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 二酸化チタン光触媒皮膜の形成とその機能性評価
 化学食品部 ○中村静夫 勝山陽子 藤島夕喜代 豊田丈紫
 金沢大学 清水宣明
 金沢工業大学 大橋憲太郎

 本研究では,二酸化チタン光触媒コーティング液の簡便な作製と各種基板上に形成した皮膜の触媒機能評価方法について検討した。また,紫外線以外の二酸化チタンの励起源についても調査した。得られた結果は以下の通りである。(1)二酸化チタンの有機化合物を用いて光触媒コーティング溶液が容易に作製できた。(2)XRD分析の結果から熱処理温度は約500℃で,コーティングの繰り返しは3回以上が望ましかった。(3)暴露試験,メチレンブルー法,ガスバッグ法の何れでも光触媒効果が確認された。(4)二酸化チタンは,超音波からの励起エネルギーを受けても,紫外線と同様の触媒作用を示すことが判った。

キーワード:二酸化チタン,光触媒,超音波

Formation of Titanium Dioxide Photocatalytic Film and Its Criticism of Functionality

Shizuo NAKAMURA, Youko KATUYAMA, Yukiyo FUJISHIMA, Takeshi TOYOTA, Noriaki SHIMIZU and Kentaro OOHASHI

 In this study, the convenient synthesis of the titanium dioxide photocatalytic solution was tried, and the films produced by this synthesis were evaluated as the photocatalyst. Also an excitation source of titanium dioxide other than the ultraviolet ray was examined. The following results were obtained. (1)The solution of the photocatalyst was easily synthesized by using organic compounds of titanium dioxide. (2)The result of the XRD analysis showed that heat treatment temperature of about 500℃, and the coating over three times to the substrate were effective. (3)The photocatalytic effect of films was confirmed by all ways of the gas pack method, the methylene blue method and the exposure test. (4)The excitation energy from the ultrasonic wave provided titanium dioxide with the catalysis, as well as that of ultraviolet ray.

Keywords:titanium dioxide, photocatalyst, ultrasonic wave


1.緒  言
 二酸化チタン自体は大気中で化学的に安定であり,紫外線を吸収する性質を持っていることから化粧品の材料として多く使われてきた1)。近年,この二酸化チタンを新たに光触媒としての機能を利用した製品が開発されている。それには,靴下,タオル,マスク,シーツ,カーテン,作業服などの殺菌効果をねらった繊維関連製品,車用ワックス,塗料,メタル板,外壁材,タイルといった防汚効果を利用した製品,和紙,花瓶,照明器具,空気清浄機,エアコン,ガードレール,車道の防音壁などの空気浄化を期待した製品など,光触媒の効果に様々ものが開発されている2)。
 これらの付加価値をもつ製品は,従来の製品に無い機能を示し,将来性がある分野として期待されている3)。しかし,光触媒としての効果の評価法が確立していないため多くの製品は商品として認知されるに至っていないことから,製品の簡便な評価法の確立が求められている4)。
 また,二酸化チタンの光触媒溶液は,一部のメーカーが独占的に供給している状態にあり,作製面でのコスト削減等の技術的課題もある。
  そこで本研究では,ディップコーティング法による皮膜形成のための溶液を調整し,タイルを基板として光触媒皮膜形成を行い,光触媒としての機能を評価する各種試験を試みた。また,基板材料の拡大を目的としてガラス板の上に二酸化チタン皮膜の形成を試みた。さらに,紫外線以外のエネルギーによる二酸化チタンの触媒機能発現の可能性について検討した。

2.実験内容
2.1 被膜形成
 市販の二酸化チタンは,通常微細な白色粉末であるため,基板へ固定し透明な皮膜として用いるには,二酸化チタンの溶液が必要である。そこで,本研究では基板に光触媒溶液を塗布し,固化させるゾル−ゲル法を用いた。溶液は,ドライ窒素ガス雰囲気下で所定量のチタニウムテトライソプロポキシドを一定比率のエタノールで希釈して作製した。ただし,希釈後12時間は攪拌し溶液の均一化を図り,また希釈時にはジエタノールアミンを添加し溶液粘度を調整した。
 基板に溶液を塗布する方法として,ディップコーティング法を用いた。基板表面の汚れを取り除いた後,基板の一片を挟み込んで固定し,基板が溶液面に対して垂直になるように調節した。溶液に基板を充分な深さまで浸漬させた後,材料試験器(AGS-500D:鞄津製作所製)を用いて,既往の報告5)に従い毎分100mmで引き上げた。
 基板に塗布した溶液の固着化には加熱処理が必要である。そこで,加熱処理は電気炉(ST-2035D型:潟cgヤマ製)を用いて行った。その時の処理手順は以下の通りであった。
@30分で100℃まで昇温させて2時間乾燥させた。
A100℃から所定温度までは,毎分2℃で昇温させた。熱処理温度は400,550,700,900℃と変化させた。
B所定温度に達した後,その温度で1時間保持した。
C保持後は,室温まで自然冷却させた。
 塗布した膜厚を調整するため,コーティングと加熱処理を所定の回数繰り返して行った。
 基板としては,石英ガラス板(26mm×26mm×1mm),タイル基板(110mm×55mm×8mm:ニッコー叶サ),アルミナ基板(100mm×100mm×0.8mm:ニッコー叶サ)を用いた。

