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 玄米及び低精白米を用いた清酒製造法の開発
 化学食品部 ○松田章 道畠俊英 西村芳典
 石川県酒造組合連合会 佐無田隆

 玄米または低精白米を焙煎処理し, これらを掛米として清酒を製造し, 香味に及ぼす影響を検討した。その結果, 1)玄米の焙煎条件による消化性を評価した結果, 玄米の焙煎条件として280℃で6分間が最適であった。2)玄米特有の臭いの主成分は, 1−ヘキサナール, 1−ペンタノール, 1−ヘキサノールなどであった。これらの臭いは, 焙煎によって玄米の16.7〜3.9%に低減した。3)玄米及び, 精米歩合98%, 95%, 90%, 80%, 70%の各白米を蒸した場合と, 焙煎処理(280℃, 6分間)を行った場合についてそれぞれ清酒を試醸した。どちらの場合についても, 精米歩合が高くなる(玄米に近くなる)につれて酸度は高くなり, アミノ酸度は低くなった。焙煎米を用いた場合, 酒化率は精米歩合70%の蒸米よりもやや低い傾向が見られた。4)精米歩合が高くなるにつれて, イソアミルアルコール, リンゴ酸, コハク酸及びクエン酸が高くなる特徴が見られた。5)官能評価では, 精米歩合90~95%の場合, 焙煎処理の方が蒸した場合よりもわずかながら評価が高かった。
キーワード:玄米,低精白米,焙煎, 酒

Development of Sake Brewing Method Using Roasted Unpolished or Slightly Polished Rice

Akira MATSUDA, Toshihide MICHIHATA , Yoshinori NISHIMURA and Takashi SAMUTA
   
The method of brewing sake using roasted unpolished or slightly polished rice was studied in order to investigate the influence of processed rice on the taste of sake. The results were as follows:1)The appropriate temperature and time period for the roasting of unpolished rice was found to be 280℃ for 6 minutes according to the digestibility test. 2)The main odor components of unpolished rice were 1-hexanal, 1-pentanol and 1-hexanol. Roasting effectively decreased these odor components. 3)Several kinds of sake were brewed using steamed rice or roasted rice of polishing ratios of 100%, 98%, 95%, 90%, 80% and 70%. The higher the polishing ratio was, the higher the acidity was and the lower the amino acidity was. The ratio of sake obtained in the case of roasted rice showed a slightly lower value than did that of sake obtained in the case of steamed rice of a polishing ratio of 70%. 4)As the polishing ratio increased, the ratios of iso-amyl alcohol, malic acid , succinic acid and citric acid in the sake increased. 5)Two kinds of sake made from roasted rice of polishing ratios of 90% and 95% were evaluated as slightly better than sake made from steamed rice of the same polishing ratio based on sensory evaluation.
Keywords:brown rice, little polished rice, roast, sake

1.緒  言
 現在, 清酒製造における原料米処理工程では, 通常, 玄米を30%以上削り(精米歩合70%以下), 多量の米糠を排出している。玄米または精白度の低い米(低精白米)を用いて香味の良い清酒が製造できれば, 米糠排出の抑制と省エネルギーにもつながる。しかし, 玄米を用いて清酒を製造するには, 米粒の溶解性の低さが問題となり, 通常の方法では掛米に用いることはできない1)。また, 清酒を製造した場合には, 玄米特有の臭い(特異臭)など香味の点で問題がある2)。
そこで, 本研究では, 掛米に焙煎処理した玄米または低精白米を用いて, 清酒の香味に及ぼす影響について検討した。焙煎処理は, たとえば米表面を200℃以上の高温雰囲気下にさらすことによって, 米表面のタンパク質の変性や脂肪酸の揮散を促す方法である。原料米を焙煎処理して清酒に応用した例はこれまでにも報告があり3),4) , 最近, 発芽玄米を留掛米に用いた清酒の例が報告されている5)。
本研究では, 試作した小型焙煎装置を用いて, 玄米及び精米歩合が100〜90%の低精白米について焙煎処理を行い, これらを掛米として清酒を試醸し, 香味に及ぼす影響を検討した。

