平成10年度研究報告 VOL.48
速醸法を用いたイシル(魚醤油)の製造
食品加工技術研究室 道畠俊英 佐渡康夫
石川県農業短期大学 榎本俊樹 矢野俊博


 石川県奥能登地方に,イカとイワシを原料とした2種類のイシル(魚醤油)が生産されているが,その製造には1〜2年間と非常に長い間の熟成期間を要している。本研究では,加温(30℃〜50℃)による速醸法によりイシルの試醸を行い,得られたイシル中の成分(全窒素,pH,遊離アミノ酸,オリゴペプチド,有機酸)について検討した。その結果,全窒素,総遊離アミノ酸量,オリゴペプチド量は,イカイシルでは試醸温度の上昇に伴い増加したが,イワシイシルでは40℃で最大値を示した。イカイシル,イワシイシルいずれにもアラニン,リジン,グルタミン酸,グリシン,セリン,バリンなどの遊離アミノ酸が多く含まれていた。また,グルタミン酸,グリシン,アスパラギン酸,プロリンなどがオリゴペプチドの主要構成アミノ酸で,イワシイシルの方に多量のオリゴペプチドが含まれていた。有機酸はイカイシル,イワシイシルいずれの場合も試醸温度による大きな差は見られなかった。以上の結果からイシルの速醸法では,イカイシルは50℃で80日,イワシイシルは40℃で93日と通常の製法よりも非常に短期間で調製することができ,その成分も市販品とほぼ同程度であった。
キーワード:魚醤油,イシル,速醸法,イカ,イワシ,遊離アミノ酸,オリゴペプチド,有機酸

Preparation of "ISHIRU"(fish sauce) Using the Accelerated Fermentaion Method and Its Composition of
Amino Acids, Oligopeptides and Organic Acids

Toshihide MICHIHATA, Yasuo SADO, Toshiki ENOMOTO and Toshihiro YANO

 "IKA-ISHIRU" or "IWASHI-ISHIRU", fish sauce made from squid liver or sardine with salt respectively, were prepared by the accelerated fermentation method (warmed method, 30-50℃). The compositions of some chemical components in the two types of "ISHIRU" prepared by this method were investigated. In the case of "IKA-ISHIRU", the amount of total nitrogen, free amino acids and oligopeptides increased with an increase in temperature, whereas in the case of "IWASHI-ISHIRU", the amount of them showed the maximum values at 40℃. These "ISHIRU" contained large amount of free alanine, lysine, valine, glutamic acid, glycine and serine. The oligopeptides that mainly consisted of glutamic acid, glycine, aspartic acid and proline existed in both "IKA-ISHIRU" and "IWASHI-ISHIRU" at all temperatures. The contents of organic acids except pyroglutamic acid did not show any significant difference in this method. In the accelerated fermentation method, "IKA-ISHIRU" and "IWASHI-ISHIRU" could be prepared for 80 days at 50℃ and 93 days at 40℃ respectively.
Key Words:fish sauce, ISHIRU, accelerated fermentation method, squid, sardine, amino acid, oligopeptide, organic acid

