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 IBSD法による次世代半導体材料(β-FeSi2膜)の開発
 機械電子部 ○部家彰
 茨城大理工 原口雅晴
 原研東海 山本博之,斉藤健,山口憲司,北條喜一

 環境半導体である鉄シリサイド(b-FeSi2)をSi基板上にイオンビームスパッタ蒸着(IBSD)法により生成した。ターゲットにFe2Siを用い,蒸着量を変化させたときの膜の結晶構造およびSi,Fe濃度分布の変化から,成長機構を検討した。その結果,Fe2Si蒸着量によりFeSi2膜の結晶構造が異なり,それはFeに対するSiの供給量に依存すること,また,Fe2Siターゲットを用いることにより,厚み120nmの(100)優先配向性のb-FeSi2膜が生成できることを示した。

キーワード:環境半導体,鉄シリサイド,イオンビームスパッタ蒸着法,薄膜

Development of Semiconductor Material (b-FeSi2 film) for Next Generation using IBSD Method

Akira HEYA, Masaharu HARAGUCHI, Hiroyuki YAMAMOTO, Takeru SAITO, Kenji YAMAGUCHI and Kiichi HOJOU

b-FeSi2 films on Si substrate were prepared by varying the deposited thickness of Fe2Si using ion beam sputter deposition (IBSD) method. The relation between structural properties and Fe2Si thickness was investigated. It is found that the crystal structure depends on ratio of Fe to Si atoms. FeSi2 films with better preferential oriented to (100) direction were obtained using Fe2Si target instead of Fe or FeSi2 targets.

Keywords:environmentally friendly semiconductor (Kankyo semiconductor), iron silicide, ion beam sputter deposition method, thin film


1.緒  言
 発光・受光素子や太陽電池などの電子デバイスに使われている化合物半導体(GaAs,InPなど)はAsやInなどの資源寿命が短く,環境負荷の高い材料を含んでいる。一方,鉄シリサイド(FeSi2)はFeとSiから構成されるため,資源が豊富で環境負荷が低い。さらに,940℃以下で安定なβ相(b-FeSi2)はバンドギャップ0.85eVの直接遷移型半導体であり,可視域での光吸収係数が高いなどの優れた特性を示すことから,“環境半導体”と呼ばれ,次世代の半導体材料として研究が盛んに行われている1)-8)。
 b-FeSi2の薄膜化は電子デバイス作製に不可欠な技術であり,ここではイオンビームスパッタ蒸着(IBSD)法を用いて薄膜化を試みた。IBSD法は加速したイオンビームをターゲットに照射することでスパッタされた原子が数100℃に加熱された基板上に飛来し,基板に付着した原子と基板が反応し,薄膜が生成できる9)。他の蒸着法とは異なり,スパッタされたターゲット原子が20〜30eV程度と高いエネルギーを持った状態で基板に到達するため,低い基板温度での結晶成長が期待できる。
 また,b-FeSi2膜はSi(100)基板との格子不整合が小さく,Si基板上にエピタキシャル成長しやすい2)。一般にエピタキシャル膜は安定で電気特性も良好であることから,Si(100)基板に対してエピタキシャル関係にある(100)優先配向膜の生成が試みられている。
  これまでに,ターゲット材料としてFeを用いてSi (100)基板上に100nm程度の(100)優先配向b-FeSi2膜が生成できることが知られている9)。しかし,SiとFeとの反応が十分に進行しないため,厚膜の生成は困難である。また,ターゲット材料にFeSi2を用いた場合には,Si基板からのSiの供給により膜がSi過剰となり,α相になりやすいことが知られている9)。このことから,ターゲットにFeSi2よりもFe過剰なFe2Siを用いることで,さらに厚膜の(100)優先配向b-FeSi2が生成できると考えられる。
 本研究ではFe2Siターゲットを用いて,蒸着膜厚を変化させたときの膜の結晶構造およびSi,Fe濃度分布の変化から,成長機構を検討し,Si基板上に100nm以上の厚さの(100)優先配向b-FeSi2膜を生成することを目的としている。

2.実験装置と方法
2.1 IBSD装置

(図1 IBSD装置の概念図)

図1にIBSD装置の模式図を示す。まず,RFイオン源においてArをイオン化,加速し(35kV),分析マグネットにより質量分離を行った後,成膜室内のターゲットに照射することにより,ターゲット材料をスパッタさせた。ターゲットにFe2Si(純度3N以上)を用いた。

