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病気診断のための局在プラズモンチップ解析装置の開発

■機械金属部 中野幸一
■電子情報部 米沢裕司

 近年,ヒトゲノムの解読をうけ,ゲノム産物であるタンパク質の解析による病気診断法の開発が期待されている。本研究では,血液中のタンパク質を定量することによって糖尿病の診断を行うことを目指し,局在プラズモンチップの解析装置の開発を行った。解析装置は,小型分光器,電動ステージ,ディスペンサ,制御・信号処理ソフトウェアなどから構成されており,サンプル液の分注や位置決めを自動的に行うことができる。さらに,チップの分光分析を行い,その結果からタンパク質の定量を自動的に行うことができる。動作検証実験を行い,開発した装置を用いることによって,1枚のチップで多くの種類のタンパク質の定量を,簡便に精度良く行えることを確認した。
キーワード:局在プラズモン共鳴,解析装置,分光器,タンパク質,病気診断

Development of an Analyzer for Localized Surface Plasmon Resonance Chips for Disease Diagnosis

Kouichi NAKANO and Yuji YONEZAWA

Recent advances in the decoding of human genes have raised expectations for the development of a method of diagnosing diseases based on the analysis of protein, which is produced by genes. In this study, we developed an analyzer for localized surface plasmon resonance chips to diagnose diabetes by measuring the amount of protein in the blood. The analyzer consists of a compact spectrometer, a motorized stage, a dispenser, software for control and signal processing, and other devices. The analyzer can dispense and position sample liquid automatically. It has been confirmed through experiments that many kinds of protein can be promptly and precisely measured by spectrographic analysis of one chip.

Keywords:localized surface plasmon resonance, analyzer, spectrometer, protein, disease diagnosis

1.緒  言
  近年,ヒトゲノムの解読をうけ,ゲノム医科学情報を用いた診断法や,ゲノム産物であるタンパク質の解析による診断法の開発が期待されている。
糖尿病の診断においては,従来,血糖値やHbA1cなどしか有用な測定項目がなかったが,これらの測定項目では,糖尿病の大きな問題点である合併症の進行の判定や予後を推定するには不十分であった。そこで我々は,血液中のゲノム情報を解析することにより,糖尿病の合併症の進行の判定や予後の推定を行うことを目指した。血液のゲノム情報を用いた診断は,患者の組織を採取する方法に比べ,患者に与える侵襲が少ない。そして,かつ自動化・標準化に適しており,臨床の現場で迅速に診断できるシステムの構築が可能になる。本研究では,このようなシステムを構築して糖尿病の診断を可能にすることを目的に,血液中のタンパク質を解析するための局在プラズモンチップ解析装置の開発を行った。
タンパク質の解析法としては,電気泳動法や酵素免疫測定法などが知られている。しかし,これらは一連の操作が複雑である,解析に時間がかかるなどの問題がある。また,これらの解析法では,多種のタンパク質を定量的かつ簡便に解析することはできない。また,これらの解析法では染色や標識の作業が必要であった1)。
一方,近年,タンパク質やDNAなどの生体分子の検出に表面プラズモン共鳴(SPR: Surface Plasmon Resonance)による解析方法が用いられている。SPR法は金や銀薄膜表面の電子の波であるプラズモンを光で励起させる方法であり,共鳴を起こす入射角の変化などを検出することにより,生体分子の測定を行うことができる2)。しかし,SPR法による測定では,タンパク質等の生体分子を非標識で計測することができるが,一度に解析できる試料の数が少なく,解析に用いる装置も大型であるという問題があった1)。
  これに対し,局在プラズモン共鳴(LSPR: Localized Surface Plasmon Resonance)を用いた解析方法が注目されている。局在プラズモン共鳴は,金や銀などの金属ナノ粒子に局在する共鳴であり,可視光波長域中に特異的な吸光が発生することで観察することができる1)-4)。また,この吸光特性はナノ粒子の粒径や形状,ナノ粒子への吸着物の有無などに依存しており,吸光特性の変化を検出することにより,生体分子の測定を行うことできる。そして,近年,局在プラズモン共鳴を利用したバイオチップ(以下,局在プラズモンチップと記す)が開発されており,この局在プラズモンチップを用いることにより,非標識で,定量的に,簡便にタンパク質を解析することができることが報告されている1),3),4)。さらに,局在プラズモンチップを用いれば,1つのチップで多数のサンプル液を分析したり,多くの種類のタンパク質を分析したりすることも可能であり,タンパク質解析のスループットを大幅に向上させることができる1),3)。しかし,その場合,サンプル液を精度良くチップ上に添加する必要があり,さらには,サンプル液の添加位置と吸光特性の分析位置とを精度良く一致させる必要がある。これらは手作業で行うには限界があり,計測精度の向上,計測の簡略化,迅速化のためにはこれらの工程の自動化が求められていた。
  そこで,本研究では北陸先端科学技術大学院大学が開発した局在プラズモンチップ1),3)を対象に,分光特性の分析,位置決め,サンプル液の添加といった局在プラズモンチップによるタンパク質の解析に必要な一連の作業を自動的に行う装置を開発した。

