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半導体レーザによる超薄板溶接技術の開発

■機械金属部 舟田義則 廣崎憲一 中島明哉

 電子産業や精密機械産業にて製造される各種製品や部品では,使用される部材の微細化や薄肉化が進み,それに対応した超薄板のレーザ溶接技術の開発が求められている。本研究では,半導体レーザに注目し,超薄板溶接への適用を検討するため,厚さ100μm以下のステンレス超薄板に対する突き合わせ溶接や重ね溶接を試みた。
その結果,楕円ビームを直接集光して照射する半導体レーザ溶接では,円形ビームに比べて溶接速度の高速化と溶け込み幅の幅狭化の効果があり,レーザ出力300Wで厚さ100μmの超薄板を300mm/sec以上の高速で突き合わせ溶接が可能であった。また,石英板による密着押さえとヒータ予熱により厚さ20μmの超薄板を2mm厚の板上に重ね溶接が可能であり,超薄板溶接への半導体レーザの適用が期待できる。
キーワード:半導体レーザ,楕円ビーム,超薄板溶接

Micro Welding of Thin Foils with Direct Diode Laser Processing

Yoshinori FUNADA, Kenichi HIROSAKI and Akiya NAKASHIMA

Since materials used in some products in the electronics and precision machine industries tend toward thinness and miniaturization, they require an advanced laser welding technique. In order to investigate the applicability of direct diode laser processing (DDLP) to thin-foil welding, butt and lap welding of thin stainless foils were examined. It was found that the elliptical laser beam generated by DDLP system was more effective for high-speed welding with a narrow weld bead than for circular laser beam processing. DDLP made it possible to weld 100μm stainless foils at the high speed of more than 300mm/sec with the output power of 300W. Moreover, lap welding of 20μm stainless foil was also possible using a presser of fused silica glass and a pre-heater. It was concluded that DDLP could be applied to thin-foil welding.

Keywords:direct diode laser processing, elliptical laser beam, thin foil welding

1.緒  言
  電子分野や精密機械分野において,電子銃や圧力センサ,金属ベルト,溶接ベローズ等のように厚さ数百mmの超薄板を溶接して作られる製品や部品が多い。近年,機能向上や省力化への対応から,これらの製品に使用される部材は益々微細化または薄肉化傾向にあり,これらに適用できるマイクロ溶接技術の開発が期待されている。
薄板溶接では,部材が薄くなる程,溶け落ちなどの不良を生じ易くなるため,溶接における入熱量を高精度に制御する必要がある1)。この場合,マイクロTIG溶接やレーザ溶接が一般的に利用されているが,マイクロTIG溶接では,電極の消耗による溶接品質のばらつきが問題となっている。一方,レーザ溶接は,基本的に消耗する部分は無く,溶接時の入熱を高精度かつ安定的に制御できる2)。しかし,炭酸ガスレーザやYAGレーザに代表される従来のレーザ溶接では,装置代や高ランニングコストの問題から,広く普及するには至っていない。
安価で電力効率が高く,取り扱いが容易なレーザ機器に半導体レーザがある。従来,出力が小さいためにその利用は計測分野等に限られ,材料加工への応用には不向きとされていた。しかし,近年,半導体レーザ素子の改良と集積化によって高出力化が図られ,加工への応用研究が活発化している3)。ところが,半導体レーザからのレーザ光は発散角が大きく,方向によってその角度が異なるため,細く円形に絞ることは難しい。そのため,従来のレーザ機器に比べてパワー密度が小さく,その応用は,固体レーザの励起源や医療機器,表面熱処理等が主であり,微細加工を対象とした例は殆どない。
一方,半導体レーザからのレーザ光をそのまま楕円状または線状に細く集光することは比較的容易である4)。本研究では,半導体レーザからのレーザ光を楕円状に集光して照射することで微細加工,特に超薄板の微細溶接に応用することを考えた。そこで,超薄板溶接に及ぼすレーザ光のスポット形状の影響を熱伝導解析により把握するとともに,半導体レーザからの楕円状ビームを利用して,厚さ100μm以下の超薄板の突き合わせおよび重ね溶接実験を実施し,超薄板溶接への適用性を検討した。

