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セルロース系繊維の細孔評価

■繊維生活部 木水貢 奥村航

 染色性や物性に影響を与えているセルロース系繊維の構造を評価するため,示差走査熱量計(DSC)や高速液体クロマトグラフィー(HLPC)を用いて,アルカリ処理した綿繊維内の細孔を評価した。その結果,以下の成果が得られた。

1. DSCを用いアルカリ処理した綿繊維内に含まれる水の状態を評価したところ,アルカリ処理により束縛水が僅かながら増加したが,不凍水は変化しなかった。
2. アルカリ処理した綿繊維内に含まれる細孔状態についてHPLCを用いて評価したところ,排除体積は変わらなかったものの,アルカリ濃度によりキャパシティーファクターk*が増加し,細孔が増していることがわかった。

キーワード:DSC,HLPC,セルロース系繊維,細孔,束縛水

Evaluation of Pores in Cellulosic Fiber

Mitsugu KIMIZU and Wataru OKUMURA

To examine the internal structure of cellulose fibers that influences proneness to staining physical properties, the sizes of pores in cotton fiber treated with NaOH were evaluated by differential scanning calorimetry (DSC) and high performance liquid chromatograph (HPLC). The following results were obtained.

1. The degree of water absorption by the treated cellosic fibers was revealed by DSC. The amounts of bounding water increased by NaOH treatment on cotton fiber, but non-freezing water showed constant.
2. The sizes of pores in the fibers were evaluated by inverse size exclusion chromatography (ISEC) using HPLC. Irrespective of the NaOH treatment, the fibers showed constant exclusion limit. The capacity factors of the column filled with the fibers were also evaluated. NaOH treatment increased k* for cotton fiber.

Keywords:DSC, HPLC, cellulosic fibers, pore, bounding water

1.緒  言
消費者の多様なニーズにより,機能化や複合化といった特色のある繊維製品づくりが進むなかで,これまでポリエステルやナイロン等の合成繊維の生産を中心に行ってきた北陸の繊維産地は,天然素材(セルロース等)を用いる繊維製品も生産するようになっている。このような新しい展開の中で,加工工程で発生する製品欠点の解析が増え,その内容も複雑化している。
そこで,当場では繊維の測定技術の高度化を図り,製品欠点の解析を充実させるため,繊維物性データの解析方法や分析用試料の準備方法の工夫を行い,加えて,繊維分野でこれまであまり用いられなかった測定機器の利用も含めて,測定技術の向上に努めている。

2.目  的
繊維製品の染色・仕上げの加工性は,編織物の形状や繊維素材の構造に起因する。なかでも,染色の拡散現象は繊維の内部構造,特に結晶と非晶を含んだ高次構造に大きく影響される。そのため,製品を構成する繊維の内部構造や物理的特性を十分に把握することにより,繊維製品の加工性を安定させ,向上させることができる。また,製品クレームの解析の場合でも,欠点部分の加工前後における繊維の内部構造や物理的特性等の変化を見出し,原因究明を行うことで,問題解決が可能となる。
これらの結晶と非晶を含んだ繊維の内部構造等を調べる方法としては,X線回折測定,熱分析測定,動的粘弾性測定等がある。ポリエステル繊維などの合成繊維については,加工性と加工による構造変化や製品クレームの欠点部分での違いは,種々の測定より推測が可能である。しかし,セルロース系繊維では,熱的に安定な性質のために熱分析等による溶融等からのデータが得られず,またX線回折や動的粘弾性測定では,図1のようにセルロースがとりうると推測される構造のため明確なX線パターンが得られず,綿のように短繊維では測定に必要な長さがないため評価できないといったことから,処理条件による繊維の内部構造の変化を十分に把握できないのが現状である。
本研究では,染色性や物性に影響を与えているセルロース系繊維の構造を評価するため,示差走査熱量計(DSC)や高速液体クロマトグラフィー(HLPC)を用いて,アルカリ処理した綿繊維内における細孔の評価を試みた。

(図1 綿繊維が持つと予想されるセルロースの総状ミセル構造1), 2) )

