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ハイブリッドナノダイヤモンド(HND)膜の開発

■機械金属部 安井治之 粟津薫

 イオンプレーティング法やプラズマCVD法によって作製されたダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜は,摩擦係数が低く,工具に応用することでアルミ切削加工が可能になった。しかしDLC膜には300℃以上になるとグラファイト化する耐熱性の問題と硬度の高い金属に対しては耐久性に問題があった。一方CVD法により作製されたダイヤモンド膜は高硬度であるが,表面が粗く摩擦係数がDLC膜の数倍もあるため,産業的には応用分野が限定されていた。そこでこれら両者の利点を併せ持つ膜として,同一真空容器内でDLC膜と微粒のダイヤモンド膜を交互に堆積して形成される,ハイブリッドナノダイヤモンド(HND)膜を開発した。本報では,三次元イオン注入(PBII)技術を用いたHND膜の作製方法とその特性について紹介する。
キーワード:DLC膜,三次元イオン注入(PBII),ナノダイヤモンド,硬さ,摺動特性

Development of hybrid nano-diamond films formed by PBII (plasma based ion implantation)

Haruyuki YASUI and Kaoru AWAZU

Diamond-like carbon (DLC) films made by plasma process have many useful properties for tribological characteristics. In particular, friction coefficient is a very low. However, these films have some weak points, such as a small heat resistance of less than 300℃ and an insufficient hardness for industrial applications like machine tools. On the other hand, it is well known that diamond films made by plasma chemical vapor deposition have excellent hardness. However, they are also inferior for industrial applications, because of the rough surface and a low critical load than DLC films. In this study, we developed hybrid nano-diamond (HND) films made by plasma based ion implantation (PBII) that are formed by alternately depositing DLC films and nanodiamond films in a same chamber. This HND film shows sufficient hardness as well as excellent tribological characteristics due to the multi-layer structure of DLC and nanodiamond.

Keywords:DLC, PBII, nanodiamond, hardness, tribology

1.緒  言
産業界で使用される工具,金型,機械部品などは,ますます高精度化,高機能化,長寿命化が要求されるようになっており,それに応えるために,材料の硬度や耐摩擦・摩耗特性の改善が要求され,DLC膜の実用化が進んでいる。
しかし,近年ではDLC膜のさらなる高硬度化の要求が高まったことから,その解決策として,図1のイメージ図に示すようなDLC膜と超微粒のダイヤモンド(ナノダイヤモンド:ND)を複合・多層化した超硬質・多層膜であるハイブリッドナノダイヤモンド(HND)膜の成膜プロセスを開発した1)。

2.実験内容
2.1 試料作製
  実験に用いた装置を図2に示す。本装置は,真空容器(φ500mm×L800mm),パルス・プラズマ発生用の高周波発生装置(RF:13.56MHz)とマイクロ波発生装置(MW:2.45GHz),高電圧パルス電源部(-10kV,1A)から構成されている。基板としては,Siウェハと超硬合金(WC)を使用し,原料ガスは,ボンバード用のArガスと成膜用のC2H2ガスを用いた。試料表面のクリーニングは,真空容器中にArガスを導入し,RFプラズマを生成後,負のパルス電圧印加により,プラズマ中のArイオンを試料表面に衝突させることにより酸化膜等の除去を行った。その後,C2H2ガスを導入して,負のパルス電圧印加によりイオンミキシング処理を行い2),密着力向上過程を経て,表1に示す条件で図3に示す4パターンの膜を成膜した。

(図1 HND膜のイメージ)
(図2 HND装置)
(表1 HND膜の成膜条件の一例)

