平成10年度研究報告 VOL.48
速醸法を用いたイシル(魚醤油)の製造 |
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3.3 ペプチド構成アミノ酸
各試醸温度によって得られたイカイシル(80日)及びイワシイシル(93日)のオリゴペプチド(分子量5000以下)量及びオリゴペプチド構成アミノ酸組成を表3に示す。80日の試醸期間によるイカイシルのオリゴペプチド量は,30℃で9.18mmol/100ml,40℃で12.59mmol/100ml,50℃で13.92mmol/100mlと試醸温度の上昇とともにオリゴペプチド量も増加した。一方,イワシイシルの場合はイカイシルとは異なり,93日の試醸期間によるイワシイシルのオリゴペプチド量は30℃で22.56mmol/100ml,40℃で30.82mmol/100ml,50℃で24.78mmol/100mlと40℃で最も高い値を示した。また,イワシイシルの方がイカイシルよりも2倍以上の高いオリゴペプチド量を示した。次に,80日の試醸期間でのイカイシルのオリゴペプチドを構成するアミノ酸は,いずれの温度でもグルタミン酸,グリシン,アスパラギン酸,プロリン,リジン,スレオニンなどで,特にグルタミン酸,グリシン,プロリンで全体のオリゴペプチド構成アミノ酸の70%以上を占めていた。一方,93日の試醸期間でのイワシイシルのオリゴペプチドを構成するアミノ酸は,いずれの温度でもグルタミン酸,グリシン,アスパラギン酸,プロリン,アラ
ニン,セリン,リジンなどで,特にグルタミン酸,グリシン,アスパラギン酸で全体のオリゴペプチド構成アミノ酸の65%以上を占めていた。
以上のことから,両イシル中にはグルタミン酸,グリシン,アスパラギン酸,プロリンなどを主要構成成分とするオリゴペプチドが相当量存在したことから,これらのペプチドは自己消化酵素によるアミノ酸の遊離化の作用を受けにくいものと考えられる。また,イワシイシルにはイカイシルよりも多量のオリゴペプチドが存在し,逆に遊離アミノ酸量が少なかったことから,イカイシルではイカの自己消化酵素の中でもexo-ペプチダーゼの作用が非常に強く,タンパク質の末端から酵素の作用を受けて遊離アミノ酸が生成するものと考えられる。これに対し,イワシイシルではイワシのendo-ペプチダーゼの作用が大きく働き,タンパク質→オリゴペプチド→アミノ酸の順でアミノ酸の遊離化が進行するものと推定される。
なお,速醸法で得られたイカ、イワシのいずれのイシルのオリゴペプチド量及びオリゴペプチド構成アミノ酸組成とも,市販品のイシル1)とほぼ同様の傾向を示した。
表3 速醸法により調製したイシルのオリゴペプチド構成アミノ酸(mmol/100ml)
アミノ酸 |
イカイシル(80日) |
イワシイシル(93日) |
30℃ |
40℃ |
50℃ |
30℃ |
40℃ |
50℃ |
アスパラギン酸 |
0.13 |
0.56 |
1.14 |
4.40 |
5.52 |
4.48 |
スレオニン |
0.04 |
0.10 |
0.49 |
0.62 |
0.86 |
0.68 |
セリン |
0.12 |
± |
0.23 |
0.94 |
1.37 |
1.22 |
アスパラギン |
± |
± |
± |
± |
± |
± |
グルタミン酸 |
2.60 |
3.22 |
4.69 |
5.77 |
8.26 |
6.43 |
プロリン |
2.22 |
3.72 |
1.09 |
2.01 |
2.30 |
1.55 |
グリシン |
2.70 |
3.34 |
3.97 |
4.82 |
5.98 |
5.41 |
アラニン |
± |
± |
0.03 |
0.87 |
1.50 |
1.60 |
バリン |
± |
± |
0.07 |
0.07 |
0.14 |
0.22 |
シスチン |
0.32 |
0.34 |
0.31 |
0.42 |
0.35 |
0.23 |
メチオニン |
0.60 |
0.43 |
0.37 |
0.38 |
0.49 |
0.48 |
イソロイシン |
± |
± |
0.11 |
0.27 |
0.29 |
0.19 |
ロイシン |
± |
± |
0.06 |
0.20 |
0.31 |
0.16 |
チロシン |
± |
± |
± |
± |
± |
± |
フェニルアラニン |
± |
0.02 |
0.23 |
0.02 |
0.10 |
± |
トリプトファン |
± |
± |
± |
± |
± |
± |
