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 機能性陶板の研究開発
 九谷焼技術センター ○高橋宏

 本研究は,最近光触媒として注目され,安定で無害な酸化チタンの皮膜を,上絵を施した九谷焼陶板表面に形成し,上絵保護機能を有する新規の屋外用途製品の開発を目的として開始した。検討の結果,九谷焼の美観を損うことのない透明性を有し,また上絵の保護機能として耐酸性,耐薬品性に優れた皮膜形成が可能となった。

キーワード:酸化チタン皮膜,上絵具,屋外用途九谷焼陶板

Research and Development of a Functional Kutani Porcelain Board

Hiroshi TAKAHASHI

 The over glaze colors which are the features of Kutani porcelain do not have the durability for outdoor use. Therefore, there are few splendid Kutani porcelain products for outdoor use.
 In this study, for the protection of over glaze colors on the Kutani porcelain surface, the use of TiO2 coating film was tried, also the formation of transparent TiO2 film on the surface of pottery was tried. As a result, the forming technique of a transparent TiO2 film with superior acid resistant and chemical resistant was developed.

Keywords:TiO2 film, over glaze color, Kutani porcelain board for outdoor use


1.緒  言
 九谷焼は上絵加飾に特徴があり,食器や花器,置物等の実用品や美術品の他に景観材料として陶板が製造されている。上絵加飾した陶板は従来屋内に用いられ,屋外用陶板は主に下絵付けしたものが用いられている。上絵加飾した陶板が屋外に用いられない理由は,上絵具が屋外環境に耐え得る耐久性を有していないことにある。上絵加飾した陶板を屋外で用いるための試みとして樹脂を被覆する方法が検討されたが,樹脂の劣化や汚れの付着などいくつかの問題があり実用化には至っていない。また,耐酸性に優れた上絵具も存在するが,屋外で長期間耐え得るレベルには至っていない。上絵の屋外環境下での劣化が防止できれば,九谷焼陶板の屋外への応用が可能となり新しい製品の開発が期待できる。
 本研究では,上絵保護を行う手段として上絵表面に無機質の皮膜を形成する方法を検討した。皮膜として用いる材料として材料自体が安定でありまた無害であることが望ましい。材料の候補としては酸化ケイ素や酸化チタンなどが挙げられるが,近年酸化チタンの光触媒機能に関する研究開発が目覚ましい。このため酸化チタンの皮膜形成用溶液の入手が比較的容易で且つ種類も多いことから,皮膜の材料として酸化チタンを用いることとした。この酸化チタン皮膜を陶板表面に形成する技術が確立できれば,新たなブランドとしての屋外用陶板の開発が可能となる。
 始めに市販されている酸化チタンコーティング液を入手し,3タイプに大別して基礎的な特性を調査した。これらのコーティング液の内,アルコキシドタイプの液は焼成温度が絵具の軟化点と近いことから絵具と反応し,本研究が目的とする九谷焼陶板への応用は不可能であるという結果であった。微粒子分散タイプについては,皮膜の密着性が乏しく屋外用途には利用できないことが判明した。一方,ペルオキソチタンタイプについては,上絵具との反応がないことや,密着性が良好であったことから最も期待できるコーティング液であった。ペルオキソチタン溶液から皮膜形成する際に問題となるのは,皮膜の着色と均一な皮膜形成が難しいことにある。これらの課題に対して,皮膜の着色軽減にはシリカゾルの添加が有効であることが判明した。また,シリカゾルの添加によって,上絵からの鉛容出量が大幅に減少する効果も明らかになった。均一な皮膜形成については,皮膜形成前の試験片の界面活性剤処理が有効であることが判明した。しかしながら,皮膜形成前の処理は実用化においては工数の増加や,洗浄用の設備を別途構築する必要がありコストアップの要因となってしまう。これに対し,界面活性剤を酸化チタンコーティング溶液に直接添加することで,均一な皮膜形成が可能であるかどうかを検討した。その結果,界面活性剤の直接添加は均一な皮膜形成に有効であることが明らかになった。以上に関しては,平成12年度1)および13年度2)の石川県九谷焼試験場業務報告に詳しく報告してあるので参照していただきたい。今回,平成14年度に九谷焼窯元の(株)山前製陶所と共同で実施した実用化に向けた検討について報告する。

