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リニア型超音波アクチュエータの開発

■機械金属部 高野昌宏 新谷隆二

 近年,精密位置決め装置としての応用が期待されているリニア型超音波アクチュエータについて,圧電素子と振動子の結合部分に弾性ヒンジを設けることで,駆動に必要な楕円運動を効率よく発生できることを提案し,有限要素解析により弾性ヒンジ構造の効果について検討を行った。その結果,これまで問題とされていた圧電素子の不要な連成振動が抑制され,ほぼ理想的な振動モード形状を生成していることが確認された。これにより,共振現象の運動利用効率が増し,従来型のアクチュエータと比べて推力が向上する結果が得られた。さらに,弾性ヒンジを設けた超音波アクチュエータとそれを用いたステージシステムを試作し,性能評価した結果,最大速度500mm/secで良好な動作特性が得られ,本研究で開発したリニア型超音波アクチュエータの有用性が確認できた。
キーワード:超音波モータ,リニアアクチュエータ,有限要素法,圧電素子,位置決め装置

Development of Linear Ultrasonic Actuator

Masahiro TAKANO and Ryuji SHINTANI

The high-precision and high-thrust ultrasonic linear actuator has been intensively investigated. We proposed a new type actuator having an elastic hinge between the vibrator and the piezoelectric element. Our actuator was compared with conventional linear actuators using finite-element analysis and considering the piezoelectric effect. Our analysis results show that this actuator could use the resonance phenomenon more effectively, and the output power of actuator was larger than that for conventional linear actuators having a non-elastic hinge. These seem to be the ideal vibration mode generation.

Keywords:Ultrasonic motor, Ultrasonic linear motor, Linear actuator, Finite element method, Design, Vibration of continuous system, Actuator, Piezo-element, Positioning

1.緒  言
  近年,電子産業,機械産業などの様々な分野で機械の小型化,薄型化の必要性が増加している。このような機械のダウンサイジングに伴い,部品の検査や加工などでは,ナノレベルで変位を制御できる駆動装置が求められている。従来型駆動源である電磁モータ式位置決め装置では,ナノレベルの高分解能を得るため,微動機構等の工夫が必要であり,装置が複雑化,大型化する。また,半導体やバイオ関係の位置決め装置では,電磁モータから発生する電磁ノイズが問題となっている。このようなことから,超音波アクチュエータを用いたリニアステージが,小型軽量,高分解能であること等の理由により,新たな高精度位置決め装置として期待されている1)〜3)。また,駆動に磁気作用を用いないことから電磁ノイズを発生せず,かつその影響も受けないことや,真空環境への対応が容易であること等の特長を有している。
超音波アクチュエータ(超音波モータ)は一般に振動子と移動子から構成されている。振動子では楕円運動の生成に固有振動数が一致する2つの振動モードを利用していることから,これまでに設計された回転型超音波アクチュエータの振動子の基本形状は,おもに矩形や円筒状などの単純な形状であった。しかしリニア型超音波アクチュエータでは,モード形状の異なる2つの振動モードを用い,かつこれらの固有振動数を一致させる必要がある。そのため,振動子は複雑な形状になりやすく,振動モードも複雑化する。この理由から,設計が困難となり,所定の楕円運動を効率よく生成できないという問題点がある。
そこで本研究では,高位置決め精度,高推力なリニアステージの開発を目的とし,効率よく楕円運動を生成できる超音波アクチュエータの構造について検討を行った。さらに,考案した超音波アクチュエータを適用したリニアステージを試作し,動作性能評価を実施した。

2.超音波アクチュエータの設計
2.1 超音波アクチュエータの駆動原理
超音波アクチュエータの駆動原理を図1に示す。超音波振動により,振動子の左面に設けた突起に楕円運動が生成する。この突起の先端を移動子に接触させると,移動子は下方に送り出されるように間欠的に接触することで下方向に移動する。また,楕円運動の回転方向を反転することにより,移動子を上方向に移動させることができる。

(図1 超音波アクチュエータの動作原理)