2.実  験
 2.1 原料及び原料処理
 原料米は石川県産五百万石を, また, 麹は乾燥麹(徳島精工(株)製)を用いた。精米は, 小型精米器TM05((株)佐竹製作所製)を用いた。蒸米は蒸米器M-11(エイシン電気(株)製)により調製した。玄米の場合は浸漬, 水切り後, ロールミルO.S.K134(小川サンプリング(株)製, 目開き1.5mm)により圧砕処理を行い, 蒸し操作を行った。焙煎処理は, 図1のスキームに従って, 原料米を浸漬, 水切り後, 試作した米穀焙煎装置((有)村上商店製)(図2)を用いて行った。この装置は, 炉内に直径約18cm, 長さ約30cmのステンレス製回転かごを備え, 加熱及び通風が可能である。原料米の浸漬条件は, 蒸し及び焙煎ともに, 玄米の場合は15℃の水で15〜16時間, 98%精白米の場合は3時間, 95%の場合は2時間, 90%〜70%の場合は1時間とし, 水切りを2時間行った後, 蒸しまたは焙煎処理に供した。基本的な焙煎処理条件は, 試料100g, サンプルかごの回転速度7.5rpm, 炉内の風速0.79m/sとし, 処理温度と時間の影響について検討を行った。

 2.2 消化性試験
焙煎処理後の米の溶解性を検討する目的で, 日本酒度を指標として消化性を評価した。消化性試験は, 酒造用原料米全国統一分析法6)に準じて行った。日本酒度は振動式密度比重計DA-500(京都電子工業(株)製)を用いた。

(図1 玄米または精白米の焙煎処理)

2.3 米の水分測定
米の水分は酒造用原料米全国統一分析法6)に準じてアルミ秤量缶にて135℃で3時間加熱後の減量値より求めた。

 2.4 香気成分の測定

(図2 焙煎装置の外観(左)と模式図(右))

 玄米や精白米等の香気成分は, ガスクロマトグラフ質量分析計(GCMS-QP5050A, (株)島津製作所製) を使用し, TenaxTAを用いたTCT法により分析した。なお, カラムは, TC-WAX 0.25mmI.D.×60mを使用し, 昇温プログラム(40℃, 10分保持, 昇温速度5℃/分, 230℃, 14分保持)で測定した。必要に応じて, 内部標準として3−ペンタノールを用い, そのピーク面積を100とした半定量的な測定を行った。また, 清酒の香気成分の測定は, ヘッドスペースガスクロマトグラフ(HSS-4A+GC-17A, (株)島津製作所製)を用いた。なお, カラムはDB-WAX 0.25mmI.D.×30m(J&W Scientific)を使用し, 昇温プログラム(60℃, 4分保持, 昇温速度10℃/分, 160℃)で測定した。

2.5 清酒の試醸  
 玄米及び, 精米歩合98%, 95%, 90%, 80%, 70%の白米を用いて, 蒸した場合と, 焙煎処理(280℃, 6分間)を行った場合について, それぞれ清酒を試醸した。玄米を用いた場合の蒸し及び焙煎処理(280℃, 6分間)による仕込配合をそれぞれ表1, 表2に示す。表2の補正汲水の中には, 乾燥麹に補填する水分, 蒸米が仕込みに持ち込む水分(蒸米吸水率から算出), 焙煎による損失水分(原料米と焙煎米との水分差)にそれぞれ相当する量を追加してある。酵母は協会7号の泡無し酵母(K-701)を用い, 日本酒度0を目標に上槽した。

2.6 清酒の成分分析及び評価
 試醸した清酒中の一般成分(アルコール分, 日本酒度, 酸度, アミノ酸度)の分析は, 国税庁の所定分析法7)に準じて行った。また, 有機酸分析は有機酸分析システムShodex OA(昭和電工(株)製)を用いて行った。なお, 試醸した清酒については, パネラー7名による5点法(1:良, 5:悪)で官能評価を行った。
(表1 3段仕込みの仕込配合(玄米・蒸し) )
  初添 仲添 留添 計
総  米(g) 89.3 142.8 267.9 500.0
掛米(g) 60.5 110.4 213.2 384.0
麹米(g) 28.8 32.4 54.7 116.0
汲  水(ml) 134.0 174.2 341.8 650.0
 乳 酸(ml) 0.5 - - 0.5
*麹米は麹米重量の86%の乾燥麹を使用。汲み水は乾燥麹(g)×0.2(ml)を追加。

(表2 3段仕込みの仕込配合(玄米・280℃×6分焙煎))

3.結果および考察
 3.1 焙煎処理条件と消化性

(図3 焙煎条件(温度と時間)の検討)

(図4 精米歩合と原料米処理が消化性に及ぼす影響)