2.熱伝導解析
2.1 解析方法
  超薄板溶接におけるレーザ光のスポット形状の影響を把握するため,非定常な熱伝導解析が可能な市販の解析ソフト(計算力学(株)製クイックウェルダー)を用いて溶接時の温度分布を解析した。解析には,図1に示すように片側が2×10×0.1mmの直方体の1/2対称モデルを用いた。モデルの対称軸に対して,直径0.9mmの円形スポットもしくはそれと面積が同じになる長径2.0mm,短径0.4mmの楕円形スポットのレーザ光を照射しながら図中矢印方向に移動させた際の温度分布を解析した。材質にはSUS304のステンレス超薄板を想定し,その熱物性値を温度依存性を考慮して解析に使用した5)。なお,レーザ出力を300W(パワー密度:47kW/cm2)で一定とし,レーザ光の移動速度のみを125mm/secから375mm/secまで変化させた。また,半導体レーザの光の波長は808nmであり,ステンレス板における吸収率を35%と仮定して解析した6)。

(図1 熱伝導解析に用いた1/2対称モデル)

2.2 熱伝導解析結果
  図2は,円形および楕円形ビームのレーザ光照射によって1/2対象解析モデルの中央断面に生じる温度分布を解析した結果であり,図中のグレー部分は最高到達温度がステンレス超薄板の融点(1673K)5)を超える領域を示している。円形ビームの場合,レーザ光の移動速度が225mm/sec以上になると,融点以上の温度領域が裏面に到達しなくなるが,楕円ビームでは移動速度が325mm/secでも,融点以上の温度領域は裏面に到達している。すなわち,楕円ビームのレーザ光の方が,円形ビームに比べてより高速の条件で厚さ100μmのステンレス超薄板の溶け込み溶接が可能であることを示している。
また,温度が融点以上になる領域幅は,楕円ビーム照射では溶接速度325mm/secのとき,レーザ照射側で片側80μmであり,幅狭の貫通溶接が可能である。円形ビームでは,貫通溶接が可能となる175mm/sec以下において,その幅は最小でも250μmであり,楕円ビームの3倍以上となった。
これらの結果から,楕円ビームのレーザ光では,幅方向への熱拡散を抑えながら溶接方向に効率良く熱を投入することができることがわかった。これは,超薄板溶接において求められる溶接溶け込の狭幅化に有効であると考えられる。

(図2 解析結果(最高温度1673K以上領域))

3.超薄板突き合わせ溶接
3.1 実験方法
3.1.1 半導体レーザ
図3に超薄板の突き合わせ溶接実験に使用した2種類の半導体レーザを示す。同図(a)は,発振波長が808nmで最大出力500Wのダイレクト型半導体レーザ(SEPCTRA-PHYSICS社製 GTS500)であり,楕円ビームのレーザ光を直接照射する構造になっている。焦点位置において1.8×0.4mmの楕円スポットに集光される。一方,同図(b)は,光ファイバー結合型半導体レーザ(LASER-LINE社製 LDL40-500)であり,発振波長や最大出力は同じである。光ファイバー内を伝送させることでレーザ光が円形に集光され,焦点位置ではΦ0.9mmの円形スポットである。いずれのシステムにも,位置決め用の微動ステージと試料の送り用テーブル,さらには顕微モニタが備えられている。

(図3 半導体レーザ)

3.1.2 溶接方法および条件
溶接実験では,厚さが100μmから40μmまでのステンレス超薄板(SUS304H)をサンプルとして用いた。これを図4に示すように長手方向に2枚突き合わせて治具で固定し,その突き合わせ部にレーザ光が照射されるように位置決めした。また,楕円ビームのレーザ光を照射するダイレクト型半導体レーザを使用した実験では,楕円の長軸方向に突き合わせ部が平行となるように位置決めした。そして,試料の送り速度を変えながらレーザ光を照射することで溶接実験を行った。

(図4 突き合わせ溶接実験方法)