2.2 弾性ヒンジ構造の提案
リニアステージに用いられる定在波型振動子で楕円運動を生成するためには,モード形状の異なる2つの振動モードの固有振動数を一致させ,かつそれらの振動モードを90°の位相差でそれぞれ励起する必要がある。一般に超音波振動を励起する駆動源には,圧電素子が用いられ,この圧電素子を振動子に結合して,圧電素子の発生力により,所定の振動モードを励起している。従来の超音波アクチュエータ構造では,圧電素子を振動子に直接接合しているが,二種類の振動モードを励起する必要があることから,2つ以上の圧電素子が必要となり,アクチュエータ構造は複雑になる。そのため,所定の振動モードにおいては,圧電素子部に一方向以外の複雑な振動変位が生じることになる。例えば,縦方向に力(変位)を発生する積層型圧電素子やランジュバン型圧電素子を駆動源として用いた場合,利用する振動モードにおいて,その圧電素子部には縦方向の振動変位(ひずみ)が発生していることが望ましい。けれども,構造が複雑化すると,曲げ振動やねじり振動との連成振動モードが生じ,縦方向以外の振動変位(ひずみ)が生じる。このことは,アクチュエータの出力低下につながる。
そこで,本研究では圧電素子と振動子の結合部に曲げ剛性やねじり剛性が小さい弾性ヒンジを設ける構造を提案した。これにより,所定の振動数において,縦方向以外の振動を弾性ヒンジ部で絶縁することができ,圧電素子部に縦振動のみの振動変位を生じさせることが可能となる。

2.3 弾性ヒンジの効果検討
弾性ヒンジ構造の効果について,有限要素法を用いて検討を実施した。一般的な振動モデルをモード座標系に変換すると,加振点kにFkの調和外力が作用するときの任意のj点における変位Xjは次式で表される。
ここでφji,φkiはi次モードにおけるj点,k点の固有ベクトルであり,ωi,mi,ηiは,それぞれi次モードにおける固有角振動数,モード質量,モード損失係数である。式(1)のφkiFkは刺激係数と呼ばれ,これを大きくすることが,そのモードにおける振動変位,つまり出力を大きくする事につながる。圧電素子の発生力が一定の場合,出力は,圧電素子端部における加振力方向の固有ベクトルに依存する。そこで,この圧電素子端部における加振力方向の固有ベクトルを,弾性ヒンジを設けた構造(弾性ヒンジ構造)と設けていない構造(従来構造)とで比較した。固有ベクトルは有限要素法によるモーダル解析によりそれぞれ求めた。有限要素解析には,汎用有限要素コードANSYS8.1を用いた。ここで,振動子の基本形状は直方体とし,楕円運動を生成するために利用する振動モードとして,直交する2つの縦振動を用いることにした。また,圧電素子はランジュバン型圧電素子を用いることにした。解析に用いた超音波アクチュエータ構造を図2に示す。楕円運動を生成するために利用する2つの振動モードの周波数を一致させるため,両者の解析モデルにおいて,振動子の寸法を若干変更した。解析によって得られた振動モードを図3,図4にそれぞれ示す。図3に示すとおり,ヒンジのない従来構造では,圧電素子部に縦振動と曲げ振動の連成振動が生じている。一方,図4の弾性ヒンジ構造では,圧電素子部に縦振動のみが生じており,曲げ振動は弾性ヒンジ部で絶縁されていることがわかる。この振動モードにおける圧電素子端面の固有ベクトルの平均値を表1に示す。なお,固有ベクトルは,モード質量で正規化した値である。表1で示すとおり,モードαを励起する圧電素子1,モードβを励起する圧電素子2の固有ベクトルはともに,弾性ヒンジを設けた構造のほうが,2倍程度大きいという結果が得られた。

(図2 超音波アクチュエータの構造)
(図3 従来構造の固有振動モード)
(図4 弾性ヒンジ構造の固有振動モード)
(表1 圧電素子端面の固有ベクトル)