2.2 基板の前処理
 基板には高抵抗Si(100)基板を用いた。IBSD法で生成したb-FeSi2薄膜の結晶性は基板の前処理法に敏感であることが知られている10)。これはSi基板表面の平滑性や結晶性などがFeおよびSiの拡散や結晶成長に影響を与えているためであると考えられる10)。
 本研究で行った基板前処理は,まず,Si基板をRCA溶液(HCl:H2O2:H2O = 1:1:4)中で10min加熱し,極薄いSi酸化膜を形成した。次にIBSD装置内に導入し,真空中(1.33×10-5Pa)で800℃,15min加熱し,Si酸化膜を除去することで清浄なSi表面を形成した。

2.3 b-FeSi2膜の生成
  b-FeSi2薄膜の生成条件を表1に示す。基板温度を750℃に固定し,蒸着量(膜厚)を約15,30,60nmと変化させて生成した。基板温度は放射温度計および試料ホルダに取り付けられた熱電対により測定した。真空槽内の背圧は1×10-7Pa,蒸着時の真空度は2×10-5Paである。また,本条件でスパッタされたFeおよびSiの蒸着量とその比率を調べるために,Ge基板上に60℃の低温で蒸着した試料を作製した。これは,Si基板上に高温でFe2Siを蒸着すると,拡散が起こり,蒸着膜厚の評価が困難なためである。また,基板温度の違い(60℃と750℃)によるスパッタ原子の付着確率の違いは考慮していない。

(表1 膜の生成条件)

3. 結  果
3.1 結晶構造
Ge基板上に低温でFe2Siを蒸着した試料DのFeとSiの原子比を電子線マイクロプローブアナライザ(EPMA)で測定した結果,Fe:Si=66:34で,ターゲットの組成で基板上に飛来していることが確認された。

(図2 Si基板上に生成したFeSi2膜のXRDパターン)

 図2にSi基板上に生成した試料のX線回折(XRD)パターンを示す。試料A(蒸着膜厚15nm)ではβ相(400)のピークと共にα相(001),(111)などのピークも観測され,α相とβ相の混相膜であった。試料B(蒸着膜厚30nm)ではβ相(220)のピークと共にβ相(400),(600)などのエピタキシャル成長を示すピークも観測された。試料C(蒸着膜厚60nm)ではβ相の(220),(311)に対して(400),(600),(800)のピーク強度が大きくなり,Si基板に対し,(100)優先配向していた。
 このように蒸着膜厚が増加すると,多結晶α相から多結晶β相へ,さらに(100)優先配向β相へと変化した。蒸着膜厚が薄い場合にα相が生じたのは,Feの蒸着量が少なく,Si基板からのSiが過剰な状態でも安定に存在できるFe:Si=2:5のα相が優先的に成長するためであると考えられる。反応領域では組成比がSi過剰のα相が生成されるが,蒸着膜厚が増え,さらにFeが供給されると,組成比がFe:Si=1:2のβ相が生成され,エネルギー的に安定な(100)に優先的に配向すると考えられる。
 図3にSi基板上に生成した試料の2次電子(SEM)像を示す。全ての試料は島状に成長していた。試料A(蒸着膜厚15nm)ではコントラストの異なる数100nmの結晶粒が観測された。このコントラストは金属相であるα相と半導体相のβ相の違いにより生じたと考えられる。蒸着膜厚の増加にともない,結晶粒径は増加し,試料C(蒸着膜厚60nm)では数mmもの大きな結晶粒が部分的に観察された。XRDの結果との比較から,この大きな結晶粒が(100)優先配向した結晶粒である可能性がある。一般に基板温度が増加すると,結晶粒の成長が促進されるが,IBSD法の場合,蒸着膜厚が増加すると,面内方向に結晶粒の成長が起こると考えられる。今回のように蒸着速度が一定の場合,蒸着膜厚が増加すると,蒸着時間も増加するため,アニール効果により,粒成長が促進された可能性もある。しかし,蒸着速度を2倍にし,同じ膜厚を蒸着した場合は結晶粒径および,XRDパターンが変化しないという結果も得られており,今後,さらに検討が必要である。

(図3 Si基板上に生成したFeSi2膜のSEM像)

(図4 試料BのXPSスペクトル)

(図5 試料BのFe,Siの深さ方向分布)

(図6 試料DのFe,Siの深さ方向分布)

