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 シルクプロテイン利用による高付加価値織物の開発
 −イタリアシルク研究所との国際共同研究開発事業−
 繊維部 ○山本孝 神谷淳 森大介
 インスブリア大学(イタリア) C. Peruzzo
 シルク研究所(イタリア) G.M. Colonna B. Marcandalli
 福井大学 堀照夫

 合成繊維織物は,近年の消費の低迷や産業構造の変化により,いっそうの高付加価値化が要求されている。一方,絹織物の生産では精練工程で大量に排出されるセリシンの処理対策が課題であり,その有効利用が模索されてきた。本研究では,絹織物の産地として世界的に有名なイタリアコモのシルク研究所と共同で絹の特性(吸湿性等)を付与したポリエステル織物の開発について検討し,次の成果を得た。(1)セリシンをジイソシアネートで化学修飾させることによって,吸湿性を保持しながら充分な洗濯堅牢度を持つ合成繊維織物用コーティング剤とすることができた。(2)企業の実用的な生産設備でコーティング処理を試み,基礎実験と同様の結果が得られることを確認した。(3)生産設備でコーティング処理した織物を用いてドレスやブラウス等の衣類を試作し,東京で開催された展示会に出展した。

キーワード:シルクプロテイン,セリシン,ジイソシアネート,合成繊維

Development of High-value-added Fabric with Silk Protein Coating
-International Joint Research Project with Stazione Sperimentale per la Seta, Italy-

Takashi YAMAMOTO, Jun KAMITANI, Daisuke MORI, C. PERUZZO, G.M. COLONNA, B. MARCANDALLI and Teruo HORI

 For synthetic fiber textiles, more products with higher added value have been demanded due to inactivation of consumption or change of industrial structure in recent years. On the other hand, the treatment of a lot of Sericin generated in the scouring process for silk fabrics is a serious problem. Therefore, it has been examined for the effective use. In this research, the polyester textiles, which gave the characteristics such as moisture absorbance of silk were developed through joint research program with Silk Research Institute of Como in Italy globally known as a production area of silk fabrics. The following results were obtained: (1) The chemical modified Sericin by diisocyanate could use as the coating agent for the synthetic fiber, which had washing fastness and suitable moisture absorption. (2) The try of coating processing by using the practical production facility in a company showed the same result as that of a basic experiment. (3) The clothes such as dress and blouse were made using the textiles of processing coating by the production facility, and these were displayed at the exhibition in Tokyo.

Keywords:silk protein, sericin, diisocyanate, synthetic fiber


1.緒  言
 絹は,その美しい光沢と優雅な感触によって古くから高級品として認められ,化学繊維の技術開発にとって大きな目標とされてきた。繊維技術者の努力は,絹の断面形状を再現することからはじまり,近年の製糸技術の著しい発展によって,いまや絹織物独特とされてきた絹鳴り音をも再現され,風合いや感触などが極めて類似した合成繊維素材が開発されている1,2)。これによって,合成繊維の長所であるイージーケア性と絹特有の風合いをもった織物が実現したわけであるが,絹繊維の優れた特徴のひとつである適度な吸湿性や肌への優しさ等の性質については未だ充分に達成されているとはいえない。一方,絹製品は,光による黄変や洗濯の困難さなどといった取り扱いの難しさが需要拡大の妨げとなっており,生産工程においても精練工程で発生するセリシンを主とした排出物の処理対策が課題とされている。
 ところで,石川県は,平成9年度からイタリアのコモ地域と地域交流事業を実施し,工業試験場も同地域の試験研究機関との交流を行ってきた。コモ地域は世界的に有名な絹織物の産地であり,前述のようにセリシンの処理対策が大きな問題となっている。これを解決する試みとして,当場では平成11年度からシルク研究所と共同で,セリシンをポリエステル織物のコーティング材料として利用する研究を開始した。
 セリシンのコーティング材料への応用については,これまでいくつかの試みがなされている。例えば,エチレングリコール3),ポリウレタン4)等の水溶性樹脂と混合する,あるいはポリエステル織物をあらかじめアミン処理してアミノ基を導入し,セリシンを反応させる5),繊維表面をアルカリ処理して粗面化した後にセリシンをコーティングする6),セリシンとキトサンの複合体を用いる7)などが挙げられる。これらの方法では,セリシンの持つ吸水性等の性質を付与することはできるが,洗濯堅牢度が低い場合も多く,さらにセリシンが硬タンパク質であることから,処理布帛が硬化する5)という問題があった。
 本研究では,セリシンを合成繊維に最適なコーティング材料とするため,その改質方法を検討するとともに,これをコーティング処理した織物の性質を検討した9-12)。さらに,これらの基礎実験で得られた知見をもとに,染色加工企業の生産設備でコーティング試験を行い,企業化の可能性を確認した。なお,共同研究に際し,シルク研究所は主として原料セリシンの性質と織物のプラズマ処理技術を,工試はセリシンの化学修飾条件,コーティング処理織物の物性評価および企業化を分担して検討した。また,実際の研究にあたっては,シルク研究所と協力関係にあるコモのインスブリア大学が協力し,同大学の研究員と工試職員を両機関に相互派遣することによって実施された。以下にその内容および結果を報告する。