以上のことから,弾性ヒンジ構造は,圧電素子の発生力を効率よく振動エネルギーに変換できる特長を有していることがわかった。ところで,振動子に楕円運動を生成するためには,2つの振動モードを位相差90°で同時に励起する必要がある。ただし,それぞれの振動モードを励起する圧電素子部は振動的に独立していることが望ましい。つまり,所定の振動モードにおいて,両者の圧電素子部に振動変位が発生していると,互いの圧電素子の発生力により振動が相殺されるからである。図4に示したとおり,弾性ヒンジ構造では,各々の振動モードにおいて,励起しない側の圧電素子は,ほぼ振動の節になっており,その振動モードへの影響は小さいことがわかる(表1参照)。この点からも,弾性ヒンジ構造が優れているといえる。
  実際に,この構造で楕円運動が生成できることを検証するため,互いの圧電素子を位相差90°で駆動した場合の振動子の応答を有限要素法により解析した。荷重条件として,圧電素子の発生力を模擬するため,圧電素子端面に350Nの調和荷重を付加した。また,減衰比は0.5%とした。解析で得られた圧電素子端面の変位応答を図5にそれぞれ示す。変位応答も同様に,弾性ヒンジを設けた構造の方が大きくなる結果が得られた。また,両者の構造とも振動子端部で楕円運動を生成していることが確認できた。

(図5 圧電素子端面の変位応答)

2.4 超音波アクチュエータの製作
  前節で弾性ヒンジ構造が効果的である結果が得られたので,実際にリニアステージに適用可能なアクチュエータ構造を試作することにした。圧電素子は構造の対称性をもたすため,4個配置した。振動子の詳細形状については,有限要素解析を用いて,利用する2つの振動モードの周波数が一致するように決定した。得られたアクチュエータ構造を図6に示す。各圧電素子を図6に示す位相差で駆動することにより,突起先端に楕円運動を生成する。試作した超音波アクチュエータならびにそれを適用した超音波リニアステージを図7に示す。振動子はアルミニウム材により製作し,移動子にはクロスローラガイド式の精密ステージを採用
した。移動子の接触部は耐摩耗性向上のため,

(図6 超音波アクチュエータ構造)
(図7 超音波リニアステージ)
(図8 ステージ移動量)

アルミニウム材に約30μmの硬質アルマイト処理を施した。振動子は振動モードへの影響が小さい箇所でばねにより支持し,移動子接触部に振動子の突起先端を約30Nの加圧力で接触させた。駆動周波数は62.7kHzとし,圧電素子1,2の位相を反転させることにより,ステージの進行方向を反転する。動作性能試験時のステージ変位測定結果の一例を図8に示す。図8では,駆動条件として,振幅60V,周波数62.7kHzの正弦波電圧をバースト時間8msで計3回圧電素子に印加している。ステージの変位は静電容量型変位計にて測定した。この条件では,一波あたりの移動量は約4nmである。また,ステージの最大速度は500mm/secであった。

3.結  言
  超精密位置決め装置への応用を目的に,リニア型超音波アクチュエータについて検討を行い,圧電素子と振動子を結合する部分に弾性ヒンジを設けたアクチュエータ構造を提案した。有限要素解析の結果,本構造が圧電素子の発生力を効果的に駆動エネルギーに変換できることを確認した。さらに本アクチュエータ構造を試作し,リニアステージに適用したところ,良好な動作性能が得られた。

謝  辞
  本研究の遂行にあたり,ご協力頂いたシグマ光機(株)に感謝します。また,本研究は,(独)科学技術振興機構研究成果活用プラザ石川のFS委託研究(可能性試験)の一部として実施いたしました。

参考文献
1)T. Funakubo, T. Tsubata, Y. Taniguchi, K. Kumei, T. Fujiwara and C. Abe. Ultrasonic Linear Motor Using Multilayer Piezoelectric Actuators, Jpn. J. Appl. Phys. Vol.34 Part1, No5B, 1995, P.2756 - 2759.
2)古川達也,新行内充,加川幸雄.同型縮退モードを利用した自走型矩形超音波アクチュエータの有限要素モデル援助による検討.日本音響学会誌.Vol.55, No.8, 1999, P.554 - 559.
3)C, Yun, T. Ishii, K. Nakamura, S. Ueha and K. Akashi. A High Power Ultrasonic Linear Motor Using a Longitudinal and Bending Hybrid Bolt-Clamped Langevin Type Transducer. Jpn. J. Appl. Phys. Vol.40, 2001, P.3773 - 3776.