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 公共情報端末機のユニバーサルデザイン研究
 製品科学部 ○山田有河 高橋哲郎 前川満良
 石川県リハビリテーションセンター 北野義明 寺田佳世

 IT社会の進展に伴い,公共施設で利用される情報端末機の数はますます増加しているが,現状の装置は,高齢者や障害者にとって必ずしも便利で使いやすい形態とは言えない。
 本研究では,より多くの人が容易に利用できる公共情報端末機の設計条件について検討した。具体的には,障害者の操作能力特性について,二次元動作計測や筋電解析を用いて客観的に分析し,誰もが利用しやすい操作環境の設計指標を導出した。

キーワード:情報端末機,使いやすさ,設計指標,二次元動作計測,筋電解析

Study of Universal Design Technique for Public Information Terminals

Yuka YAMADA, Tetsuro TAKAHASHI, Mitsuyoshi MAEKAWA, Yoshiaki KITANO and Kayo TERADA

 Although information terminals used in public facilities are increasing more and more with the advance of information technology, they are not always convenient and useful devices for old and/or disabled persons.
 In this study, in order to make an information terminal useful, we examined the design conditions of it. Specifically, we derived the design index of the operating environment which was useful for both disabled persons and healthy persons by objective evaluation of characteristic of operation capability using 2-dimensional operation measurement and the electromyogram analysis.

Keywords:information terminals, usability, 2-dimensional operation measurement, electromyogram analysis


1.緒  言
 高度情報化社会の進展に伴い,さまざまな情報機器が日常生活空間に広がり,その普及率はますます増大傾向にある。しかし,官公庁や病院,鉄道などに設置されている公共情報端末機(以下,端末機)を見ると,不特定多数の利用を目的としているにもかかわらず,高齢者や障害者にとって必ずしも便利で使いやすい形態とは言えないのが現状である。
 これらの背景から,経済産業省では,誰もが容易に利用できる情報機器の開発を促進するため,情報機器アクセシビリティ指針1)を策定した。現在,その技術普及に努めているが,推奨寸法値などの具体的な設計指標が示されていないため,端末機の開発者にとっても打開策が打ち出せない状況にある。
  このため本研究では,端末機の操作環境に最も影響を受けやすい肢体不自由者の操作能力特性について,より客観的かつ定量的に分析し,誰もが利用しやすい端末機の設計指標を導出したので,その内容を報告する。

2.操作性評価のための事前調査
 端末機に対する障害者の指摘事項として特に強く言われているのが,車いすによる接近,上肢障害者や視覚障害者のスイッチ操作の困難さである2),3)。しかし,開発者側にとっては,障害者の操作能力特性が十分把握されておらず,具体的な改善策を打ち出すことができない問題が生じている。このため,県内で製造販売されている端末機に見立てた実験装置を製作し,実際の肢体不自由者を被験者に,基本的な操作能力特性について調査を行った。

2.1 調査方法
 実験装置は,天板が無段階で昇降する作業用机をベースに,0〜90度まで15度刻みで角度調整ができる操作面(縦800mm×横1000mm)と,0〜300mmで引き出せるカウンタを取り付けたものである(図1)。
 被験者は,立位で操作を行うパーキンソン病1名,第7頸髄損傷不全麻痺1名,車いすを利用して座位で操作を行う右片麻痺1名,脳性麻痺1名,第6頸髄損傷完全麻痺1名,電動車いすを利用して座位で操作を行う第5頸髄損傷完全麻痺1名,リウマチ1名,筋ジストロフィ2名の計9名で,正面からのアプローチによって端末機の擬似操作を行ってもらい,以下の4項目について調査した。
(1)被験者の操作能力特性
・作業療法士らによる操作時の姿勢保持能力,上肢の屈曲,伸展および回旋能力などの分析
(2)操作面の高さと角度
・被験者の主観による操作最適高さの計測
・被験者の主観による操作最適角度の計測
(3)カウンタ奥行き
・操作に必要となるカウンタ奥行き寸法の計測
(4)蹴込みの奥行きと高さ
・操作面下端を基準に下肢進入距離の計測
・下肢進入に必要な高さ(車いす肘掛け高)の計測

(図1 実験装置)

