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互恵性を用いたグループ意思決定支援機能の提案

■北陸先端科学技術大学院大学 小柴等 國藤進
■電子情報部 加藤直孝

研究の背景
 本論文は,グループ意思決定の支援を行う上で,従来からの数理的計算に基づく支援に加えて,心理的要因による影響面も重要視した支援が望ましいとの立場から,人間のコミュニケーションにおける影響要因の一つである「互恵性」(貸し借り関係)に着目し,この貸し借り関係を明示化することにより,グループ意思決定におけるコミュニケーションを支援する機能の提案と効果について報告した。


研究内容
 本論文で取り扱うグループ意思決定の前提は以下の通りである。まず,グループ意思決定を「複数の個人が協調しながら,複数の代替案の中から1つを選び出す行動」と定義する。従って意思決定問題の種類は,いくつかの案の中から1つを選び出す代替案選択型である。グループ意思決定支援システムのベースとなるモデルにはAHP(Analytic Hierarchy Process : 階層分析法)を用いる。AHPは“システムズ・アプローチと主観的判断を組合せることにより,定量分析では扱いきれない決定問題に対処する”OR の一手法であり,本研究に対して合目的なモデルである。また公共事業などの分野で広く使用されている実用的な手法でもある。意思決定プロセスとしては,全員で評価構造を作成後,いったん各個人で意思決定を実施し,その結果を持ち寄って,合議により全員の意見をまとめていくものとする。
 ところで,コミュニケーションにおける影響要因のひとつに「互恵性」が挙げられる。互恵性とは,他者から受けた利益や好意に対して,それと同種,同程度のものを他者に返すこと,及び自分が他者にしたことと同種,同程度のものを他者が自分にしてくれるよう期待することであり,被援助者が援助を受けたことによって生じる負担感の不均衡を返報によって軽減しようとすることによって生じる。互恵性は「借りたら返す,貸したら返してもらう」というルールであり,集団内における協力体制を確立,維持するために必要となる。これらのことから,互恵性,すなわち貸し借り関係を明示化させ,互恵性に基づく行動を促進することは譲歩量の不均衡(一方的な譲歩関係)を是正し,協調して意思決定に臨むことができ,満足度の高い意思決定結果を導ける可能性がある。上述のように,通常のグループ意思決定では“譲歩の量”の定量化などの問題があり,貸し借り関係を明示化することは困難である。しかし,本研究で想定するような支援システムを利用したグループ意思決定では,自らの意見(評価)が数値的に入力できることから,譲歩の量を客観的・定量的に取り扱うことができ,それによって貸し借り関係を客観的かつ自動的に記録,表示することが可能である。
 本論文では譲歩を行った程度,すなわち貸し借り関係を明示化する際の指標として,相対互恵性評価指数(Relative Reciprocity Rating Index : RRRI)を提案する。RRRIはAHP を用いたグループ意思決定における2者間の貸し借り関係を明示化するもので,一対比較の重要性評価入力に用いる数直線上において両者が互いに歩み寄った量の差分値として表現される。

 提案方法の検証用システムとして,図1に示すAHPベースのグループ意思決定支援システムを使用した。本システムは,個人および複数人での評価構造の作成から,一対比較の実施,重要度の算出,他者のデータ閲覧といったグループ意思決定支援に必要となる基本機能のほか,交渉を円滑に進めるためWYSIWIS (What You See Is What I See)の観点から,相手側の操作状況を常に把握できる画面構成を持つ。

(図1 システムの画面例)

 本システムの互恵性グラフ表示ダイアログのスクリーンショットを図2に示す。図2において上部にはRRRI,すなわち貸し借り量の変遷を表すグラフ,下部には各交渉に関する詳細が表示される。グラフ部分は基準となる中央線より下の場合は相手に借りがあることを,上の場合は相手に貸しがあることを意味する。下部ではどの一対比較項目について互いにどれだけ譲歩したのか,その結果,どれだけの貸し借りが発生したのかを表示する。
 本システムを用いた評価実験の被験者は大学院学生12名で構成した。通信環境には対面環境を使用した。また評価実験は2段階に分けて実施することとした。第1段階がシステムを用いた個人での意思決定(評価入力),第2段階がシステムを用いたグループでの意思決定(合意形成)である。第1段階と第2段階は時間的に切り離されており,第1段階で得られた個人での意思決定結果をもとに第2段階での交渉ペアを振り分けた。この手順及び実験で実際に用いた意思決定プロセスを図3に示す。被験者実験の結果からは,満足度の向上に関しては確認できなかったものの,貸し借り関係の明示化が譲歩量の不均衡を是正するために有効であることが確認された。これにより,我々の仮説の一部を支持するデータを得ることができた。

(図2 互恵性指標のグラフ表示画面)
(図3 実験手順とグループ意思決定プロセス)

研究成果
 本研究ではグループ意思決定の支援を考える上で,既存の数理的なアプローチに加えて,心理的なアプローチの重要性を指摘した。その上で,コミュニケーションの影響要因である互恵性に着目し,グループ意思決定における貸し借り関係を明示化させるための指標として相対互恵性評価指数(RRRI)を提案した。さらに,このRRRIに基づく貸し借り関係の明示化がグループ意思決定に与える影響について検討した。被験者を用いた評価実験からは貸し借り関係の明示化が被験者間の不公平な譲歩関係(特定の被験者ばかりが譲歩してしまうような関係)の是正について有効であるという知見が得られた。ただし,譲歩量の不均衡を是正することによって得られると仮定した満足度の向上に関しては統計的な有意差を確認することができなかった。今回得られた知見は貸し借り関係を明示化するという単純な仕掛けで,譲歩量の不均衡が是正されるなど,人間の意思決定行動を大きく変化させることが可能であることを示しており,意思決定支援に関する心理学的なアプローチの有効性や,数理モデルを構築する上での,心理面への配慮の重要性を裏付けることができたと言える。

 本研究の一部は文部科学省知的クラスター創成事業石川ハイテク・センシング・クラスターにおける「アウェアホーム実現のためのアウェア技術の開発研究」プロジェクトの一環として行われた。

論文投稿
 情報処理学会 2009. Vol. 50, No.1, p.1234-1244.