2.2 膜の物性評価
 加熱処理前の二酸化チタン皮膜は,非晶質であり加熱温度により結晶状態が変化する。一般に,二酸化チタンは低温ではアナターゼ型さらに高温ではルチル型態をとるとされており,アナターゼ型が光触媒機能を発現するとされている6)。そこで,X線回折装置(XMP-18X:マックサイエンス製)(以下XRD)を用いて加熱処理後の膜の構造評価を行った。また,加熱処理後の膜表面及び断面を,走査電子顕微鏡(ABT-32:TOPCOM製)を用いて観察した。

2.3 ガラスへの皮膜形成
 一般にガラスには,Na等のアルカリ金属が含まれており直接二酸化チタンをコーティングして加熱すると,コーティング層にNaの拡散がおきアナターゼ型の結晶構造を示さないことが知られている7)。そこで,ガラス板にシリカで保護膜を形成し,その上に光触媒溶液をコーティングすることによりNaの拡散防止を試みた。
 7.05wt%の硝酸水溶液23.238g,エタノール207g及びテトラメチルオルソシリケイト20.8gを混合し,室温で12時間攪拌したものを塗布溶液としてシリカ保護膜を作製した。それ以後のシリカ保護膜形成は第2.1節で示した手順で行った。

2.4 機能性評価
2.4.1 暴露試験
 光触媒による防汚効果を最も簡便に確認する手法として暴露試験があり,皮膜形成したタイルを用いて工業試験場管理研究棟屋上に放置して試験を行った。参考のために,吹付け型の光触媒コーディング剤(川崎重工業叶サ)のサンプルも設置して試験を行った。試験片としては,無処理のタイル,試作した溶液を10回コーティングしたタイル,メーカー指定の時間吹付けコーティングしたタイル及び2回吹付けたタイルの4種を用いた。試験片に油性マジックインキで汚れを付着させ,所定の時間暴露した後の汚れの変化を目視により比較した。

2.4.2 メチレンブルー法
 メチレンブルー法はタイルに塗布した青色染料であるメチレンブルーを塗布し,その分解の程度をもって光触媒機能を評価した。試験には,コーティング有無の2種のタイルを用い,塗布したメチレンブルーは,エタノールを溶媒とする濃度0.1wt%の溶液として使用した。塗布は,光触媒皮膜形成と同様の手法で行った。ただし,この時の引き上げ速度は,毎分10mmとし,5回浸漬を繰り返した。
 紫外線を所定時間の照射前後でのタイル表面の色差をもってメチレンブルー分解程度を判断した。計測は,色差計(スペクトル カラーメータSZ-Σ80:日本電色工業叶サ)を用いて測定した。紫外線蛍光ランプ(FL40S・BLB:鞄月ナ製)を用い,強度0.4mw/cm2として,照射時間を0,3,6,24時間と変化させてタイルの3カ所について測定し,その平均値を測定値として照射時間と色差(ΔE*)との相関を求めた。

(図1 皮膜断面のSEM像)

(図2 石英基板へ形成した皮膜のXRDパターン)

(図3 加熱処理温度によるXRDパターンの変化)

2.4.3 ガスバッグ法
 ガスバッグ法は,フッ素樹脂バッグに基板と所定濃度の試験ガスを入れたものを紫外線下に置き,一定時間照射後の試験ガス濃度の減少率を測定して,評価する方法である。本研究では,最初に10リットルのバッグで試験ガスを作製し,それを各々1リットルのバッグに各種基板と共に入れ,紫外線を照射して試験ガス濃度の変化を測定した。紫外線の照射時には,他の光の影響を排除するためブラックボックス内に入れた。一定時間毎にバッグ内の試験ガス濃度を測定した。
 基板にはアルミナを,試験ガスにはホルムアルデヒドを用いた。ガス濃度の検出には,ガス検知管式気体測定器(GV-100S:ガステック叶サ)を用いた。

