sの速度で7.5kNの負荷に耐えている。
 3m/s-5kNで軸受試験後に試験片を切断して内面の状態を観察した結果を図5に示す。鉛青銅では,摩擦熱による鉛の溶け出しと基地強度の低下から塑性流動を生じ,油溝が塞がって潤滑不良となったことで焼付いたものと考えられる。これに対して鉛フリー開発材では鉛の溶け出しを生じておらず,同条件で3時間摩擦試験しても摩耗せずに金属光沢を保っていた。
 また,これにPbを2%添加した低鉛材では,7.5kNの高負荷下で摩擦しても鉛の溶け出しや焼付きを生じておらず,層状共析相の金属組織的変化により鉛溶出や塑性流動が起こりにくくなったものと思われる。

(表1 2時間連続運転における軸受の状態)
(図5 軸受試験片の内面)

3.3 開発合金のトライボット試験
 油圧ポンプシリンダブロックには,バルブプレートとの摺動面やピストンシリンダ内面において面摺動特性が求められる。そこで,トライボット試験機を用いて評価した焼付限界PV値を図6に示した。ここで図中にあるLBAは,鉛青銅LBC3のSn量を高めるとともに少量のNiで固溶強化した特殊青銅で,JIS規格材料ではないが現行の建設機械用油圧ポンプに使用されており,比較材として示した。
 図から分かるように,LBC3の焼付限界PV値が3000MPa・m/min弱であるのに対し,開発合金では鉛フリー,低鉛材ともに4000MPa・m/min以上のPV値を示し,LBAと同レベルの耐焼付性が得られている。
 また,耐焼付試験後の試験片重量の減量を与えた負荷履歴で補正した比摩耗量を次式により算出し,図7に示した。なお,各試験におけるn数は5である。
  比摩耗量=(重量減量/比重)/荷重×速度×摩擦時間
 LBC3の比摩耗量が6×10-7であるのに対し,開発合金では鉛フリー,低鉛材ともに1×10-7台と低く,現行材のLBAと遜色ない耐摩耗性が得られた。

3.4 開発合金の機械加工性
 LBA,鉛フリー系開発合金,低鉛系開発合金の3種類について旋削試験を行い,切削抵抗で機械加工性を評価した。いずれの開発材も鉛青銅レベルの低切削抵抗(約540N)であり,切屑は細かな砂状であることから快削材に分類でき,量産時に機械加工上の問題が生じることはないと思われる。また,摩耗試験片の加工業者からも工具寿命が短いとは聞いていない。

4.結  言
 凝固偏析を促進する複数の元素を用いた合金設計により,α銅と銅スズ系金属間化合物がパーライト状に積層した共析相が鋳放しで多量に出現する青銅合金を開発し,鉛青銅代替の鉛フリー,低鉛軸受銅合金としての実用性を検証した。結果は以下のとおりである。
(1) 無鉛スズ青銅に特殊ブレンドした合金を添加すると,共析変態によって生じるδ銅の析出形態が塊状から層状に変化し,PV値は大幅に向上した。このことから,金属組織テクスチャは耐焼付性に大きく影響しているものと考えられる。
(2) 層状組織を持つ鉛フリー銅合金の焼付限界PV値では,LBC3を遙かに越える好結果が得られた。これにPbを2%同時に添加した材料はPV値,比摩耗量ともに現行材のLBAと同等の性能を示した。
(3) 開発合金の機械加工性では,切粉が砂状で切削抵抗が低く,LBAと同等以上の快削性を示した。

謝  辞
  本研究は,経済産業省戦略的基盤技術高度化支援事業により,(社)日本非鉄金属鋳物協会銅合金部会での共同研究の一環として行った。リーダーの関西大学小林武教授,トライボット試験を行った(株)カイハラ,及び研究参画企業の方々の協力に感謝する。

参考文献
1) 日本機械工業連合会. “平成17年度我が国建設機械産業の将来展望調査研究報告書”. p. 80-84.
2) 雄谷重夫 他. “非鉄合金鋳物”. 日刊工業新聞社, 1969, p. 6-7.
3) 舟木克之, (株)明石合銅, 他. “青銅合金及びその製造方法.青銅合金を用いた摺動部材”. 特許出願中.