3.評価方法
3.1 DSCによる評価
構造を評価する一つの方法として,繊維の膨潤時に吸着された水をDSCで測定,その水の形態を評価することで,繊維の構造を推測する方法がある。これは繊維の中に取り込まれる水を不凍水,束縛水,自由水などに分類し,この水の増減により繊維の内部構造を推測するものである。(図2)
水は外的な要因による影響を受けない場合にはほぼ0℃付近で水から氷に転移するが,図2に示すように,繊維内においてセルロース分子鎖と強く相互作用し結晶化(氷結)しない不凍水やセルロース分子鎖間において分子鎖の拘束力を受ける束縛水等は,分子鎖の拘束力により転移温度を大きく変化させる。
レーヨン及び綿では,図3に示すように繊維に水を含ませた状態で冷却し,徐々に昇温すると,0 °C付近に2つの吸熱ピークが発現した。転移温度は,繊維に添加する水の量が少ないときには低温側と高温側にピークが確認され,水の量が多くなると高温側のみのピークが増加し,その転移温度はそれぞれほぼ一定の温度を示した。このことから,それぞれ低温側はセルロース繊維内の束縛水,高温側は自由水に由来するピークと考えられる。
今回は昇降温速度範囲で束縛水のピーク面積と自由水のピーク面積が明確に分離できなかったため,双方を含んだ融解熱量を算出し,測定時に添加した水量でプロットした。その図の切片と傾きより,加工前後における繊維内の束縛水,不凍水の状態変化を観察し,そこから処理による繊維内の細孔変化を評価した。

(図2 繊維内のセルロース分子と水の状態)
(図3 水を含んだセルロース系繊維のDSC曲線)

3.2 HPLC測定による評価
  構造を評価する一つの方法としては,HPLCによって図1に示すように繊維に内在する細孔を評価する方法がある。この方法は,大きさの異なる標準試料をプローブとして用い,プローブの溶出量と図4に示す排除限界を測定することで,繊維内の高次構造の非晶領域における細孔分布を評価するものである。これまでにセルロース系繊維の精練,漂白等に関する膨潤挙動3),その測定における試料の充填方法4)についての検討が行われており,また,最近では,布帛より糸を抜き取り,試料を糸状態でHPLCカラムに詰め,綿,麻,レーヨン等について細孔分布を比較した報告5)がされている。
この方法では,カラム内に繊維を充填して測定するときに発生する繊維間及び繊維内の隙間を少なくすることで,繊維内の細孔情報をより明確に得られると考えられため,繊維の充填量を乾燥時に充填可能な最大量を詰めて測定し,排除限界より処理条件による細孔の大きさの変化とキャパシティファクターk*の増減より細孔の分布の変化を評価した。

(図4 クロマトグラフィーでの分子量と保持体積との関係)

4.実験方法
綿を水酸化ナトリウム(NaOH)で処理すると,ナトリウムイオンがセルロースに吸着して,電離することでセルロースの水素結合の結合力が低下し,繊維内外で各種のイオン濃度差が生じて膨潤するため,結晶構造を含め繊維の内部構造が大きく変化することが知られている。そこで,NaOH処理による細孔変化を評価した。
4.1 NaOH処理
綿織物を固定し,NaOH水溶液中にNaOH濃度(5〜30wt%)及び処理時間(5〜30s)を変化させて浸漬させた後,蒸留水で十分に水洗した。

4.2 DSC測定
DSC測定には,NaOH処理した繊維試料の配向効果を除去するため細かくカットし,105°Cで2時間乾燥した試料を用いた。アルミニウムパンの中にカット試料約2mgと任意量の水を入れて密封し,添加した水を繊維に十分保持させるため,約24時間以上室温で放置した。その後,示差走査熱量計(DSC-6200,理学電器(株)製)により昇降温速度5°C /minで測定した。ここでDSC測定用アルミニウムパンの水分率(Wc)を以下のように定義した。

