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 無鉛和絵具の開発
 九谷焼技術センター ○木村裕之

 本研究の目的は,これまで九谷焼に無かった透明感を持つ無鉛赤絵具の開発である。
 九谷焼で使用されている赤絵具は酸化鉄(Fe2O3)を使用しているため不透明なものであった。本研究では,無鉛フリットに金微粒子を着色剤として使用することで,透明感を持つ無鉛赤絵具を開発することができた。
キーワード:九谷焼,無鉛絵具,金微粒子

Development of Lead-free Overglaze Color

Hiroyuki KIMURA

The purpose of this study is develop a clear lead-free red overglaze color something that Kutani-ware has nothad until now. The red overglaze color that has been used up until now in Kutani-ware is opaque because of iron oxide(Fe2O3) that it contains. In this study we developed a clear lead-free red overglaze color by using fine gold particles for the lead-free frit used as a colorant.
Keywords:Kutani-ware, lead-free overglaze color, fine gold particles

1.緒  言
陶磁器用上絵具は,それ自身は無色透明であり800℃前後で溶融するフリット(ガラスの粉砕物)に,遷移金属元素を主体とした着色剤を混合したものである。陶磁器表面に絵付け後,焼付けすることで着色ガラスとして発色させるものである。陶磁器用上絵具は和絵具と洋絵具の2種類に区別される。和絵具は,九谷焼,有田焼,京焼等で使用されており色ガラスのように透明性を有し,独特の表面光沢を持つ。一方,洋絵具は,洋食器や瀬戸等の製品に使用されており透明性を有しない。
一般的に陶磁器用上絵具では,和絵具,洋絵具共に800℃前後での焼付けを行うが,ガラス化のためフリット成分に酸化鉛を含んでいる。しかし,重金属の人体への影響から,食品衛生法では「飲食器からの溶出鉛規制値」が定められている。また,2000年には国際標準化機構(ISO)の規制値が強化され,溶出鉛の規制が厳しくなった。このため,工業試験場では鉛成分を含まない九谷焼の上絵付け用に無鉛和絵具を開発し,製品化1)を行ってきた。
九谷焼に使用される上絵具は「九谷五彩」と呼ばれ,5色の上絵具が基本になっている。5色のうち青(緑),黄,紺青,紫の4色は九谷焼独特の透明感をもつ絵具(和絵具)が,赤は不透明な絵具が使用されている。なお,青(緑)は酸化銅,紺青は酸化コバルト,紫は酸化マンガン,赤と黄は酸化鉄を着色剤として使用している。従来,九谷焼で使用している赤絵具は,フリット100gに対して,酸化鉄15〜30gを添加・混合し赤絵具としている。この方法で調整される赤絵具は,酸化鉄(弁柄)をフリットで釉薬表面に焼付けるので不透明なものになる。
透明感をもつ赤としては,セレン-カドミウム顔料を使用した上絵具が僅かに使用されている。しかし,カドミウムはその毒性から前記した鉛溶出基準以上に厳しい溶出規制値(鉛の10分の1)が定められており,カドミウムを含む着色剤を食器に使用することはできない。
本研究で透明感のある赤絵具の着色材料として着目したのは,金の微粒子である。金はバルクの状態では黄金色であるが,微粒子の状態では赤に発色する(発色のメカニズムを図1に示す)2)。金微粒子の着色剤としての利用については,古くからステンドグラスや高級ガラス食器などに使用されている。しかし,安定した赤の発色を得るためには,金微粒子の粒径や濃度を厳密に制御する必要がある。この制御の方法として近年多くの分野で研究されているナノテクノロジー(物質を原子や分子のレベルから制御する技術)により微粒子の調整を行う。

(図1 金微粒子の発色)