3.2 溶接可能条件範囲
図5は,ダイレクト型半導体レーザを使用して厚さ100μmのステンレス超薄板をレーザ出力300Wで溶接し,溶接ビードを観察した結果である。溶接速度が225mm/secから350mm/secの範囲で溶け込みが裏面まで到達しているとともに,試料全長にわたって一様な溶接ビードが形成されており,半導体レーザが超薄板溶接に十分適用可能であることがわかる。ただし,溶接速度がその速度範囲よりも速くなると,入熱不足のため溶け込みが裏面まで到達しなくなる。逆に,溶接速度が遅くなると入熱過剰となるため,過多な溶融金属が表面張力によりボール状に凝固して,連続した溶接ビードの形成が困難となった。
  図6は,レーザ出力と溶接速度で決まる溶接可能条件範囲を求め,それに及ぼすレーザ光のビーム形状の影響を調べた結果である。レーザ光のビーム形状が楕円である方が円形ビームに比べて溶接可能速度範囲が高速側に存在することがわかる。この結果は,先述の熱伝導解析で得られた傾向と一致し,溶接の高速化に寄与する楕円ビームレーザ光の効果を実験的にも立証するものである。
  図7は,溶接可能条件範囲に及ぼす溶接部材の厚さの影響を楕円ビームのレーザ光を照射するダイレクト型半導体レーザを用いて調べた結果である。溶接部材が薄くなる程,溶接に必要なレーザ出力は小さくなるとともに,溶接可能条件範囲が著しく狭くなる。超薄板溶接では厚さが薄くなるほど高精度な入熱制御が必要であると言える。それでも,厚さ40μmのステンレス超薄板を安定的に溶接できたことから半導体レーザは超薄板溶接に適した熱源であると判断できる。

(図5 厚さ100μmステンレス超薄板溶接外観)
(図6 厚さ100μmステンレス超薄板溶接可能条件)
(図7 溶接可能条件範囲に及ぼす部材厚さの影響)

3.3 溶接ビード断面および接合部引張強度
図8は,レーザ出力100Wの条件で厚さ50μmのステンレス超薄板をダイレクト型半導体レーザを用いて突き合わせ溶接し,そのとき形成される溶接ビードの断面を観察した結果である。溶接ビード中には,割れやポロシティなどの溶接欠陥が全く存在せず,健全な溶接ビードが得られていることがわかる。
ダイレクト型半導体レーザを用い,条件を変えて溶接した厚さ50μmのステンレス超薄板を,万能試験機(オリエンテック社製RTC-2410A)を用いて引張試験した。その結果を表1に示す。溶接条件を変えてもその強度は1200MPaから1300MPaの範囲でほぼ一定であり,母材のJIS強度1200MPaとほぼ同等であり,溶接に伴う強度低下は見られない。溶接ビード中に欠陥がないことや表面が滑らかであることがその要因と言え,半導体レーザが超薄板溶接に適していると考えられる。

(図8 厚さ50μmステンレス超薄板溶接部断面)
(表1 厚さ50mmステンレス超薄板溶接部の引張強度)

3.4 レーザ溶接中の観察結果
  図9は,ダイレクト型半導体レーザを使用して厚さ50μmのステンレス超薄板をレーザ出力100W,送り速度250mm/secの条件で溶接したときの様子を観察した結果である。図中央部の輝点部はレーザ照射部である。アシストガスを使用していないにも関わらず光学部品の汚染の原因となるスパッタやプラズマの発生は見られない。これは,半導体レーザのパワー密度が従来のレーザ溶接機に比べて1桁以上低いためである。従来のレーザ溶接のように深溶け込みは得られないものの,その溶接は穏やかであり,溶接ビード表面は滑らかになる。このことから,半導体レーザ溶接は,深溶け込みを必要としない超薄板溶接に対して有効な方法であると言える。

(図9 ダイレクト型半導体レーザによる溶接の様子)
(図10 重ね溶接実験方法)

4.超薄板重ね溶接
4.1 実験方法
厚板上への超薄板重ね溶接に対する半導体レーザの適用性を調べるため,厚さ2mmのステンレス板(SUS316L)上への厚さ20μmのステンレス超薄板の重ね溶接を試みた。この場合,上側部材だけでなく熱容量の大きな下側部材を如何に溶け込ませるかが重要である。そこで,図11に示すように,超薄板を板材に隙間なく密着させるために透明な石英板で固定した。レーザ光は石英板を透過して超薄板に照射される。また,溶け込み深さへの予熱の効果を調べるため,ヒータ上にこれらサンプルを設置した。なお,溶接特性に対する部材の表面粗さの影響を検討するため,研磨,圧延そのまま,研削の3種類の方法で厚さ2mmのステンレス板表面を仕上げた。溶接実験では,楕円ビームのレーザ光を照射するダイレクト型半導体レーザを使用し,その長軸方向にサンプルを送ることで溶接を行った。