リジン |
0.16 |
0.33 |
0.57 |
0.82 |
1.25 |
1.01 |
ヒスチジン |
0.29 |
0.42 |
0.49 |
0.47 |
0.70 |
0.60 |
アルギニン |
± |
0.09 |
0.07 |
0.48 |
0.63 |
0.52 |
合計 |
9.18 |
12.59 |
13.92 |
22.56 |
30.05 |
24.78 |
3.4 有機酸
各試醸温度によって得られたイカイシル(80日)及びイワシイシル(93日)の有機酸組成を表4に示す。この結果から明らかなように,イカイシル及びイワシイシルいずれの場合も,乳酸とピログルタミン酸が有機酸の大部分を占めていた。この他,酢酸,ギ酸,更に量的には少ないがリンゴ酸,コハク酸が含まれていた。また,レブリン酸,プロピオン酸,n-酪酸は検出されなかった。
試醸したイシルに含まれる乳酸量は,原料のイカの内臓やイワシの魚肉組織中に含まれる乳酸量とほぼ同じ2),24)であったことから,原料の乳酸がそのままイシルに移行したものと考えられる。従って,加温による速醸法でも,乳酸菌の作用をほとんど受けないものと推定される。ピログルタミン酸は,イシル生成過程中に遊離したグルタミン酸が温度,pHなどの影響を受けてその一部が環化して生成したものと考えられる。また,酢酸やギ酸が原料よりも多く含まれ2),24),プロピオン酸やn-酪酸などが検出されなかったことから,Halobacterium,Streptococcus,Bacillusなどのいわゆる腐敗菌の作用25)を受けていないものの,何らかの微生物の関与があったものと推定される。
なお,速醸法で試醸したイシルと市販イシル1)との有機酸組成の比較を行ったところ,イワシイシルについては市販品とほぼ同様の有機酸組成パターンを示した。しかし,イカイシルの市販品には,今回の速醸法で得られた乳酸量とほぼ同程度のものから,20〜30mmol/100mlと非常に多くの乳酸を含むものがあり1),現在乳酸菌など微生物の関与について検討を行っている。
表4 速醸法により調製したイシルの有機酸組成(mmol/100ml)
有機酸 |
イカイシル(80日) |
イワシイシル(93日) |
30℃ |
40℃ |
50℃ |
30℃ |
40℃ |
50℃ |
リンゴ酸 |
0.01 |
0.01 |
0.02 |
0.04 |
0.18 |
0.18 |
コハク酸 |
0.08 |
0.07 |
0.04 |
0.06 |
0.05 |
0.04 |
乳酸 |
1.01 |
1.12 |
1.09 |
11.68 |
12.83 |
12.83 |
ギ酸 |
0.28 |
0.36 |
0.43 |
0.23 |
0.33 |
0.33 |
酢酸 |
0.31 |
0.45 |
0.57 |
0.29 |
0.68 |
0.69 |
ピログルタミン酸 |
1.04 |
1.67 |
2.66 |
2.02 |
2.40 |
2.40 |
合計 |
2.73 |
3.68 |
4.81 |
14.32 |
16.47 |
16.47 |
4.結言
イカ及びイワシイシルの加温(30℃〜50℃)による速醸法での試醸を行い,アミノ酸などの成分について検討し,以下の結果を得た。
(1)加温による速醸法では,イカイシルは温度の上昇に伴い全窒素,総遊離アミノ酸量,オリゴペプチド量が増加し,イワシイシルは40℃で最大となった。
(2)速醸法で得られたイカイシル及びイワシイシルの各成分量は市販品とほぼ同等の値を示した。
(3)pHは速醸温度による大きな差は見られず,イカイシルは4.7前後,イワシイシルは5.3前後であった。
(4)遊離アミノ酸組成は,イカイシル,イワシイシルいずれも温度による差はほとんど見られず,市販品と同様なパターンが得られた。
(5)分子量5000以下のオリゴペプチドはイカイシル,イワシイシルいずれの場合も,グルタミン酸,グリシン,アスパラギン酸,プロリンなどが主要構成成分であり,イワシイシルの方にオリゴペプチドが多く含まれていた。
(6)有機酸組成はイカイシル,イワシイシルいずれの場合も温度による影響はほとんどなく,大部分が乳酸とピログルタミン酸であった。
以上のことから,イシルの速醸法では,イカイシルは50℃で80日,イワシイシルは40℃で93日と通常の製法よりも非常に短期間で調製することができ,その成分も市販品とほぼ同程度であった。
参考文献
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