2.実験内容
2.1 皮膜形成用試験片
 実用化を検討するため,大面積の試験片として 300mm角及び120mm×150mmの白磁陶板を用意した。また,評価用として上記の陶板表面に上絵を施した試験片も用意した。上絵装飾は上絵面積が同一になるように転写紙を用いて行った。上絵の面積は300mm角の試験片に対し,約2.8×104mm2,120mm×150mmで約7.0×103mm2である。

2.2 皮膜形成装置
 大面積試験片用として図1に示す装置を山前製陶所の協力を得て作成した。皮膜形成方法は浸漬引上げ法である。モータの能力は最大180Hz(約500mm/min)で,試験片重量として最大30kgを引き上げることが可能である。
 今回の実験では,これまでと同じ引上げ速度条件である160mm/minとした。また,生産性を考慮するため2倍の速度320mm/minでも皮膜形成した。

2.3 コーティング溶液の調合

(図1 コーティング装置)

(図2 耐薬品性試験の様子)

 酸化チタンのコーティング溶液は,ペルオキソチタンタイプの溶液(溶媒:水,濃度1.7wt%)を用いた。大面積試験片の皮膜形成条件を検討する前段階として,酸化チタン溶液に加える添加剤の最適量について検討した。加える添加剤は,シリカゾル,界面活性剤及び純水である。

2.4 実用化に向けた製膜条件の検討
 第2.3項の結果をもとに実用化に向けた皮膜形成条件を検討した。形成条件の項目としては,酸化チタン濃度,各種添加剤量,引上げ速度及び焼成温度として皮膜の形成条件の最適化を検討した。

2.5 皮膜の評価
 形成した皮膜の評価として,耐酸試験(食品衛生法)及び耐薬品性試験(陶磁器質タイルJIS A 5209)に準じて行った。耐酸試験は,120mm×150mmの試験片に上絵を施しそれに皮膜形成したものを用いた。22±2℃の環境下で,4%酢酸溶液に24時間浸漬した後,その溶液を回収し溶出成分である鉛成分を分析した。耐薬品性試験は,図2に示すように,300mm角の試験片に上絵を施しそれに皮膜皮膜形成したものを用いた。3wt%塩酸及び3wt%水酸化ナトリウム溶液に各々室温で8時間浸漬後,試験片表面を観察した。

3.結果と考察
3.1 コーティング溶液の調合
 皮膜着色軽減に効果があるシリカゾルの添加範囲は,図3の皮膜の測色結果に示すようにSiO2のmol%換算で30.0〜50.0mol%の範囲であった。
 そこで大面積試験片用のコーティング溶液の調合として,シリカ添加量30.0mol%を初期値として最大50.0mol%までシリカゾルを加えることとした。皮膜の均一性については、コーティング前の界面活性剤処理が有効ではあるが,工程の増加や超音波洗浄機の導入が必要となることからコストアップの要因となってしまうため界面活性剤を直接コーティング溶液に添加する方法を検討した。酸化チタンとシリカのmol比50:50,酸化チタン濃度1.7wt%において,界面活性剤添加量3〜5wt%の範囲で白色の沈殿が発生した。5wt%近傍においてはシリカに由来する沈殿が大量に発生し,シリカの皮膜着色軽減の効果は全く失われてしまうという結果であった。3wt%以下においては,引上げ速度が遅い場合,皮膜の均一性に効果は見られるが引上げ速度100mm/minを超えたあたりからその効果が低下することがわかった。反対に5wt%以上の範囲においては,皮膜の透明性が低下し皮膜が若干曇る傾向が見られたが,引上げ速度の増加に伴う皮膜の均一性の低下は防げる傾向にあることが判明した。これらの結果より,酸化チタン濃度を1.0wt%に固定してシリカを30.0〜50.0mol%の範囲,界面活性剤を5〜15wt%の範囲で皮膜形成条件について検討した。表1よりシリカ40.0mol%,界面活性剤10〜15wt%が有望であった。シリカ30.0mol%では皮膜の着色が見られた。そこで,酸化チタン1.0wt%,シリカ40.0mol%,界面活性剤10wt%の条件下で引上げ速度と焼成温度による皮膜形成条件について検討し表2にまとめた。

