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 電磁波シールド評価法の研究
  吉村慶之* 南川俊治* 長野勇** 八木谷聡**
  *機械電子部 **金沢大学工学部

 電子機器から放射される電磁波ノイズを低減させるため,電磁波シールド材がよく利用されている。電磁波を効率よく抑制するには,数値解析によってシールド材の電磁波伝搬を考察する必要がある。本報告では,薄板シールド材の電気定数を推定し,これを用いてFDTD法による3次元的なシールド材の電磁波伝搬を解析する。まず,シールド効果評価システムと理論計算を用いることによってシールド材の未知の電気定数を推定する手法を提案した。この電気定数は実測値に理論値を反復計算によってフィッティングさせることにより得られる。そして,得られた電気定数を用いてシールド効果のFDTD解析を行った結果,実験結果とよく一致し,本研究において開発した手法の有用性を確認した。
キーワード:電気定数,Sommerfeld 積分,シールド衣料,ペースメーカ,FDTD

A Study of Evaluation of Electromagnetic Shielding

Yoshiyuki YOSHIMURA, Toshiharu MINAMIKAWA, Isamu NAGANO and Satoshi YAGITANI

For the effective suppression of the electromagnetic wave, it is desirable to investigate for the electro-magnetic wave propagation with a shielding material by using numerical analysis. The purposes of this report are to estimate electric parameters of thin shielding materials, and to solve wave propagation with 3-dimensional object including this shielding material by FDTD method. We propose a method to estimate unknown electric parameters of shielding materials by the shielding effectiveness measurement system and the theoretical calculation. The electric parameters are derived by iterating theoretical calculations to fit with experimental results. Here, the result of FDTD analysis by using obtained electric parameters is good agreement with the experimental result, and this verifies the validity of the developed method.
Keywords:electric constant,Sommerfeld integral,shielding clothes,pacemaker,FDTD


1.緒  言
電子情報通信技術の発展により,電磁波による機器の誤動作が問題となっている。例えば,不要電磁波による機械の停止や携帯電話による心臓ペースメーカの誤動作などが挙げられる。特に携帯電話の爆発的な普及により,ペースメーカの使用者にとっては命に関わる重大な問題であり,日本国内では,この使用者から22cm以上の距離をとって携帯電話を使用するよう勧告されている1)。しかしながら,混雑した電車やデパート内では22cm以上離れて使用される保証はなく,ペースメーカ装着者が十分な安全を確保するためには,電磁波シールド材を用いて電磁波の侵入を抑制しなければならない。効率よく抑制するには,数値解析によりその伝搬機構を理解しながらシールドの設計を行うことが望ましい。この数値解析や理論解析を行うに当たり,材料の電気定数が必要となる。電気定数としては誘電率,透磁率,導電率が挙げられ,純金属などは便覧などに示されているが,現在,電子機器の筐体やシールド衣料に使用されている材料のほとんどがこれらの定数は未知である。そこで,ここでは,薄板で柔軟性があり,かつ多層で構成された材料に対しても精度よくシールド効果が測定できるシステムにより,電気定数の推定を行った2)。
次に,本研究で用いたシールド衣料の電気定数を推定し,数値解析によって3次元形状物体を伴う電磁波伝搬を考察した。数値解析には,時間領域差分(FDTD: Finite Difference Time Domain)法,有限要素法,モーメント法などが挙げられるが,比較的電磁波伝搬過程を理解しやすいFDTD法がよく用いられている。この解析は空間を波長の1/10程度にセル分割するため,電磁波が薄板シールド材を透過するような問題ではセル数が増大し解析が困難である。この解決策として,シールド材を無限に薄い抵抗膜としてFDTD法に導入し透過問題を計算した報告がある3)が,斜入射問題では誤差が増大する。そこで,文献3)の方法を発展させ,斜入射問題に対しても理論解析結果と良く一致するFDTD解析手法を提案した4)。
本報告では,ペースメーカの電磁干渉の低減を目的としたシールド衣料の有効性を評価することとし,文献4)を3次元問題に展開し5),ファントム(擬似人体モデル)にシールド衣料を装着した場合のシールド効果をFDTD解析によって求めた。また,測定実験を行うことにより,本手法の有用性を検討した。

2.シールド衣料の電気定数推定
純金属や公知の材料ではその電気定数は便覧などに示されているが,多層材や異種混合材などでは未知である。そこで,シールドボックスを用いて磁界のシールド効果SEを測定した後,その理論計算値から材料の電気定数を逆問題として推定する。

 2.1 解析モデルと座標系
 無限平板を仮定した多層媒質モデルの座標系を図1に示す。座標原点よりz=hの位置に磁気ダイポール波源を仮定し,その上下に層状の媒質が設置されており,媒質は各層ごとに均質であるとする。また,波源の軸方向は,媒質に対して垂直に設置されているとする。なお,図中でΠ mはヘルツベクトルを表し,上付き添字は上昇波u,下降波d,直接波Pとなっており,下付き添字は層を表している。

