簡易テキスト版

簡易テキストページは図や表を省略しています。
全文をご覧になりたい方は、PDF版をダウンロードしてください。

全文(PDFファイル:227KB、4ページ)


ガラス製マイクロリアクター流路の加工研究

■電子情報部 筒口善央 米澤保人 奥谷潤

 ガラス製マイクロリアクターは耐薬品性,耐熱性に優れ,広範囲な応用が期待できる。しかし,ガラスは主に湿式化学エッチングにより加工するため,パターン幅と深さの比(アスペクト比)が0.3以上にできず,マイクロリアクターの反応効率が低い。そこで,本研究では表面からの紫外線(UV)レーザ光による直接加工と裏面のガラス上に堆積した銅膜のレーザ光吸収によるガラス除去により,アスペクト比の向上を試みた。その結果,厚さ1mmのガラスに対し,直径0.6mmの貫通穴が加工できた。また,長さ10mmの流路加工では,幅が約40μm〜200μmにおいて,10μm以下の精度で,アスペクト比0.4〜0.6の流路を加工できた。
キーワード:ガラス,マイクロリアクター流路,紫外線レーザ

Research on the Processing of Glass Micro Reactor Paths

Yoshiteru DOGUCHI, Yasuto YONEZAWA and June OKUTANI

Glass micro reactors have excellent chemical resistance and heat resistance, and they are expected to have a wide range of applications. However, since glass is mainly processed by wet chemical etching, the ratio of pattern width to depth (aspect ratio) cannot exceed 0.3, and the chemical reaction efficiency of the micro reactor is low. Therefore, in this research, the aspect ratio was improved by combining direct surface processing and optical absorption of the copper film deposited on the reverse side using an ultraviolet (UV) laser. As a result, in a 1mm-thick glass plate, a penetration hole with a diameter of 0.6mm could be made. Moreover, a path with a length of 10mm and a width of 40-200 micrometers was produced under the condition of an aspect ratio of 0.4-0.6 and a width accuracy below 10 micrometers.

Keywords:glass, micro reactor pass, ultraviolet laser

1.緒  言
  多くのマイクロリアクターは樹脂製でコストが低く,使い捨て使用が可能な反面,耐薬品性や耐熱性の問題から,応用は主に水を溶媒としたDNAの分離等に限られている。一方,ガラス製マイクロリアクターは耐薬品性や耐熱性に優れているが,ガラスは非晶質,硬脆性材料であるため,物理的な加工が困難とされている。また,化学エッチングによる加工では数μmの加工に数時間と非常に長い時間を要するだけでなく,等方的にエッチングされるため,アスペクト比が0.3以下になり,マイクロリアクターとしては反応効率が悪い等の問題があった。これらの課題を克服する方法として,近年,ガラスの吸収波長域のレーザ光を使用した加工1)や感光性ガラスを使用した加工方法などが提案されている。また,独立行政法人産業技術総合研究所の新納らがLIBWE法(Laser-Induced Backside Wet Etching)と呼ぶ方法を提案している2)。これは,エキシマレーザ光照射で誘起される色素溶液の光化学作用によって,石英基板表面を微細加工するレーザ間接励起加工法である。これにより,石英ガラスで幅7μm,深さ420μmの深溝加工や1μmの正方格子状の微細加工を実現しており,アスペクト比が大きく精度が高い。本研究では,エキシマレーザよりもコストの低い紫外線(UV)レーザであるNd:YAGの第三高調波(波長:355nm)を用い,ガラスに堆積した銅膜のUVレーザ光吸収によるガラス除去により,アスペクト比の向上を目指した。

2.実験方法
2.1 加工試料
  加工試料は,厚さ1mmの耐熱ガラスであるパイレックスガラスの一方の面(裏面)に銅板(板厚1mm)を密着させたものを用いた。

2.2 加工装置
  半導体励起のNd:YAGレーザの第三高調波を光源とするレーザ加工機((株)片岡製作所製KLY-QV10α)を使用した。レーザスポットの直径は30μmでパルス幅は40nsである。
  レーザ加工条件は,走査速度及び発振周波数を変え,ガラスにクラックの発生しない条件を用いた。発振周波数20kHz,走査速度5mm/s,レーザ出力5.6W〜8W最大1000回まで走査して加工を行った。

2.3 加工方法
  図1示すように,Nd:YAGレーザの第三高調波(波長:355nm)の吸収率3)は耐熱ガラスが20%程度であるが,金属は吸収率が高く,特に銅は70%近い吸収率がある。そのため,この波長でのガラスの透過性と銅の吸収率の高さに着目し,表面からのレーザ光による直接加工及び図2に示す密着した銅板側からの加工法を試みた。後者の加工方法は,レーザ光がガラス面から照射され,銅はガラスを透過したレーザ光を吸収,気化し,対面のガラス面に銅膜が堆積する。以降は,堆積した銅膜のレーザ光吸収によるガラス除去と,銅板のレーザ光吸収による銅膜堆積を繰り返すことにより,ガラス加工を行うものである。

2.4 後処理
  レーザ光照射による加工では,表面からでも裏面からでも,加工後に加工面周辺に除去物質が堆積している。そのため,5%フッ酸による2分間の超音波洗浄で除去した(図3)。