1.緒言
 石川県能登半島の奥能登地方には,「イシル,イシリ,ヨシル,ヨシリ」などと呼ばれているイカの内臓やイワシを原料とした魚醤油(以下,イシル)がある1)〜5)。イシルは,毎年11月から翌年の5月頃までに仕込まれ,桶の中で原料のイカやイワシに重量比約20%の食塩を加えて漬け込み,時々攪拌を行い約1〜2年間熟成させる。熟成後,桶の上層部には脂質,骨などの未分解物,下層部には生成されたイシルが溜まり,そのイシルを桶の下部に取り付けられている栓から取り出し煮沸して,除タンパクを行って製品としている。
 一般的に魚醤油の製造は,魚肉タンパク質の腐敗を防ぐために飽和に近い食塩濃度下にあり,また伝統的手法で製造されているため,その製造までに非常に長い間の熟成期間を必要としている。この熟成期間を短縮させるため様々な方法が検討されており6),その製造工程に微生物起源のプロテアーゼ製剤7)〜15),醤油麹16),17),アミノ酸18),19),有機酸20)〜22)などを添加する速醸法が研究されてきた。しかし,魚醤油は魚自身の内臓に含まれる自己消化酵素により魚肉を分解,熟成させるため,製造工程にこれらを添加すると各種成分の質および量的変化が生じ,魚醤油の持つ本来の呈味性に影響を与えている。
 そこで本研究では,加温することにより魚自身の自己消化酵素の活性を高め,イシルの熟成期間を短縮することを目的とし,その生成過程におけるアミノ酸,有機酸などの主要成分の消長について検討を行った。その結果,イシルの製造に対し加温が及ぼす影響についていくつかの知見が得られたので報告する。

2.実験方法
2.1 試料
 原料に新鮮なスルメイカの内臓またはマイワシを用い,それぞれの原料3.5kgに対し,0.7kgの食塩を加えてポリプロピレン製タンク(容量10リットル)に仕込み,30℃,40℃,50℃の各温度に調節した恒温槽に入れ,イカイシルは80日間,イワシイシルは93日間試醸した。試醸後その一部を取り出し,遠心分離(10000rpm,15min)後,下層の液体部分をメンブランフィルター(孔径0.45μm)更に限外ろ過ユニット(日本ミリポア工業製,分画分子量5000)でろ過し,分析用試料とした。

2.2 分析方法
 試料の分析方法は,前報に従った1),2)。つまり,全窒素はケルダール法(三田村理研製,KJEL-AUTO),pHはpH計(堀場製作所製,F-23),アミノ酸はアミノ酸分析計(日立製作所製,L-8500),有機酸は有機酸分析システム(昭和電工製,ShodexOA)により定量した。また,オリゴペプチドは6Nの塩酸で110℃,24時間の加水分解を行い,加水分解前後のアミノ酸の差をオリゴペプチド構成アミノ酸とした1),2),23)

3.結果及び考察
3.1 全窒素及びpH
 各試醸温度によって得られたイカイシル(80日)及びイワシイシル(93日)の全窒素及びpHを表1に示す。イカイシルの場合,80日の試醸期間による全窒素の値は,30℃で2.26g/100ml,40℃で2.37g/100ml,50℃で2.47g/100mlと試醸温度の上昇に伴い若干増加した。またpHの値は,いずれの試醸温度でも4.7前後であり,温度による大きな差は見られなかった。これらの全窒素及びpHの値は市販されているイカイシルと同程度であった1)。次にイワシイシルの場合,93日の試醸期間における全窒素の値は,30℃で2.09g/100ml,40℃で2.44g/100ml,50℃で1.90g/100mlと,40℃で最も高い値を示した。またpHは,30〜40℃で5.3前後であったが,50℃では 5.65とやや高い値を示した。50℃の場合を除き全窒素及びpHの値は市販されているイワシイシルとほぼ同程度であった1)

