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構造物の健全性計測技術の研究

■機械金属部 高野昌宏 新谷隆二

 機械装置の大型化,高性能化に伴い,その安全性,信頼性は以前に比べ,より重要性が増しており,損傷の有無を確認する定期検査の実施頻度が増加する傾向にある。近年,損傷を検知する新たな手段として,機械構造物に損傷・診断機能を組み込むヘルスモニタリング技術が注目されている。本報告では,建設機械用フックを対象に,ヘルスモニタリング技術の適用に関して検討した。具体的には,き裂を検出,推定する手法として,フックの動特性の変化,すなわち固有振動数の変化を計測し,その計測値から推定アルゴリズムを用いてき裂の大きさを推定した。推定アルゴリズムには,通常の応答曲面法と力学基準の応答曲面法の2種類を用いた。実機を用いた試験の結果,力学基準の応答曲面法によるき裂の大きさの推定精度は,通常法と比べて格段に向上し,本手法の有用性が確認できた。
キーワード:損傷検知,損傷診断,固有振動数,応答曲面法

Study on Damage Assessment of Machines

Masahiro TAKANO and Ryuji SINTANI

With upsizing and upgrading of machines, the demand for machine safety and reliability has increased, and periodical inspections for checking damage to machines are conducted more frequently. Recently, as a new approach to the detection of damage to machines, the health-monitoring techniques of self-diagnosis and damage assessment have been investigated. In this report, the health-monitoring technique was used for the hook of a construction machine. We estimated the crack length in the hook by examining changes in dynamic characteristics, namely natural frequency, and by calculating the value based on two kinds of response surface methods ― those using normal and dynamical criteria. As a result, the response surface method using dynamical criteria resulted in higher precision, with a smaller difference between actual and predicted crack lengths.

Keywords:damage detection, damage assessment, natural frequencies, response surface method

1.緒  言
  近年,機械構造物は,高性能化,大型化とともに,より過酷な環境で使用されることが多くなっている。これにともない,破損事故の被害が甚大になり,人身事故に発展する等,重大な問題となっている。このため,機械構造物に対する安全性や信頼性は,以前にくらべて重要性がより増加している。機械構造物の破損事故の多くは,疲労破壊が原因である。この疲労破壊とは,繰り返しの負荷と共に,微小なき裂が徐々に成長し,最終的に破損に至る現象である。このため,安全性が求められる機械装置や橋梁などの構造物では,き裂の有無を確かめるため,超音波探傷機を用いた非破壊検査が行われている。しかしながら,超音波探傷では,機械構造物の表面をスキャニングしていく必要があるため,検査に時間がかかり,コスト的な問題がある。また,定期検査であるため,突発的にき裂が急速に成長した場合の対応が困難である。近年,損傷を検知する新たな手段として,機械構造物に損傷診断機能を組み込むヘルスモニタリング技術が注目されている。このヘルスモニタリング技術はリアルタイムに測定が可能であるため,突発的な損傷への対応が容易であり,また定期検査コストの削減,製品の使用環境の把握ができることなどが特長として挙げられる。
  本研究では,建設機械用フックをモデルとしてヘルスモニタリング技術の適用について検討を行った。建設機械用フックは,重量物運搬に使用されることから,破損時に人身事故に至る危険性がある。また,様々な環境で使用されるため,作用する荷重が一定ではなく,大きく変動する。このため,定期的な検査による事故の未然防止に対応し難いことが挙げられる。これらの理由から、より簡便で,かつリアルタイムに計測が可能な損傷検知手法の開発が望まれている。

2.損傷検出手法
2.1 損傷推定アルゴリズム
  損傷を検知する方法として,損傷に伴う構造物の動特性の変化に着目した研究が数多く行われている1)。本研究でも同様に動特性の変化,すなわち固有振動数の変化に着目して,損傷検知を行うことにした。しかしながら,固有振動数の変化は複雑であるため,損傷の大きさや位置を同定するためには,学習データが必要となる。本研究では,学習データを用いた損傷推定アルゴリズムとして,応答曲面法を適用した2)。応答曲面法とは,品質工学で用いられる手法で,変数と応答の関係を最小二乗法により多項式近似する方法である。2次の多項式を用いた場合の応答曲面は次式で表される。
(式1)
ここで,yは応答,xは変数,kは変数の数である。実験や解析による学習データを用いて,適切な係数βを最小二乗法により決定し,構造物の損傷度を表す応答曲面モデルを作成する。この応答曲面モデルを用いることで,機械構造物が稼動中に損傷が生じた場合の損傷度を推定することができる。

2.2 フックの応答曲面モデルの導出
  応答曲面モデルを作成するには,実験や解析により,損傷状態に応じた動特性データを取得する必要がある。そこで,損傷状態の動特性変化を調べるため,有限要素法による固有振動解析を行った。その解析モデルを図1に示す。実際のフック損傷形態としては,図1に示すAの箇所でのき裂発生による疲労破壊とBの箇所でのネジ部の損傷が最も多い。そこで,これらの2箇所に損傷を模擬的に与えて解析を行った。Aの箇所には1〜20mmの大きさのき裂をモデル化し,Bの箇所にはねじ部の損傷を模擬するため,剛性を1〜0.1の範囲で変化させた。表1に解析結果の代表例を示す。表1に示すとおり,A部のき裂に対しては2次,6次の固有振動数が大きく変化した。図2に2次,6次の固有振動モードを示す。両モード共に,き裂の開閉方向の振動である。この2次と6次の固有振動数の変化を変数xとし,き裂長さを応答yとして応答曲面モデルを作成する。本研究では,通常の2次多項式の応答曲面モデルの他に,次式で示される応答曲面モデルの2つを有限要素法による解析データを基に作成した。
(式2)
  機械力学の理論式では,曲げの固有振動数の変化はき裂(断面の高さ)の二乗に比例する関係であることから,式(2)では,その比例関係を応答曲面モデルに導入した。
しかしながら,ネジ部の損傷に対しては,固有振動数の変化は小さく,本解析では,十分な評価ができない結果となった。