4.2 溶け込み深さに対する予熱効果
  図11は,溶接速度500mm/secでレーザ出力350Wの下,ヒータ予熱温度を変えて溶接実験したサンプルの断面を観察した結果である。予熱温度が373K以下の時には下側部材まで達しなかった溶け込みが,予熱温度が423K以上では,下側部材に溶け込みを形成し,溶接可能であることがわかる。
図12は,予熱温度に伴う下側部材への溶け込み深さの変化を示している。レーザ出力が350Wと400Wのいずれの場合でも,予熱温度が高いほど溶け込みが深くなっている。これは,ヒータによる予熱の効果と考えることができ,レーザ光吸収の増大や試料全体の昇温により,溶融に必要な入熱が少なくて済むことなどがその理由と考えられる。重ね溶接に対して予熱は効果的であり,半導体レーザなど低パワー密度熱源による熱伝導型溶接の欠点を解決する一手段であると言える。

(図11 厚さ20μmステンレス超薄板重ね溶接部断面)
(図12 予熱に伴う下部材への溶け込み深さの変化)

4.3 溶け込み深さに対する表面粗さの影響
  図13は,表面粗さの異なる下側部材に対して超薄板を予熱温度473kでレーザ出力400W,溶接速度500mm/secの条件で重ね溶接し,その断面を観察した結果である。表面粗さが小さい程,下側部材への溶け込みが深くなることがわかる。表面粗さが小さくなる程,上側部材である超薄板との隙間が少なくなり,その結果,レーザ照射によって超薄板側に生じた熱が熱伝導によって効率良く下側部材に伝わるためと考えられる。半導体レーザのような低パワー密度レーザによる重ね溶接では,上側部材に生ずる熱を如何に効率良く下側部材に伝導できるかが重要であり,その際には,表面粗さは重要なパラメータであること言える。

(図13 溶け込み深さに及ぼす表面粗さの影響)

5.結  言
  楕円ビームのレーザ光を直接照射するダイレクト型半導体レーザを用いて,厚さ100μm以下の超薄板を対象とした突き合わせ溶接および重ね溶接を試み,超薄板溶接に対する半導体レーザの適用性を検討した。得られた結果を以下のとおり総括する。
(1) 楕円ビームのレーザ光を利用することで,円形ビームに比べて超薄板の突き合わせ溶接の高速化と溶接に必要な溶け込みの幅狭化が可能である。
(2) 半導体レーザのパワー密度は低いため,スパッタやプラズマプルームの発生しない穏やかな溶接が可能である。また,溶接部には欠陥がなく,強度低下もない。
(3) 石英板による固定とヒータ予熱によって超薄板の重ね溶接が可能になる。
(4) 超薄板の重ね溶接では,ヒータ予熱温度が高い程,部材の表面粗さが小さい程,より深い溶け込みが得られる。
(5) 楕円ビームのレーザ光を直接照射する半導体レーザによって,超薄板の突き合わせ溶接および重ね溶接が可能であり,超薄板に対する溶接への適用性が確認できた。

謝  辞
  本研究を遂行するに当たり,実験装置の貸与や終始適切なご助言を頂いた大阪大学接合科学研究所の阿部信行助教授に感謝します。

参考文献
1) 溶接学会編. 溶接・接合便覧. 丸善, 1990.
2) 宮崎俊行, 宮沢肇, 村川正夫, 吉岡俊朗. レーザ加工技術. 産業図書, 1991, p. 11.
3) 阿部信行. 高出力半導体レーザによる材料加工の現状. レーザー研究. No. 5, 2003, p. 318-325.
4) 中井貞雄. パワーレーザーの技術. オーム社, 1999, p. 68.
5) 日本機械学会編. 機械工学便覧A6熱工学. 日本機械学会, 1984, p. 168.
6) 上田隆司, 山田啓司, 及川志郎, 細川晃. レーザフォーミング加工に関する基礎的研究. 精密工学学会誌. Vol. 72, No. 2, 2001, p. 300-305.
7) S. W. Williams, G. Scott, N. J. Calder. Direct Diode Laser Welding of Aerospace Alloys. Laser Opto.. Vol. 33, No. 4, 2001, p. 50-54.