簡易テキスト版

簡易テキストページは図や表を省略しています。
全文をご覧になりたい方は、PDF版をダウンロードしてください。

全文(PDFファイル:400KB、4ページ)


屋外用漆塗膜に関する研究

■繊維生活部 江頭俊郎 梶井紀孝

 漆は塗膜を形成するのに熱エネルギーを必要とせず,室温で酵素によって硬化するエコ塗料である。しかし,漆塗膜の欠点の一つに耐候性が悪いことがあげられる。そのために漆は主に屋内で使用されてきた。漆塗膜の耐候性を向上できれば,エクステリアや屋外パネル,一般住宅など屋外用途にも利用されることが期待される。そこで本研究では,紫外線吸収剤や光安定剤を用いた漆塗膜の耐候性向上について検討した。その結果,紫外線吸収剤には効果がなかったが,光安定剤には効果がみられた。
キーワード:漆塗膜,耐候性,紫外線吸収剤,光安定剤

A Study on Urushi Film for Outdoor Use

Toshiro EGASHIRA and Noritaka KAJII

Urushi is an ecological coating material that does not need thermal energy for forming; it is cured with an enzyme at ambient temperature. However, because urushi film has the disadvantage of low weatherability urushi has mainly been used indoors. If its weatherability can be improved, urushi film is expected to be used outdoors as well, for exteriors and outdoor panels of houses and other buildings. So, in this study, we improved the weatherability of urushi film by applying UV absorbents and light stabilizers. As a result, light stabilizers proved to be effective, whereas ultraviolet absorbents showed no effect.

Keywords:urushi film, weatherability, UV absorbent, light stabilizer

1.緒  言
  漆は植物から採取できる石油資源には依存しない資源である。近年問題となっているVOC(揮発性有機化合物)を発生せず,有機溶剤も含まない。また,漆は酵素と酸素によって硬化するので熱源を必要としないエコ塗料であり,古くから使われてきた。しかし,耐候性が良くないためこれまでは主に屋内用途に限られていた。
漆塗膜を屋外で使用する場合,塗膜を劣化させる外的要因は紫外線,酸素,水分などがある。漆などの高分子材料を劣化させるのは主に波長400nm以下の紫外線である。塗膜の分子は紫外線を吸収すると活性化し,酸化分解などの化学変化を起こして,塗膜が劣化する原因となる。水分の有無も塗膜の劣化に影響を及ぼす。塗膜は吸・脱水による膨張・収縮を繰り返すうちに被塗物との付着力が低下し,剥離やふくれを生じる。また,水分は塗膜を膨潤させて紫外線による劣化を容易にし,塗膜内部へ酸素が移動しやすくすることで酸化を促進する。
漆の主成分であるウルシオールはベンゼン環や複数の二重結合を持つため,紫外線が当たるとα水素が励起され,酸化を受けやすい。漆塗膜中のウルシオール成分は紫外線を受けると次第に分解して低分子化し,炭酸ガス,低分子有機酸などに変化して大気中に揮散する。漆のその他の成分はビヒクル成分であるウルシオールがなくなると,雨などによって流されるので,漆塗膜は表面から劣化していき,だんだん膜厚が薄くなっていく。これが漆塗膜の劣化の機構である1)。
これまでに当場では漆塗膜の耐候性向上を目指してウルシオール添加法2)や高速分散乳化法3)などの研究を実施し,光沢低下期間を約50%程度延ばすことはできたが,屋外で漆塗膜を使用するためには,耐候性のさらなる向上が必要である。その方法としてプラスチック材料で一般に行われている(1)紫外線吸収剤,(2)光安定剤の応用が考えられる。さらに最近では(3)ガラス保護膜なども考えられている。そこで本研究では紫外線吸収剤,光安定剤による耐候性向上について検討するとともに,漆塗膜へのガラス保護膜形成についても試験した。

2.実験方法
2.1 供試材
2.1.1 漆試料
  使用した漆は,生漆,透漆,黒漆の3種類である。生漆は中国城口産,透漆はその生漆を製漆したもの,黒漆はその生漆に鉄粉を添加して製漆したものである。