2.局在プラズモンチップ解析装置
2.1 局在プラズモンチップ1),3)
  本装置が対象とする局在プラズモンチップの概要を図1に示す。チップは,微粒子を金蒸着した基板上の表面に並べ,その上に金を再び蒸着することにより金ナノ周期構造を形成したものである(図1左)。そして,局在プラズモンチップ表面へ抗体を固定化することにより,特定のタンパク質(抗原)を定量するためのチップとして機能する。具体的には,このチップの表面に,抗原溶液を添加し,抗原と抗体とが特異的に結合された場合,可視波長域の吸光特性が変化する(図1右)。そのため,このチップに対して垂直に光を照射し,その反射光の吸光スペクトルを測定することにより,特定のタンパク質(抗原)の定量を行うことができる。

(図1 局在プラズモンチップの概要)
(図2 開発した解析装置の構成)
(図3 開発した解析装置の外観)

2.2 装置の概要
  解析装置の開発にあたっては,武蔵エンジニアリング(株)製ディスペンサ装置を改良し,さらに制御・解析用ソフトウェアを開発することにより,局在プラズモンチップ解析の装置化を実現した。
開発した解析装置の構成を図2に,解析装置の主要部の写真を図3に示す。本装置は小型分光器,ハロゲン光源,光学反射プローブ,電動ステージ,分注機構,パソコンなどから構成されており,装置上には局在プラズモンチップとサンプル液や試薬をあらかじめ入れておくためのウェルプレートを設置するスペースが設けられている。そして,分注ニードルによってウェルプレート中のサンプル液等を,局在プラズモンチップの任意の位置に分注することができる。この際の電動ステージ位置決め精度は0.005mmと高精度であり,また30nlといった微小量の分注が可能である。さらに,カメラによって分注位置を撮影しており,カメラ画像を処理することによって,分注位置のずれを精密に計測している。
また,光源からの光は光ファイバー,光学反射プローブを経由して局在プラズモンチップに照射される。この際,電動ステージによって位置制御を行うことにより,チップ上の任意の位置(例えばサンプル液の分注位置)に精度良く照射することができる。照射した光の反射光は光学反射プローブ,光ファイバーを経由して小型分光器に入射する。そして,小型分光器からの分光信号をパソコンで解析することにより,タンパク質の定量を行うことができる。
なお,解析装置の性能を決める重要な要素の一つは分光器である。分光器には(1)局在プラズモンを観測するのに十分な分解能と精度を有する,(2)分光器を制御するソフトウェアをユーザーが制作できる,(3)小型かつ安価である,といった特徴が求められる。これらを考慮した結果,本解析装置ではOceanOptics社の小型分光器USB2000を用いることとした。用いた分光器の波長範囲は400nm〜729nmであり,波長分解能は0.19nmである。また,この分光器はUSB接続されたパソコンから制御することができる。なお,USB2000のほか,その後継機種であるUSB4000を用いることも可能である。

2.3 制御・解析用ソフトウェア
  局在プラズモンチップの解析には位置制御や分光器の制御,信号処理といったソフトウェア処理が必要不可欠である。そこで,以下の機能を備える制御・解析用ソフトウェアの開発を行った。

・小型分光器の制御機能
局在プラズモンチップの光特性を測定するために必要となる,分光器の制御,分光器からのデータをパソコンに取り込む等の機能を実装した。局在プラズモン解析用ソフトウェアソフトウェアを起動すると図4のような画面が表示され,測定した分光特性がリアルタイムに表示される。また,積算時間,平均回数などの分光特性の測定に関する設定や,スペクトルの補正,ピーク位置の検出,データの保存や読み出しなどを行うことができる1),3)。