3.2 Fe,Si深さ方向分布
このようにIBSD法ではFeおよびSiの拡散によりb-FeSi2膜が生成され,その結晶構造がFeに対するSiの供給量に依存することから,膜深さ方向に結晶構造およびSi,Fe濃度変化がある可能性がある。そこで,X線光電子分光(XPS)による深さ方向分布の測定を行った。
 図4に試料B(蒸着膜厚30nm)の各エッチング深さにおけるXPSスペクトルを示す。Arイオンスパッタは加速電圧500Vで行った。b-FeSi2膜表面(スパッタ時間0s)では自然酸化によるFeおよびSiのピークの高エネルギー側へにシフトが見られるが,スパッタが進み,膜内部に行くほど,Fe2pの信号は小さくなり,Si2pの信号は金属状態のSiの値に近づいた。
 これらのXPSスペクトルから見積もったFe,Si原子比の深さ方向分布を図5に示す。膜表面ではわずかにSi過剰ではあるが,ほぼFe:Si=1:2であり,XRDの結果と一致した。しかし,スパッタを行うとSi原子比が50%と減少した。この原因としてSiの選択スパッタ11)が考えられる。
 そこで,同じスパッタ条件で,Fe:Si=2:1と組成が明らかで,膜深さ方向に均一であると考えられるGe基板上に生成した試料Dの深さ方向分布測定を行った。その結果を図6に示す。本条件でスパッタを行うとFeに対するSi原子比が減少したことから,Siの選択スパッタが起こっていることが確認された。
 また,試料D(蒸着膜厚30nm,Ge基板)の膜内部ではFeおよびSiの原子比は一定であり,Ge基板との界面はスパッタ時間30s程度で変化した。一方,図5の試料B(蒸着膜厚30nm,Si基板)のFeはスパッタ時間150s以降,210s間緩やかに減少した。この結果から,Si基板上に高温で生成したb-FeSi2膜の反応領域の厚みは大きく,FeおよびSiの拡散が起こり,原子濃度分布が広がることが示唆された。
 Fe2Siターゲットを用いて生成したFeSi2膜の膜厚は,Fe密度から単純に見積もるとFe2Siの膜厚に対して約2倍となる。(100)優先配向していた試料C(蒸着膜厚60nm)のFeSi2膜厚を見積もると120nmであった。また,部分的ではあるが数mmの大粒径の結晶粒も得られたことから,ターゲット材料としてFeおよびFeSi2に比べ,Fe2Siは有望であることが示唆された。

4.結  言
 ターゲットにFe2Siを用い,蒸着膜厚を変化させたときの膜の結晶構造およびSi,Fe濃度分布の変化から,成長機構を検討し,Si基板上に厚み100nm以上の(100)優先配向b-FeSi2膜の生成を試みた結果,以下のことが明らかとなった。
(1)Fe2Si蒸着量によりFeSi2膜の結晶構造が異なり,それはFeに対するSiの供給量に依存する。
(2)Fe2Siターゲットを用いた場合,膜厚120nmの(100)優先配向性のb-FeSi2膜が生成できる。

謝  辞
 本研究の一部は(財)放射線利用振興協会の平成13年度,14年度放射線利用・原子力基盤技術に関する技術研修の成果である。

参考文献
1)牧田雄之助, 田上尚男. 材料科学. Vol.37, No.1, 2000, p.1-6.
2)前田佳均, 三宅潔. 応用物理学会結晶光学分科会 第4回結晶工学セミナーテキスト. 1998. p.17-28.
3)末益崇,長谷川文夫. 応用物理. 第69巻, 第7号, 2000, p.804-810.
4)Leong, D.; Harry, M.; Reeson, K. J.; Homewood K. P. Nature, Vol. 378, 1997, p.686-688.
5)Suemasu, T.; Negishi, Y.; Takakura, K.; Hasegawa, F. Jpn. J. Appl. Phys., Vol.39, 1990, p.L1013-L1015.
6)Oostra, D.J. ; Bulle-Lieuwma, C.W. ; Vandenhoudt, D.E.W. ; Felten, F. ; Jans, J.C. J. Appl. Phys., Vol.74, 1993, p.4347- 4353.
7)Akiyama,K.;Ohya,S.;Takano,H.;Kieda,N.;Funakubo,H. Jpn. J. Appl. Phys., Vol.40, 2001, p.L460-L462.
8)Udono, H. and Kikuma, I. Jpn. J. Appl. Phys., Vol.40, 2001, p.1367-1369.
9)Sasase, M. ; Nakanoya, T. ; Yamamoto, H. ; Hojou, K. Thin Solid Films, Vol.401, 2001, p.73-76.
10)原口雅晴, 山本博之, 山口憲司, 笹瀬雅人, 中野谷考充, 斉藤健, 北條喜一. 真空. Vol.45, No.10, 2002, p.749-753.
11)Armelao, L. ; Terrasi, A. ; Boaro, M. ; Ravesi, S. ; Granozzi, G. Surface and Interface analysis. Vol.22, 1994, p.36-40.






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