2.1.2 試薬
  紫外線吸収剤としては,チバガイギー製のA(ベンゾフェノン系),B(ベンゾトリアゾール系),C(フェノール系)の3種類を,光安定剤には,三共ライフテック製のヒンダードアミン系光安定剤(HALS)のX(N-CH3タイプ),Y(N-Hタイプ),Z(N-OHタイプ)の3種類を使用した。ガラス膜作成用試薬にはクラリアント製ペルヒドロキシポリシラザン(PHPS)溶液を用いた。

2.1.3 漆塗膜の作成
  生漆,黒漆,透漆にそれぞれの紫外線吸収剤をAとBは2%,Cは1%添加して混練し,ガラス基板上にアプリケータで塗布し塗膜を作成した。また黒漆にHALS3種(X, Y, Z)をそれぞれ1%と2%添加して混練し,ガラス基板上にアプリケータで塗布し塗膜を作成した。
なお、紫外線吸収剤の試験に使用した黒漆と光安定剤の試験に使用した黒漆は組成の異なる別の漆である。

2.1.4 ガラス膜の形成
  有機ガラス(オルガノシラン系)は塗装が容易であるが、耐候性に問題があるため、有機物を含まない無機ガラスで保護することを目指した。通常ガラスは高温で溶融しないと形成できないが,ペルヒドロポリシラザン(PHPS)溶液とある特殊な触媒を用いると,空気中の水分と反応してシリカ(ガラス)膜が生じる。ガラス基板上に漆塗膜を作成し充分硬化させ1ヶ月経過後,図1に示すスピンコーターを用いてその漆塗膜上にPHPS溶液を滴下し塗布した。その後,温度20℃,相対湿度90%の恒温恒湿器中で1昼夜放置して,ガラス膜を形成させた。ガラス膜の形成反応を図2に示す。PHPSは水蒸気と酸素の存在下で反応し,アンモニアが脱離してガラス膜が形成される。

(図1 スピンコーター)
(図2 ガラス膜の形成反応)

2.2 試験と評価
2.2.1 漆塗膜の耐候性試験
  漆塗膜を作成して約3ヶ月経過し,十分硬化させてから耐候性試験を実施した。促進耐候性試験では,サンシャインウェザーメーターWEL-SUN-HC B・EM(スガ試験機(株)製)を使用し,2時間サイクル(カーボンアークによる紫外線照射120分中の8分間イオン交換水噴霧)で実施した4)。

2.2.2 赤外吸収スペクトル測定
  塗膜の赤外吸収スペクトルの測定は,1650型フーリエ変換赤外分光計(パーキンエルマー・ジャパン(株)製)と1回反射ATR装置サンダードーム(スペクトラテック製)を用いて全反射測定法(attenuated total reflection:略称ATR法)で測定した。

2.2.3 光沢測定
光沢は光沢計(スガ試験機(株)製:KD-60D型)を使用して60°鏡面反射率5)を測定し,光沢度から光沢残存率を求め,その大きさで劣化度合いを評価した。

2.2.4 測色
  色はスペクトロ・カラーメータ(日本電色工業(株)製:SZ-80型)を使い反射光の測定を行い,L*a*b*表示系6)で色を表示し,変色の程度を色差7)ΔE*で表した。色差の感覚的な表現は表1のように表される。

(表1 色差の感覚的な表現)

3. 結  果
3.1 紫外線吸収剤の効果
 塗膜の劣化は,まず光沢の低下という現象が現れ,ついで白亜化(チョーキング)が起こる。塗膜の光沢保持率は白亜化とも相関があり,耐候性の指標となる。光沢は物体表面の性質であり,つやという感覚的な尺度を物理的に表現したものである。また塗膜中の顔料または樹脂の変化によって,塗膜の色調が変化する。これも耐候性の指標の一つとなる。塗膜の耐候性については長期に渡って屋外暴露するのが最良の方法であるが,短期間で評価する必要のある場合には促進耐候試験が行なわれている。3種類の漆に3種類の紫外線吸収剤を添加した漆塗膜の耐候性試験を実施した結果を図3に示す。
図には紫外線の照射時間と光沢残存率の関係を表す。全体的に照射時間と共に光沢残存率は低下している。照射72時間(3日間)では透漆は3種とも光沢が増加し、透明性も良くなった。288時間(12日間)経過時点では,透漆が最も光沢残存率が高く,黒漆が低くなっており、黒漆では紫外線吸収剤の効果は見られない。紫外線吸収剤の効果はAのベンゾフェノン系とBのベンゾトリアゾール系が良かった。しかし,最も良い試料でも光沢残存率が54%しかなく,本研究で用いた紫外線吸収剤による漆塗膜の耐候性向上はあまり期待できないことを確認した。

