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HIPを用いた新規セラミックス材料合成技術の開発−快削性ガラスセラミックスにおける結晶組織の微細化制御−

■化学食品部 豊田丈紫 佐々木直哉 北川賀津一 中村静夫

 セラミックス材料の新しい合成技術の開発を目的として,圧力効果を利用した快削性ガラスセラミックスの結晶組織の微細化熱処理方法を提案し,結晶化工程へのHIP処理を適用した。50MPa以上の高圧状態で結晶化処理を行った結果,長軸寸法が5mm以下の雲母結晶を持つ複合組織が得られることがわかった。Zr組成の面分析から微細なZrO2粒子の核形成が観察され,曲げ強度の増加と組織の微細化が関係することがわかった。熱膨張係率の測定からガラス中の残留応力の存在が示唆された。また,HIP処理は結晶成長工程の短縮化にも有効であることがわかった。
キーワード:快削性セラミックス,熱間等方加圧(HIP),フッ素金雲母,ジルコニア,結晶組織,粒子径

Development of Synthesis Technology for Ceramic Materials by Means of the Hot Isocratic Press Method
―Microstructure Control of Machinable Glass Ceramics―

Takeshi TOYODA, Naoya SASAKI, Kaduichi KITAGAWA and Shizuo NAKAMURA

In order to meet requests for synthetic technology for fine micro-machining of ceramic materials, we developed an innovative heat treatment method for machinable glass ceramics with fine mica crystals by means of the Hot Isostatic Press (HIP) method. A complex structure including fine mica crystal of 5mm or less in longitudinal grain size was fabricated through the crystallization process under a high pressure of over 50 MPa. Two-dimensional Zr composition analysis showed that HIP treatment was effective for improving the nucleation of fine ZrO2 particles, and fine microstructure in mica and zirconia enhanced the bending strength of the glass matrix. Measurement of the thermal expansion rate showed that the glass matrix had residual stress. In addition, it was confirmed that HIP treatment was effective in reducing crystallization time.

Keywords:machinable ceramics, Hot Isostatic Press, mica, zirconia, microstructure, grain size

1.緒  言
  加圧焼結法は圧力を負荷して試料のち密化を促進させる技術としてセラミックス材料の高密度化・高強度化に有用な手段である。従来の一軸加圧法であるホットプレス(HP)法は,工業製品の製造設備として一般的に定着するに至っている反面,圧力を付加するための型枠等の寸法制限や応力の不均一などの影響を受けやすい。一方で,熱間等方加圧(HIP:Hot Isostatic Press)法はアルゴンなどのガスを圧力媒体とし,高い等方圧力と高温の相乗効果を利用する熱処理技術であり,粉末焼結,気孔除去の用途として不可欠な工業プロセスとなっている1)。HIPは等方加圧が可能であることから処理材の種類や形状に制限が無く,脆性材料であるガラス材の加圧処理も可能である特長を有している。しかしながら,粉末焼結以外での圧力制御法を用いた報告例は非常に少ない。
そこで本研究では,HIP処理を用いた新しいセラミックス材料製造技術の開発を目的として,快削性ガラスセラミックスの結晶化処理にHIPを適用し,圧力効果を利用した組織制御法の検討を行った。

(図1 HIP焼結装置)

2.快削性セラミックスの組織制御法
2.1 快削性ガラスセラミックスの製造方法
  快削性セラミックスは一般の旋盤やドリルを用いて切削加工が可能なセラミックスの総称である。中でもマイカガラスセラミックス製造方法は古くから研究されており1),マイカ(雲母)とホウ珪酸ガラスの微粉末とを混合して焼結する焼結法と,原料を溶融してガラス化させた後に再加熱過程でマイカ結晶を析出させる溶融結晶化法がある。いずれの方法もガラスマトリックス中に分散する微細なマイカ結晶の持つ壁開性と不連続的な亀裂進展により優れた機械加工性を有する他,電気絶縁性,断熱性に優れる特長を持つ。当場でもジルコン(ZrSiO4)添加マイカガラスセラミックスの材料開発を行い,低マイカ結晶量による快削性材料の合成手法を確立した2),3)。しかしながらマイカ結晶の長軸寸法を10mm未満に制御することが難しいという問題点がある。

