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 パルスYAGレーザによる超精密切断技術の開発
  舟田義則* 舟木克之*
    *機械電子部

今日,工業製品の小型化・高機能化が進む中で,波長の短いYAGレーザによる高精密なレーザ加工技術の確立が求められている。しかし,これまでのロッド型YAGレーザでは,YAG結晶に生ずる熱歪みの影響を受け,レーザ光の集光性が低いことが原因でその普及は一部に限られている。これに対して最近,熱歪みの影響を受けず,集光性の高いレーザ光を発振できるスラブ型YAG結晶が開発された。本研究では,スラブ型パルスYAGレーザを使用して,鉄系材料の切断特性を調べ,レーザ切断の高精度化や高品質化の方法を検討した。その結果を以下に示す。(1) 1mm厚の炭素工具鋼板を再凝固層が少なく,溶融幅60mm以下で高精度に切断可能である。(2) 窒素ガスを使用することにより,切断面の酸化を防止した無酸化切断が可能である。(3) セラミックス微粉塗布によって,溶融物の溶着を防止したバリフリー切断が可能である。
キーワード:スラブ型パルスYAGレーザ,超精密レーザ切断,無酸化切断,バリフリー切断

Development of Precision Cutting by Pulsed YAG Laser

Yoshinori FUNADA and Katsuyuki FUNAKI

With the miniaturization and high-functionalization of the industrial products, cutting with YAG laser is expected as a new precise machining. However, the YAG oscillator with the rod shaped crystal has the influence of the thermal distortion in it, and the condensing nature of the beam is found to be low, making it unsuitable for cutting. Recently, the oscillator with the slab shaped crystal is developed, which has no influence of the thermal distortion. In this paper, the cutting behavior on this laser is investigated, and the cutting quality is evaluated for the purpose of the application to a precision cutting. The following results are obtained. (1) The dross free laser cutting can be made with a kurf less than 60mm for the carbon tool steel. (2) The oxidation of stainless steel during the laser cutting can be prevented using nitrogen gas. (3) Forming of the burr can be prevented by applying ceramic powder.
Keywords:slab type YAG laser, high precision laser cutting, oxidation free cutting, burr free cutting


1.緒  言
 1960年代にレーザが発明されて以来,材料の加工ツールとして様々な分野で適用が試みられ,最も応用が進んだのがプレス・板金分野等での板材の切断である。レーザ切断は,ガス切断などの従来の溶断技術に比べて制御性が良く,周囲に与える熱影響が小さいため,NC制御技術と組み合わせることで,金型を用いずに板材を自由な形状に切断することが可能である。そのため,近年の多品種小ロット生産に有効な加工技術として認識されている1)。
 現在最も普及しているレーザ加工機は,レーザ発振媒体に炭酸ガスを使用するCO2レーザである。これは,10kW級の高出力発振が可能で,厚い鋼板を高速で切断できることを特長としている2)。しかしながら,CO2レーザの波長が約10mmと長いために,レーザ光を細く絞ることが難しく3),最近の工業製品の高精度化・微細化ニーズに関して,切断時の熱影響が無視できないという問題を生じている。
 一方,波長がCO2レーザの1/10と短いYAGレーザは集光性に優れ,スポット径の微小化が容易であり,熱影響の少ない精密切断分野での応用が期待されている4)。従来のYAGレーザは,発振媒体にロッド型のYAG 結晶(Yttrium Aluminum Garnet : Y3Al5O12)と呼ばれる固体材料を使用しており,レーザ出力を上げると結晶内外の温度差によって生じる熱歪みによってビーム品質が劣化し,レーザ光を細く絞れないという問題があった5)。これに対し,最近,スラブ型と呼ばれる角形状をしたYAG結晶を用いることでビーム品質を維持しながら高出力のレーザ発振が可能になった。その結果,従来のCO2レーザでは困難なレーザ切断の高精度化や微細化が現実味を帯びてきた6)。

図1 スラブ型パルスYAGレーザ加工機
 本研究では,スラブ型パルスYAGレーザ加工機を使用して,主に鉄系金属材料に対するレーザ切断特性を調べるとともに,切断面の高精度化や高品質化を検討したので,ここに報告する。