(図1 フックの有限要素モデル)
(表1 解析結果(固有振動数))
(図2 固有振動モード)

3.損傷推定実験
  き裂を模擬的に与えた実機サンプルを用いて,前節の損傷検出手法の妥当性を検討した。図3に試験に供したフックの実機サンプルを示す。同図に示す位置にランジュバン型圧電振動子と加速度計を取り付け,ランダム波加振により固有振動数の測定を行った。測定時間は約1秒である。また,外乱を模擬するため,ネジ部の締め付けトルク,ランジュバン型圧電振動子の固定方法を変化させながら測定を行った。得られた固有振動数を基に損傷の推定を行った。推定したき裂長さと実際のき裂長さの関係を図4,5に示す。図4,5ともに縦軸は推定したき裂長さ,横軸は実際のき裂長さである。図4に式(1)の応答曲面モデル,図5に式(2)の応答曲面モデルを用いた場合の推定結果である。式(1)の応答曲面モデルでは,10mm以上のき裂で推定精度が悪く,特にき裂寸法が13mm以上では,実測値よりも大きく推定される傾向を示した。一方,式(2)の応答曲面モデルを用いると,推定した値と実際の値が,ほぼ一致した。機械力学の理論式の比例関係を導入した式(2)の応答曲面モデルを用いることでフックに生じる損傷を精度良く推定でき,本手法の有効性が確認された。

4.創外固定器への応用
4.1 創外固定器
  本手法の応用に関して,医療用器具である創外固定器への適用について検討を行った。創外固定器とは,骨腫瘍の切除や骨成長障害により短縮した骨を延長し,再び元の長さに整復する骨延長術という治療法に用いられる医療器具である。図6に創外固定器の写真を示す。この治療法では,切除した骨の接合部に生成する仮骨を元の長さになるまで,創外固定器を用いて1日ごとに徐々に延していく作業を行う。仮骨の生成速度は個人により違いがあるため,1日に伸ばす量を仮骨の修復状況に応じて変化させる必要がある。これらの理由から,仮骨の修復状態をリアルタイムに評価する手法の開発が望まれている。そこで,本研究では,創外固定器および創外固定器を装着した脛骨モデルを対象に骨の状態と動特性の関係を明らかにし,本手法を用いた骨の修復状態(ヤング率)の計測の可能性について検討した。

(図3 フックの実機サンプル)
(図4 式(1)を用いた場合の推定したき裂長さと実際のき裂長さの関係)
(図5 式(2)を用いた場合の推定したき裂長さと実際のき裂長さの関係)
(図6 創外固定器)

4.2 仮骨のヤング率の推定
  仮骨の修復過程における動特性の変化を実験的に調べるため,図7に示すように脛骨モデルの中央10mmを切り取り仮骨モデルと入れ替えて実験を行った。なお仮骨モデルには,ヤング率の異なる9種類の材料を用いた。実験では,図8に示す位置に取り付けたランジュバン型振動子と加速度計を用いて前節と同様の手法により,創外固定器の動特性を計測した。図9にヤング率の異なる3種類の仮骨モデルを用いた創外固定器の動特性(加速度の周波数応答)を示す。200Hz近傍のピークにおける固有振動数と振幅は,仮骨モデルのヤング率と相関しているが,250Hz近傍のピークにおける固有振動数は仮骨のヤング率と相関しない結果となった。そのため,応答曲面モデルでは,200Hz近傍の固有振動数と振幅を変数として用いた。図10に応答曲面モデルを用いた仮骨のヤング率の推定値と実測値の関係を示す。本手法の妥当性を検討するため,仮骨代替材料としてアクリルを用いて,そのヤング率の推定を試みた。その結果,誤差10%程度でヤング率の推定が可能であることがわかった。ただし,構造物が複雑であり,測定のばらつきが大きいことから,実用化に関しては,今後更なる検討が必要である。

(図7 仮骨モデル)
(図8 振動子の取付箇所)
(図9 創外固定器の動特性(仮骨のヤング率の影響))
(図10 推定したヤング率と実際のヤング率との関係)

5.結  論
  構造物の健全性計測技術を開発することを目的に,固有振動数計測を用いた建設機械用フックの損傷検知ならびに創外固定器の骨修復状況の計測への適用について検討を行った。得られた結果を以下に示す。
(1)構造物の動特性の変化を測定することにより,き裂やヤング率の推定が可能になった。
(2)応答曲面モデルに機械力学の理論式の比例関係を導入することで,推定精度が格段に向上した。

謝  辞
  本研究の遂行にあたり,ご協力頂いた金沢大学の坂本二郎准教授,並びに同研究室の方々に感謝します。

参考文献
1)東明彦, 水口文洋. 固有振動数による薄板の損傷同定に関する研究. 日本機械学会論文集C編. 2004, vol. 70, no. 695, p. 1959-1964.
2)稲田貴臣, 島村佳伸, 轟章, 小林英男, 中村春夫. 応答曲面法を用いた固有振動数変化によるCFRP積層梁の損傷同定. 日本機械学会論文集A編. 1999, vol. 65, no. 632, p. 776-782.