2.5 超音波による触媒機能発現
 二酸化チタンについては紫外線等の光を励起源とした研究はなされているが,他の励起源による活性について報告された例はない。水溶液中での触媒機能を考えた場合,縦波である音波は電磁波である光に比べ溶液中でのエネルギー伝達能が高いので音波(振動エネルギー)は励起源として有力な候補となりえる。そこで,超音波に励起源とすることの可能性について検討した。検討は,試験片ボール(径1〜2mm)20gをガラス管にメチレンブルー水溶液10gと同時に封入し,外部より暗状態で超音波(1510J-MT ,44kHz, 70W:BURANNSONIC製)を照射したときのメチレンブルーの分解率により触媒機能評価を行った。
 メチレンブルー水溶液は,分光光度計での波長650nm〜700nmで僅かでも透過することを確認できるまで希釈した濃度のものを用い,反応開始剤として100mM H2O2を0.5mlを添加した。メチレンブルーの分解は,分光光度計(UV-240:鞄津製作所)を用い,超音波照射前後の水溶液の吸光度を測定して評価した。

3.結果と考察
3.1  物性評価
 本事件で試作した全ての皮膜形成基板では, 透光性はあるが目視では油膜状として観察された。この現象は,皮膜形成回数に因らなかった。
 5回繰り返し塗布した皮膜断面のSEM像を図1に示す。図から5回繰り返し皮膜を形成することにより厚み約500nmの皮膜が形成することが判る。
 繰り返し回数を変化させたときの皮膜のXRDパターンを図2に示す。図から熱処理によりアナターゼ型の結晶構造を示していることが判り,塗布回数3回からパターンのピークが明確に観察される。
 図3に加熱処理温度を変化させたときのXRDパターンの変化を示す。図から明らかなように熱処理に依存せず同じパターンを示していることが判る。

3.2 ガラス基板への皮膜形成
 シリカ保護膜の有無によるXRDパターンの変化を図4に示す。ガラス板には,スライドガラスを用いた。

(図4 ガラス基板へ形成した皮膜のXRDパターン)

(a) 暴露開始前
(b) 暴露開始10日後
(図5 暴露試験結果)

(図6 メチレンブルー法による試験結果)

 図で示したパターンは,シリカ保護膜を5回繰り返し形成したものと無保護のガラス板に二酸化チタン溶液を2回塗布した皮膜のパターンを示したものである。図からシリカ保護膜によりアナターゼ型の二酸化チタン形成が認められる。1回塗布のみではアナターゼ型のパターンは認められなかった。また,3回以上では,アナターゼ型とは全く異なるパターンを示した。これは,加熱処理の過程で,ガラス中のNaの拡散が発生していることに起因していると考えられる。従って,本条件下では,二酸化チタンのガラスへのコーティングは2回が最適であることが判った。

3.3 機能性評価
3.3.1 暴露試験
 図5に,暴露試験を行った結果を示す。図中のタイルは各々左から順に無処理のタイル,5回繰り返し皮膜形成したタイル,吹付けにより皮膜を形成したタイル及び同じ吹付けを2度行ったタイルを示している。(a)は暴露開始前,(b)は一ヶ月後状態を示している。
 図から光触媒皮膜のタイルの方が,汚れが落ちていることが判り,光触媒による防汚機能を有することが確認できた。また,図からスプレーによる皮膜形成したタイルは,油膜状にならず簡便に膜形成が可能であったが,光触媒としての機能は液をコーティングしたものと比較するとかなり低いことが判る。

3.3.2 メチレンブルー法
 図6は,二酸化チタン皮膜有無の2種のタイルに対して紫外線を照射した時の色差の時間変化を示したものである。
 図では,紫外線照射前の色差を基準にして変化を示した。図から明らかなように皮膜形成によるメチレンブルーの分解が進んでいることが明瞭に観察され,その効果は1時間経過後から現れている。24時間後には目視では元のタイルの色を示しており完全に分解されたものと推定できた。

3.3.3 ガスバッグ法
 試作溶液を5回塗布し,550℃で加熱処理したアルミナについて,ホルムアルデヒドの初期濃度を変化させて光触媒の機能を評価した結果を図7に示す。この時の紫外線強度は1mW/cm2であった。図は初期濃度を基準とし,それに対する比率として示した。
 図から明らかなように,初期濃度に依存することなく光触媒の機能が認められことがわかる。光触媒機能は,約30分から顕著に認められ,1時間後に完全に分解されることが判った。また,無皮膜の基板においても初期濃度と比較し時間と共に試験ガス濃度が減少している。このことは,基板及びパック内面へ試験ガスが吸着したことに起因していると考えられる。