本研究では,九谷焼の大きな特徴である透明感を持ち,鉛成分やカドミウム成分を含まない赤絵具の開発を行った。

2.試験内容
2.1 金微粒子の発色
金微粒子の発色について,粒子径及び濃度の変化が色調におよぼす影響を観察した。
微粒子の調整法は,大別して分散法と凝集法の2つがある。分散法は,金を電極としてアーク放電し,生じた金蒸気を水中に凝集する方法である。凝集法は,金イオンを含む水溶液に還元剤を用いて金イオンを緩やかに還元し,金微粒子を水中に析出させる方法である。本研究においては,後者の凝集法を用い,金微粒子の分散液の色調について観察・検討した。
金微粒子サンプルは,北陸先端科学技術大学院大学材料科学研究科の三宅幹夫教授に調整して頂いた。

2.2 金微粒子による着色試験
2.2.1 無鉛フリットへの着色
 無鉛フリットに金微粒子を着色剤として使用し,絵具としての発色状態を検討した。
絵付け試料は,以下の条件で作成した。無鉛フリットと金微粒子を混合した絵具にふのり(3w%)と水を添加し,ガラス板上で混練して使用した。次に,40×50mmの白素地に均一な厚み及び面積になるように筆で塗布し,自然乾燥を行った。なお,絵具の透明性の状況を目視で判断するため,黒色の線描呉須で絵具の下に線描を行った。
 焼成は電気炉を使用した。焼成条件は270分で850℃に昇温させ,15分間温度を保った後,自然冷却した。
絵具の透明感や発色状態については,目視で評価した。

2.2.2 有鉛フリットへの着色
 鉛を含むフリットに金微粒子を着色剤として使用し,絵具としての発色状態を検討した。
現在,九谷焼の業界では鉛を含んだフリットとして,酸化鉛含有量が約30%の耐酸フリットと酸化鉛含有量が約60%の有鉛フリットの2種類を使用している。耐酸フリットを使用した耐酸絵具は飲食器に,有鉛フリットを使用した有鉛絵具は置物や美術品に使われている。
絵付け条件は,無鉛フリットの条件と同じである。
 焼成は電気炉を使用した。有鉛フリットを使用したものは,240分で750℃に昇温させ,10分間温度を保ち焼成した。耐酸フリット使用したものは,240分で800℃に昇温させ,10分間温度を保ち焼成した。冷却は両者とも自然冷却である。
透明感や発色状態に付いては,目視で評価した。

2.2.3 無鉛赤絵具の耐酸試験
無鉛和絵具は飲食器に使用する絵具として開発を行っている。このため,金微粒子で着色した絵具について,金微粒子の添加量による耐酸性の変化を検討した。金微粒子の添加量は0.01, 0.05, 0.10,0.20w%の4段階とした。
耐酸試験の試料は,小皿の白素地に1.2gの絵具を面積20cm2に均一な厚みになるように筆で塗布した。焼成条件は,2.2.1と同じである。耐酸試験は,22±2℃の環境下で4%酢酸溶液を50ml加え,24時間静置後,その溶液を回収し溶出成分を分析した。
鉛を含んだ絵具では耐酸性の指標として溶出した鉛濃度を測定するが,ここではナトリウムとカリウムの溶出濃度を耐酸性の指標とした。耐酸性の比較試料には,無鉛フリットのみを塗布したものを用いた。
2.3 無鉛和絵具を使用した試作品の製作
金微粒子を使用した赤絵具を50g調整し,試作品の製作に供した。赤以外の4色(青,黄,紺青,紫)も無鉛和絵具を使用した。作品の製作は,九谷上絵協同組合,小松九谷工業協同組合,加賀市九谷陶磁器協同組合に依頼した。

3. 結果及び考察
3.1 金微粒子の発色
粒子径による発色の変化を図2に,濃度による発色の変化を図3に示す。
図2は,金微粒子の濃度を一定(0.2mM)とし,左から粒子径を6.8, 9.8,15.0,31.2nmの4段階に変化させたものである。6.8,9.8,15.0nmの粒子径では,色調はほぼ同じであり明るい赤となった。31.2nm粒子径では,黒みがかった赤になり,透明感が低下した。
図3は,金微粒子の粒子径を一定(15.0nm)とし,左から濃度を0.2,0.4,1.0mMの3段階に変化させたものである。0.4mMは0.2mMに比べ黒味を帯びた。更に1.0mMでは赤味がなくなり黒色に変化し,透明感がなくなった。