 2.2 境界条件
 磁気ダイポール波源のヘルツベクトルΠ mを用いて,電磁界は式(1),(2)より求めることができる6)。また,垂直磁気ダイポール波源のΠ mは時間依存性を省略すると以下の式(3)で表される。
xy平面上に設置された媒質i層と媒質i+1層との間における境界条件式は ,式(1),(2)を用いて電磁界の接線成分の連続性により式(4),(5)となる。

 2.3 境界条件の適用
2.3.1 波源から上層部
球面波を円筒波の合成により表現するSommerfeld積分表示を用いると,式(3)はi層において上昇波を表す式(6),下降波を表す式(7)となる6)7)。また,これらを加え合わせた式(8)がi層におけるヘルツベクトルとなる。
次に,z=zi+1において,式(8)のΠ m,iとi+1層におけるΠ m,i+1を境界条件式(4),(5)に代入すると,未知数Fm, i(λ)は式(9)に示す行列によって表現できる。ここで,未知数の変数λは省略する。式(9)の未知数行列は,ci11,ci12,ci21,ci22を含む2×2の既知数行列を係数とした漸化式であり,これらを0層からM層まで展開すると最終的に式(10)となる2)。

2.3.2 波源から下層部
この場合も,波源上層部と同様にz=z-jの境界において,電磁界の接線成分の連続性により式(11)が得られ,最終的に漸化式(12)が求まる。

 2.4 未知数の導出
上述の(1),(2)項で求めた0層の未知数は,それぞれ等価(式(10)=式(12))でなければならないため,最上層であるM層と最下層である-N層の未知数は式(13),(14)として求められる。
得られた未知数を漸化式への代入を繰り返すことにより,他層の未知数が逐次計算でき各層のΠ mが得られる。次に,このΠ mを式(1),(2)に代入することにより各層の電磁界が求められる。

 2.5 理論解析法の妥当性
 前項までの電磁界計算手法の妥当性を検証するため,シールドボックス(W:264×D:264×H:438mm,図2)を用いて,周波数fによるSEの実測値を求め,理論値と比較した結果を図3に示す。ここで,各材料の電気定数(比誘電率ε r ,比透磁率μ r ,導電率σ)は表1を用い,波源と観測点との距離l=20mmとした。なお,図中における括弧内は材料厚を表す。これより,実測値と計算値はよく一致しており,本解析法の妥当性が検証できる。

2.6 電気定数の推定
理論計算による解析結果を実測値にフィッティングさせることにより,それぞれの電気定数を推定する。計算は,各測定値と計算値との数値誤差が1dB以内になるまで反復計算を行う。そこで,表2に示す4種類の材料について,SEを測定し理論計算値をフィッティングさせた結果を図4に示す。これより,推定される電気定数は表3に示す結果となり,Al材である材料Dの結果が表1に示す値とよく一致しており,推定手法の有用性が確認できた。

3.シールド衣料による電磁波シールド
3.1 FDTD解析法
 FDTD解析において,波長に比べて非常に薄いシールド材を取り扱う場合には,表皮抵抗Rsを用いることにより効率よく定式化でき,Rsは垂直入射の場合の理論透過係数を用いて求めることができる3)。ここでは,斜入射に対する理論透過係数(T)を用いて3次元モデルへの拡張を図った。例えば,x-y面における電界成分は式(15),(16)で表され,また,RsはTのx成分とy成分に分解してそれぞれ求めることとする5)。

3.2 ファントムモデルと設定条件
ファントムモデルとして,図5に示す胴体のみを有する直方体モデル(W:300×D:150×H:500mm)を用いた。また,首部(W:160×D:150mm)と腰部(W:300×D:150mm)において,シールド衣料は開口がある形状とした。本モデル座標系で,観測点位置を主に地点@(x=220mm, y=20mm, z=400mm)に設定し,ファントム表面から送信アンテナまでの距離dを変化させた場合のSEを考察し,比較のため実験においては,地点A(x=150mm, y=20mm, z=400mm)に設置した場合も検討した。ここで,送信点と観測点はx-z面において同一座標位置とした。
ファントムは,生体と同様な電気定数を有する1.2wt%NaCl水溶液(生理食塩水)を用い9),シールド衣料はPETにCu,Niメッキしてある材料で,それぞれ表4に示す電気定数とした。なお,送信周波数は900MHzの正弦波とした。