2.実験方法
2.1 スラブ型パルスYAGレーザ加工機
 本研究では,図1に示すスラブ型YAG結晶を搭載したスラブ型パルスYAGレーザ加工機(コマツエンジニアリング製 2×2タイプ)を使用した。図2に示すように,従来のロッド型結晶では,軸に平行にレーザ光が伝播するため,結晶の中心部とその周辺との間の温度差により生ずる光学的歪みの影響を受け,ビーム品質が劣化し,集光性が悪い。これに対し,角柱の端面を斜めに切り落としたスラブ型結晶では,レーザ光は結晶内をジグザグに伝播するため,温度差に起因する結晶の歪みの影響が相殺され,レーザ出力を上げてもビーム品質の低下がないことを特長としている7)。

(a) ロッド型の場合


(b) スラブ型の場合
図2 結晶形状によるレーザ光伝播の違い

表1 レーザ加工機の主な性能
結晶形状 スラブ型
発振形態 パルス発振
最大平均出力 500 W
最大ピーク出力 8.6 kW
パルス幅 0.1 〜 6.0 ms
最大パルス周波数 600 Hz
最大ワーク寸法 500 mm × 500 mm
Z軸ストローク 85 mm
位置決め精度 0.005 mm / 500 mm
 また,同加工機はレーザ発振をパルス化することで,パルスoff時に適度な冷却時間を設けることができ,材料への過剰な入熱が抑えられる。これらによって,精密かつ微細な加工が期待できる8)。表1に主な性能を示す。

 2.2 レーザ切断実験方法
 実験材料に1mm厚のステンレス鋼板(SUS304)や炭素工具鋼板(SK5)を使用した。切断実験は,これらの材料表面上にレーザ光をf80レンズにて集光,照射し,高圧ガスをアシストガスとして吹き付けながら切断方向に材料を送った。使用した加工ノズル径は1.8mmであり,試料表面とノズル先端との距離を1mmとした。また,パルス幅を0.2msで一定とし,ピーク出力やパルス当たりの送り量(送りピッチ),アシストガス種を変えてレーザ切断実験を行った。
 実験後の試料については,レーザ切断部を切断方向と直交方向に切断し,その断面をデジタルマイクロスコープ(キーエンス社製VH-6300)で観察するとともに電子線マイクロアナライザー(EDAX社製PV9800)による元素分析を行った。また,切断部周辺の寸法測定や切断面の粗さ測定(テーラー・ホブソン社製フォームタリサーフS4)も行った。
3.結果および考察

(a) ピーク出力0.8kW  (b) ピーク出力 2.4kW
  送りピッチ 33mm   送りピッチ 1.3mm
図3 SK5材の切断部断面のマクロ組織
 3.1 スラブ型パルスYAGレーザの切断特性
 3.1.1 レーザ切断部の断面観察
 SK5材をレーザ切断した後,試料断面を3%ナイタル液でエッチングして観察した例を図3に示す。同図(a)に示した条件では,切断面最表部に幅20mm程度の白層と呼ばれる再凝固層が見られる。これは,レーザ光の照射により一旦溶融した材料が除去されずにそのまま凝固したものである。これに対して,ピーク出力が高く,送りピッチの短い条件で切断した同図(b)では,再凝固層はほとんど存在せず,清浄な切断面が得られており,切断条件によって切断面の状態が異なることがわかる。

