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イオンビームを用いた材料表面改質研究の取り組み

■機械金属部 安井治之

研究の背景
 近年,日本全国で地域の特色を出した研究が立ち上がっている。我が石川県においては,地方公設試験研究期間の中でもいち早く最先端の「イオン注入技術」に着目し,今日まで研究を継続してきた。今年に入ってから,これまでの研究の歴史を振り返る機会があり,図1に示すようなポスターを作製した。これは,「石川県工業試験場におけるコーティング技術研究の歩み」と題し,地場で開催された展示会に出展したものである。当場は,1983年に県内企業の要望から化学蒸着(CVD)法により,地場産業である「繊維産業」の織機部品へTiN・TiCN膜をコーティングしたのが始まりである。その後,次世代の研究として物理蒸着(PVD)法によるダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜の研究を始めた。本稿では,石川県でのDLC膜研究を中心に紹介する。


(図1 石川県における表面処理の歴史)

研究内容
 当場がDLC膜に着目したのは1980年代後半であり,当時,DLC膜はまだ注目されていない時代であった。というのも,密着性が悪く剥離が問題となっていたためである。そこで,まず,イオンビームミキシング法により密着性を改善したDLC膜の研究開発を行い,その後も,DLC膜中の水素含有量の研究など,DLC膜の成膜に関して様々な研究を行ってきた。以下に代表的な研究を紹介する。
(1)三次元形状物への均一成膜技術の開発
 DLC膜は,PVD法やプラズマCVD法など様々な手法で作製されている。これらの方法で問題となるのが,金型等の複雑な形状物への均一成膜である。その解決策として,1986年にウィスコンシン大学(米国)で開発されたPSII(Plasma Source Ion Implantation)技術に着目したのである。PSIIは, プラズマ中に置かれた物体に,負の高電圧パルスを印加した際に,物体表面に沿って電子の存在しない部分(イオンシース)が形成され,このイオンシースを介して基板表面に全方位的にイオンを注入する技術である。このPSIIの原理を包含した新たなコーティングシステムを開発したのが,ハイブリッド型パルス・プラズマ・コーティング(HPPC)システムである(図2参照)。本研究は,平成10〜12年度のNEDO地域コンソーシアム研究開発事業に採択され,北陸初の大型研究として北陸三県(石川県,富山県,福井県)の産学官が集結して開発したものである。HPPC技術により,パイプ等の内面DLCコーティングが可能となった。
(2)DLC膜の高硬度化を目指して(ハイブリッドナノダイヤモンド(HND)膜の開発)
 次に目指したのがDLC膜の高硬度化である。通常のDLC膜は,2000〜3000HV程度の硬さであり,これはダイヤモンド(10000HV)の硬さの半分以下である。DLC膜とダイヤモンド膜では,硬さに大きな差があるため,アプリケーションが異なっていた。しかし,ダイヤモンド膜はコストがかかるため,比較的安価で出来るDLC膜で代用できないかを検討したのである。その結果,DLC膜の中に硬い微粒のダイヤモンド(ナノダイヤモンド)を埋め込むことにより,DLC膜の高硬度化を図ったのである(図3参照)。この研究は,平成13〜16年のJSTイノベーションプラザ石川の育成研究事業に採択され,DLC膜とナノダイヤモンドを積層した,ハイブリッドナノダイヤモンド(HND)膜の開発として行ったものである。開発したHND膜は,従来DLC膜の摺動特性を失わずに,硬度4000〜5000HVと従来DLC膜の硬さの約2倍を実現した。

(図2 HPPCシステムの概略)
(図3 HND膜のイメージ図)

研究成果
 DLC膜は今後も進化しながら実用化されると考えられる。当場では,DLC膜中に含まれている水素に着目し,その定量測定技術の開発を行い,さらにDLC膜中の水素含有量をほぼ0とした水素フリーDLC膜に着目し図4に示すコンセプトのもと新しいプロジェクトを立ち上げた。本研究は,平成20年度に採択された,JSTイノベーションプラザ石川の育成研究事業であり,「環境に優しい産業機械部品化のための高密度ナノ炭素膜の開発」として,産学官の共同研究として推進している。

(図4 DLC膜の硬さ向上のコンセプト)

論文投稿
 放射線と産業 No.120, 2008 p.9-14.