全文(PDFファイル:318KB、4ページ)


 バインダレスcBN工具を用いたチタン合金の高速切削加工
 機械電子部 ○廣崎憲一 舟田義則 坂谷勝明

 チタン合金の切削加工においては,一般に工具刃先の温度上昇が著しく,工具と被削材との間に激しい溶着現象が引き起こされ,その結果比較的少ない切削加工距離で工具損傷が発生する。そこで,本研究ではチタン合金の加工能率の改善を図るため,高い耐熱性を示すバインダレスcBN工具の適用を提案した。Ti-6Al-4V合金を被削材とし,切削速度250m/min, 送り速度0.15mm/rev, 切り込み量0.5mm,及び高圧クーラントを供給する高速加工条件下で旋削加工実験を行った結果,バインダレスcBN工具は逃げ面摩耗幅0.1mm到達時で切削距離が2400mであり,超硬合金,cBN, 多結晶ダイヤモンド工具に比べ,著しく工具摩耗が抑えられ,鋭利な工具刃先が維持されることがわかった。

キーワード:チタン合金,バインダレスcBN,工具摩耗,高速切削


High Speed Cutting of Titanium Alloy using a Binderless cBN Tool

Kenichi HIROSAKI, Yoshinori FUNADA and Katsuaki SAKAYA

 In general, the temperature rise in the cutting edge is significant in cutting process of titanium, and it promotes strongly the adhesion between tools and work materials, resulting in tool failure in relatively short duration. Therefore, in order to improve processing efficiency of cutting of titanium alloys, a binderless cBN tool which had a high temperature durability was proposed to apply in cutting of titanium alloy. Turning tests of Ti-6Al-4V alloy were conducted under a high speed condition in cutting speed of 250m/min, feed rate of 0.15mm/rev, depth of cut of 0.5mm with an application of a high pressure coolant. As a result, the cutting length was 2400m when the width of flank wear land of the tool reached to 0.1mm, and it was confirmed that a binderless cBN tool exhibited very low tool wear and kept sharp cutting edge compared to the tools made of conventional materials such as sintered carbide, cBN and polycrystalline diamond with Co-based binder.
Keywords:titanium alloy, binderless cBN tool, tool wear, high speed cutting


1.緒  言
 チタン合金は,金属の中でも比強度(引張強度/密度)が大きく,耐熱性・耐腐食性に優れていることから,宇宙航空関係や化学プラントの材料として多用されている。また,チタン合金は生体適合性にも優れており,人体に埋め込まれる医療用インプラント材料としても応用されている1)。

(図1 各種材料の標準切削速度)

 しかしながら,チタン合金は切削加工の立場からみると,一般的には難削材と言われ,加工能率が極めて低い材料である2),3)。その加工特性としては,比切削抵抗が大きく,熱伝導率が小さい,さらには化学的活性が高いことなどから,工具刃先の切削温度が非常に高く,一般に鋼系材料の切削加工に比べると200℃程度高くなる傾向にある1)。したがって,切削温度の上昇を抑えるために,切削速度を小さくしているのが現状である。図1に各種金属の標準切削速度を示すが,アルミニウム合金や炭素鋼材料に比べて,チタン合金の切削速度は極度に低く,その値は60m/min程度とされる。
 そこで本研究では,チタン合金の高能率加工を目的に,耐熱性に優れた新素材工具であるバインダレスcBN工具を,切削工具として適用し,その加工性能について検討を行った。

(表1 切削工具の材料特性と機械的性質)

(表2 切削加工条件)

(図2 加工実験の外観)

2.実験方法
2.1 バインダレスcBN工具
 一般に,切削工具に用いられるcBN焼結体はcBN(立方晶窒化ホウ素)粒子と10〜50体積%の結合剤(バインダ)を混合し高温高圧下で焼結し作製される。一方,バインダレスcBN工具は新製造技術により,さらなる高温高圧条件下でhBN(六方晶窒化ホウ素)粒子を直接焼結することによりcBN粒子を合成して作製される。本実験に用いた切削工具の材料特性と機械的性質を表1に示す。市販されている焼結体工具にはバインダ成分が含まれているが,バインダレスcBN工具はcBN粒子が99.9%以上の高含有率となる。したがって,cBN粒子本来の特性がそのまま得られ,耐熱温度が1350℃,ビッカース硬度は5000HVの高い値を示す4)。