3.2 遊離アミノ酸
 各試醸温度によって得られたイカイシル(80日)及びイワシイシル(93日)の総遊離アミノ酸量及び遊離アミノ酸組成を表2に示す。イカイシルの場合,80日の試醸期間による総遊離アミノ酸量は,30℃で78.52mmol/100ml,40℃で79.93mmol/100ml,50℃で81.58mmol/100mlと温度の上昇に伴い増加した。一方イワシイシルの場合,93日の試醸期間による総遊離アミノ酸量は,30℃で63.60mmol/100ml,40℃で66.43mmol/100ml,50℃で52.48mmol/100mlとなり,40℃で最も高い値を示した。また,総遊離アミノ酸量は,イカイシルの方がイワシイシルよりもかなり高い値を示した。次に,80日の試醸期間で得られたイカイシル中の主な遊離アミノ酸はいずれの温度でも,アラニン,アスパラギン酸,リジン,グルタミン酸,グリシン,セリン,バリンなどであり,温度による遊離アミノ酸組成にほとんど差は見られなかった。イワシイシルの場合も同様に,93日の試醸期間での主な遊離アミノ酸は,アラニン,リジン,バリン,グルタミン酸,グリシン,セリン,ロイシンなどであり,温度による遊離アミノ酸組成にほとんど差は見られなかった。この他,非タンパク性アミノ酸では,タウリンは各試醸温度にお いてもイカイシルで4.3〜4.7mmol/ 100ml,イワシイシルで2.3〜 2.5mmol/100ml程度存在した。また,オルニチンがイカイシル中に1.5〜1.7mmol/100ml存在した他は,非タンパク性アミノ酸はイシル中にわずかに存在する程度であった。
 これらのことから,加温による速醸法において,イカイシルでは温度が高い程総遊離アミノ酸量が多くなったのに対し,イワシイシルでは40℃で最大となり50℃では逆に減少した。従って,イカイシルの場合はイカの内臓に存在する酵素の活性が温度の上昇とともに高められ,また内臓を構成するタンパク質が熱による変性を受けにくいのに対し,イワシイシルでは,高温によるイワシの酵素の失活や,イワシの魚肉タンパク質の熱変性により酵素の作用を受けにくくなったことなどが考えられる。現在,イシルの生成過程におけるプロテアーゼの挙動について検討を行っている。
 なお,これらの速醸法により試醸したイシルは,市販のイシル1)とのアミノ酸組成の比較を行ったところ,イワシイシルのアスパラギン酸がやや低い値であった以外は,いずれもほぼ同様のアミノ酸量及びアミノ酸組成を示した。

表1 速醸法により調製したイシルの全窒素及びpH

  イカイシル(80日) イワシイシル(93日)
30℃ 40℃ 50℃ 30℃ 40℃ 50℃
全窒素(g/100ml) 2.26 2.37 2.47 2.09 2.44 1.90
pH 4.65 4.67 4.72 5.25 5.33 5.65


表2 速醸法により調製したイシルの遊離アミノ酸組成(mmol/100ml)

アミノ酸 イカイシル(80日) イワシイシル(93日)
30℃ 40℃ 50℃ 30℃ 40℃ 50℃
アスパラギン酸 9.04 8.97 8.99 2.99 2.97 2.08
スレオニン 5.24 5.22 5.25 3.71 4.16 2.99
セリン 6.03 6.31 6.53 4.10 4.48 3.13
アスパラギン 痕跡 痕跡 痕跡 2.17 2.30 1.55
グルタミン酸 8.74 8.43 7.82 5.80 5.08 3.86
プロリン 2.59 3.13 3.85 1.97 2.20 2.12
グリシン 6.43 6.22 5.85 4.35 4.68 3.14
アラニン 8.61 8.99 9.12 7.87 8.78 6.55
バリン 6.27 6.54 6.52 5.13 5.64 4.36
シスチン 0.27 0.32 0.46 痕跡 痕跡 痕跡
メチオニン 1.57 1.70 1.89 1.72 1.61 1.39
イソロイシン 3.54 3.79 4.03 3.05 2.98 2.97
ロイシン 3.82 4.27 4.75 4.95 4.20 5.15
チロシン 0.80 0.92 0.86 0.86 0.90 0.75
フェニルアラニン 2.63 2.38 2.18 2.11 2.10 1.69
トリプトファン 0.22 0.24 0.13 0.36 0.28 0.14
リジン 7.78 7.88 8.09 6.67 7.36 5.58
ヒスチジン 1.89 1.83 1.77 2.61 2.83 2.17
アルギニン 3.04 3.10 3.49 3.18 3.88 2.85
合計 78.52 79.93 81.58 63.60 66.43 52.48

* トップページ
* 研究報告もくじ
 
* 次のページ