2.2 膜特性の評価
WC基板上に作製した各膜を用いて膜特性の評価を行った。膜の機械的特性は,超微小硬度計(島津製作所製, DUH- W201S)による硬度測定,スクラッチ試験機(タンガロイ製,TUS-10)による密着力試験,CSEM社製トライボメータを用いた摩擦試験により評価を行った。また,透過電子顕微鏡(TEM)により各膜の断面観察を行った。観察試料としてはSi基板上に成膜したHND膜を用い,さらにその上にカーボン蒸着とプラチナ層を積層した後,集束イオンビーム装置(FIB)を用いて薄膜試料を作製した。観察に用いた試料の大きさは,長さ16μm,深さ3μm,厚さ約100nmである。

2.3 膜中の水素量評価
  膜中の水素量は共鳴核反応分析法(RNRA:Resonant Nuclear Reaction Analysis)3)で評価した。本測定は,3MVタンデム加速器((独)日本原子力研究機構高崎研究所TIARA施設)を用いた。測定用の試料は,位置決め用のサファイヤ発光体,水素含有量が既知の非晶質Si標準試料(含有量:14.4at%)とともに,試料台に並べて固定し,超高真空中(真空度:10-6Pa)に半日以上置いた後,試験に供した。
  水素の測定は,6.385MeVに加速した15Nビームを試料に照射し,1H(15N,αγ)12Cの核反応に伴って放出されるγ線の内,4.43MeVのエネルギーを持つγ線について,照射数20000counts,照射時間120sec当たりのγ線収量を測定した。また,膜中の水素イオンの位置評定のため,15Nイオンのエネルギーを6.4MeVからγ線収量が収束するまで10keV毎に変化させ,それぞれのエネルギーに対応する位置でのγ線収量を測定した。検出器は,NaIシンチレーターで,真空チャンバーの外側に設置し,試料から2cm離れたところで測定した。γ線収量は,含有量が既知の標準試料で,水素量を校正した。

2.4 フライス切削試験
  HND膜の切削特性を評価するために,D種のHND膜をWC製切削チップに成膜し,NCフライス盤を用いて,アルミニウム合金(A5052)の切削試験を行った。切削条件は,回転数680rpm,切削速度267m/min,送り量0.18mm/tooth,切り込み量2mm,切削距離40〜960mである。走査型電子顕微鏡(SEM)による工具刃先のアルミニウムの溶着状態観察,破損度の観察および切削切り粉の観察等により評価を行った。

3.実験結果と考察
3.1 膜特性の評価結果
WC基板上に成膜した4種類の各膜について,硬さ試験,摩擦試験,スクラッチ試験を行い,機械的性質を評価した。図4は,超微小硬度計により,荷重9.8mN,負荷速度0.3mN/sの条件で,各5点を測定評価した結果である。硬さ測定の結果からD種のHND膜では,A種のDLC膜の1.5倍以上となる40GPaを超える値が得られている。
図5は,トライボメータを使って,ボール(SUJ2:6mmφ),荷重10N,摩擦距離150mまでの摩擦試験を行い,摩擦係数の変動を示したものである。A種のDLC単層ではこれまでと同様に0.1程度の低い摩擦係数を示す。B種とC種の場合,摩擦係数が大きくその変動も大きい。D種のHND膜を3層構造とした場合,摩擦係数の変動は小さく,A種のDLC単層の場合よりもさらに小さい摩擦係数を示している。
図6は,スクラッチ試験機を使って,スクラッチ速度10mm/min,試験荷重10Nから100Nまでスクラッチ試験を行い,臨界剥離荷重を求めた結果である。特にD種のHND膜では70Nという基板との高い密着力が得られた。
図7は,断面TEM観察結果であり,(a)はC種のHND膜で,成膜時の基板温度350℃でND層を形成した後,DLC膜を積層したものである。TEM写真から,DLC層は一様の透過色であるが,ND層内は結晶粒の集合体構造を示しており,その拡大写真により粒径を測定すると数十〜50nmであった。図(b)は,B種のHND膜で,成膜温度を200℃としてND単層を形成したものである。この場合,ND層の表面状態は走査型電子顕微鏡(SEM)観察から粒状構造になっていて,TEM用試料作製には,ND層の上からカーボン蒸着をして保護膜としている。そのため,TEM写真のND層には,NDとカーボンが混在しているように見えることになる。TEM写真から,ND層内に結晶化している領域が至るところで観察される。その拡大写真により粒径を測定すると7nm程度であった。さらにD種のHND膜についてもTEM観察を行ったが,この場合のNDの粒径は数nmオーダと考えられ,TEM観察からはその存在は確認できなかった。この原因として,TEM観察用試料の厚さが関係していると考えている。
以上,TEM観察から求めたNDの粒径とND層の成膜処理温度との関係を示すと図8のようになる。C種のND層は350℃で成膜しており,B種のND層は200℃,D種のND層は150℃で形成しており,温度を下げることによりND層の粒径が細かくなった。