2.2 調査結果
 事前調査の結果をまとめたのが表1で,以下にその内容を説明する。
(1)操作環境
 被験者が操作できる筐体寸法の許容範囲は,操作面下端高さは725〜775mm,操作面角度45〜60度,カウンタ奥行き100〜150mmで,蹴込みの奥行きは操作面の下端から500mm以上,高さは700mm以上となった。
(2)操作能力
 被験者の操作状況を観察すると,上肢運動能力に加えて姿勢保持能力のレベルや体位変換の可否によって到達範囲に大きな差が出ることが分かった。到達範囲は,立位操作群,安定座位操作群,不安定座位操作群の順で小さくなり,さらに,不安定座位操作群の中では,体位変換の可能群,困難群,不可群の順に小さくなる傾向があった。
(3)環境影響度
 立位操作群の操作能力は,操作環境にほとんど影響されることがなかった。安定座位操作群は,車いすが進入するための蹴込み寸法に影響され,不安定座位操作群は,蹴込み寸法に加えて体幹を支持するためのカウンタの有無によって,強い影響を受けることが分かった。

(表1 肢体不自由者の操作能力特性)

3.操作性評価実験
3.1 二次元動作計測による操作性実験
 事前調査によって,操作環境に影響を受けやすいのは車いす利用者であることと,肢体不自由者が端末機を操作するための基本的な環境条件(主に筐体部)が示された。そこで本実験では,その環境条件下で,車いす利用者を対象に,二次元動作計測による操作面の到達許容範囲を求めることとした。

3.1.1 実験方法
 実験装置は,操作面の下端750mm,傾斜角45度,カウンタの奥行き125mm,蹴込みの高さ700mm,奥行き500mmに設定した。
 到達範囲の計測に使用した二次元動作解析装置は,鰹シ浦電弘社製の特注品で,被験者の身体各部位にカラーマーカを取り付けて動作をさせ,そのビデオ画像から各マーカの移動位置を二次元座標値として検出する方式である。各マーカの軌跡,移動距離,2点を結んだスティック同士のなす角度などが解析できる。到達範囲は,上肢運動能力に加えて座位保持能力の差によって大きく異なるため,本実験では,手茎状突起,肘頭,肩峰のほか,第7頸椎および仙骨部に相当する車いす背シート中心点などにもマーカを取り付けて計測を行った(図2)。
 被験者は,上肢運動能力と姿勢保持能力の異なる20名の肢体不自由者(脳卒中片麻痺4名,第5頸随損傷1名,第6頸随損傷4名,第7頸随損傷2名,胸随損傷1名,筋ジストロフィ3名,脳性麻痺2名,パーキンソン病1名,リウマチ1名,二分脊椎1名)とした。

(図2 実験環境と二次元動作計測)

3.1.2 実験結果
 実験の結果,事前調査と同様に体幹機能と到達範囲に相関関係が認められたため,結果を事前調査の分類様式に準じて整理した(表2)。
 一方,図3は被験者の手の軌跡を示したもので,図のh・n・rは各群で到達範囲が最も小さかった軌跡で,xはそれらの軌跡を重ね合わせたものである。実線は右手,破線は左手の軌跡を示しており,実際にはマーカを手茎状突起に取り付けたため,手掌の長さを100mmとして加算し,座標値を求めた。以下に群ごとの到達範囲および操作能力特性を示す。
(1)安定座位操作群:座位が安定しているために前傾姿勢がとりやすく,到達範囲は健常者が椅子に腰掛けた場合とほぼ同様の値を示した(図3-h)。
(2)不安定座位操作・体位変換可能群:カウンタに手や肘を着いて体幹を支持するために完全な前傾姿勢がとれず,到達範囲がやや制限される(図3-n)。
(3)不安定座位操作・体位変換困難群:上肢障害が伴うために体幹をしっかり支持できず,思うような前傾姿勢がとれないため,到達範囲が極めて制限される(図3-k)。
(5)不安定座位操作・体位変換不可群:体幹および上肢の障害が重いために,上肢の運動はカウンタ上の水平移動のみで,操作面に到達することができなかった。

(図3 各群の最小到達範囲と共通の到達許容範囲)

(表2 被験者の能力)