2.セリシンの改質とその評価
2.1 化学修飾によるセリシンの改質
 コーティング剤の洗濯による耐久性を向上させる方法として,親水性のセリシンを化学修飾で疎水性に改質し,疎水性のポリエステル繊維との親和性を高めることが考えられる。堀らは,卵白と牛乳のプロテインをジイソシアネートで化学修飾することによって,有機溶剤可溶性,疎水性合成繊維との親和力向上,高い熱安定性等の性質が得られることを見出している8)。そこで,セリシンについても同様な方法で化学修飾し,その性質を検討した。
 具体的には,所定量のセリシンを蒸留水に溶解し,超音波で処理した後,水酸化ナトリウムでpHを調製した。一方,ジイソシアネートも同様に所定量をクロロホルムに溶解した後,両者を混合し,45℃で2時間,攪拌し,反応させた(図2)。その後,水相とクロロホルム相に分離するまで室温で6時間放置し,クロロホルム相を廃棄,残った水相にクエン酸を添加してpHを調整することで架橋したセリシンを沈殿させた。実験にはPecco & Malinverno社(イタリアコモ)が製造するセリシンを用いた。ジイソシアネートについては,その影響を確認するため,分子構造が異なる2種類のジイソシアネート(TDI:Toluene-2,4-diisocyanate,HDI:Hexamethylene Diisocyanate)を用いた。TDIは分子内に疎水基であるベンゼン環を有するため,HDIより疎水性が大きい。この架橋反応により,TDIを用いた場合ではセリシンの平均分子量は23000から180000にまで大きく上昇した。
 この改質セリシンの溶解性を確認するため,水およびDMF(N,N-Dimethylformamide)溶液の600nmにおける吸光度を測定し,濁度として評価した。濁りが少ない(数値が小さい)ほうが良好に溶解していることを示す。図3に示すように,HDIよりも疎水性が大きいTDIを用いた改質セリシンのほうがDMFに溶解しやすいことがわかる。一方,水溶液の場合はこの逆の傾向となる。また,改質セリシンについて,20℃,65%RHおよび40℃,80%RHにおける吸湿性を調べた。測定は,あらかじめ上記条件に設定した環境試験室に試料を一昼夜放置し,前後の重量を測定することで行った。図4に示すように,改質にTDIを用いた場合よりもHDIを用いた方が吸湿性は高く,改質セリシンの吸湿性に対してジイソシアネート自身の疎水性が影響していると考えられる。

(図1 絹繊維の断面)

(図2 セリシンの架橋反応)

(図3 吸光度測定による溶解性評価)

(図4 改質セリシンの吸湿性)