(図4 硬度測定結果)
(図5 トライボ測定結果)
(図6 スクラッチ試験結果)
(図7 HND膜の透過電子顕微鏡写真)
(図8 ND層の成膜温度とND粒径の関係)

3.2 膜中の水素量評価結果
  測定に用いた試料は,Si基板上に成膜したA種のDLC単層,B種のND単層,そしてそれらを積層したD種の3層構造のHND膜(Si基板+DLC層+ND層+DLC層)である。図9にRNRA法により測定したHND膜中の含有水素の分布を示す。図中の○プロットは,水素含有量が既知のSi標準試料での結果であり,△プロットはA種のDLC膜単層,▲プロットはB種のND単層,■プロットはD種のHND膜の測定結果である。横軸は,15Nイオンのエネルギーであり,深さ方向に対応する。縦軸は,水素と共鳴核反応で放出されるγ線の収量であり,含有水素の量に対応する。図からHND膜中の水素含有量は双子山形状を示し,山部分では24.7 at%,29.4at%,谷部では10.6 at%を示した。また,DLC膜,ND単層の水素含有量はそれぞれ30.9%,8.9%を示しており,3層構造HND膜の山部,谷部の水素量にほぼ対応している。

(図9 HND膜内の含有水素分布)

3.3 フライス切削試験結果
  図10は,D種のHND膜のフライス切削試験を行った結果である。比較のためノンコートWCチップとDLC膜も試験を行った。その結果,ノンコートでは40mも保たずにアルミが溶着し,また,DLC膜は640mでアルミ溶着が確認されるのに対し,HND膜は960mでも溶着せず,良好な切削結果が得られた。

(図10 アルミニウム合金切削試験結果)

4.結  言
C2H2ガスを原料として用い,200℃程度の低温で,DLC膜とND膜の多層構造のHND膜を形成した。硬さ40GPa,摩擦係数0.1,臨界剥離荷重70Nなどの実用可能な膜が得られた。またHND膜を切削チップに成膜して,アルミニウム合金(A5052)の切削における耐溶着性試験結果から良好な結果が得られた。
なお,本研究は,独立行政法人科学技術振興機構研究成果活用プラザ石川での育成研究課題「ハイブリッドナノダイヤモンド(HND)膜の開発とその成膜プロセスの確立」で行ってきた研究成果の一部であり,石川県工業試験場,(株)オンワード技研,金沢工業大学の共同研究である。協力いただいた関係各位に謝意を表する。

参考文献
1) 粟津薫,安井治之,池永訓昭,川畠丈志,長谷川祐史,作道訓之. ハイブリッドナノダイヤモンド膜の形成とその特性. NEW DIAMOND. Vol.21, No.1, 2005. p.28-29.
2) K. Awazu, K. Shimamura, H. Watanabe and M. Iwaki. Effect of ion beam bombardment of carbon thin films deposited onto tungsten carbide and tool steels. Surf. Coat. Technol.Vol.51, 1992. p.509-513.
3) H. Yasui, K. Awazu, H. Naramoto. Hydrogen analysis of BCN films with resonant nuclear reactions. Surf. Coat. Technol. Vol.196, 2005. p.221-225.