3.1.3 考察
(1)安定座位操作群の到達範囲は,健常者の場合とほぼ同等のため,操作環境を設計する際に特別な配慮は不要と考える。また,不安定座位操作群のうち体位変換が可能あるいは困難な場合,上肢で体幹を支持して前傾姿勢をとるため,奥行き125mm程度のカウンタが必要と考える。
(2)図3-xの網がけ部分は,操作面に到達できなかった2名分を除いて,各群の最小到達範囲を重ね合わせ,共通する到達範囲を求めたものである。すなわち,この部分が肢体不自由者の大半が操作できる範囲と考えられる。到達許容範囲は,体幹を中心に左右方向300mm程度,高さ方向は,左が100mm程度,右が200mm程度までとなった。右利きが18名中17名のために,右の範囲が大きくなったものと思われる。
(3)到達範囲とは別に,肢体不自由者が端末機を操作するに当たって重要なことは,@不安定座位操作群のうち体位変換ができない場合,操作面に到達できないため,操作部をカウンタ面に配置する必要があること,A上肢の障害が重い場合,手指の屈曲や伸展などが著しく困難になるため,スイッチの形状は手を握った状態で操作ができるものを選ぶ必要があることなどが考えられる。

3.1.4 まとめ
 二次元動作計測によって,肢体不自由者の到達許容範囲が明らかになり,彼らが共通して操作ができる範囲が求められた。また,体幹障害によって座位が不安定な人のために,上肢で体幹を支持できるカウンタが必要不可欠なことも明らかになった。ここで使用した実験装置の寸法値を含めて,本実験を行ったことで,より多くの人が利用できる端末機の一設計指標が導き出されたと考える。

3.2 筋電計測による操作性評価実験
 二次元動作計測の結果から,肢体不自由者の到達許容範囲が求められたが,使いやすい操作部の設計を行うためには,“到達できる範囲”だけではなく,“到達しやすい範囲”を把握することが必要である。そこで本実験では,操作環境の影響を受けやすい車いす利用者のタッチパネル操作を想定し,操作面に設けた各目標位置に手を伸ばした時の筋電計測を行い,筋電データから求める筋負担レベルがより小さい範囲を求めることとした4)。ただし,肢体不自由者の場合は麻痺を伴うことが多く,筋電計測が困難なため,被験者には健常者が擬似的に車いす利用者となって筋電実験を行った。

3.2.1 実験方法

(図4 実験方法)

 二次元動作計測に用いた実験装置を利用し,図4に示す条件で椅子を設置した。この操作環境下で,被験者(25〜46歳の健常男性8名,全員右利き)が座位姿勢で操作面に設けた目標位置に右手を伸ばす課題動作を行った。その際,主に使われると考えられる9箇所の筋(三角筋前部,三角筋中部,三角筋後部,上腕二頭筋,上腕三頭筋,大胸筋鎖骨部,大胸筋胸腹部,広背筋,長短橈側手根伸筋)を対象に筋電計測を行った。筋電計測は,筋収縮に伴って発生する筋電位を皮膚表面に電極を貼付してとらえ,得られた電気信号を増幅して集録した5)。

(図5 筋電データ例)

 また,課題動作中のビデオ撮影を行うとともに,被験者に対して目標位置ごとの“届きやすさ”を5段階の評価で主観申告してもらい,それらを記録した。

3.2.2 筋電データと筋負担指標
 筋電データの一例として,被験者の体幹中心から左に200mm,高さ200mmの目標位置への課題動作中のものを図5に示す。

(図6 %MVCの統計解析結果)

(図7 主観申告の統計解析結果)

 同一筋で比較した場合は,振幅の増減が筋活動レベルを反映するが,計測筋によって振幅レベルが異なるため,部位の異なる筋同士では活動レベルを比較できない。この問題を解決するため,測定筋ごとに式(1)に示す%MVCを求め,最大収縮時に対する課題動作時の筋活動レベルの割合として比較した。

 %MVCは,各筋について目標位置ごとに求まるが,これをもとに,全被験者の結果を統計的に評価する方法として,次の方法で解析を行った。
(1)解析は,20箇所の目標位置における%MVCをマトリクスの行と列の要素として配置し,総当たりで有意差検定を行う。
(2)比較した2箇所の目標位置のうち,有意差を持って%MVCが高いと判断された場合は+1点,有意差を持って低いと判断された場合は-1点,有意差の認められなかった場合は0点がつくようにして,全比較の総計をとる。

