平成10年度研究報告 VOL.48
香気性味噌酵母の開発
化学食品部 松田章
(株)ヤマト醤油味噌 山本晋平


 味噌・醤油製造用の耐塩性酵母から,アミノ酸アナログ5,5,5-トリフルオロロイシン(TFL)に耐性な株を自然誘発により育種した。その結果,5mM-TFLに耐性な株の中から,味噌の香気成分,イソアミルアルコールを,液体発酵で親株に比較して約2.6倍量生成する香気性酵母を選抜した。この香気性酵母を用いて,5kgスケール,90日間の味噌の試醸を,酵母無添加,親酵母添加の場合と比較して行った。その結果,(1)香気性酵母を添加した味噌のイソアミルアルコール含有量は,酵母無添加味噌の約5.4倍,親酵母添加味噌の約1.9倍高い値を示した。
(2)別の香気成分,n-ブタノールについては,香気性酵母添加味噌では親酵母添加味噌の約1.8倍高い値を示した。(3)官能審査では,色,味,香りの総合評価において,開発した香気性酵母添加の味噌は、良い評価を得た。
キーワード:味噌酵母,香気性,イソアミルアルコール,n-ブタノール,5,5,5-トリフルオロ-DL-ロイシン

Development of Miso Yeasts with High Flavor Productivity

Akira MATSUDA and Shinpei YAMAMOTO

 Miso yeasts resistant to the amino acid analogue 5,5,5-trifluoro-DL-leucine (TFL) were isolated from Zygosaccharomyces rouxii by the spontaneous induction without using mutagen. From strains resistant to 5mM-TFL, we selected the high flavor yeast which produced about 2.6 times of isoamyl alcohol compared with the parent strain in the liquid media fermentation. Furthermore, we carried out miso fermentation test using this high flavor yeast for 90 days in the scale of 5kg and obtained the results as follows. (1)The concentration of isoamyl alcohol in miso fermented with the high flavor yeast was about 5.4 times that in miso fermented with no yeasts and about 1.9 times that using the parent strain. (2)Miso fermented with the high flavor yeast contained about 1.8 times higher amount of n-butyl alcohol than that fermented with the parent strain. (3)Miso fermented with the high flavor yeast was evaluated preferablly in the total sensory test containing color, taste and flavor.
Key Words: miso yeast, high flavor, isoamyl alcohol, n-butyl alcohol, 5,5,5-trifluoro-DL-leucine

1.緒言
 石川県の味噌の生産量は,平成7年で4440トン,平成8年で4818トン,平成9年で4527トンで,全国では第22〜23位を占めている。石川県の味噌はいわゆる加賀味噌とよばれ,加賀前田藩の軍糧用,貯蔵用の味噌から始まる赤色辛口の味噌である。比較的塩分が高く,長期熟成型の味噌できりっとした辛みに特徴がある。
 近年,味噌の嗜好も多様化,高級化が進み,伝統的な中にも風味に優れた個性的な製品の開発が望まれている。特に,香りは色,味とともに味噌の品質を決定し,他の製品との差別化を図る上で重要な要素の一つと考えられる1)。味噌の醸造過程において,酵母が各種香気の生成に重要な役割を果たしていることから,芳香性の高い酵母を味噌中から選抜・利用する研究が宮城県2)や秋田県3)で,また,高香気性酵母を積極的に育種する研究が長野県4)や香川県5)などで行われている。
 味噌の香気成分には,イソアミルアルコールやn-ブタノールなどの高級アルコールがあり,これらは,脂肪酸とエタノールとの縮合によって生じる種々のエチルエステルとともに酵母の生成する重要な香り成分を構成している。このイソアミルアルコールには,二つの生成経路が解明されている。一つは,ロイシンの生合成系に由来しグルコースからα-ケトカプロン酸を経て生成する経路,もう一つは,対応するアミノ酸であるロイシンが酵母に取り込まれ,脱アミノ化,脱炭酸を経て生成される(エールリッヒ)経路である。アミノ酸が豊富に存在する条件下では,酵母自身の有する糖からアミノ酸への生合成経路がブロックされ,必要以上の生産が行われないように調節されている(フィードバック阻害)。そこで,近年,アミノ酸アナログ耐性を利用した酵母の代謝調節機能の変異とフィードバック阻害を解除し,特定の高級アルコールやそのエステルを多く生成させる研究が,清酒用酵母Saccharomyces cerevisiae (以下S.cerevisiae)の香気改良に関して報告されてきた6〜11)。さらに,耐塩性酵母Zygosaccharomyces rouxii(以下 Z.rouxii)についても味噌,醤油への有効利用が示唆されてきた4),5),12)〜20)
 本研究では,変異剤を使用せず自然誘発により,ロイシンのアミノ酸アナログ5,5,5-トリフルオロ-DL-ロイシン(TFL)に耐性な酵母から,イソアミルアルコールを多く生成し,芳香性に優れた耐塩性酵母の分離・取得を試みた。さらに,選抜した香気性酵母を用いて味噌の試醸を行い,酵母添加による味噌の香気向上に及ぼす効果について検討を行った。

