全文 (PDFファイル:98KB、1ページ)


 イオン注入による漆の表面処理
  粟津薫* 岩木正哉**
   *製品科学部 **理化学研究所

研究の背景
 石川県には,輪島塗,山中漆器,金沢漆器という伝統的漆器産地がある。工業試験場では,設立以来長年に渡り,漆に関わる研究指導を行ってきた。その中で,漆器製品の耐久性向上は,漆器業界の長年の課題であり,漆液改質による製造過程の研究に加えて,最終の漆製品表面にイオン注入を行う研究を検討した。一方, 半導体産業で一躍した「イオン注入」と石川県の地場産業との出合いは,昭和60年に遡る。当時は,イオン注入が半導体製造以外の分野への利用が盛んに研究されだした頃であり,その先駆者である理化学研究所岩木正哉氏が石川県技術顧問となる新聞記事がきっかけで,石川県の地場産業技術の課題にイオン注入を適用する研究が始まった。

研究内容


図 漆塗膜の表面にイオン注入し,促進耐光性試験を行った結果
 透きろいろ,透きつや,黒ろいろ,黒つや漆塗膜の表面に,水素イオンを注入し,促進耐光性試験を行って,耐光性に及ぼす水素イオンの加速電圧の影響を検討した。最大紫外線照射量は,屋外で1年間に照射される量(400MJ/m2)である。得られた結果を要約すると,(1)水素イオンの注入では,注入量が1×1015ions/cm2程度であれば,注入による光沢度の上昇を極力抑えることが可能である。(2) 光沢残存率に及ぼす加速電圧の影響は,加速電圧が高くなるほど大きくなる。60kV以上の加速電圧では,光沢残存率は50%以上を示し,色差は,紫外線照射前の小さい値を保ち,水素イオン注入による耐光性改善効果が明確に現れる。また,レーザ顕微鏡による注入/未注入境界層の観察から40kV程度の加速電圧でも水素イオン注入の効果が認められた。(3) TRIM97によるシミュレーション解析から,イオン注入量が1×1015ions/cm2程度であればアモルファス化は2%程度であり,イオンの通過した領域でのウルシオールのラジカル化やイオン化により,ウルシオールの重合が促進するものと推察した。この領域が紫外線に対するバリア層になり,漆塗膜の耐光性が向上したものと考えられる。

研究成果
イオンの注入条件によっては,漆塗膜の表面が注入による着色(灰色,茶色)になる。そのため,
(1)イオン注入しても見た目で変色や着色しない。
(2)極表面だけの改質で漆のほとんど(99.99%以上)が変化しない。
(3)改質した部分には漆以外の成分が検出されない。
という伝統産業品としての最低条件を満足するイオン注入条件を見いだした。
 
論文投稿
表面技術 2000.10 Vol.51 No.10 p.997-1003



* トップページ
* 研究報告もくじ

概要のページに戻る