簡易テキスト版

簡易テキストページは図や表を省略しています。
全文をご覧になりたい方は、PDF版をダウンロードしてください。

全文(PDFファイル:178KB、2ページ)


実社会指向アプローチによる認知症高齢者のための協調型介護支援システムの研究開発

■北陸先端科学技術大学院大学 中川健一 杉原太郎 小柴等 高塚亮三 國藤進
■電子情報部 加藤直孝

研究の背景
 高齢化社会の到来を受けて,高齢者の安心で安全な生活を支援するための情報技術の活用に関心が高まっている。近年では,屋内に設置した各種センサからの情報により入居者の状況を検知して,安心・安全な生活を支援する,いわゆる「気づきの家(アウェア・ホーム)」の構築に向けた研究開発が活発である。この研究事例として認知症高齢者の安全および介護者の気づきを支援する介護システムの開発について報告した。


研究内容
 従来から,情報通信技術を利用した介護支援システム関連の研究開発事例は数多いが,研究としての新規性や有用性はあっても介護者にとって実運用可能なシステムは数少ないのが現状である。本研究では認知症高齢者の介護分野において,システムの機能面よりも導入先で求められる介護支援の要件定義や導入の進め方を重要視し,システムの提案,設計,開発,導入,運用に至るまで,介護現場のニーズとマッチした技術シーズを適用するプロセスを導入した。本研究では,これを実社会指向アプローチと定義した。まず,認知症介護の実態調査に着手し,介護者の行動分析を実施した。介護現場の行動パターンの分析結果から,ベテラン介護者と若手介護者の介護行動に違いがあることに着目し,本システムでは,ベテランの介護者は気づくことでも若手の介護者は気づかない場面についての気づきの支援,あるいは介護者同士が連携し合いながらの入居者の介護支援ができるように配慮し,小規模な介護施設内において効率的かつ効果的に介護者の支援を行うことで間接的に入居者への介護の質が高まることを目指すこととした。ここで,どの入居者に対して適切な介護が必要かという判断材料の提供や,介護者間で連絡を取り合う手段の提供はシステムによって可能と考えられる。この考え方を協調型介護支援と呼ぶ。図1は本システムの基本構成例であり,各機器をネットワークを通して相互利用できるようにソフトウェアを開発し,システムの利用者である介護者にとって介護に必要な支援機能を盛り込んだほか,情報端末に不慣れな介護者でも簡便に本システムを利用できるように操作性を重視した。また,認知症高齢者の介護において最も懸念されるのは徘徊や転倒である。そのため介護者は常に認知症高齢者の行動を把握しておく必要がある。そこで本システムでは,カメラによる映像情報と,ICタグによる位置検出情報の組合せにより,入居者の行動を介護者が把握できるようにした。ICタグには,13.56MHz帯のパッシブ型を採用した。試作したシステムは,ネットワークカメラによって介護者を見守りつつ,ICタグによって介護者と入居者の位置を把握し,それらの情報をマルチモニタや無線LAN対応の可搬型PCにて参照することで,複数の介護者が協調して介護に取り組む際に必要な情報を介護者に提供する機能を持つ。また,タッチパネルにより簡単に操作が行える機能も実装した。

(図1 システムの基本構成例)

 一方,システムには安全性と耐久性が何よりも求められる。そのため,システムの事前検証を実施する場として,まず大学内に仮想の介護施設となる模擬実験室を構築した。図2は模擬実験室での部屋割りとシステム機器の配置例およびモニタ表示画面例である。システムの試用評価では,ICタグの中に埋込まれた情報から,入居者の識別や位置をディスプレイモニターに表示させ,入居者の行動把握の支援が可能となった。また,認知症で問題となっている徘徊対策支援については,徘徊癖のある入居者が玄関を通過すると,チャイムを鳴らし,介護者に徘徊の事態を認識させると同時に玄関のカメラ映像を複数箇所のディスプレイモニターに表示する。この画像は徘徊で外出した認知症の入居者を捜す有効な手段となり得る。これらの支援機能により,入居者の安全確保や,介護者にとってより適切な介護を行うことが可能と考えられる。カメラ映像の提示や情報の入力手段といったシステムの操作の容易性や簡便性は,情報端末に不慣れな介護者にとって使用の採否を決定づける要因である。行動分析で介護者を観察したところ,昼間の介護は立ち仕事を常とする作業であり,動き回っていることが多い。そこで,浴室や台所,トイレなど水周りの環境も考慮し,防水かつ無線にて利用可能な可搬型モニター装置も採用した。

(図2 実証用システムの機器レイアウトとモニター画面例)

 模擬実験室でのシステム開発と改良および評価実験を経て,段階的にその一部のシステムを実際の介護現場であるグループホームに導入し,日常の介護における実証実験を開始した。ネットワークカメラを利用した基本システムを導入した施設では,最少人数で多くの入居者を見守る必要が生じる夜間介護において本システムの利用効果が確認された。具体例として,入居者の夜間徘徊あるいは頻尿などの介護場面では,入居者一人一人に合わせた介護,適切なタイミングでの介入などの判断に役立つことが分かった。
 本アプローチに基づいた協調型介護支援システムの開発では,介護現場の観察や,介護者へのヒアリングを実施し,介護者の要望や視点を反映させることにより,本システムを試験導入した介護施設において,夜間介護等で有効に機能していることを確認した。本システムの設計理念は,システムが介護者を代替するのではなく,適切なタイミングで介入可能な介護支援を目指している。今後,様々な場面でシステムの利用効果を検証していくことが望まれる。

研究成果
 介護現場の現状分析,システム開発と実験室での動作検証,グループホームでの実証実験を通して実用的なシステムを構築した。ネットワークカメラを利用して,入居者の夜間行動の把握や徘徊察知等,入居者の安全および介護者の気づきを支援することが可能であり,本システムの有効性を確認した。

 本研究の一部は文部科学省知的クラスター創成事業石川ハイテク・センシング・クラスターにおける「アウェアホーム実現のためのアウェア技術の開発研究」プロジェクトの一環として行われた。

論文投稿
  情報処理学会 2008, Vol. 49, No. 1, p.2-10.