2.2 HIP処理結晶化製造方法の提案
  マイカガラスセラミックスの結晶化処理は一般に大気圧中で行われ,結晶組織の形とその大きさは核形成と結晶成長の熱処理条件によって決まる。一方で材料側の観点からは,ガラス化により内部に高い残留応力が導入されており,結晶化処理はエントロピーの高いガラス状態から結晶を析出・分散させることで内部エネルギーを低下させ,より安定な状態へ変態させる工程として捉えることができる。従って,マイカ結晶の核形成および結晶成長における圧力の要因を調べることは組織制御機構を調べる上で大変有用なパラメータとなる。本研究では,HIP中にて快削性ガラスセラミックスの結晶化処理を行う新しい結晶化処理法を提案し,外圧を付与した状態でのガラスマトリックスからの結晶の析出状態について観察し,効果の有効性を検証した。

3.実験方法
3.1 試料作成方法
  本実験で利用した試料は,陶石をベースとして組成を調整した原料粉末を電気炉にて溶融後,るつぼに流し込みガラス転移点に急冷することでガラス体を作成した。得られたガラス体はX線回折法により非晶質であることを確認した。HIP(神戸製鋼所製:O2-Dr.HIP)を用いた結晶化処理には圧力媒体としてアルゴンガスを用いた。HIP処理は室温にて45MPaまで加圧し780℃に2時間保持した後,結晶成長温度の1045℃で5時間の保持を行った。また,保持時間によるマイカ結晶成長の影響を調べるために,結晶成長の保持時間を10時間とした条件についても実施した。

(表1 HIP熱処理条件)

3.2 HIP焼結体の評価
  得られたHIP処理品に対して,電子線マイクロプローブアナライザ(EPMA)によるSEM観察,Zr組成の2次元分析を行った。SEM/EPMA観察用試料は,SiC研磨およびアルミナ砥粒による鏡面仕上げを施した後に,濃硝酸にてエッチング処理を行うことで得た。マイカ結晶の相の同定は,粉末X線回折にて行い,強度試験はJIS−R1601に準じて3点曲げ法にて行った。熱膨張係数は4×4mmで長さ20mmの試験片を作製し,大気中,900℃まで加熱速度毎分5℃の条件にて熱機械測定装置(TMA)にて測定した。

4.結果と考察
4.1 HIP焼結体の微細構造の評価
  図2にHIP処理によって得られた試料のSEM像を示す。結晶組織は基本的な大気処理品と同様であり,板状ないし柱状のマイカ結晶と粒子状のジルコニア結晶がガラス中に分散した組織を示す。また,焼結系ガラスセラミックスではマイカ結晶の接触部位であるインターロック部に閉気孔が見られるが,溶融結晶化法の場合はこれらの閉気孔が存在しないことが確認できる。これは,1)混合材料を一度溶融して均一組成で緻密なガラス体が作製可能なこと,2)マイカ結晶の結晶成長機構が焼結系と本質的に異なりガラスマトリックスとマイカ結晶の界面での拡散機構が支配的となることが挙げられる。一方で,図2よりHIP処理品の組織を形成する結晶の大きさは大気処理品に比べて明らかに微細化され,マイカ結晶の最大長軸寸法(dL)は大気処理品(dL=10.5mm)に比べ約1/2の長さとなる4.8mmであった。核形成および結晶成長の処理では圧力以外は等しい条件のため,HIP処理による圧力効果が結晶組織の微細化へ作用していることは明らかである。また,結晶成長保持時間を10時間に延長しても組織に大きな変化は観察されなかった。SEM像に対応したZr組成の面分析を行った結果,HIP処理品は1mm以下の微細なジルコニア粒子で形成され,またガラスマトリックス中に高い分散状態で存在することがわかった。表2の生成した結晶数と平均アスペクト比からわかるように,HIP処理を行うことでマイカ結晶とともにジルコニア粒子の個数が増加しており,圧力効果が核形成段階から影響していることが示唆される。
図3にフッ素金雲母の投影面積径(deq)と個数分布を示す。大気処理品のdeqの最頻度は1-2mmであるが,HIP処理品は0.5-1 mmの割合が高く,全体的に微細化されていることがわかる。また,表2に示す平均アスペクト比(Aav)はHIP処理品が小さくなる傾向を示した。図4にHIP処理品と大気処理品のX線回折パターンを示す。HIP処理品と大気処理品ともに,フッ素金雲母(KMg3(Si3AlO10)F2)およびジルコニア以外の結晶ピークは確認されず,圧力による他の結晶相の生成は認められなかった。マイカ結晶の005面間隔(d005)は0.2002(nm)であり,圧力による依存性は観察されなかった。本研究の処理圧力の条件は上限で120MPaであり,HIP処理による結晶構造への影響はないことがわかった。