3.2.3 実験結果
(1)筋電解析結果
 前述の解析によって得られた結果を目標位置ごとの強度分布として図6に示す。強度分布では色が濃いほど筋負担が高い位置を表している。ただし,左上の3箇所(-400,600),(-200,600),(-400,400)は複数の被験者が届かなかったため分析していない。
(2)主観申告解析結果
 被験者に対して行った“届きやすさ”の5段階評価から,筋電%MVCと同様の統計解析を行った結果を図7に示す。強度分布では色が濃いほど被験者が届きにくいと感じていることを表している。
(3)動作解析結果
 実験中にビデオ撮影した画像から,肩や肘の関節角度を求め,動作に伴う筋活動について推定した。
(イ)高さ400mm以上の目標位置は,左右方向の位置に関係なく肩を屈曲して腕を挙げるため,三角筋前部の活動が高まると考えられる。
(ロ)体幹中心から左側の位置は,高さに関係なく腕を内転するため,大胸筋の活動が高まると考えられる。
(ハ)高さ0mmで水平方向が体幹中心から右側の位置は,目標位置が被験者の身体に近いため,@腕を後ろに引くことによる三角筋後部の活動,A腕を被験者の右側に張り出すことによる三角筋中部の活動,B肘の屈曲による上腕二頭筋の活動,C手関節の背屈による長短橈側手根伸筋の活動などが高まると考えられる。

3.2.4 考察
(1)筋負担の指標として%MVC統計解析を提案したが,得られた強度分布(図6)と動作解析から推測した筋活動とを比較し,姿勢の変化による筋活動レベルを指標値が妥当に評価できていることを確認した。
(2)強度分布上の正の値を示す位置は,他の位置と比較して筋負担が大きいと考えられる。そこで,全ての筋について負の値を示す位置を求めると,高さが200mmで,水平方向は被験者の体幹中心から右200mmまでの間が最も筋負担の少ない位置であると考えられる。
(3)主観申告の統計解析によって得られた強度分布(図7)を見ると,“届きやすい”と申告された範囲が筋負担の少ない範囲と一致している。これにより,提案した筋負担指標が主観を反映した妥当な値であることが示唆された。ただし,主観申告では筋負担評価と比べて,“届きやすい”と申告された範囲が広い。例えば,主観では高さが400mmで水平方向が被験者の中心から右200mmまでの位置も届きやすいと判断されている。これにより,主観申告に比べて筋負担評価の方が,位置ごとの届きやすさの違いを詳細にとらえている可能性があると考えられる。

3.2.5 まとめ
 本実験では,右上肢の到達範囲に絞って検討した。二次元動作計測によって求めた肢体不自由者の到達許容範囲(体幹中心から左100mm,右300mm,高さ200mm程度まで)に続き,到達しやすい範囲を筋負担評価によって求めた。その結果,水平方向は体幹中心から右200mm程度の範囲で,高さ200mm程度が最も筋負担の少ない操作範囲となった。

4.結  言
 本研究では,二次元動作計測や筋電計測などの客観的評価手法によって,肢体不自由者の操作能力特性を把握し,より多くの人が利用しやすい端末機の設計指標を求めた。以下にその結果をまとめる。
(1)端末機の操作環境に影響を受けやすいのは,上肢障害に加えて体幹障害のある車いす利用者であることが確認された。
(2)端末機には,車いすが進入できる高さ700mm×幅700mm×奥行き500mm程度の下肢空間と,上肢で体幹を支持できる奥行き125mm程度のカウンタが必要不可欠であることが確認された。
(3)二次元動作計測実験によって,右上肢の到達許容範囲(体幹中心から左100mm,右300mm以内,高さ200mm程度以内)が示唆された。
(4)筋電計測実験によって,右上肢の最も筋負担が少なく到達しやすい範囲(体幹中心から右200mm以内,高さ200mm程度)が示唆された。
 新石川県庁舎の建設に因み,本研究で得られた寸法設計指標を,県政情報をビデオで紹介するビデオ・オン・デマンドシステムの設計に応用した。現在,その使いやすさについて検証中である。

謝  辞
 本研究を遂行するにあたり,被験者としてご協力を頂いた皆様に心から深く感謝します。

参考文献
1)経済産業省編.情報機器アクセシビリティ指針,2000.
2)平野和彦ほか.バリアフリーATMのための視覚記号に関する実験的研究,ヒューマンインターフェース学会論文誌, Vol.3, No3, 2001, p.51-59.
3)北風晴司.バリアフリー公衆情報端末の開発,
NEC技報,Vol.53, No9, 2000, p.26-30.
4)TR Z 00071998.生活動作における筋・骨格系負担計測方法−筋活動電位計測方法および評価方法−昇降動作,1998.
5)今村恒一ほか.住宅における手すり効果に関する人間工学的検討,松下電工技報,No.69,1999,p.32-38.






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