3.ガラス加工
3.1 レーザ光焦点位置の最適化
  レーザ光焦点位置の最適化を図るため,焦点位置fが銅板表面を原点(f=0)とし,ガラス試料内に焦点が移動する方向(−)と銅基板内に焦点が移動する方向(+)に変化させ,レーザ出力6Wで調べた。レーザ光の焦点位置fが0.3を境にして以下の特徴があった。
(1)レーザ光焦点位置f<0.3の場合
  主にガラス試料表面が加工された。走査回数を増やすことで溝幅と深さが大きくなった。しかし,クラックが生じやすく,溝幅が一定にならなかった(図4(a))。
これは,ガラス面においてレーザ光が吸収された際に熱が深さ方向だけでなく,周囲にも広く伝導して加工されるため,回数を重ねるごとに溝幅と深さが大きくなったためと考えられる。
(2)レーザ光焦点位置f>0.3の場合
  主にガラス試料裏面が加工された。走査回数を1〜1000回まで変化しても溝幅は25μmとほぼ一定で,幅の誤差は5μm以下であった(図4(b))。焦点位置では溝幅を変えられなかったが,レーザ出力を5.6W〜8Wまで変化させることで,溝幅を変えた。(3.2参照)
これは(1)と異なり,堆積した銅膜でレーザ光の吸収が起こり,ガラスが除去されるためガラス面側でのレーザ光吸収が小さく,溝幅が変わりにくかったためと考えられる。
図5(a)に試料表面からの焦点位置による溝幅と加工深さの変化を示す。図5(b)には,溝幅と深さから求めたアスペクト比の変化を示した。f<0.3では,fがガラス表面から裏面側に焦点位置を変えることでアスペクト比が向上したが,前述の通り精度に課題が残った。f>0.3では,銅の内部から表面に焦点位置を変えることで,アスペクト比が向上する傾向があり,条件の最適化によりさらに改善する可能性があると考えられる。

(図1 ガラス・金属材料における吸収率の波長特性)
(図2 加工方法)
(図3 後処理前後のガラスの溝加工断面の表面粗さ計測例)
(図4 レーザ光焦点位置fによる加工形態の光学顕微鏡像)
(図5 溝幅,深さ,アスペクト比のレーザ光焦点位置f依存性(走査回数1000回))
(表1 溝加工条件及び結果)
(表2 穴加工条件及び結果)

3.2 溝加工
  表1にガラスを長さ10mmの溝加工した際の加工条件と加工結果を示す。また,図6及び図7に加工した断面及び溝の例を示す。溝は,幅40μm,100μm, 200μmに対し,アスペクト比がそれぞれ0.6,0.5,0.4を10μm以下の精度(±5μm)で加工できた。レーザ加工した断面形状(図6)はレーザのビームパターンを反映しており,ビームホモジナイザーを用いるなどして,レーザ分布の均一性を改善することにより,溝の断面積を大きくできると考えられる。また,図8に示すような貫通線路も加工できた。

(図6 溝加工による溝断面の光学顕微鏡像の例)
(図7 溝加工による流路の光学顕微鏡像の例)
(図8 貫通線路の光学顕微鏡像の例)
(図9 貫通孔の光学顕微鏡像の例)

3.3 穴加工
  表2に示す条件で穴加工を行った。穴加工は外周から加工を始め,直径100μmまで50μmピッチで同心円状にレーザ光を走査した。
図10に示す直径1mm,800μm,600μmの貫通穴を加工した。
(図10 加工した模擬流路の光学顕微鏡像の例)
3.4 模擬流路
  図10に示すような,長さ60mm,幅30μm,深さ約12μmの流路で直径1mmの2つの井戸をつなぐ模擬流路を加工した。

4.結  言
  ガラス上に堆積した銅膜のUVレーザ光吸収によるガラス除去により,ガラスに流路を加工し,次の結果が得られた。
(1)アスペクト比
  溝の流路では,幅40μm,100μm,200μmに対し,アスペクト比がそれぞれ0.6,0.5,0.4で加工できた。長さ10mmの貫通線路では,幅600μm〜800μmに対し,アスペクト比が1.25〜1.67で加工できた。厚さ1mmの貫通穴では,直径1mm,800μm,600μm に対し,アスペクト比がそれぞれ1,1.25,1.67で加工できた。
(2)精度
  長さ10mmの溝の流路において,幅40μm,100μm,200μmに対し,10μm(±5μm)以下の精度で加工できた。
(3)模擬流路
  模擬流路を本研究の方法のみを用いて加工できた。
また,貫通流路も加工できたことから,様々な流路の加工が可能であることが示された。
今後,ガラス加工技術を利用したガラス流路加工について更なる精度向上を図るとともに,ガラス加工技術として,県内企業での活用を図りたい。

参考文献
1) 近藤裕己, 古宇田光, 三露常男, 平尾一之. フェムト秒光パルスによるガラス加工. 応用物理. 2000, vol. 69, no. 4, p. 411-414.
2) Wang,J.; Niino,H.; Yabe,A. Micromachining of quartz crystal with excimer lasers by laser-induced backside wet etching. Appl. Phys. 1999, vol. A68, p. 111.
3) 新井武二. はじめてのレーザプロセス. (株)工業調査会. 2004.