2.実験方法
2.1 供試菌体と試料
 県内の味噌・醤油製造企業で使用されている主発酵耐塩性酵母 Z.rouxii 株2種(以下R株とD株)を供試した。

2.2 使用培地
・食塩5%YPD培地(酵母エキス1%, ポリペプトン2%,グルコース2%,NaCl 5%,pH5.9)
・TFL培地(選択培地)(イーストナイトロジェンベースW/Oアミノ酸 0.67%,グルコース2%,TFL1〜5mM,pH5.5,寒天2%)
・YPG-13培地(酵母エキス0.5%,ポリペプトン1%,グルコース10%,KH2PO4 0.5%, MgSO4・7H2O 0.2%, NaCl 13%,pH5.0)
・生あげ醤油培地(生あげ醤油10%,グルコース5%,NaCl 11%,pH5.3,寒天2%)

2.3 TFL感受性試験
 図1の方法にしたがって,充分に培養し,集菌した酵母(7.6×108cells/ml)を10%滅菌食塩水で洗浄し,0〜5mMのTFLを含む各選択培地にそれぞれ塗布し,酵母の増殖が阻害されるTFL濃度について検討を行った。

Z.rouxii
↓一白金耳
食塩5%YPD培地(5ml)×3本
30℃,48hr,振とう培養

遠沈(5000rpm×3min),上清除去
10%減菌食塩水10mlを加え遠沈(上記条件)
↓上記の洗浄操作2回
10%減菌食塩水3mlに懸濁

TFL培地(0〜5mM)に400μlを塗沫

30℃,7〜10日間培養

図1 TFL感受性試験

2.4 TFL耐性株の取得
2.4.1 段階育種法
 図2の方法によりTFL耐性株の段階的な育種を行った。すなわち,感受性試験の操作法に準じて, Z.rouxii の懸濁液400μlを1mM-TFL培地に塗布し,30℃で7〜10日間培養した。自然誘発により生育するコロニー(1mM-TFL耐性株)の中から最大のもの(3mm以上)を選抜し,400μlの10%滅菌食塩水に懸濁した。次に,この懸濁液400μlを2mMのTFL培地に塗布し,30℃で7〜10日間培養して2mM-TFL耐性株の取得を試みた。以下同様に,3mM,4mM-TFL培地への育種を段階的に行い,最終的に5mM-TFL培地による育種までこの操作を繰り返した。

図1の方法に準じて、Z.rouxiiの懸濁
液400μlを1mM-TFL培地に塗沫
↓30℃、7〜10日間培養
コロニー(1mM-TFL耐性株)

最大のコロニーを釣菌して
10%減菌食塩水400μlに懸濁

2mM-TFL含有培地に400μlを塗沫
↓30℃,7〜10日間培養
コロニー(2mM-TFL耐性株)

3mM-TFL耐性株

4mM-TFL耐性株

5mM-TFL耐性株

図2 TFL耐性株の段階育種法

2.4.2 直接育種法
 イソアミルアルコール生成能が親株の2倍以上となる高香気性酵母の取得を目的として,5mM-TFLに耐性な株を下記の方法で単離した。食塩5%YPD培地で30℃,2日間培養した酵母の培養液(7.5×107cells/ml)を,直接5mMのTFL培地に塗布し,30℃で7〜10日間培養を行った。

2.5 発酵試験と香気分析
 各TFL濃度に耐性な株について発酵試験を行い,香気分析により香気生成能の比較を行った。
 発酵試験は,YPG-13培地50mlに酵母を初発濃度が1×106 cells/mlとなるように添加し,30℃,5日間の静置培養により行った。香気成分の分析は,得られた発酵液5mlについて,50℃,30分間保温したヘッドスペースガスを,(株)島津製作所製ヘッドスペースガスクロシステム(キャピラリ−カラムDB WAX 0.25mm× 30m,カラム温度60℃(4分間)→10℃/分→160℃,注入口温度180℃,検出温度180℃,スプリット比 1:50)により行った。試料が味噌の場合は,味噌3gに飽和食塩水4mlを加えて試料を流動化させ21),22),50℃で30分間保温後のヘッドスペースガスを上記の条件で測定した。

2.6 米味噌の試験醸造
2.6.1 原料処理及び配合割合
 丸大豆は15時間浸漬後約20分間水切りし,0.3kg/cm2で15分蒸熟した。蒸熟した大豆は,直径2mmの目皿をもつミンチで磨砕した。製麹は内地精白米を用いて常法23)により行った。仕込み配合は,表1に従って行った。重石は1.0kgに統一した。

表1 仕込み配合

蒸煮大豆
米麹
食塩
種水(酵母培養液を含む)
2500g
1430g
653g
421g
計 5004g


2.6.2 仕込み区及び熟成条件
 酵母無添加区と親酵母添加区を対照とし,香気性酵母添加区を試験区とした。熟成条件は,30℃,54日間温醸し,その後15℃で90日目まで熟成した。途中,18日目に切り返しを行った。酵母の添加量は,味噌1gにつき2×105にて行った。

2.7 味噌の分析と官能審査
 味噌のpH,塩分,水分,全糖,直糖,全窒素,水溶性窒素,フォルモール窒素及び酸度を基準味噌分析法24)に準じて測定した。味噌の色を色差計(スガ試験機(株)製カラーコンピューター,SM-5-IS-2B)を用いて測色し,CIE(国際照明委員会)表示法による明度Y(%)を求めた。味噌中の酵母生菌数を,生あげ醤油培地を用いた希釈平板法23)によって測定した。また,味噌の官能審査をパネラー40名により, 熟成終了後の味噌の色,味,香り及び総合評価の各項目について,順位法25)(良いものから1,2,3の順) により行った。


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