玄米を用いて, 200℃〜300℃の範囲で時間を変えて焙煎処理を行い, 得られた処理米について, 溶解性を消化性で評価した結果を図3に示す。70%蒸米の消化性(日本酒度-46.07)に近い焙煎条件を選抜した結果, 260℃で8分, 280℃で6〜8分, 300℃で4〜7分であった。このうち280℃で6分及び300℃で4〜6分以外は, 処理した米が褐変, あるいはコゲ臭が付加され不適であった。また, 比較的高温である300℃では, 装置の回転部分への熱膨張による負荷が大きいため不適であった。したがって, 280℃で6分間が適当であると判断した。
次に, 各原料米の処理方法と消化性の結果を図4に示す。この結果, 玄米から精米歩合70%までの焙煎処理した米の消化性は, ほぼ同程度であった。また, これらの値は, 70%及び80%の白米を蒸した場合より低くなったが, 玄米及び精米歩合98%, 95%, 90%の蒸米に比べ高い値を示した。なお, 玄米については, 圧砕処理をしないと, 消化性は処理した場合の半分以下となり, 前処理として圧砕処理が必要であった。
焙煎処理した米は水に浸漬した場合, 蒸米とは異なり, 水を含んで膨潤し, 外皮を残したまま破裂したような状態で中身が溶出した。これは, 焙煎米の表面が多孔質な状態となり8), 浸漬時における水の浸入を容易にして吸水能が向上し, 内部からの圧力で破裂したためと推察された。このことは, 特に玄米や低精白米での焙煎処理が, 蒸しよりも消化性の向上において効果を発揮するものと考えられた。

 3.2 焙煎処理が米の特異臭に及ぼす影響
精米, 蒸し及び焙煎の各処理が玄米の特異臭の変化に及ぼす影響について検討した結果をそれぞれ図5, 図6, 図7に示す。この結果, 玄米臭の主成分は, 1−ヘキサナール, 1−ペンタノール, 1−ヘキサノールであった。図5より, これら3成分は精米歩合の低下とともに減少し, 米を30%削る(精米歩合70%)ことによって, それぞれ玄米の約6.9%, 5.4%, 2.4%となった。また, 図6より, 多少のバラツキがあるものの, 蒸しによっても, 特異臭成分は玄米より低減することが認められた。同様に, 図7より焙煎によっても3成分は大きく減少し, 特異臭の低減に有効であった。

3.3 試醸清酒の分析

(図5 精米による米の香気成分変化)

(図6 蒸しによる米の香気成分変化)

焙煎処理(280℃で6分間)した玄米の発酵経過について図8,図9, 図10に示す。もろみの発酵期間は12日前後で, 他の処理米の場合も同程度であった。

(図7 焙煎処理による米の香気成分変化)

(図8 発酵曲線(焙煎玄米))

(図9 発酵曲線(焙煎玄米))

(図10 酸度とアミノ酸度の変化(焙煎玄米))

得られた清酒の一般成分について表3に示した。日本酒度は0を目標に上槽したが, 実際の値は   -3.02~+1.59となった。アルコール分は焙煎米を用いた場合, 蒸米を用いた場合よりやや低い傾向が見られたが, 大きな差はなかった。酸度は, 精米歩合が高くなるにつれて高くなり, 逆にアミノ酸度は低くなる傾向が見られた。蒸米の場合でも高い精米歩合でアミノ酸度が低くなった。これは, 家村らの報告9)によると, もろみ中へ溶出する窒素成分(アミノ酸)は当然多くなるが, 酵母菌体も多くなり, 窒素成分の取り込み量が増加し, 結果的に液相中の窒素成分が低くなるためと推察された。さらに, 焙煎処理した場合, 蒸しの場合に比較してアミノ酸度が低くなったことは, 焙煎米中のタンパク質が熱変性10)したことによるものと推察された。
米1トン当たりの純アルコール収得量と粕歩合を指標とした酒化率について図11に示す。焙煎米を用いた場合のアルコール収得量は, 対照とした精米歩合70%の蒸米よりやや低くなった。一方, 粕歩合は高くなり, 酒化率としては低い傾向が見られた。このことは, 米内部にはまだ未消化の部分があることを示唆している。今後, 米麹酵素とは起源の異なる酵素剤を併用することで溶解性を高める4),11)などさらに検討する必要がある。

(表3 各清酒の一般成分分析結果)

(図11 各試醸酒の酒化率の比較)

試醸した清酒中の主な香気成分は, 酢酸エチル, n-プロパノール, イソブタノール, イソアミルアルコール, 酢酸イソアミル, カプロン酸エチルであった。ほぼすべての成分について, 焙煎米よりも蒸米を用いた方がやや高い傾向が見られた。また, 図12に示すように, イソアミルアルコール及びイソブタノールの生成量は, 精米歩合が高くなるにつれて高くなる傾向を示した。なお, 玄米及び精米歩合98%, 95%の場合のイソアミルアルコール生成量は, 精米歩合70%の場合に比較して, 蒸し, 焙煎いずれにおいても約2倍高い値を示した。このことは, 精米歩合が高い場合, もろみ中にロイシンやバリンなどが多く存在すると考えられ, イソアミルアルコールやイソブタノール合成の中間体である2−オキソ酸(α−ケト酸)がエールリッヒ経路12)によって生産されていると推察された。したがって, 酵母菌体のアミノ酸取り込み量が多いために9), イソアミルアルコールやイソブタノールが多くなるものと考えられた。その他の成分では, 酢酸イソアミルが, 精米歩合90%及び80%の蒸し(それぞれ3.6, 3.7ppm)で, 玄米の場合(1.8ppm)の約2倍高い値を示した。また, 焙煎では, 精米歩合90〜70%の場合(2.6〜2.3ppm), 玄米 (1.0ppm)の2倍以上高い値を示した。 