4.3 HPLC測定
NaOH処理した布帛の経糸を抜き取り,糸を引き揃えて内径0.5mm,長さ15mmのガラスカラムに通し,両端を切り落とした。このときの繊維充填量は,カラム体積の50%以上にした。高速液体クロマトグラフィーは,島津製作所製HPLCシステム(ポンプLC-10AT,検出器RID-A)を用いた。平衡膨潤に達した試料の測定を行うため,測定前に蒸留水を流速0.5 ml/minで24時間以上通水した。プローブとしては,分子量62〜960,000のポリエチレングリコール(PEG)スタンダード試料を用いた。注入したPEG水溶液濃度は0.1wt%で,その量を約20μlとし,流速0.2 ml/min,カラム温度30 °Cで測定を行った。

4.4 染色試験
NaOH処理した織物の染色性を確認するために,反応染料を用いて浸染試験を行った。色評価には,測色機(マクベス社製 Color-Eye 7000A)を用い,光源をD65とし,色判定のCCMソフト(石坂商事(株)製 マッチカラー)を使用して,色差式CIE1976により評価した。

4.5 繊維の断面観察
NaOH処理した織物を構成する綿繊維の断面について,走査電子顕微鏡(S-3000,日立製作所(株)製)を用いて観察した。

5.結果と考察
5.1 細孔評価
NaOH処理した綿に水を吸着させて,繊維内の水の状態をDSC測定により評価した。その結果,図5に示すようにNaOH処理濃度の増加するに伴い,繊維内の束縛水がわずかに増加することがわかった。不凍水は処理条件に関わらずほぼ一定量であった。
次にHPLCによるインバースサイズエクスクリュージョンクロマトクラフィー測定を行い,NaOH処理による排除体積効果を確認した。その結果,図6に示すようにブランク試料とNaOH処理試料はほぼ同じ分子量(PEG1900)ポリエチレングリコール以上で排除限界に達する傾向が見られた。また,同測定において, NaOH処理によるキャパシティーファクターk*の変化について確認したところ,NaOH処理濃度が増すことでk*が増加することがわかった。

(図5 綿繊維内のNaOH濃度による束縛水の変化(*数値が大きくなると束縛水が増))
(図6 綿繊維でのNaOH処理によるキャパシティーファクターk*の変化(*数値が大きくなると束縛水が増))

5.2 物性測定
NaOH処理試料の染色性は,図7に示すように処理条件により大きく変化し,特に,NaOH濃度の増加に伴い染色濃度K/Sが大きく向上することがわかった。
さらに,NaOH処理試料の繊維径についても,NaOH濃度の増加に伴い繊維径が大きくなり,膨潤していることがわかった。
以上今回検討した2つの測定方法と染色性,繊維径から繊維の構造変化を推測すると,綿ではNaOH処理による繊維内部で構造の再配列が起こり,結晶だけでなく,非晶領域においても細孔が発生した。また,NaOH処理の条件により細孔の量が大きく変化することで,染色性に大きな影響を与えているが推測された。

(図7 綿繊維でのNaOH処理による染色濃度の変化)

6.まとめ
本研究では,NaOH処理によるセルロース系繊維の構造変化について検討した。また,これまでに行った高圧処理したセルロース系繊維での検討6)を含めると, DSC及びHPLCによる細孔の評価から各種の処理によるセルロース系繊維の構造変化について十分に推測可能であることが分かった。

参考文献
1) P. Alexander, R. F. Hudson. Wool: Its Chemistry and Physics. Chanpman and Hall. London, 1954
2) W. Abitz, O. Gerngross, K. Herrmann. Naturwiss. Vol.18, 1930, p754-762
3) N.R.Bertoniere and W. D. King. Textile Research of Juarnal. Vol.59, 1989, p114-121.
4) K. Bredereck, W. Meister, A. Bluher ; Melliand Textilbericte, Vol.74, 1993, p1271-1276.
5) 笠原,佐々木,呑海,伊藤,高岸. 繊維学会誌, Vol.58, 2002, p332-336.
6) 木水貢,守田啓輔,山本孝,久田研次,堀照夫. 繊維学会誌, Vol.61, 2005, P147-152.