2.2 切削加工条件
 表2に加工実験における切削加工条件を示す。加工実験は旋盤によるチタン合金の旋削加工を行い,工具寿命を評価した。実験に供した工具は,表1に示したバインダレスcBN工具及び市販品工具の4種類とした。市販品工具はCoをバインダとする超硬合金(K10),cBN,多結晶ダイヤモンド工具とした。工具形状は横すくい角,前すくい角を-5°,アプローチ角15°及びノーズ半径0.8mmとし,刃先は約0.01mmのホーニングを施した。ただし,市販品のcBN工具は35°,0.2mmのネガランドが施してある。被削材は,工業用または医療用として幅広く利用されているTi-6Al-4V合金(ブリネル硬さ311HB)を用いた。加工条件は,切削速度が現状の標準加工条件の4倍程度となる250m/min,送り速度が0.15mm/rev,切り込み量は0.5mmとした。バインダレスcBN工具に関しては切削速度が100及び360m/minについても実験を行った。また,図2に示すように,工具の冷却効果を考慮し5),クーラントは水溶性切削液(エマルジョン型:30倍希釈液)を用い,工具すくい面に対し25°の仰角で,工具刃先から30mmの位置より30MPaの高圧供給を行った。
 工具寿命の判定は,逃げ面摩耗幅(VB値)または欠損の発生とし,その際の切削距離を工具寿命とした。VB値は初期の工具刃先位置を基準として摩耗幅を測定した。測定する際には工具摩耗部にチタン合金の溶着物があるため,フッ硝酸水溶液により溶着物を除去した。

3.実験結果及び考察
3.1 高速加工における工具材種の適性
 図3に,工具材種の違いによる工具寿命の比較を示す。工具寿命の判定基準となるVB値は0.2mmとした。ただし,バインダレスcBN工具の場合は,予想以上に工具寿命が長くなったため,被削材の制限上VB値を0.1mmとした。図3より,超硬合金工具及びcBN工具は顕著に工具寿命が短く,超硬合金ではわずか90m, cBN工具でも400mであった。多結晶ダイヤモンド工具は,工具寿命が1500mと比較的長いが実用的な切削距離とはいえない。これらに対し,バインダレスcBN工具は,VB値が0.1mmに到達した時点で切削距離が2400mと優れた耐工具摩耗性を示した。

(図3 工具寿命の比較)

(図4 工具寿命時の刃先の損耗状態)

(図5 工具寿命時の刃先の断面形状)

 また,図4に工具寿命時の刃先の走査型電子顕微鏡(SEM)像を,図5に同じく工具刃先の断面形状を示す。断面形状の測定には触針式表面粗さ計を用いた。超硬合金工具は他の工具に比べ,すくい面摩耗が著しく進行しており,それに伴って工具刃先が後退している。これは,明らかに工具の耐熱性の低さを示す摩耗形態である。cBN工具はネガランドが施してあるため観察し難いが,cBN工具及び多結晶ダイヤモンド工具は,超硬合金工具に比べすくい面摩耗量は小さく,耐熱性の高さまたは切削温度の低さが推察される。しかし,工具すくい面の切り屑離脱部では,バインダ部における粒塊離脱の痕跡がみられ,これが進行すると工具刃先の欠損の原因になる。これらに対し,バインダレスcBN工具は,すくい面の摩耗が他の工具材種に比べ進行していないのが特徴的であり,工具刃先もシャープエッジの状態を保持している。これは,バインダレスcBN工具の耐熱性と結合強度の高さを示しているものと考えられる。