・位置制御機能
チップ上の任意の局在プラズモン解析を行うために,電動ステージの位置制御を行う機能を実装した。本機能により,1枚の局在プラズモンチップに分注された複数のサンプル液を容易に解析することができる。
なお,解析位置の設定は,基準位置の座標値やサンプルの数などを入力することによって行う(図5)。もしくは,サンプル液の分注位置座標データから,自動的に解析位置を設定することもできる。

・目的物質の定量機能
局在プラズモンチップの光特性を解析することにより,特定のタンパク質などの目的物質の定量を行うための機能を実装した。これは,吸光スペクトルのピーク位置を検出し,抗原抗体反応前後のピーク位置の変化を算出するものである。そして,このピーク位置の変化量から目的物質の定量を行うことができる。

(図4 ソフトウェア起動直後の画面)
(図5 位置制御設定画面)

2.4 動作検証実験
  開発した装置の動作検証実験を行った。まず,局在プラズモンチップの吸光スペクトルの計測を行った。図6は,本装置で計測した局在プラズモンチップの吸光スペクトルの例である。波長540nm付近に大きな吸光が見られ,局在プラズモン共鳴による特異的な吸光を観測できることを確認した。
次に,電動ステージを用いて位置制御を行いながら,チップ上の任意の位置の吸光スペクトルを繰り返し計測した。その結果,チップ上の300箇所以上の吸光特性を自動的かつ連続的に解析することができることを確認した。なお,分光特性のデータ処理や解析に要する時間は,1サンプルあたり(=1箇所あたり),約2秒であった。
  なお,局在プラズモンチップの開発元である北陸先端科学技術大学院大学において,本装置によるタンパク質の定量実験が行われている。その結果,本装置を用いることによって,高感度にタンパク質の定量ができること,そして,1枚のチップ上で同時に多くの種類のタンパク質を定量したり,多数のサンプル液を定量したりできることを確認している。

3.結  言
  局在プラズモンチップを解析するための装置を開発した。本装置により,局在プラズモンチップによるタンパク質の定量を簡便かつ高精度に行うことができる。また,1枚のチップ上で多数のサンプル液の定量が可能であり,解析に要する時間も1箇所あたり約2秒と短時間である。さらに,サンプル液の分注からタンパク質の定量までの一連の工程は自動的に行われる。このことから,本装置を用いることにより,タンパク質の定量のスループットを大幅に向上させることができた。
なお,本装置は冒頭に述べたように,ゲノム情報による糖尿病の診断を目的に開発したものである。本装置の用途はこれに限定されるものではないが,本装置によって,血中の特定タンパク質の定量を行えば,ゲノム情報に基づく糖尿病の診断に大いに役立つことが期待できる。

謝  辞
  本研究は,石川県の地域産学官連携豊かさ創造研究開発プロジェクト推進事業「先端ゲノム医科学情報と連携したバイオデバイスによる実用診断システムの開発」で行ってきた研究の一部であり,金沢大学,北陸先端科学技術大学院大学,(株)アルプ,(株)キュービクス,石川県工業試験場の共同研究である。協力を頂いた関係各位に謝意を表する。また,ディスペンサ装置の改良にあたって協力を頂いた武蔵エンジニアリング(株)の関係各位に謝意を表する。

(図6 局在プラズモンチップの計測例)

参考文献
1) 遠藤達郎.局在プラズモン共鳴非標識バイオチップの開発.北陸先端科学技術大学院大学学位論文. 2006.
2) 堀池浩, 片岡一則. バイオナノテクノロジー. 2003, p. 104.
3) Endo,T.; Kerman,K.; Nagatani,N.; Hiepa,H.M.; Kim,D.; Yonezawa,Y.; Nakano,K.; Tamiya,E. Multiple Label-Free Detection of Antigen Antibody Reaction Using Localized Surface Plasmon Resonance-Based Core-Sell Structured NanoParticle Layer Nanochip. Anal. Chem. 2006, vol. 78, p.6465-6475.
4) Himmelhaus,M.; Takei,H. Cap-shaped gold nanoparticles for an optical biosensor. Sensors and Actuators. 2000, B63, p. 24-30.