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 光輝性漆塗膜の開発研究
  江頭俊郎* 梶井紀孝* 坂本誠*
   *製品科学部

 モルフォテックスとメタシャインという新しい光輝性素材を漆塗膜に利用し,従来にない加飾を行う方法について検討した。3次元変角光度計を用いて,その塗膜の光学的な評価を行い,反射光分布の広い独特の光輝感を有することが明らかになった。そして,その光輝材を用いた丸盆を試作し,今後様々な用途展開の可能性が確認された。
キーワード:モルフォテックス,メタシャイン,光輝感,漆塗膜,3次元変角光度計,

The Development and Study of Glorious Urushi Cortings

Toshiro EGASHIRA, Noritaka KAJII and Makoto SAKAMOTO

How to perform decoration on urushi cortings using new glorious materials called MORUFOTEX and METASHAIN was ex-amined. Using the 3-dimensional auto-goniophotometer, optical evaluation of the film was carried out and it became clear to have the peculiar glorious feeling and the wide distribution of a catoptric light. And round trays using the glorious materials were made as an experiment. Then it was made sure that those glorious materials had applicabilities to various usages in the future.
Keywords:molfotex, metashaine, glorious feeling, urushi film, three dimensional auto-goniophotometer


1.緒  言
生物なのに金属のような光沢を持つものがいる。例えば,アマゾンに生息するモルフォ蝶(図1)は,メタリックなコバルトブルーの翅を持つ美しい蝶として知られている。その翅の表面は鱗状の鱗片で覆われ,鱗粉には微細な溝が幾筋にも入っているため,光の干渉と回折作用によって鮮やかな金属光沢を放つ。図2にその顕微鏡写真を示す1)。その鱗粉自体は色を持たないが,その微細構造と光の干渉によって発色する。これを構造発色という。干渉は特定の色の光強度を著しく高めるため,光輝性を示す。
 タマムシの翅もとても鮮やかで美しく,古くから工芸品の装飾に用いられてきた。法隆寺の玉虫厨子には約4500匹のタマムシが使われたと言われている。
漆器には蒔絵という技法があり,金銀箔やその他の光輝材を用いて漆塗膜上に鮮やかな加飾が施される。その蒔絵によって漆器に高級感が付与される。蒔絵の光輝材に,構造発色性の新しい素材やガラスフレークに金属あるいは金属酸化物をコーティングした素材を用いる技術について検討し,実際に丸盆を試作してその実用性を評価した。                                                                             
                      
                


図1 モルフォ蝶


図2 モルフォ蝶鱗粉の微細構造(文献1)より引用)
2.内  容
2.1 光輝材
 光輝性のある金属光沢を出すには,光の干渉作用を起こすような構造を持たせる必要がある。帝人は,モルフォ蝶の羽の微細構造を模倣して,合成樹脂(ポリエステルとポリアミド)を積層させ,多層膜干渉によってモルフォ蝶のきれいな色を発色させることに成功した2)。それは,モルフォテックスという商品名で市販されようとしている。実験に使用した色は膜厚によって紫,緑,青,赤の4種類があり,そのサイズは300μmと150μmである。
 光輝性を発現させるもう一つの方法として薄膜干渉を用いる方法がある。各種塗装品及びプラスチック成形品の意匠性向上や防食性付与の目的で,フレーク状の種々のメタリック顔料が従来から広く使用されている。代表的な顔料としては,アルミ,銅及びステンレスなどの「金属系フレーク」がある。
しかし,これらの顔料は比重が大きいので塗料中で沈降したり,耐食性が劣るなどといった問題点があった。そこで,母材に金属の代わりにガラスを用いることによってその問題を解決した。実験に使用したメタシャイン(日本板硝子)は,表面平滑性の高い鱗片状ガラスに金属あるいは金属酸化物をコーティングしたもので,コートする金属,厚みによって52種類の製品がある3)。そのうち使用したのは表1に示した9種類である。

表1 使用したメタシャインの種類
品 番 厚さ(μm) 粒径(μm) 被覆物 色
ME2015PS 2 15 銀 シルバー
MC5480PSS1 5  480 銀 シルバー
MC5090PSS1 5   90 銀 シルバー
ME2040PSS1 2 40 銀 シルバー
MC5480NS 5 80 ニッケル シルバー
MC5150NB 5 150 ニッケル 青
MC5090RR 5 90 チタン 赤
MC5090RB 5 90 チタン 青
MC5090RG 5 90 チタン 緑

2.2 光輝性漆塗り手板の作成
 モルフォテックスを入れた漆塗り手板を作成した。素地はポリフェノール板(10×10×1cm) に黒のポリウレタンを下塗りし,以下の方法で手板を仕上げた。
@黒漆を塗り,光輝材を蒔いて硬化させてから,表面を磨いて,透漆を塗って硬化させた。(蒔絵法)
A光輝材と黒漆を混ぜて塗り,硬化させてから,表面を磨いて,透漆を塗って硬化させた。(混練法)

2.3 表面に光輝材の占める割合の測定 
漆塗り手板の表面に見える光輝材の分布を定量するために,マイクロスコープ(VH-6300 キーエンス製)で観察した画像を取り込み,画像処理ソフトSALT(三谷商事)を用いて,表面に光輝材の占める面積を測定した。3カ所を測定して,平均値を光輝材の占める割合とした。画像の一例を図3に示す。