3.4 超音波による機能試験
 超音波による触媒機能発現を確認するために,市販のアナターゼ型の二酸化チタン粉末(ST-01:石原産業)を用いてメチレンブルーの分解試験を行った。この時,二酸化チタンの添加量を変え,超音波照射30分後の透過率変化を測定した。その結果を図8に示す。この時,反応開始剤として過酸化水素0.1mlを添加した。
 図から明らかなように,二酸化チタンの添加量とともに透過率が上昇しており,波長675nmでの透過率は,二酸化チタンを添加しない場合の5%に比べ,二酸化チタン0.2g添加することで80%まで上昇している。このことは,二酸化チタン粉末へメチレンブルーが吸着したことに起因していると考えられる。そこで,粉末ではなく直径2mm酸化チタン粒子を用いて同様な実験を行った。
 図9に,二酸化チタン粒子を用いた試験結果を示す。吸着による影響を排除するため,粒子はあらかじめメチレンブルー溶液に24時間浸漬して用いた。

(図7 ガスバッグ法による機能性評価試験結果)

(図8 二酸化チタン粉末量の変化による透過率変化)

(図9 酸化チタン粒子量の変化による透過率の変化)

(図10 酸化アルミナ粒子量の変化による透過率の変化)

 図から明らかなように,添加量の増加に伴い透過率が増加し,触媒機能が認められる。特に波長675nmでの透過率を比較すると20gで約50%向上している。また,粉末と比較して透過率が低いことから,粉末への吸着が起きていることが明らかとなった。
 二酸化チタンの触媒効果を確認するために同量のアルミナ粒子を用いて分解試験を行った結果を図9に示す。この時の試験条件は,粒子が二酸化チタンからアルミナ粒子に変わった以外は全く同じであった。図から明らかなように二酸化チタン粒子の場合と異なり,開始前の透過率と比較してメチレンブルーの分解が進んでおらず透過率が低いことが判る。このことから,超音波と二酸化チタンの組み合わせでメチレンブルーの分解が促進されたことが明らかとなった。従って,二酸化チタンは光以外の超音波から励起エネルギーを受け触媒作用を示すと推定された。

(図11 照射時間による透過率の変化)

この推定に誤りがないので有れば,超音波照射時間とともに分解が進むと予想される。そこで,照射時間と分解率の相関を求めた結果を図11に示す。
 図から明らかなように,照射時間の増加に従い透過率が向上しメチレンブルーの分解が進んでいることが判る。
 これらのことから,二酸化チタンは紫外線以外の励起源,即ち超音波からのエネルギーを直接或いは間接的に励起源として触媒作用を示すことが明らかとなった。このことは,これまで大気中心に二酸化チタンによる浄化技術の展開がなされたが,今後は水処理への応用展開の可能性をも示唆するものと考えられる。

4.結  言
 本研究では,簡便な二酸化チタンコーティング液の作製と各種基板を用いてその評価方法について紹介した。また,二酸化チタンの励起源として紫外線以外の超音波について検討を行った。その結果以下のことが明らかとなった。
(1)市販の二酸化チタンの有機化合物を用いて二酸化チタンコーティング溶液が容易に作成できることが判った。
(2)試作した溶液の熱処理は,XRD分析の結果から500℃前後が望ましく,繰り返しは3回以上が望ましいことが判った。
(3)暴露試験,メチレンブルー法,ガスバッグ法の何れでも光触媒効果を確認することができた。
(4)二酸化チタンは,紫外線以外の超音波からも励起エネルギーを受け触媒作用を示すことが判り,今後水処理への応用展開に期待できることが判った。

謝  辞
 本研究を遂行するに当たり,終始適切なご助言を頂いた独立行政法人産業総合技術研究所産総研中部センターセラミックス研究部門環境材料科学研究グループ長の垰田博史氏,メソポーラスセラミックス研究グループ長の野波亨氏及び主任研究員の深谷光春氏に深く感謝します。

参考文献
1)垰田博史. 光触媒の本. 東京, 日刊工業新聞社. 2002.
2)渡部俊也. 光触媒製品の普及のために. 会報光触媒. Vol.1, 2000, p.19-27.
3)藤島昭. 光触媒開発の最前線, 工業材料. Vol.48, N0.6, 2000, p.17-21.
4)橋本和仁. 光触媒実用化の課題. 工業材料. Vol.48, N0.6, 2000, p.22-25.
5)Kato, K. at al . Crystal structure of TiO2 thin coatings prepared from the alkoxide solution via the dip-coating technique affecting the photocatalyic decomposition of aqueous acetic acis. J. Mate. Sci., Vol.29, 1994, p.5911-5915.
6)松村道雄. ルチルおよびアナターゼ粒子の光触媒活性. 会報光触媒. Vol.5, 2001, p.27-30.
7)Fujishima, A. ; Hashimoto, K. ; Watanabe, T. TiO2 PHOTOCATALSIS. Tokyo, BKC, Inc., 1999.






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