(図12 各清酒中の香気成分)

(図13 各清酒中の有機酸組成)

また, 清酒中の有機酸組成については, 図13に示すように, 精米歩合が高くなるほど, リンゴ酸やコハク酸, クエン酸などが高くなる傾向を示した。玄米を用いた場合, リンゴ酸とクエン酸は, 蒸し, 焙煎いずれも精米歩合70%の場合に比較して約2倍高い値を示し, 酸度の高い要因をなしているものと考えられた。このことも, 酵母菌体のアミノ酸取り込み量が多いために9), 酸の生成が増加したものと考えられた。

3.4 試醸清酒の評価
精米歩合を変えて蒸米及び焙煎米(280℃, 6分間)で試醸した清酒について, 5段階評価の平均値を図14に示す。この結果, いずれもほぼ中間的な評価が得られた。精米歩合90%及び95%の焙煎米を用いて試醸した清酒は, 他のものに比べ, わずかに良い評価が得られた。玄米酒は焙煎, 蒸しともに玄米特有の香味が残り, 評価は低くなった。また, 精米歩合70%及び80%の焙煎米を用いた清酒はパフ米臭13)が強く感じられ, 評価が低かった。これは精米歩合にかかわらず, すべて280℃, 6分間の焙煎条件で行ったため, 精米歩合70%, 80%の場合には過度の条件であったものと考えられる。しかし, 焙煎米を用いた清酒は熟成することによって香味に新たな変化を期待できるという意見もあり, 今後, 焙煎米を用いた清酒の熟成過程について検討を行う必要があると考えられた。

(図14 各試醸酒の評価)

4.結  言
1.玄米の焙煎処理には, 消化性の評価結果から, 280℃で6分間が最適であった。
2.玄米特有の臭いの主成分は, 1−ヘキサナール, 1−ペンタノール, 1−ヘキサノールであった。これらは従来の蒸しと同様に, 焙煎によっても大きく低減された。
3.清酒の一般成分では, 精米歩合が高くなる(玄米に近くなる)につれて酸度は高くなり, アミノ酸度は低くなった。酸組成ではリンゴ酸やコハク酸,
クエン酸などが高くなる傾向が見られ, 酸度の高い要因と考えられた。
焙煎米を用いた場合の酒化率は, 対照とした精米歩合70%の蒸米の場合よりもやや低い傾向を示した。
4.香気成分では, 精米歩合が高くなるにつれて, イソアミルアルコールが高くなった。
5.官能評価では, 精米歩合90%及び95%の焙煎米を用いた清酒は, 同様に蒸米を用いた場合よりもやや高い評価を得た。

参考文献
1)佐無田隆, 片桐康雄, 伊藤伸一, 荒巻 功. 醸協. Vol.93, 1988. p.567-574.
2)佐藤 信, 川嶋 宏 監修. 最新酒造講本. 東京, (財)日本醸造協会, 1996. p.50-57.
3)狩山昌弘. 醸協. Vol.86, 1991. p.386-391.
4)高山卓美. 醸協. Vol.87, 1992. p.849-857.
5)栗田修, 中林徹, 福川雅則, 坪内一夫. 醸協. Vol.99, 2004. p.474-480.
6)酒米研究会. 酒造用原料米全国統一分析法. 1996
7)注解編集委員会編. 第4回改正国税庁所定分析法注解. 東京, (財)日本醸造協会, 1993.
8)内田正裕, 大屋敷春夫, 平井信行, 島田 敦.特開, 平2-79965(1990).
9)家村芳次, 片岡浩平, 原 昌道. 醸協. Vol.91, 1996. p.130-135.
10)佐藤 信, 川嶋 宏 監修. 最新酒造講本. 東京, (財)日本醸造協会, 1996. p.207.
11)平井信行, 島田 敦, 坂本 伸, 大屋敷春夫, 内田正裕, 高山卓美, 大林 晃:特開, 平3-130065(1991).
12)吉澤淑. 朝倉書店酒の科学, 1995. p.45-47.
13)高橋康次郎, 吉澤 淑. 醸協. Vol.82, 1987. p.536-541.




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