2.2 改質セリシンのコーティング処理
2.2.1 前処理の効果
 改質セリシンの洗濯堅牢度を改善する方法として,コーティング剤自身にポリエステル繊維との親和性を付与する方法の他,あらかじめ織物表面にコーティング剤の固着力と付着量を向上させるような処理を施すことが考えられる。この具体的な方法として,減量加工およびプラズマ処理による織物表面の改質を検討した。プラズマ処理実験には,マンテロ社(低周波放電方式:10kHz,380V)とミラノ大学(ラジオ波放電方式:13.6MHz,200W)の装置を用いた。図5にプラズマ処理(底周波方式)による繊維表面の変化を原子間力顕微鏡で観察した結果を示す。プラズマ処理によって繊維が粗面化され,表面積が大きくなったことが確認できる。
 減量加工およびプラズマ処理の効果を確認するため,これらの処理を施した織物に改質セリシンをコーティング処理し,その性質を調べた。具体的には,減量加工あるいはプラズマ処理を行ったイタリアE.Boselli&C社製ポリエステルシルクライク織物(大きさ約30cm×約30cm)を試料とし,TDI改質セリシンの3%水溶液に5分間含浸させ,120℃で3分間乾燥することでコーティング処理織物を得た。これらの織物について,20℃,65%RHにおける吸湿性を測定した結果を図6に示す。改質セリシンのコーティング処理によって吸湿性の改善が見られ,特に減量加工とプラズマ処理の両方の処理を行った織物が最も高い吸湿性を示した。これは減量加工およびプラズマ処理で改質セリシンの付着量が増加し,その結果として吸湿性も向上したためと考えられる。
 吸湿性を有する改質セリシンが織物表面に残存していれば静電気の帯電が少ないと考えられる。コーティング処理織物の洗濯堅牢度を評価するため,所定回数の洗濯を行った織物について帯電性(JIS L 1094)を測定した。図7に示すように,プラズマ処理した織物は未処理のものと比較して,洗濯回数の増加に伴う飽和電圧半減期の増加が少ないことがわかる。このことから,前処理としてポリエステル織物表面をプラズマ処理することは,セリシンの織物表面への固着力の向上に効果があると考えられる。

2.2.2 溶媒の影響
溶媒によるコーティング性能の影響を検討するため,TDI改質セリシンをDMFまたは水に溶解した溶液を準備し,前述の方法で織物にコーティング処理を行った。織物は染色堅牢度試験(JIS L 0801)に用いるポリエステル標準白布を用いた。コーティング前後の重量変化で求めた改質セリシンの付着量は,DMF溶液で6.8wt%,水溶液で4.9wt%であった。これらの織物について吸湿性と洗濯洗濯堅牢度を比較した。なお,洗濯堅牢度はJIS L 1089に準拠して実施し、付着量は洗濯前の量を100%として示した。図8に示すように,コーティング処理した織物の吸湿性は,改質セリシンの付着量を考慮すると,DMF溶液で処理したほうが低い傾向がある。これに対して,洗濯堅牢度は,DMF溶液で処理したほうが明らかに優れており,20回洗濯後も約50%が残存した(図9)。

((1)プラズマ処理前の織物表面)
((2)プラズマ処理後の織物表面)
(図5 織物表面の原子間力顕微鏡観察)

(図6 コーティング処理織物の吸湿性)
(試料:E.Boselli&C社提供のポリエステル織物)

(図7 洗濯による飽和耐電圧半減期の変化)

(図8 コーティング処理織物の吸湿性)
(試料ポリエステル標準白布,TDI改質セリシン)

(図9 コーティング処理織物の洗濯堅牢度)
(試料:ポリエステル標準白布)

3.生産設備によるコーティング試験
3.1 コーティング処理織物の性質
基礎実験の結果をもとに,実際の生産設備を用いてコーティング試験を行い,処理織物の性質を検討した。試験に用いた装置は県内企業が保有するグラビアロール方式の仕上げ加工機である。コーティング用の改質セリシンには,TDIで化学修飾したタイプを用い,DMF6%溶液とした。実験に用いた織物 は,当場で試織した幅約120cmの織物計16点(白生地8点,染色加工布8点,各5〜8m)で,減量加工やプラズマ処理は行っていない。これらを縫い合わせて連続的にコーティング処理を行った。
 改質セリシンのコーティング処理が織物硬さに及ぼす影響を確認するため,風合い試験機で曲げ剛性を測定した。試料はコーティング後の織物,これを柔軟加工した織物および洗濯後の織物である。なお,柔軟加工は,回転槽大きさ88cmのタンブラーを用い,温度50℃で約30分(10回/20sで反転運動)処理することで行った。図10より,コーティング処理によって曲げ剛性は著しく増加するが,タンブラーによる柔軟処理や洗濯によって原布並みに軟らかくできることがわかる。図11にコーティング前後および柔軟加工後の織物表面の電子顕微鏡写真を示す。コーティング処理によって繊維表面に皮膜が形成され,これが繊維間の移動を抑制することで風合いが硬化するが,柔軟処理や洗濯で物理的な力を加え,皮膜を破壊することで,風合いを改善する事ができたと考えられる。
 コーティング前後,柔軟処理後および洗濯後の織物について吸湿性を測定した結果を図12に示す。どの織物もコーティング処理によって原布の約2倍の吸湿性を示すようになり,この効果は洗濯20回後も持続している。このことから,実際の生産設備によるコーティング処理でも,吸湿性が向上し,さらにその効果が洗濯に対して充分耐久性のある織物を製造できることが確認された。