(図3 皮膜形成前後の色差)

(表1 濃度別における皮膜形成条件の検討)

(表2 引上げ速度と焼成温度における皮膜形成条件の検討)

 シリカ添加量30.0mol%に比べ皮膜の着色は軽減された。しかしながら皮膜の密着性が低下する傾向が見られた。皮膜の密着性を向上させるには,焼成温度を高くするのが有効である。絵具との反応が懸念されたが600℃以上でも絵具との反応が発生しなかったため,焼成温度を高くし皮膜の密着性について検証した。結果,650℃以上で密着性が改善されることが判明した。しかしながら表中で△としたのは,皮膜形成時に発生した液垂れの痕が若干ではあるが残ったためである。絵具を施さない表面が平らな白素地であれば,この条件で十分であると思われる。シリカゾル50.0mol%添加の調合では,皮膜の着色は肉眼での確認ができないレベルにまで軽減されたが,皮膜の密着性に問題があった。シリカ添加量40.0mol%の調合の場合と同様に,焼成温度650℃以上(最高800℃)で処理をしたが改善はしなかった。
 以上の結果より,大面積試験片に対応したコーティング溶液の調合として,シリカの添加量は,40.0mol%前後であり界面活性剤添加量は,10〜15wt%が良好であるとの結果を得た。また,焼成温度は高いほうが密着性向上に有効となり,懸念された上絵具との反応は発生しないことがわかった。これらの結果を基にして,実用化に向けた最終的な製膜条件の検討を行った。

3.2 製膜条件の最適化
 最適な製膜条件の判定として以下の項目について観察し判定した。
・均一性
 目視して液垂れが目立つかどうか。
・透明性
 目視して絵具の色調に変化がないか。
・皮膜の強度
 ウェス(キムワイプ)で擦って皮膜がはがれないかどうか。

(表3 製膜条件の検討結果)

 コーティング溶液の調合は,第3.1項の結果より得たシリカ添加量40.0mol%と,皮膜の着色緩和を目的として若干シリカ添加量を増加した 42.5mol%とした。また,酸化チタン濃度が上絵の保護機能にどの程度影響を及ぼすかを検証するため,酸化チタン濃度1.3%の溶液についても同様に検討することとし,シリカ添加による沈殿発生を考慮して,シリカの添加量は40.0mol%固定とした。表3に今回評価した各条件一覧と判定について示す。酸化チタン濃度1.0wt%,シリカ添加量 40.0〜42.5mol%,界面活性剤添加量15wt%の液調合が今回得られた最適調合であるという結果であった。大面積試験片の皮膜形成条件として最も重要な条件は,焼成温度の設定であった。焼成温度が600℃以下であると十分な皮膜の密着性が得られない。一方で,800℃付近では皮膜着色を軽減するシリカの効果が減少し,皮膜の着色が再び強くなるという現象が見られた。このため焼成温度は,650〜700℃付近が最適であると判断した。酸化チタン濃度1.3wt%の調合では,均一で透明な皮膜形成はできなかった。引上げ速度を50mm/minとし皮膜形成を試みたが改善はしなかった。

3.3 皮膜の評価
 本研究を実用化するにあたり,皮膜の評価は重要であるが酸化チタンのような無機質の皮膜を評価判断する規格基準は存在しないのが実情である。九谷焼の上絵は鉛の成分としてPbO換算で約20wt%含まれている。この鉛成分は絵具を酸に浸漬すると溶出してしまうことから,飲食器に関して食品衛生法により溶出量が規制されている。今回,この耐酸試験により皮膜が上絵の保護に寄与しているかを確認,評価した。また,皮膜自体の耐薬品性を評価する為,陶磁器質タイルのJIS規格(JIS A 5209)の耐薬品性の項に準じて評価した。