3.3 実験結果との比較
FDTD解析値と実験値とを比較した結果を図6に示す。また,比較のため,ファントム内部の生理食塩水を空気とした場合の結果も同図に示す。これより,本FDTD解析結果は,3dB以内で実験結果と一致しており,その妥当性が検証できる。
次に,dを大きくすることにより,上部開口からの回折波が増大するためSEは低下するが,ある程度距離をおくと,ほぼ一定値となることがわかる。また,観測点Aはファントムx方向の中心位置であるため,観測点@に比べ首部開口からの回折波が内部へ多く侵入する。これは,@ではファントム肩部のシールド材による保護があるため,AにおいてはSEが低くなっているものと推察できる。さらに,ファントムの内部媒質を空気にした場合,回折波の減衰が小さくなり,電磁波が多く入ってくるため,SEは低下することが確認できる。

3.4 シールド繊維の導電率
図7に示す形状のシールド衣料を仮定し,その導電率を変化させた場合のSEを図8に示す。また,比較のため,開口がない場合の結果も同図にプロットした。σを高くするにしたがって,SEは高くなる傾向にある。しかしながら,開口がある場合((a),(b))は,σを高くしてもSEの向上が見られない地点が存在する。これは,シールド材を透過する電磁波よりも開口部から回り込んでくる電磁波強度が強くなるためと考えられる。したがって,開口部が大きいほどこの影響が著しいことは明らかである。すなわち,シールド衣料など開口を有する製品において,SEを向上させるためにσを高くしても性能は高まらないばかりか,材料自体が過剰品質となることを示唆する。

3.5 ファントム頭部の影響
ここまでは,ファントムモデルを直方体とし考察を行ってきた。次に,このファントム上部に頭部モデル(W:160×D:150×H:200mm)を設置し,その影響を調べた。結果を図9に示す。なお,頭部の電気定数は胴体部と同一とした。この図より,頭部を考慮することによりSE は向上することがわかる。すなわち,上部開口より侵入する電磁波が頭部によって減衰し,結果として観測点における電磁波強度が低下したためであると考えられる。

4.結  言
本報告では,多層媒質内部にダイポール波源が設置されている場合の電磁界解析を,球面波を円筒波の積分で表すSommerfeld表示式を用いて理論的に数値計算する手法を提案した。そして,各種金属材料のシールド効果を測定した結果,本数値計算結果とよく一致しており,その有用性を確認した。さらに,本手法を基に,従来から困難とされてきた薄板材に対して,電気定数の推定を精度よく行うことができた。これは,薄板材のシールド効果の実測値に解析値を反復計算によりフィッティングさせることによって,電気定数を逆問題として求めるものである。
次に,電磁波シールド繊維の電気定数を上述の手法で求め,これを3次元的なFDTD解析に導入した。解析にあたり,心臓ペースメーカ装着者を模擬したファントムモデルを想定し,シールド衣料による電磁波シールド効果を検討した。検証のため,ファントム実験によるシールド効果の測定結果と本FDTD解析結果とを比較した。その結果,これらはよく一致しており,本解析手法の有用性が確認できた。また,シールド衣料の開口の影響を調べたところ,衣料を透過する電磁波よりも開口から回り込む電磁波が多いことがわかった。そのため,開口がシールド効果の低下に結びつく主原因となることがわかった。したがって,シールド衣料の開発に当たっては,回折波が少なくなるような設計を行うべきであることが示した。

謝  辞
 本研究は,文部科学省の平成11〜12年度科学技術振興調整費による地域先導研究「地域産業の発展に寄与する電磁波技術に関する研究」の一環として,(財)石川県産業創出支援機構が管理法人となり実施したものです。関係各位に感謝します。

参考文献
1) 豊島健,津村雅彦,野島俊雄,垂澤芳明:携帯電話等のペースメーカに及ぼす影響,心臓ペーシング,vol.12,no5,p.488−497(1996)
2) 長野勇,吉村慶之,八木谷聡,横本広章,登坂俊英:薄板シールド材の電気定数推定,電学論(A),投稿予定
3) 深沢徹,大嶺裕幸,千葉勇,砂原米彦:多層導体薄膜における透過波のFDTD法によるシミュレーション,信学論(B), vol.J83-B, no.5, p.711-719(2000)
4) Y.Yoshimura, I.Nagano, S.Yagitani and S.Shinmura : FDTD Analysis of Electromagnetic Shielding Effectiveness of Obliquely Incident Waves,Trans. IEEJ,vol.121-A,no.10, p.964-965(2001)
5) Y.Yoshimura, I.Nagano, S.Yagitani, T.Ueno and T.Nakayabu : FDTD Analysis of Electromagnetic Shielding Clothes,Trans. IEEJ,To be submitted
6) 長野勇:不均質媒質中の電磁波伝搬,朋友印刷,p.12-42(1997)
7) J.A.Stratton:Electromagnetic Theory,McGraw-Hill,Inc, p.573-577(1989)
8) William H.Hayt,Jr:Enginerring Electromagnetics,McGraw-Hill, Inc, p.452(1941)
9) 上野智彦,吉村慶之,長野勇,八木谷聡:FDTD法による生体形状シールド衣料のシールド効果解析,信学技報,A・P2001-76,p.21-26(2001)



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