図4 溶融幅に及ぼす切断条件の影響


図5 再凝固層厚さに及ぼす切断条件の影響
 一方,熱影響層の厚さは,いずれの切断条件でもほぼ10mmで一定であり,CO2レーザと比べて薄い。本実験では,パルス幅が短く,デューティー比が最大でも10%以下と小さいため,周囲の温度分布範囲は狭くなる。そのため,切断面に生成される熱影響層の幅は薄くなると考えられる。
 3.1.2 溶融幅
SK5材をレーザ切断した際に溶融した幅を切断部の断面観察から測定し,切断条件との関係を求めた結果を図4に示す。ピーク出力が高いほど溶融幅は広くなり,高速での切断が可能であった。これは,ピーク出力が高いほど高温度領域が広がるためと考えられる。それでも,溶融幅は,レーザ光の最小スポット径が0.2mm程度であった従来のCO2レーザやYAGレーザに比べて9)全体的に小さく,最小60mmの溶融幅で精密切断が可能であることがわかる。
 一方,溶融幅は送りピッチの影響をほとんど受けていない。これは,前項でも述べたように,パルス幅が短く,レーザ照射部が瞬時に溶融除去されるとともに周囲の温度分布範囲が狭いために,送りピッチを短くし,レーザ光が同一箇所に照射される回数を多くしても,溶融範囲を広げるほどに周囲の温度は上昇しないからと考えられる。
 3.1.3 再凝固層厚さ
SK5材のレーザ切断断面に形成された再凝固層の厚さを測定した結果を図5に示す。送りピッチが10-2mm以下の範囲では,再凝固層の厚さは2〜3mmと薄い。これは,送りピッチが小さいほど同一箇所にレーザ光が照射される回数が多くなるため,シェービング効果により再凝固層が除去されるからと考えられる。
一方,送りピッチが10-2mm以上では,急激に再凝固層は厚くなる。これは,送りピッチがレーザ光のスポット径に比べて大きくなり過ぎると,再凝固層のシェービングが起こり難くなるためと考えられる。
 一方,ピーク出力の変化は再凝固層の厚さに明瞭な変化を与えない。一般に,ピーク出力の上昇は照射部の高温度領域を広げるが,本実験条件の範囲では,溶融物の除去効率を変化させるほどの影響は及ぼさない。
 3.1.3 切断面粗さ
図6は,SK5材のレーザ切断面の粗さを測定した結果である。送りピッチが小さいときには切断面粗さも小さいが,ピッチが10-2mm付近を超えると増大し始める。一方,ピーク出力を変えても粗さには明瞭な変化がみられない。これらは,再凝固層の厚さと同様の傾向を示している。

図6 切断面粗さに及ぼす切断条件の影響

図7 再凝固層の厚さと切断面粗さとの関係
そこで,再凝固層の厚さと切断面粗さの関係を図7のようにプロットすると,両者の間には直線的な関係があり,測定される切断面粗さは,溶融物が再凝固して切断面に残留した際の不均一さを反映しているものと考えられる。したがって,精密かつ高品質なレーザ切断を行うには,再凝固層の制御が重要な検討要因となる。なお,本実験で使用したスラブ型YAGレーザは,最小でRa=1.4mm程度の切断面を得ることができ,精密切断に有効である。

 3.2 無酸化レーザ切断技術

(a) レーザ切断面

(b) 切断面の電子マイクロ分析結果
図8 圧縮空気を使用したレーザ切断面
 ピーク出力が6.0kWで送りピッチが11mm,アシストガスに0.9MPaの圧縮空気を使用してSUS304材を切断し,そのときの切断面を観察した結果と電子線マイクロアナライザーにより元素分析した結果を図8に示す。切断面は黒く焼け焦げており,元素分析結果によれば,多量の酸素が検出されている。黒く見える所はレーザ切断時の熱によって鉄が酸化したものと判断できる。これは,本実験結果にのみ見られる現象ではなく,従来のレーザ切断においても同様に生じている。こうした切断面の酸化は,外観を悪くするだけでなく,溶接等の後工程がある場合に欠陥の原因になる。また,フッ硝酸による酸洗浄は可能であるものの,その使用は廃液処理等の観点から環境負荷が大きい。
 これに対して,上述と同一条件の下,アシストガスに0.7MPaの高圧窒素ガスを使用して切断した場合,図9に示すように,黒い焼け焦げた部分がなく,金属光沢を呈した清浄な切断面が得られる。また,元素分析結果からも分かるように,鉄に対応するピーク強度に比べて酸素のピーク強度は小さいことから,図8に比べて切断面の酸化が抑えられていると言える。これは,高圧窒素ガスの吹き付けによって切断部への酸素流入が阻止され,酸化が防止されたためと考えられる。スラブ型パルスYAGレーザ切断でも無酸化切断が可能であり,切断面の高品位化が図れることがわかる。