図3 モルフォテック(青)漆塗膜

 棒状の光輝材(モルフォテックス)が分布しているのが確認できた。

 2.4 3次元変角光度計による測定
 物体は光を透過・吸収・反射し,人間の目に形として見えるわけであるが,その透過光,反射光の3次元的な分布をはかるのが,3次元変角光度計である。その測定データによって,物体の質感やアピアランス(見え方)を評価する。
 光輝材モルフォテックスを使って作成した漆塗り手板について,2次元の反射光分布を測定した。

3次元変角光度計の仕様
機種:GP200型(村上色彩技術研究所)
光源:ハロゲンランプ
受光器:光電子増倍管 検出角度:0.1°ステップ
測定条件 入射角:45° 角度:0°〜90°

3.結  果
3.1 光輝性漆塗り手板と光輝材の表面に占める割合
 図4に手板の写真を示す。非常に輝度が高く,鮮やかな仕上がりであった。


蒔絵法    混練法
図4 光輝性漆塗り手板(緑)

 光輝材にモルフォテックスを用いた漆塗り手板について,2.3節の方法で光輝材の表面に占める割合を求めた(表2)。赤色は漆の色に近いため見えにくく,面積比は小さい値になった。蒔絵法は黒漆と透漆の境にほとんど分布し,混練法は黒漆の塗膜全体に分布するので蒔絵法の方が混練法より面積比が大きく,鮮やかで見栄えがよかった。

表2 光輝材の表面に占める割合
色 添加法 面積比(%)
青 混練法 6.5
青 蒔絵法 11.1
緑 混練法 9.6
緑 蒔絵法 12.2
紫 混練法 6.9
紫 蒔絵法 13.9
赤 混練法 2.0
赤 蒔絵法 7.8


3.2 3次元変角光度計による測定
  入射角が45°のときの3次元反射光分布中に含まれている正反射光(ξ=0°)の強さは物体の光沢感,平滑性のような平面形状と最表層物性の情報となる。正反射光から少しずれた角度(ξ=1〜3°)の3次元反射光分布には塗膜面の透明感,深み感などの情報が得られる。さらにξ=4〜6°の3次元反射光分布にはメタリックペイントの光輝感,フロップ(方向)性などの塗膜内の配向性に関する情報がある4)。
光輝性漆塗り手板の2次元反射率を測定した結果を図5に示す。縦軸は反射率、横軸は受光角度である。反射率の最大値,すなわち正反射成分は混練法の方が高い。しかし,蒔絵法の方が分布の広がりが大きく,より光輝感がある。光輝材のサイズが小さくなると,正反射成分は大きくなるが,幅が狭くなる。光輝感もやや乏しくなる。

 図5 漆塗り手板(緑)の2次元反射光分布

表3 反射率の最大値と幅(反射率1%以上)
 色 添加法 サイズ 幅(°) 最大値
 青 混練法 300μm 5.3 71.85
 青 蒔絵法 300μm 6.1 63.09
 緑 混練法 300μm 5.6 78.66
 緑 蒔絵法 300μm 7.4 54.54
 緑 混練法 150μm 5.6 78.37
 緑 蒔絵法 150μm 7.0 69.70
 紫 混練法 300μm 3.7 88.92
 紫 蒔絵法 300μm 5.7 75.71
 赤 混練法 300μm 5.0 73.71
 赤 蒔絵法 300μm 6.5 63.62

メタシャインを使用した手板は,正反射成分はそれほど高くなく,分布幅が非常に広い(70°以上)反射光分布を示したが,非常に光輝感がある。これは,ガラスの平滑性が高いためであると思われる。
反射光強度分布の測定結果から,塗膜の光輝感には,正反射成分の強度(光沢)よりも,反射光分布の幅が重要であると考えられる。

3.3 丸盆の試作
 光輝材モルフォテックスとメタシャインを用いて,
黒漆と朱漆の丸盆を試作した(図6,7)。黒漆の方は見栄えがよいが,朱漆はやや物足りなかった。
 塗りやすさについては,モルフォテックスはサイズが大きく塗るときにざらつくのでやや使いづらいが,厚塗りする場合には適する。メタシャインは,比重が小さいのでとびやすいが,色の感じは良く,種類も多いのでいろいろと使えそうである。ただし新しい材料であり,伝統工芸の指定材料ではないので伝統工芸指定品には使えない。
 伝統工芸指定品以外の用途としては,アクセサリー,メタリック塗装,看板,装飾用パネル,インテリア,仏壇・仏具,家電など多方面で応用できる可能性が高く,今後普及していくと思われる。


図6 光輝性黒漆塗り盆


図7 光輝性朱塗り漆盆

4.結  言
(1) モルフォテックスを光輝材に用いた漆塗膜は,光干渉作用のため,高輝度の澄んだ色彩感のあるものになった。
(2) メタシャインを光輝材に用いた漆塗膜は,薄膜干渉作用により,高輝度で鮮やかな色彩感を示した。
(3) 光輝材の添加法は,仕上がりの鮮やかさや加工の容易さから,混練法より蒔絵法の方が適していた。また蒔絵法の方が混練法より反射光分布の幅が広かった。
(4) 試作を行った結果,新しい2種類の光輝材は製品に十分利用できるという感触が得られた。

謝  辞
 本研究を遂行するに当たり,ご協力を頂いた輪島蒔絵沈金業協同組合に感謝します。

参考文献
1) O plus E 23,298-301(2001)
2) 高分子 No.47,p738-741(1998)
3) 日本板硝子ガラス繊維事業部カタログ
4) 自動車技術 No.11,p1368-1375(1984)




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