3.2 バインダレスcBN工具の摩耗特性
 バインダレスcBN工具について切削速度の違いによる工具寿命と工具摩耗速度を評価した。切削速度は100, 250, 360m/minの3通りとし,工具寿命の判定基準はVB値0.1mmとした。また,工具摩耗速度は切削開始から工具寿命に至るまでのVB値を切削距離でプロットし,その回帰直線の傾きにより求めた。
 図6に,バインダレスcBN工具の工具寿命と工具摩耗速度に及ぼす切削速度の影響を示す。また,図7に工具寿命時の刃先のSEM像を示す。図6より,切削速度が100, 250, 360m/minと高くなるにつれて,工具摩耗速度は1桁ずつ上昇する傾向がみられ,切削速度が最も低い100m/minの場合が最も小さくなった。
 一方,工具寿命を評価すると,切削速度100m/minの場合は,図7(a)にみられるように工具すくい面に大きな剥離が発生したため,切削距離2000mに留まった。これに対し,切削速度250m/minの場合は,本実験条件の中で最も工具寿命が長くなった。これは,図7(b)より100m/minの場合と同様に工具すくい面の境界部に剥離がみられるが,その規模は非常に小さく,切削に影響を及ぼさなかったためと考えられる。さらに,工具が切り屑及び被削材と擦過する領域で,初期の工具表面と異質な滑らかな面が観察される。これは,バインダレスcBN工具のcBN粒子が変態または酸化することによって脆弱な層を形成したと考えられ,この層が切り屑と工具の間で緩衝材となり,工具材自身の剥離を生じ難くさせたことも工具寿命が長くなった要因と考えられる。しかし,切削速度360m/minの場合,工具表面に250m/minと同様の滑らかな面が形成されているにもかかわらず,わずか200mでVB値0.1mmに到達した。この原因は,図7(c)のすくい面上にクレータ摩耗がみられることから,切削速度が高いと切削温度がバインダレスcBN工具の耐熱臨界温度を越え,これによって急激に工具摩耗が進行したものと考えられる。したがって,工具寿命を長くするためには最適な加工条件が存在するものと考えられる。

(図6 バインダレスcBN工具の工具寿命と工具 摩耗速度に及ぼす切削速度の影響)

(図7 切削速度の違いによるバインダレス cBN工具の刃先の損耗状態)

4.結  言
 チタン合金の高能率加工を目的に,切削工具として耐熱性に優れたバインダレスcBN工具を適用し,その加工性能について検討を行った。
(1)Ti-6Al-4V合金の切削加工実験を行った結果,一般市販品の超硬合金,cBN,多結晶ダイヤモンド工具に比べ,バインダレスcBN工具は著しく高い耐摩耗性を示した。
(2)バインダレスcBN工具は,比較的低速切削領域では工具摩耗速度が小さいが,すくい面の剥離が発生しやすい傾向にある。加工能率と工具寿命を高めるためには最適な加工条件が存在する。


謝  辞
 本研究を遂行するに当たり,終始適切なご助言を頂いた金沢工業大学教授新谷一博氏,助教授加藤秀治氏に感謝します。また,貴重な切削工具をご提供頂いた住友電気工業梶C工作機械をご提供頂いた高松機械工業鰍ノ感謝します。

参考文献
1)(社)チタニウム協会編. チタンの加工技術. 日刊工業新聞社, 1992.
2)Narutaki, N. ; Murakoshi, A. ; Motonishi, S. Study on Machining of Titanium Alloys, Annals of the CIRP. Vol.32, No.1,1983, p.65-69.
3)臼杵, 鳴滝, 山根. Ti-3Al-8V-6Cr-4Mo-4Zrの旋削加工に関する研究. 精密工学会誌.Vol.61, No.7, 1995, p.1001-1005.
4)Kato, H. ; Shintani, K. ; Sumiya, H. Cutting performance of a binder-less sintered cubic boron nitride tool in the high-speed milling of gray cast iron. Journal of Materials Processing Technology. No.127, 2002, p.217-221.
5)廣崎, 藤井, 坂谷. チタン合金の適応制御加工−切削温度拘束による加工条件の選定−.2000年度精密工学会秋季大会学術講演会講演論文集. 2000, p.109.



* トップページ
* 研究報告もくじ

概要のページに戻る