(図10 コーティング処理織物の曲げ剛性)

(図11 織物表面の走査型電子顕微鏡写真)
((1) コーティング処理前)
((2) コーティング処理後)
((3) 柔軟加工後)

(図12 コーティング処理織物の吸湿性)
((1)平織物(ポリエステルシルクライク織物))
((2)朱子織物(ポリエステルナイロン極細繊維織物))

(図13 展示会に出展した試作品(ドレス))

3.2 製品の試作と展示会への出品
 生産機械でコーティング処理した染色加工布を用いて,ドレスやブラウスを試作した。さらに,この試作品をコーティング加工織物8点とともに東京の青山ベルコモンズで平成14年12月2,3日に開催された “いしかわコレクション by デサンテスダリ展”に出展した。図13に出展したドレスを示す。当場のインクジェットプリントシステムを用いてプリントしたポリエステルシルクライク織物にコーティング処理したもので,シルクの風合いと吸湿性を兼ね備えた素材として紹介した。また,試作したドレスが平成15年10月4,5日に愛媛県で開催された第41回全国繊維技術交流プラザにおいて中小企業庁長官賞を受賞した。

4.結  言
イタリアシルク研究所との国際共同研究によって得られた成果を以下にまとめる。
(1)セリシンを合成繊維に最適なコーティング材料とするための改質方法を検討した結果,セリシンをジイソシアネートで架橋することによって,洗濯に対して耐久性のあるコーティング材料とすることができた。また,この改質セリシンをポリエステル織物にコーティングすることで吸湿性を向上できることを確認した。
(2)基礎実験で得られた知見をもとに染色加工企業の生産設備でコーティング試験を行い,その効果の再現性を確認した。さらに,生産設備でコーティング処理した織物を用いてドレスやブラウスを作製し,展示会に出品した。

謝  辞
 国際共同研究の実施にあたって,研究員の派遣にご尽力いただいたインスブリア大学化学工学科長のProf. A. Gamba,ミラノ工科大学 Prof. E.Lironi,E.Boselli&C社のL.Boselli氏に深く感謝いたします。また,イタリア滞在中の実験に対してご協力いただいたM.Pichierri氏およびP.Pusterla氏,生産設備によるコーティング処理試験にご協力いただいた平松産業梶C加越産業鰍ノ感謝します。

参考文献
1)繊維学会編.新しい衣料素材.文化出版局.1984.
2)特集:これだけは知っておきたい新合繊のすべて.工業材料.日刊工業新聞社.1994
3)浜岡ら.京都府織物指導所研究報告.V-1.1998.
4)林小太郎ら.繊維加工.Vol.45, No.9, 1993, 13.
5)紀佩珍ら.繊維工業研究会報告.No.3, 1993, 44.
6)野村正和ら.繊学誌.Vol.48, No.6, 1992, p.305.
7)セーレン株式会社. 野形明広ら.特開平9-031847.
8)Yamakoshi,K.; Park, J.; Hori, T. SEN-I GAKKAISHI. Vol.51, No.11, 1995, p.544.
9)山本孝, 新保善正, G.M.Colonna, B.Marcandalli, 堀照夫. 繊維学会年次大会要旨集. Vol.55, 2000, p.127.
10)神谷淳,山本孝,森大介,堀照夫. 繊維学会秋季大会要旨集. Vol.56, 2001, p.59.
11)森大介, 山本孝, 神谷淳, 堀照夫.繊維学会秋季大会要旨集. Vol.56, 2001, p.60.
12)山本孝, 神谷淳, 森大介, 堀照夫.第15回繊維連合研究発表会要旨集.2002, p.100.






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