3.3 バリフリーレーザ切断技術

(a) レーザ切断面

(b) 切断面の電子マイクロ分析結果
図9 高圧窒素ガスを使用したレーザ切断面
 図10は,ピーク出力6.0kWで送りピッチ11mm,アシストガスに0.9MPaの圧縮空気を使用してSUS304材を切断し,そのときの切断面をレーザ照射面の反対側から観察したものである。切断面のエッジ付近に見られる柱状の塊は,レーザ切断時におけるバリであり,切断品の仕上がり精度を低下させる要因である。
図11は,同条件でSK5材を切断したときの切断部の裏側付近を拡大したものである。レーザ切断におけるバリは,切断時に溶融物が高圧アシストガスによって裏方向に向かって吹き飛ばされた一部が除去されずに,試料裏面に回り込み,そこで凝固したものであることがわかる。このバリの量は,送りピッチを短くして切断面の再凝固層が薄くなる条件で切断するほど多くなる傾向にあった。以上のことから,レーザ切断におけるバリの発生を防ぐには,切断時の溶融物が試料裏面にて溶着するのを防ぐ必要があるといえる。

図10 SUS304材の切断部裏側エッジ

図11 SK5材の切断部におけるバリ断面
そこで,試料裏面に炭化珪素セラミックスの微粉を塗布した後に,上述と同一条件でSUS304材の切断を試みた。図12は,塗布した微粉を切断後に洗浄除去したときの切断部をレーザ照射面の裏側から観察したものである。図10にあるようなバリは全く見られず,シャープなエッジが得られている。セラミックス微粉等の塗布によって溶融物の溶着を防ぐことができ,バリの全くない高品位なレーザ切断が可能であることがわかる。

4.結  言
 超精密レーザ切断技術の開発を目的に,スラブ型パルスYAGレーザを用いて,鉄系金属材料における切断特性を調べるとともに,切断部の高品位化を図る方法について検討した。その結果を以下に総括して述べる。
(1)スラブ型パルスYAGレーザを使用すれば,溶融幅0.1mm以下での切断が可能である。また,切断面粗さに影響を及ぼす再凝固層の厚さは,送りピッチが小さいほど薄くなり,清浄な切断面が得られる。
(2)スラブ型パルスYAGレーザによる切断において,高圧の窒素ガスをアシストガスに使用することによって,切断面の酸化を防止する無酸化レーザ切断が可能である。

図12 セラミックス微粉塗布したSUS304材の切断
部裏側エッジ
(3)材料裏面にセラミックス微粉を塗布することで,レーザ切断時の溶融物が裏面に溶着することが防止され,バリの全くない切断が可能である。

参考文献
1) 宮本勇:生産技術としてのレーザ加工, 溶接技術, Vol.46, No.11, p.70-76 (1998)
2) 平本誠剛:CO2レーザ加工の電機機器製造への適用,レーザ熱加工研究会誌, Vol.4, No.3, p.5-8 (1997)
3) 入江定宏:YAGレーザか,CO2レーザか,溶接技術, Vol.47, No.11, p.72-77 (1999)
4) 伊藤弘,山田明孝:半導体製造工程でのYAGレーザの開発と適用, 溶接技術, Vol.46, No.11, p.85-90 (1998)
5) 佐藤信二:高輝度固体レーザ加工機, レーザ熱加工研究会誌, Vol.4, No.2, p.186-187 (1997)
6) 三柳直毅:微細加工用パルスYAGレーザ, レーザ熱加工研究会誌, Vol.4, No.3, p.270-271 (1997)
7) 家久信明:大出力スラブ型YAGレーザの開発と適用, 溶接技術, Vol. 47, No.12, p.102-106 (1999)
8) 工作機械技術研究会編:工作機械シリーズ・レーザ加工, 大河出版, p.63-70 (1992)
9) レーザ学会編:レーザハンドブック, オーム社, p.672 (1982)



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