(図3 紫外線吸収剤の添加効果(光沢残存率))

3.2 光安定剤の効果
 HALSと呼ばれるヒンダードアミン系光安定剤はラジカル補足機能を有する酸化防止剤でプラスチックの耐候性向上の目的で良く用いられる。このHALS3種類(X,Y,Z)をそれぞれ1%と2%添加した黒漆塗膜の耐候性試験を実施した結果を図4に示す。全体的に照射時間と共に光沢残存率は低下する傾向にある。光安定剤の場合,紫外線吸収剤より光沢残存率の低下が少なく,添加効果が認められる。その添加効果はZ>Y>Xの順であった。具体的に示すと,それぞれX1%は-1.7%,X2%は5.7%,Y1%は3.8%,Y2%は5.7%,Z1%は2.5%,Z2%は8.4%,無添加より光沢残存率が増加した。同じ種類の安定剤の場合,1%添加より2%添加の方の耐候性が向上している。
  また紫外線の照射時間と塗膜の色差の関係を図5に示す。色差すなわち色の変化が小さいほど耐候性が良いと考えられる。照射時間が128時間経過時点で,無添加(色差5.4)より色差が小さかったものは,X1%(色差5.0),X2%(色差4.7)とZ2%(色差5.3)であったが無添加と大差ない。その他の試料は無添加より色の変化が大きかった。光安定剤には変色を抑える効果はみられなかった。
光安定剤HALSと紫外線吸収剤を組み合わせて用いると耐候性向上に相乗効果が得られる場合があり,その組合せの添加効果については今後検討していく。

(図4 光安定剤の添加効果(光沢残存率))
(図5 光安定剤の添加効果(色差))

3.3 ガラス保護膜の形成
 漆塗膜にPHPS液を塗布し,恒温恒湿器で乾燥した塗膜表面の赤外吸収スペクトルをATR法で測定した。その赤外吸収スペクトルを漆塗膜のスペクトルと比較して図6に示す。漆にはないSi-O伸縮振動の吸収(1040cm-1)が大きく出現し、漆膜の吸収が消失したことから,ガラス膜が生成していることが確認された。
ガラス膜の表面の光沢は70から74にやや増加したが,色差は2.8以下であり,表1から色が変化したことは分かるが大きな変化ではなかった。このガラス膜は紫外線によって劣化せず,酸素を遮蔽するので,漆塗膜の酸化を防ぎ耐候性が向上することが期待される。しかし,ガラスの塗布方法を数種試したが,スピンコーターを用いる方法でしか塗布できなかったため,耐候性試験を実施できる寸法の試料を作成することができなかった。

(図6 漆膜とガラス膜の赤外吸収スペクトル)

4.結  言
 漆塗膜の耐候性向上は,漆の用途拡大のために長年漆器産地から要望されている研究課題である。今回使用した紫外線吸収剤は漆塗膜の耐候性向上にはあまり効果が認められなかったが,光安定剤には効果が認められた。光安定剤は少量の添加で耐候性向上効果が得られることから,ウルシオール添加法よりも簡便で安価な方法になる。ガラス保護膜の耐候性評価は今後の課題である。環境に負荷の少ないエコ塗料である漆の利用が今後さらに広まるように,漆塗膜の耐候性向上については今後も検討していく。

参考文献
1) 佐藤弘三. 塗膜の劣化要因. 塗料物性工学. p. 225-228.
2) 鍬田一男, 坂本誠, 市川太刀雄, 高野千之, 石橋芳雄, 水野旺. 漆器の高品質化に関する研究, 昭和60年度技術研究費補助事業成果普及講習会テキスト, 1987, p. 1-30.
3) 坂本誠, 江頭俊郎, 市川太刀雄. 石川県工業試験場研究報告. 製漆工程と漆液物性. 1990, vol. 39, p. 29-34.
4) JIS K 5400.9.8: 1990. 促進耐候性.
5) JIS K 5600.4.7: 1999. 鏡面光沢度.
6) JIS Z 8729: 2000. 色の表示方法.
7) JIS K 5600.4.6: 1999 色差の計算方法.