3.3.1 耐酸試験
 図4-1〜4-4は耐酸試験の結果である。図4-1及び図4-2は焼成温度による鉛溶出量の変化を示している。これによれば,鉛の溶出は焼成温度700℃までは温度の上昇に伴い減少するが,700℃越えて温度を上げると増加傾向にあることがわかる。
 図4-3のシリカ添加量の比較では,シリカの増加による明らかな鉛溶出抑制効果は確認することができなかった。
 また,酸化チタン濃度を増加させた1.3wt%の溶液から形成した皮膜に関しても同様の試験を実施したが,酸化チタン濃度1.0wt%の皮膜に対する優位性は確認できず,反対に溶出量が増加する傾向にあった。

(図4-1 耐酸試験結果 焼成温度による差)

(図4-2 耐酸試験結果 焼成温度による差)

(図4-3 耐酸試験結果 シリカ添加量による差)

(図4-4 耐酸試験結果 引上速度による差)

(表4 耐薬品性試験の結果)

 以上のことから,上絵保護機能を有する皮膜を形成するための条件は,酸化チタン濃度1.0wt%,シリカ添加量40.0〜42.5mol%および界面活性剤添加量15wt%の液調合で焼成温度700℃が最適であるといえる。
 引上げ速度については,皮膜の均一性を維持する意味でも極力低めに設定する必要がある。図4-4は引上げ速度を変えて形成した場合の鉛溶出量の差である。これによれば,引上げ速度が低いと鉛溶出量が低減することがわかる。絵具表面に薄く均一に皮膜を形成することが,耐酸性に有利になることを示している。

3.3.2 耐薬品性試験
 表4は耐薬品性試験の結果である。浸漬前後の表面状態を目視観察するものである。判定の○×については,
○:皮膜表面及び絵具表面の変化なし
×:皮膜または絵具表面が侵された,あるいは変色した
を示す。
 表に示したように,酸化チタン濃度1.0wt%でシリカ添加量40.0mol%の液調合で,焼成温度が700℃で形成した皮膜が耐薬品性に最も優れていた。この結果は,耐酸試験で鉛溶出量が最も少ない皮膜の形成条件と一致した。大面積試験片に皮膜を形成する場合の最適条件が見出されたと判断できる。

4.結  言
 本研究は,酸化チタン皮膜の形成技術を確立し,形成した皮膜により上絵具を保護し屋外用途向けの九谷焼陶板の開発を行うことを目的として実施した。課題として,
@九谷焼の美観を損わない透明で均一な皮膜であること。
A上絵の保護機能を有する皮膜であること。
を挙げ検討を進めてきた。その結果を以下にまとめる。
(1)酸化チタン溶液へのシリカの添加は皮膜の着色軽減及び耐酸性の向上の効果があるが,スケールアップした場合,皮膜の密着性低下の要因となることが判明した。皮膜の着色の程度及び密着性の保持のバランスを考慮すると,シリカの添加量は
40.0~42.5mol%程度が良好であった。
(2)界面活性剤の酸化チタン溶液への直接添加は均一な皮膜形成において効果的であった。加える量によっては逆効果となり,添加量5wt%ではシリカの沈殿を発生させる原因となる。
 スケールアップの調合では15wt%が最適添加量であった。
(3)皮膜の耐酸性試験及び耐薬品性試験の結果,スケールアップのコーティング液の調合が酸化チタン濃度1.0wt%,シリカ添加量40.0mol%,界面活性剤添加量15wt%であり,焼成温度700℃が最適条件である。
 以上より,九谷焼陶板表面に酸化チタン皮膜を形成するための基礎的な知見を得ることができた。今回実施した検討は,陶板で比較的表面が平滑な物であるが,凹凸のある立体的な物にも本研究の技術は応用可能である。この結果を基に九谷焼の新たな製品市場の開拓を行っていきたい。

謝  辞
 本研究を遂行するに当たり,装置の作成ならびに試料を提供頂いた且R前製陶所に感謝します。

参考文献
1)高橋宏.石川県九谷焼試験場報告.平成12年度,p.4-7.
2)高橋宏.石川県九谷焼試験場報告.平成13年度,p.4-9.






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