3.2 金微粒子による着色試験
3.2.1 無鉛フリットへの着色

(図2 粒子径による発色の変化)

(図3 濃度による発色の変化)

(図4 無鉛フリットへの着色)

無鉛フリットに金微粒子を着色剤として使用した絵具の発色状態を図4に示す。上段左から0.01,0.03,0.05%,下段左から0.075,0.10,0.20%(フリットに対する重量%での添加量)の6段階で発色を観察した。
その結果,淡いピンクから濃い赤まで,赤系統の発色を得ることができた。なお,3.1で観察した金微粒子単体の発色と比較すると,絵具の色調は若干青味が入り赤紫(マゼンタ系)の色合いであった。透明感については,最も濃度の高いサンプルにおいても,絵具の下に呉須で描いた線が目視でき,透明感を有していた。
以上から,無鉛フリットに金微粒子を着色剤として使用することで透明感を持つ赤絵具を得ることができた。

3.2.2 有鉛フリットへの着色
耐酸フリットに0.05,0.10,0.20%の濃度となるように金微粒子を添加し,発色を観察した結果,色調は,青紫となった。0.05%濃度のサンプルでは絵具の下の呉須線が目視できたが,0.10%のサンプルでは目視できなかった。
有鉛フリットに0.05,0.10,0.20%の濃度になるように金微粒子を添加し,発色を観察した結果,色調は,黒であった。透明性については0.05%のサンプルでも絵具の下の呉須線が見えず不透明であった。赤の発色が得られず不透明な絵具になったのは,金微粒子と鉛が反応したためと考えられる。
以上から,鉛を含んだフリットでは透明感を持つ赤絵具は得られなかった。

(図5 無鉛和絵具を使用した試作品)

3.2.3 無鉛赤絵具の耐酸試験
表1に耐酸試験の結果を示す。溶出量は酢酸溶液中のNaとKの合計量を示し,3試料の平均値をとった。その結果,金微粒子の添加濃度を濃くしても,未添加サンプルの溶出量と大きな差はみられなかった。また,耐酸試験後の各サンプルの表面状態を目視で観察したが,未試験のものと比較して変化はみられなかった。
以上から,絵具の耐酸性は金微粒子を着色剤として添加しても変化しないことが分かった。

3.3 無鉛和絵具を使用した試作品の製作

(表1 耐酸試験結果)

透明感を持つ無鉛赤絵具と他の無鉛和絵具4色を使用した試作品を図5に示す。左から中島享氏,三浦勝雄氏,山口義博氏の作品である。
赤を含む無鉛和絵具の使い勝手について尋ねたところ,従来の耐酸和絵具と同様な感覚で使えるとのことであった。

4. 結  言
 九谷焼の大きな特徴である透明感を持ち,鉛成分やカドミウム成分を含まない赤絵具の開発を行い以下の結果を得た。
(1)無鉛フリットに金微粒子を着色剤として使用し,透明感を持つ赤絵具を得ることができた。
(2)鉛を含んだフリットに金微粒子を着色剤として使用した場合には,透明感を持つ赤絵具を得ることができなかった。
(3)金微粒子を着色剤として使用しても絵具の耐酸性に変化はみられず,飲食器の加飾に使用できた。
以上の結果から,無鉛透明赤絵具を開発することができた。この成果は,石川県九谷陶磁器商工業協同組合連合会に技術移転した。

5. 謝 辞
本研究を遂行するに当たり,終始適切なご助言・ご協力頂いた北陸先端大学院大学教授三宅幹夫氏に感謝します。また,技術移転に当たり,終始ご協力頂いた石川県九谷陶磁器商工業協同組合連合会理事長中田他家男氏,九谷上絵協同組合三浦勝雄氏及び関係者各位の皆様に感謝します。

参考文献
1) 木村裕之.石川県九谷焼試験場報告.平成8年度〜13年度
2) プラザNo.71. JITA News. No.3, 1999, p. 12-13.




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