(表2 生成した結晶の個数と平均アスペクト比(倍率10000倍辺り))
(図2 快削性ガラスセラミックスの電子顕微鏡写真(左)とZrの2次元マッピング分析結果(右))
(図3 マイカの投影面積径(deq)と個数分布)
(図4 粉末X線回折強度プロファイル)

4.2 HIP処理品の機械的特性の評価
  各種熱処理条件による曲げ強さ(σ)およびビッカース硬度(HV)の値を表3に示す。HIP処理を行った材料のσは,大気処理品に比べて約4割の強度増加が観察された。一方で,HVの処理条件による変化は認められなかった。阿部らの焼結マイカセラミックスの研究でも,結晶組織の微細化により強度が向上することが示されており4),HIP処理による結晶組織の微細化によって高強度化が達成されたものと考えられる。
熱膨張係数の測定結果を図5に示す。一般的な快削性ガラスセラミックスの熱膨張係数(CTE)は,ガラス転移点(約623℃)以下はほぼ一定の値を示し,転移点以上では急激に増加する。一方,HIP処理品はガラス転移点以下では大気処理品と同等の傾向を示すが,転移点以上では大気のそれに比べても大きな膨張率を示し,900℃では大気処理品の約3倍となる30.0×10-6 (1/K)の値を示した。そこで,このHIP処理品を800℃で再加熱処理を行い,熱膨張係数を測定したところ,ガラス転移点を含むすべての温度域で大気処理品と同等の熱膨張係数が得られた。このことから,HIP処理品は,結晶化処理後でも材料中に内部応力が残存していることがわかった。
一方で,今回のHIP処理品の保持時間による結晶組織の粒径依存性は観察されなかった。一般に,マイカ析出量の上限はマイカガラス中のフッ素量に依存する。また既に微細なジルコニア粒子が核生成した複合組織の形成しており,マイカ結晶成長がジルコニア粒子のピンニング効果により抑制されることも考えられるため,複合的な要因を考慮する必要性があるものと思われる。また,本実験での圧力の処理条件は一定であり,アスペクト比に関する圧力依存性に関しては今後の課題である。また,宮本らはジルコン添加によりアスペクト比が変化することを報告しており3),加工性に寄与するマイカ結晶のアスペクト比制御においてはHIP処理圧力とともに組成との詳細な検討を行う必要がある。

(表3 各種熱処理品の機械的性質)
(図5 HIP処理品と焼き鈍し後の熱膨張曲線)

5.結  言
  HIP処理を用いた材料合成技術の開発を目的とし,快削性マイカガラスセラミックスの結晶制御法を検討し,ガラス体からの核形成と結晶成長の熱処理工程へのHIPを用いた加圧処理方法を提案した。実験を行った結果,HIP処理を行うことでマイカ結晶の最大長軸寸法が5mm以下に微細化されることがわかった。また,HIP処理品は内部応力が残存しているものの,微細組織が高強度化へ寄与することがわかった。

謝  辞
  本研究を遂行するにあたりガラス体試料を提供頂いた住金セラミックス・アンド・クオーツ(株)に感謝します。

参考文献
1)Price,E.P. et al. Hot Isostatic Pressing of Metal Powders. Metals Handbook Ninth Edition. American Society of Metals. 1984, vol. 7, p. 444-450.
2)山名一男,宮本正規,七山幸夫. 快削性セラミックスの開発. 石川県工業試験場研究報告. 1986, vol. 34, p. 63-70.
3)宮本正規, 山名一男. ジルコン添加によるマイカガラスセラミックスの性能向上. 石川県工業試験場研究報告. 1988, vol. 36, p. 21-28.
4)阿部修実, 香林和也.ガラス・マイカ系マシナブル材料の高強度化. 日本セラミックス協会学術論文誌. 2007, vol. 115, p. 216-221.